カッコ好いかもしれない雁夜おじさん   作:駆け出し始め

21 / 34
廿続・カッコ好いかもしれない雁夜おじさん

 

 

 

―――――― Interlude In ――――――

 

 

 

 既に50を超える程に戦車でギルガメッシュへの突進を繰り返したライダーだったが、ギルガメッシュは全くの無傷であった。

 それどころかライダーが振るっていたキュプリオトは少し前に砕け散り、更に戦車の御者台は中破していた。

 幸い砕け散ったキュプリオトの代わりにと、鎖が絡め取っていた武器を奪ったアンティゴノスから原罪(メロダック)を先程渡された為、長剣故多少不慣れだがそこは武器の性能で十分以上に補っていた。

 だが、幾度かメロダックでエアと打ち合っていたライダーは、消そうと思えば消せる自分の武器を何故消さぬのか訝った。

 が、ギルガメッシュに多くの者が殺到した時、瞬時に空よりギルガメッシュの傍へと疾走し、更にギルガメッシュをを守護する衛星の様に存在するカリヤという名の宝珠を見た時、ギルガメッシュが何れ再戦すると約を交わした雁夜と戦う為に自らを高めているのだとライダーは察した。

 即ち、一度雁夜と戦えば宝物の出し入れ自体を禁じられる為、先に出した宝物を不利になったからと回収する事が出来ない以上、出し入れを禁じられていないと雖も自身に課した条件を覆すことを良しとしていないということだった。

 若し仮にギルガメッシュが自身に課した条件を覆せば、それは仮想戦で雁夜に敗北したことになり、更に自身に課した条件を覆すという王の矜持すらも捨て去るということであり、ギルガメッシュにとっては生涯拭えない死よりも耐え難い恥辱を刻み込まれることになる為、ギルガメッシュが宝物を回収する事は無いとライダーは判断し、更なる敬服を以ってギルガメッシュと切り結んだ。

 

 しかし、幾度ライダーが突撃してエアと刹那の時間切り結ぼうとも、戦車の突進力をも付加しての斬撃にも拘らずギルガメッシュの身体能力と技量と回転しているエアの前に完全に捌かれ、戦車に取り付けられた刃は戦車の御者代を徐徐に破壊して根元から破壊されかかっていた。

 一撃離脱を敢行している者としてプケファラスもいるが、幾度も足を蹄側からと雖も殴られたので少なからずダメージを受けており、現在は散発的にライダーや神牛を拘束しようとしている鎖を叩き落すことに専念していた。

 そしてギルガメッシュに肉薄して自前の準宝具や宝具、若しくは奪った宝物を振るい続ける者達は、エアの赤い暴風で体勢を崩され、その隙にエルキドゥが手足を絡め取ったり纏めて薙ぎ払い、最後にエアで抉り散らすか攻撃を繰り出される為、防戦が精一杯の状況であった。

 最初の頃は特攻をする者も多かったのだが、エアとエルキドゥを突破したと思った瞬間、ギルガメッシュの周囲をゆっくりと旋回していたカリヤが突如音を遙かに超える速度で旋回して相手の攻撃を弾き続け、その後攻撃を弾かれて隙が出来た上に満身創痍のところに引き戻したエアで抉り散らされる為、少数での特攻など殆ど意味が無かった。

 更に大人数が一点突破の特攻を行おうとすれば、相手の思考を読むことに長けたギルガメッシュにとって大人数が躱さず突撃を行うのは、カリヤの高出力攻撃で薙ぎ払う的にしか成らなかった。

 しかも、散開して多方面からの特攻で意識を分散させている隙に近付こうとすれば、エアとカリヤの暴風に後押しされたエルキドゥが爆発的速度でギルガメッシュから放射状に荒れ狂って密度の薄い特攻を纏めて弾き飛ばし、その後カリヤの放つ風で個別撃破されるだけであった。

 故、現在ライダーの軍勢は、鎖を破壊する者と、鎖と宝珠の攻撃を掻い潜ってギルガメッシュに肉薄する者と、ギルガメッシュへ肉薄する者を増やす為にギルガメッシュへ攻撃して意識を逸らす者、という三通りに分かれていた。

 当然肉薄する者を増やし続ける目的は、先を越える人数で全方位から特攻を仕掛けてギルガメッシュを討ち取るというものだった。

 

 だが、ギルガメッシュが1秒で10名以上を屠り続けている現状では、大人数で特攻を行う前に固有結界を維持し続けられる最低人数である総軍の半数を維持出来ているか微妙なところに迫っていた。

 故、それを痛い程に理解しているウェイバーは何とかして早く人数を集める為にも、少しでもギルガメッシュへ隙を作る方法を考えていた。

 そしてウェイバーは策とも言えない方法が脳裏に浮かんだ為、ギルガメッシュに聞かれない様にラインを使って呼び掛ける。

 

<ライダー!この戦車はあとどれくらい持ちそうだ!?>

<多分あと10回持つか持たぬかじゃ!>

 

 今迄と違い、急にラインで問い掛けれられて少なからず驚くライダーだったが、ラインで問い掛けてきた事には意味が在ると判断し、口に出す事無くラインで返事をした。

 そしてライダーの返事を聞いたウェイバーは更にライダーへ尋ねる。

 

<戦車の御者台部分を自爆させることはできるか!?>

<出来んことは無いが、二度と元には戻らんぞ!?>

<どうせこのままじゃ壊れるんだから、アーチャーに突撃すると見せかけて急上昇するフェイントと思わせつつ、その時神牛から御者台を切り離してアーチャーに突っ込ませてた挙句爆破させて意表を付こう!>

 

 下手すれば御者台から離脱する際に的に成るだけの無謀な行為なのはウェイバーも理解しているが、このままだと軍勢が削られ過ぎて最後の大勝負を仕掛けられなくなる可能性が在る為、ウェイバーはジリ貧で負けるかもしれないなら博打で勝率を上げようと思い、その旨をライダーに伝える。

 

<これからでっかい博打を打つんだから、その前にちっさい博打ぐらい勝ってみせて景気付けにしよう!>

<フハハハハ!言うではないか!

 いいぞ!その博打に乗ろうではないか!>

 

 そう返すとライダーは一度戦車を大きく旋回させ、十分な助走を付けられる距離を稼いだ。

 そして神威の車輪の最大蹂躙走法を以ってギルガメッシュへと突撃を開始する。

 今迄と違い、直前に軌道を左右に変更出来るという生易しいものではない突撃で向かってくるライダーを見、自分に隙を作って多くの軍勢を肉薄させる為の特攻だと判断したギルガメッシュは、相変わらず動かせるものなら動かしてみろと言わんばかりの不遜さを以って迎え撃つことにした。

 ギルガメッシュに肉薄していた者も王の渾身の突撃を邪魔せぬ様に離れた為、ギルガメッシュに肉薄しようとする者を鎖と宝珠で迎撃し続けているものの、開戦直後以来の一騎打ちの様な状態が再び展開された。

 

 巻き上がる砂煙は今迄を遙かに超え、迸る雷は回避不能な密度で荒れ狂っており、戦車を牽引する神牛は何千人轢殺しようと止まらぬ力強さを容易く感じさせ、それを駆るライダーは破れかぶれの特攻ではなく、勝利を目指して博打を打つ覇気に溢れていた。

 それを迎え撃つギルガメッシュは、恐らく限界を超えた魔力を注ぎ込んでランクを無理矢理引き上げての特攻であり、接触する寸前で更に威力を引き上げるのだろうと予想した。

 

 そして、半秒後にはライダーとギルガメッシュが接触するだろう時、ギルガメッシュは軍勢が邪魔して全てとはいかないが、ライダーに向けられるだけのエルキドゥを鞭の様に四方八方からではなく網の様に正面から放った。

 だが次の瞬間、神牛が足元を爆発させる様に強く地を蹴るのとほぼ同時に、ライダーは神牛と御者台を切り離した。

 すると、牽引する物から解き放たれて身軽になった神牛は斜め上空へと駆け上がって軌道を変え、対して取り残された御者台はその儘ギルガメッシュ目掛けて突撃した儘だった。

 しかも、突撃する御者台からライダーはウェイバーを抱えて今正に上昇しようとしていた併走するプケファラスに飛び移り、鎖の網から見事に逃れた。

 

 神威の車輪と呼ばれるものの、神性の殆どは牽引する神牛のものであり、牽引される御者台自体が宿す神性は神牛に比べて圧倒的に低かった。

 にも拘らず宝具のランク的には神牛と同格である為、神牛と比べて威力に対して神性が圧倒的に低い御者台は容易く鎖の網を突き破ってギルガメッシュへと肉薄した。

 そして、此処に至ってライダーの目的が体当たりではないと気付いたギルガメッシュは、御者台を破壊するのではなく少しでも自分から遠ざけるべく弾きに掛かった。

 だが、それよりも僅かに早く、御者台は内包していた神秘と魔力を爆発させた。

 

 凄まじい爆発が巻き起こったが、噴煙の隙間から赤い暴風が渦巻いている為仕留めていないのは明白であり、ライダー達もあの程度で仕留められるとは思っていないのでそれ自体に全く関心は無いが、荒れ狂う鎖の鞭と風の放射が完全に止んだのは見逃さなかった。

 当然軍勢もその好機を見逃す筈はなく、ギルガメッシュに肉薄しようとしていた者は足が千切れても構わぬとばかりに速度を上げて疾走し、ギルガメッシュへ肉薄していた物は挟撃出来る様に回り込み、神牛達は左右に分かれて斜め上空からの突撃を開始し始め、ライダー達は大きく旋回した後に着地を完全に度外した垂直降下疾走でギルガメッシュへと突撃していた。

 

 後数秒後には皆が二の太刀を完全に度外視した攻撃を放とうという時――――――

 

「AAAALaLaLaLaLaie!!!」

「アアアアララララライッ!!!」

 

――――――ライダーだけでなく、ウェイバーも極自然に雄叫びを謡った。

 そして、それが伝播したかの様に軍勢も雄叫びを謡った。

 だが、それを掻き消すかの如く、黄金の輝きが僅かに混じった赤い暴風と、深遠の水底の如き黒が混じった青い烈風が吹き荒れる。

 

 御者台が自爆した煙を瞬時に吹き払ったギルガメッシュは、如何なる方法で凌いだのかは不明だが、全くの無傷であった。

 そして後1~2秒に集中攻撃を受けるという時、ギルガメッシュはエルキドゥをカリヤだけでなく、高速回転しているエアにも巻き付けた。

 結果、エアから放たれる赤い暴風がエルキドゥを伝播し、エルキドゥが赤い大蛇の如く暴れ始める。

 が、エルキドゥの先端部分が巻き付いているカリヤが不規則に暴れるエルキドゥを抑え、ギルガメッシュの任意でエルキドゥを操らせながらも烈風を放つ。

 

 最強の聖剣の一撃すら遙かに超える地獄の風を纏った鎖を意の儘に操り、更に鎖の範囲外は先端の宝珠から地獄の風に匹敵する創生の風が放たれるという、宛ら一人で天地創造の神話を再現する様なギルガメッシュにライダー達は突撃していった。

 

 だが、ライダー達の最後の突撃は容易く蹴散らされた。

 

 ギルガメッシュへ四方八方から襲い掛かっていた地上の者達は、地獄の風を纏う鎖の一撃で容易く消し飛ばされ、上空から襲い掛かっていた神牛は宝珠から放たれる創世の一撃で消し飛ばされた。

 幸いライダーだけは神牛よりも先んじていたので消し飛ばされずにギルガメッシュへと肉薄したのだが、ギルガメッシュへと一太刀を浴びせる前に創世の風の一撃により軍勢が半分を一気に下回ってしまい、固有結界が崩壊して互いの位置と向きが固有結界を展開する前の状態に戻ってしまった為、一撃を浴びせることは叶わなかった。

 

 凄まじい速度で降下疾走していたのでライダー達は直ぐには止まれなかったが、下方への突撃が横向きに切り替わっていた為、ギルガメッシュとの距離の半分程を制動距離に使うことで問題無く停止することが出来た。

 だが、既に固有結界は崩壊しており、ライダーが触れていたので固有結界の崩壊にに巻き込まれずに済んだであろうプケファラス以外は、個別に召喚しても維持出来ない程にライダー達は消耗していた。

 

 

 

 そして、それからの出来事をウェイバーは生涯忘れることがなかった。

 

 自分の遙か遠くを行く存在に始めて名を呼ばれ、臣下へと誘われたこと。

 それに対し滂沱の涙を流しながら臣下の誓いを口にしたこと。

 生きて王と仰いだ者の在り方を伝えろと命じられたこと。

 最後迄疾走し続けた偉大な背中が消える様を。

 勝てないと解っていても挑みたい仇を王の命に従って堪え続けたこと。

 その在り方を仇から認められたこと。

 そして、誰も居なくなった大橋で泣き崩れたこと。

 

 その時の全てがウェイバーの魂に刻まれ、その時の喜びと悲しみと悔しさは、生涯ウェイバーの糧となり続けた。

 

 そして、ウェイバーの聖杯戦争は終りを告げた。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 ギルガメッシュとライダーが戦っている頃、セイバーは聖杯でもあるアイリスフィールへと向かっていた。

 既にサーヴァントを三騎回収している聖杯の気配は結界で覆われていなければ十分感知出来る為、セイバーは聖杯でもあるアイリスフィールの許へと疾走した。

 が、それを妨害するギルガメッシュの宝物によりセイバーは足止めされてしまう。

 通路の先が見えない程に配置された様様な武具がセイバーへと次次に襲い掛かる。

 本来ならば反撃すら儘ならない物量で押し切られる筈だが、足止めが目的らしく一斉に向かってくることはなかった。

 しかも、一度放たれた武器はセイバーは虚仮にするかの様に、再び牙を剥くことなく消え、宛ら安心して進めと言われている様でもあり、セイバーを凄まじく苛立たせた。

 だが、それが彼我の戦闘力の差であることも解っているだけに、セイバーは自身の不甲斐無さを責め立てる様に、放たれる魔弾を苛烈に捌きながら進んでいった。

 

 対して綺礼と切嗣は言葉も無く戦闘を始めていた。

 綺礼は此の戦闘の果てにこそ語るべき言葉が在ると言わんばかりに地を駆け、切嗣は話すことなど一切無いと言わんばかりに自身の必殺だろう一撃を大型拳銃から放つ。

 だが、それは切嗣の予想通りの結果は齎さず、それに僅かに焦った切嗣は倍速で動いて辛うじて綺礼の攻撃を躱して反撃を行う。

 しかしそれは容易く防がれ、次の瞬間には倍速で動くと弁えた綺礼により心臓を破壊される。

 が、如何なる道理が働いたのか、心臓を破壊されても即時に回復して反撃を行う切嗣。

 僅かに頭皮を銃弾が掠めて血を流すものの構わず追撃に移る綺礼だが、切嗣の必殺だろう銃弾を左手で払おうとした瞬間、想定外の威力の為払い切れなかった左腕が飾り物に成り下がる程に損傷してしまう。

 互いが自己診断に数秒の時間を費やすが、唐突に切嗣が三倍速で動いて綺礼に肉薄して左腕を更に痛め付けるが、不意を突いた初撃以外は全て完全に捌かれてしまい、それどころか三倍速に対応して切嗣の体勢を崩してしまう

 止めとばかりに攻撃を放とうとする綺礼から逃れる為に切嗣は動きを四倍速に跳ね上げ、綺礼から離れる際に置き土産とばかりにナイフを右脚目掛けて投擲し、見事命中させて時間を稼ぐと再び綺礼でも払いきれない弾丸を大型拳銃に再装填する。

 対して綺礼は右脚をナイフで傷付けられて体勢を崩している間に、代行者の標準武装である黒鍵を右手で六つ取り出して左右に三本ずつ弧を描いて切嗣に向かう様に投擲し、更に三本黒鍵を取り出して負傷した脚で切嗣へ疾走する。

 左右から襲い掛かる六本の黒鍵と自身目掛けて疾走する綺礼を目前に控えながらも、切嗣は冷静に再装填した大型拳銃から切り札であろう一撃を放とうとした。

 そして、何方の勝利か相討ちで終わるかは兎も角、決着が付くかと思われた瞬間、突如二人の頭上から大量の赤黒いナニカが二人を呑み込んだ。

 

 綺礼と切嗣の二人を呑み込んだ赤黒いナニカは、ライダーを回収して溢れ出した聖杯の中身だった。

 ライダーを取り込み、聖杯にサーヴァント四騎が注がれたので玉藻が施した術が解除され、サーヴァント二騎分以上の魔力が解放された聖杯は一気に満ちたのだった。

 しかもライダーの魂はサーヴァント2~3騎分に相当し、解放された魔力はサーヴァント三騎分に迫る程である為、多くても7騎分迄しか想定されていない聖杯は、サーヴァント8~9騎分という想定外の魔力に対応するべく1~2騎分の魔力を態と零した。

 結果、聖杯の直下で争っていた二人は瞬時に聖杯が零したナニカに呑み込まれた。

 そして、聖杯から零ぼしたナニカに呑まれた切嗣は聖杯の意思と対話していた。

 

 聖杯の意思は切嗣に語る。

 自身はこの世に生まれ出たいという意思と望みが有ると。

 故、自分に願いという形を与えてほしいと告げる。

 対して切嗣はどうやって自分の願いである人類の恒久平和を叶えるのかと問う。

 それに聖杯の意思は切嗣の行ってきた遣り方で叶えると告げる。

 それはつまり、多数を救うべく少数を切り続けてきた切嗣に倣い、天秤が傾かない数である二人になる迄人類を殺し続けるという意味だった。

 当然切嗣はそれの何処が奇跡だと反論するが、人では及ばぬ規模で行うならばそれは奇跡だと告げられ、更に切嗣自身が知りもしない方法を切嗣の願いに含めるわけにはいかないと告げた。

 その言葉を聞き、ライン越しにだが聞いた、[自分で出来ないことを何だかよく解らないモノによく解らない方法で叶えてもらおうとか、頭大丈夫か?]、という雁夜の言葉を思い出し、正しくその通りだと遅まきながら理解した。

 愕然としつつも聖杯の意思から、妻と娘と相棒の内から二人を選び一人を殺せと言われた切嗣は、何も語らず相棒を殺した。

 すると視界が妻と娘と暮らした部屋に切り替わった。

 

 黒く塗り潰された窓の外を見た切嗣は、二度と外で遊べなくなったと娘に告げ、娘は父である切嗣と母であるアイリスフィールさえ居るならばそれで良いと答える。

 それに切嗣は自分も娘が大好きだと答え、娘の顎を銃口で僅かに持ち上げた後、別れの言葉を告げ、引き金を引いた。

 突如首から上が弾けてなくなる娘を見た母は狂乱し、何故娘を殺したのかと切嗣を問い詰める。

 すると切嗣は60億の人間を犠牲にして家族二人を選べないと告げながら妻の首を絞め始める。

 それに対し首を絞められている者は死ぬ迄聖杯の中身である自分(アンリ・マユ)が呪うと告げながら縊殺された。

 

 聖杯の中身を縊殺した直後、目を覚ました切嗣は未だ倒れている綺礼へと大型拳銃を突き付ける。

 その瞬間、切嗣に遅れて目を覚ました綺礼が詰まらぬ幕引きだと語る。

 そして切嗣の遣り取りを見ていた綺礼は何故聖杯を拒むのかを問う。

 全てを投げ打って求めてきたにも拘らず、何故土壇場になってそれを無に出来るのか、愚か過ぎて理解出来ない、と。

 それに対して切嗣は冷淡な声で聖杯が齎す救いよりも犠牲が多いだけだと告げる。

 すると綺礼はならば自身に譲れと叫ぶ。

 聖杯を解き放てば人類は苦難に見舞われるが、誰もが真剣に生きる筈だと。

 仮に人が死に絶える規模のモノならば、その前に神が降臨して真に人を救うと。

 人が神の存在を信じられる機会であると。

 何より、生まれる前の者に善悪を押し付けて殺すなど認めないと、可能性を否定することは認めないと叫ぶ。

 だが、その返答は銃声であり、綺礼は心臓を撃ち貫かれて倒れ伏した。

 倒れ伏した綺礼の横顔を眺めながら切嗣は、お前こそ愚か過ぎて理解出来ないと吐き捨て、聖杯が在る場へと向かった。

 

 

 セイバーが満身創痍ながらも聖杯の存在する大ホールに辿り着くと、其処にはギルガメッシュが待ち構えていた。

 現れたセイバーにギルガメッシュは、妄執に墜ち、地に這い、道化の如き有様でも尚美しいと言い、自分の妻になれとセイバーに告げる。

 対してセイバーは聖杯の様子から当然アイリスフィールは既に亡くなっており、更にランサーともライダーとも決着を付けられずに漁夫の利で生き残ってしまったことに深く落ち込みながらも、聖杯は自分の物だと主張する。

 だが、それに対するギルガメッシュの答えは魔弾であり、セイバーは辛うじて剣で受け止めるも大きく後ろに弾き飛ばされる。

 起き上がろうと足掻くセイバーにギルガメッシュは、セイバーの意思など訊いていないと言いつつも返答を迫る。

 当然セイバーは拒否するが、その瞬間にギルガメッシュは魔弾を放ち、苦痛に喘ぐセイバーに向け、何度言い違えようとも許すと告げ、自分に尽くす喜びを知るには痛みを持って学べと言い、魔弾の装填数を増やす。

 ギルガメッシュが装填する魔弾の数を見てセイバーは歯噛みするが、ギルガメッシュの向こうに自分のマスターが令呪を用いだしたのを見、起死回生の命令を期待する。

 困難だろうが聖杯を避けて宝具を解放しろと命じられれば可能となるやもしれぬし、重ね掛けすればギルガメッシュが防御する前に放つことも十分可能な為、セイバーは己がマスターに最後の希望を託した。

 しかし切嗣から発せられた命令は、セイバーにとって耳を疑う、聖杯を破壊せよというものだった。

 突如聖剣を解放しに掛かるセイバーを見たギルガメッシュは驚くが、セイバーがギルガメッシュの向こう側の切嗣に真意を問うのを見、今迄セイバーに向けていた魔弾を切嗣の方に向ける。

 が、魔弾が放たれるよりも早く、切嗣は残った最後の令呪で命令を重ね掛けする。

 直後、懸命に命令に抗っていたセイバーの意志を令呪はアッサリと踏み躙り、セイバーの絶叫と共にエクスカリバーはその力を解放した。

 

 乖離剣や創世の宝珠に比べれば遙かに劣るが、それでも神霊魔術にも届くと謡われる一撃は容易く聖杯を破壊した。

 無理矢理魔力を振り絞らせられ、更に令呪喪失によってマスターとのラインも消えたセイバーは現界しきれず直ぐに消失した。

 そして、セイバーが消失した直後、切嗣達の遙か頭上に突如黒い太陽とも言えるモノが現れた。

 ソレは直ぐにも消え去ろうとしていたが、消え去る前に、まるでこの世の全てを呪うかの様に、黒いナニカを吐き出した。

 吐き出されたナニカは直下に居たギルガメッシュに大量に降り注いだ。

 更に降り注いだナニカは瞬く間に建設中の市民会館から市街地へと津波の様な勢いで拡散した。

 

 突如冬木新都に襲い掛かった黒いナニカは、瞬く間に大火災を発生させ、更に触れた者の精神を瞬時に蝕んで呪い殺した。

 その光景を愕然と見詰める切嗣の脳裏に――――――

[藁にも縋る思いってのは在るが、失敗した時の負債は自分だけで返せると思ってるのか?

 いや、魔術師連中は負債を死という容で周囲の一般人に押し付けるんだったな。

 ああ、それなら失敗した時のことを考えずに存分に無謀な賭けを出来るな]

――――――と、雁夜が言っていた言葉が蘇り、眼前に広がる地獄は身の程を弁えず奇跡に集った者達の負債だと理解した。

 最早この地獄を止める方法を切嗣は持ち合わせていなかったが、それでも生き残りを求めて地獄へと飛び込んだ。

 

 切嗣が地獄に飛び込んで暫くした後、黒い太陽の直下であった場所から動く者が現れた。

 動く者の正体は、人を呪い殺す黒いナニカを大量に浴びたギルガメッシュであった。

 あれだけの黒いナニカを浴びれば、英雄であろうとも呪い殺される前に分解されて死に至る程のモノだったが、ギルガメッシュはその全てを受け止め、逆に飲み干してしまった。

 とは雖も可也梃子摺った様子であり、恐らく倍の量が在れば飲み干しきれなかったであろうが、最早黒いナニカが現れぬ以上、それは無意味な仮定であった。

 そして無事生還を果たしたギルガメッシュを称える様に、創世の宝珠が光り輝きながら烈風は放ち始め、ギルガメッシュが飲み干した黒いナニカだけでなく、辺り一体を浄化し始めた。

 体内の呪いや穢れの塊である黒いナニカが浄化されたギルガメッシュはそれを糧に更に強力な存在へと昇華されたことで、醜悪な物が聖杯であったという怒りを沈め、改めて周囲を見回した。

 すると、浄化された力が胸の辺りに渦巻いている綺礼を見付けたので様子を見に足を運んだ。

 どう見ても死んでいる有様の綺礼だったが、胸の孔から全身を侵していたであろう黒いナニカが綺礼を生かし続けたらしく、更にギルガメッシュによって浄化されたので醜悪さは綺麗に消え去り、宛ら聖人の様な清浄な雰囲気を纏った状態で確かに生きていた。

 

 暫くすると綺礼が目を覚ました。

 確かに死んだと思っていたにも拘らず、聖人の様な清浄な気を放つ身体となって目覚めたことに疑念を抱くと、ギルガメッシュが実力と悪運の賜物だろうと告げる。

 どういう意味なのかと声がした方向を見た綺礼に、ギルガメッシュは無視するかの如く、聖杯が招いた者は自分以外全て消え去り、勝ち残ったのは綺礼であり、この状況は勝者である綺礼が望んだものだとギルガメッシュは告げる。

 そう告げられた綺礼は辺りを見回した。

 建物の倒壊する様。

 焼け死んだ人間が奇怪な形で転がっている様。

 遠くから聞こえる人の悲鳴。

 地獄の中心地であっただろうにも拘らず、聖地の様な清浄さを放つ聖杯が降臨したであろう周辺。

 その全てを見た時、綺礼は哄笑しながら悟った。

 矢張り自分の考えは間違っていなかった。

 自分は苦難の果てに聖人と見紛うべき者へと変生し、聖杯の降臨した場所は聖地の如き清浄さを湛えている。

 つまり苦難の果てに人は成長出来る。聖人の域にすら至れる。

 たとえ実力だけでなく運も必要かもしれぬが、それでも人は苦難を糧に前に進める。星すらも苦難を糧に前に進んで見せた。

 此れがギルガメッシュの宝具によるものでも、元を正せば人により作られたモノであるだろう以上、人が自力で苦難を乗り越えられる証明だと綺礼は確信した。

 だが同時に、試練として齎される苦難に終りがあるのかを知りたいと思った。

 人は果て無く苦難に遭い続けねばならないのか、それとも楽園に至れる最後の苦難というべきものが本当に存在するのか否か。

 神が地上に姿を見せぬ以上、人が楽園に至る為の苦難の道は人が見つけねばならないと意気込み、更なる苦難と救いを齎して何としてもそれを見つけようと綺礼は決心した。

 そんな綺礼を愉快気に眺めながらギルガメッシュは、飽きる迄は付き合うと言い、綺礼と共に何処かへと立ち去るべく立ち上がった。

 

 ギルガメッシュと綺礼が何処かへと立ち去ろうとした瞬間、綺礼は切嗣を発見し、切嗣も綺礼を確かに認識した。

 だが、直ぐに切嗣は興味が無いとも心折れたとも取れる瞳で辺りの瓦礫を退け、再び生き残りを探し始めた。

 切嗣のその様を見て興味を無くしたのか落胆したのか判らぬが、綺礼は切嗣から視線を切るとギルガメッシュと共に何処かへと去っていった。

 

 

 

 こうして、第四次聖杯戦争は終りを告げた。

 

 

 

―――――― Interlude Out ――――――

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 第四次聖杯戦争が終わると、参加者とその関係者は其其の日常に戻りだした。

 ただ、其其の日常は少なからず変化していた。

 

 綺礼は先の大火災での孤児達の殆どを引き取り、苦難と救いを与え続けて孤児達を鍛えながら過ごし始めた。

 引き取られた孤児達は年齢に関わらず全員が人格者となり、更に身体を欠損した者も含めて尚文武を高いレベルで併せ持つ者達ばかりであった。

 故、綺礼自身が身に纏う様になった聖人の如き清浄な雰囲気も合わさり、綺礼は多くの冬木市民から絶大な尊敬を集めることになった。

 

 ギルガメッシュは何れ訪れる雁夜との再戦を心待ちにしつつ、醜悪だと言いながらも現代を謳歌していた。

 

 ウェイバーは自身の未熟さを自覚し、自らを鍛える意味も兼ねて、嘗て自身の王が疾走した足跡を辿るべく、仮宿の者達との親交を深めながら旅費を貯めた。

 旅費が貯まり仮宿の老夫婦と別れ際に再開の約束を交わすと、王の足跡を辿る旅を始めた。

 そして旅が終わって時計塔に戻ると、没落しかかっていたエルメロイ家を自分にも責任の一端は在ると思ったウェイバーは建て直しに掛かった。

 すると何時の間にかロード・エルメロイⅡ世と呼ばれる程に成っており、更に最強の魔法使いと呼ばれる間桐雁夜とも縁を持ち、しかもバルトメロイと協力して神性を有する間桐の次期後継者を鍛え上げ、間桐雁夜から代金代わりに超一級の宝具を複数貰いもした。

 しかも、バルトメロイから戦闘訓練を受けた為、封印指定執行者に匹敵する戦闘能力を有する程に成った。

 しかし、ウェイバーが目指す領域は遙かに遠く、身近で規格外の存在を見続けたのでその程度で満足など僅かたりとも出来ず、執行者程度の腕前でしかないことを常に苛立ちながらも毎日己を研鑽しながら過ごした。

 

 凜は父の葬式の後、嘗ての父の教え通り、何れ現れる聖杯を掴むべく研鑽を積み続けた。

 研鑽を続ける最中、父が残した遺産でもある情報網から、間桐雁夜が精霊の域に至った正真正銘人外の魔法使いであり、その戦闘力も受肉した規格外の英霊と比較して全く劣っていない、恐らく人が到達出来る極点と言われる存在だと知った。

 魔術の腕と知識は塵に近いが、物事の本質を見抜く眼力と魔法の扱いに於いては過去現在を併せて並ぶ者が居ないと自身の大師が断言する程だとも知り、更には真言密教に於ける最高神でもある存在を完全な状態で降臨させ、妹でもある桜と睦まじく暮らしていると聞き、仰天した。

 しかも桜は現魔導元帥のバルトメロイと、他人をプロデュースすることに於いては当代一の傑物と謳われるロード・エルメロイⅡ世の二名から教えを受け、教えを受け終わった時には年齢が一桁にも拘らず色を時計塔から贈られる程に成っており、負けてなるものかと凜は独力でだが懸命に研鑽を積み続けた。

 が、当然導き手の有る無しでは圧倒的差が存在し、それが解っていても妹に負けたくないという意地が有る凜は無茶を重ね続け、身体を大きく壊した。

 その時、偶偶凜の様子を見に来ていた雁夜は、凜が無茶せぬ様に無理矢理ウェイバーを呼び付け、更に強引に凜をウェイバーに師事させ、凜の暴走を食い止めた。

 その甲斐も在り、ウェイバーが窶れながら時計塔に戻る頃には、魔術師としては桜と同格とウェイバーに言わしめさせる程になっていた。

 魔術刻印を持たない桜と同格というのが不満だが、自力で目的へ明確に疾走出来る程になった凜は前程焦らず、家訓通り余裕を持って優雅に、だが決して立ち止まる事無く目的へと進み続けた。

 

 葵は時臣の訃報を受けてから徐徐に精神を止んでいき、数年の内に病没した。

 ただ、死ぬ前に葵は凜には若干早いと思いながらも、時臣から伝えられた桜のことを凜に全て伝えた。

 そして、時臣の言葉を伝えることがあるならば、虫がいい話だが自分も愛していたと伝えてほしいと告げ、静かに逝った。

 

 切嗣は聖杯戦争後、娘を救い出すべく幾度もアインツベルンの城へと向かったが、ボロボロになった身体ではアインツベルンの結界を抜けることは叶わず、娘を取り戻すことは叶わなかった。

 だが、自身の娘を最後に、奪い奪われ続けるだけだった切嗣の人生は一変した。

 ただ一人だけ地獄の只中で生き残ってくれた子を養子として迎え、穏やかな人生を切嗣は送り続けた。

 その最中、未来への負の遺産になるだろう聖杯戦争を根絶するべく努め、聖杯戦争が起こる大本の原因を探し当てた末、聖杯戦争を完全に終わらせる仕掛けを施し、未来への不安にけりを付けた。

 そして、養子に迎えた子供が自分の夢を代わりに叶えてくれると言ってくれるのを聞き、切嗣は安らかに逝った。

 

 其其が其其の傷を抱え、力尽きる者もいたが、それでも生き残った者は傷さえ糧として日日を生きていた。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 そして、第四次聖杯戦争を盛大に掻き乱した間桐雁夜は、思いの他に忙しい毎日を送っていた。

 

 桜の魔術教導を受けてもらう際にバルトメロイを間桐の家に招くことにしたのだが、バルトメロイが強烈な貴族主義である為、生半可な屋敷では来日しないと理解した雁夜は、街の景観を完全無視した屋敷と言うか宮殿を建てることにした。

 無論、それに当たって広大な敷地を確保する必要が在り、住宅70棟近くを土地ごと買収し、更に金に物を言わせて騒音公害を完全無視して24時間体制で3ヶ月の突貫工事で重要文化財にも成りそうな代物を建てた。

 しかも施工者は玉藻の軍勢であり、現場監督者は雁夜である為、自重という言葉に正面から喧嘩を売る出来に成っていた。

 何しろ増築(というレベルでは最早無いが)した間桐低は一つの宝具と呼べる程の出来であり、仮令核戦争が起きても無傷で存在し続けられるという、神秘隠匿に喧嘩を売るかの如き構造材で出来ていた。

 更に敷地内に存在する様に建てた神社はアッサリと天照の分社として機能して神気を発し始め、霊脈どころか龍脈から吹き出るマナと相俟って、広大な間桐の敷地は半ば世界の裏側状態になってしまっていた。

 その為、間桐邸には普通に幻想種が存在するという魔窟に成ってしまった。

 当然魔術教会から猛抗議が送られたが、ちょっとやそっとで壊れないのは時計塔も一緒であり、幻想種も程度は低いが保有している魔術の家系は他にも存在する為、抗議は全て論破されてしまった。

 尤も、一番の理由は実力行使に出た際に神話の再現の様な大戦争になり、神秘隠匿が不可能になることを恐れた為であるが。

 

 何とか間桐邸の増築と言えない増築が終わると、遂に桜の魔術修行が始まった。

 当然修行は凄まじい密度なので学校に行く暇など碌に無く、雁夜は効率的に桜が学習出来る様に一般大学卒業迄に必要とされる各分野の教科書を其其数冊に纏める為、教員免許が余裕で取れる程に猛勉強し、見事に教科書を纏めてみせた(歴史関係が最難関だった)。

 

 だが、直ぐに学習する桜を見た雁夜は、自分では魔術師に必要な複数の言語体系は上手く教え切れないと判断し、その方面迄バルトメロイに教えてもらうかどうか悩んだが、時計塔で最近頭角を現したロード・エルメロイⅡ世のことをバルトメロイから聞き、他人をプロデュースすることに関しては絶賛されていると言うのを当てにして頼みに赴いた。

 時計塔に出向いてロード・エルメロイⅡ世に会ってみれば、ウェイバー・ベルベットという、第四次聖杯戦争中に一度会ったことがある者だったが、だからと言って何かが変わるわけでもなく、雁夜はウェイバーに礼を尽くして頼んだ。

 当然急な頼みなので代金として戦闘機が買える程の金を渡し、更に超一級の宝具も渡して何とか納得してもらって来日させた(恩人の近くだということも納得する要素だったらしい)。

 

 実技と座学の担当を分け、漸く一息吐けると雁夜が思った時、懸念していた馬鹿が湧いて間桐邸を襲った。

 並のサーヴァントですら敵と認識されれば瞬殺される結界に踏み込んだ襲撃者は一瞬にして消え去ったが、馬鹿を牽制する為にも、雁夜は馬鹿を送り込んだり嗾けた存在を玉藻と一緒に調べ尽くした。

 そして判明した者達にとっての地獄を振り撒きに雁夜は赴いた。

 余計な事を企んだ者達を雁夜は殺すのではなく、全員の魔術回路を悉く焼き切った。

 更にその者達がが保有していた蔵書や研究成果や魔術物品だけでなく、魔術刻印どころか後継者の魔術回路に至る迄全てを徹底的に消し去った。

 当然そんなことをされればその者達は魔術師として死んだも同然であり、その者達は神秘秘匿の為に然るべき処置を受けることになった。

 雁夜としては殺すのは流石に気が退けた為、二度と歯向かえない様にすればいいだろうという感じでやったことだったが、魔術師達にとっては絶望に落とした儘生き恥を晒させる恐怖の存在と映り、望外の抑止力となった。

 

 時計塔の一派の連中との争いを終え、今度こそゆっくりと出来ると思った雁夜だったが、間桐邸に戻って直ぐに今度は聖堂教会からの干渉があった。

 流石に異教の神と雖も正面切って喧嘩を売れば自分達が全滅しかねないのは十分承知している彼等は、玉藻に不可侵協定を持ち掛けてきた。

 此れに対して玉藻は自分達に干渉しない限りは基本不干渉と告げ、それで用件が終わったかと思った雁夜だったが、吸血鬼以外の人外に成った雁夜は聖堂教会からしてみれば何とも微妙な存在の為、点数稼ぎに吸血鬼退治をしてみないかと言われ、外に出る度に監視の大名行列は勘弁願いたい雁夜は渋渋了承した。

 余りの面倒さと吐き気を催す光景を見続けて挫けそうになったが、恐らく後に桜も通るかもしれない道だと思った雁夜は、どのような理由があるにしろ桜を裏の世界に関わらせた以上、自分が裏の世界のことで泣き言を言うわけにはいかないと自分を叱咤した。

 そして吹っ切れた様に雁夜は黙黙と吸血鬼を殲滅し続けた。

 死徒を十数体滅ぼしただけでなく、27祖を1名滅ぼした。

 基本的に死徒の殲滅よりも生きている者の守護を念頭に置く為余りパッとしない戦績だが、迫り来るアインナッシュを完全に退けて犠牲者0に抑えたのは騎士団から高く評価された。

 他にも、どんな不浄な場所でも容易く浄化して聖地の様に出来る雁夜は聖堂教会から非常に重宝され、何とか聖堂教会から敵視されることは無くなった。

 

 幾度か戻ってはいたが、漸く腰を据えて落ち着けられると間桐邸に戻った雁夜は、もう直ぐ桜の修行が半分程終わると知り、慌ててバルトメロイに渡す宝具の作成に取り掛かった。

 前金代わりの試作品は概念や行動を強化する単純且つ基本でありながら万能の物であったので、中間支払い金代わりに渡す試験品は、単純且つ基本を覆す単一の物にしようと雁夜は安易に決めた。

 安易な考えではあるが、桜を修行してくれている恩に報いる為にも一切手抜きせずに創り上げた。

 そして完成した品は、大気のマナに異物を混ぜ、相手がそれを魔術回路に取り込むと魔術回路そのものを変質させ、魔力が流れると問答無用で暴走するようにするという、純粋な人間の魔術師ならば一発で魔術師生命を絶たれる極悪な代物が出来上がった。

 しかも超一級の宝具である為、効果が解っていても防御することは極めて困難であるという、雁夜の魔術師嫌いの異名に拍車を掛ける代物であった。

 

 そして今度こそ一息吐けると雁夜が思った時、那須の山を管理していることについて日本の退魔組織から次代の管理者は誰にするのかという話が舞い込んできた。

 どうやら雁夜がギルガメッシュと再戦を果たすと言う際、この世界から出て行くという話が何処からか漏れて日本の退魔組織に伝わったらしく、利権が絡んでいる連中からの追求が煩いので、玉藻を呼んで規格外の東洋の術式である呪術を披露してもらい、それを桜へある程度継承させるから桜が次代の那須の管理者に成ると告げて黙らせた。

 桜が呪術を使えるかどうかは未知数だが、玉藻が自分(天照大神=大日如来)に祈りを捧げれば覚者の如く神の力で事を成せると告げると、反論は全て消え去った。

 桜の意思確認を済ませていると雖も、桜を交えず話を進めるのは若干気が引けたが、人間性が殆ど感じられない為悪意も殆ど感じられないバルトメロイと、何だかんだで人が良いウェイバーと違い、悪意が人の形になっているような者達が居る場に未だ対人関係能力が著しく低い桜を立たせるのは明らかなマイナスだと判断した雁夜が殆ど一人で矢面に立って退魔組織との折衝を務めた。

 何処から漏れたのかは定かではないが、雁夜が自分達とは違う方法で内側から至ったとして興味が有る両義という家と、東洋の術式を操る巫浄という同じく退魔四家の二家とパイプを作り、特に巫浄とは桜が長く付き合うことになると思った雁夜は呪術等の蔵書を訪ねれば閲覧させたり宝具の貸出もすると可也の好条件を提示して太いパイプを作った。

 その途中、雁夜に興味を抱いた第五の魔法使いの姉と名乗る蒼崎橙子と出逢い、万が一の時は桜の義手や義足や義眼を作ってくれる様に渡りを付けた。

 無論盛大に毟られ、金銭だけでも兆に迫る程毟られ、奪われた魔眼殺しを超える物を創らされ、定着した魂の格を引き上げる人形の製作に付き合わされたりと、他の魔術師が知ればほぼ確実に非難する程毟られたが、5回はどんな危険な依頼でも必要経費だけで全力で請け負い、その後も懇意にすると確約してもらった。

 

 裏関係での問題を漸く一段落させ、漸っと表の世界でのんびり出来ると思いながら雁夜が間桐邸に戻ると、気付けば世界有数のコングロマリットの最高責任者へと玉藻によって仕立て上げられていた雁夜は、何十もの政財界や企業のパーティーに出席する羽目になった。

 しかも自分の敷地に招いてパーティーを開催した上で桜を次期後継者として御披露目する必要があったので、適当な所に表の者と会う為の屋敷を建て、そこでパーティーを開いて桜をトップの者達だけに御披露目した(10秒以内に退席させた)。

 一応桜が20歳に成る迄にマスコミに情報を流したりマスコミが情報を流布させたら、関係各社及び当事者を採算度外視で破滅させると解り易く告げ、マスコミに強力な圧力を掛けた。

 当然高を括って小金目的でマスコミに情報を流す馬鹿が居たが、情報を渡されただけの奴も含めて全て財産を毟った上で適当な国籍に改竄して国外に放り捨てた(情報を渡されただけの者はマシな戸籍と場所に捨てられたが、悪意有りや馬鹿と判断された者は北朝鮮やミャンマーなどに容赦無く放り捨てた)。

 無論どれだけ情報を封鎖しても桜が学校に通い出せば口コミで次期後継者と広がるだろう事は必須の為、雁夜は桜から目を逸らす為に東京に土地を遊ばせていると非難される程の大豪邸を建て、其処に自分達の影武者を住まわせて世間の目を其方に集中させ、冬木の邸宅は傍流に譲ったと誤解する様に仕向けた。

 更に今は玉藻の軍勢のみで幹部を固めているが、自分達が離れると一気に組織の屋台骨が抜けてしまう為、裏の理由で桜(と言うか間桐)を裏切れない連中を見繕って幹部に就く様に奔走し、副総帥には玉藻の欠片でもあり間桐邸でならば存在出来る稲荷神に努めてもらうことにした(対価に稲荷神社への助勢や社の推奨宗教に神道や真言密教を掲げたりもした)。

 

 今度の今度こそゆっくり出来ると思った雁夜だったが、間も無く桜の修行が終わるという報せを受けた。

 だが、今度は桜がゆっくり出来る日日が来ると、後金代わりの魔術師の為の魔術師に対する宝具の完成品を嬉嬉として創り始めた。

 そして完成した宝具は、使用者の行動や概念をA以上に強化し、A以下の守りしか持たない者の魔術回路を変質させる要素で周囲を満たし、装備者に対するA以下の魔術干渉を完全遮断するという超極悪品が出来上がった。

 しかも貴い魔術回路を用いて起動する為、バルトメロイ家以外の者が奪ったところで起動出来ないどころか暴走して魔術師生命が一瞬で終り、貴い魔術回路を持つバルトメロイは魔術回路変質の対象外の為、相手がマナ供給不可能にも拘らず好き勝手マナを補給した上で宝具にも匹敵する大魔術ですら無効化するという、魔術師が敵に回してはいけない存在へとバルトメロイ家を押し上げてしまった。

 おまけに試作品と試験品を融合させれば(融合解除可能)A+迄が対象となる、文字通り魔法の域の一品となるのだった。

 桜の修行が無事終り、完成品を受け取ったバルトメロイは大満足して時計塔へと帰り、その立場をより強固としつつも雁夜と並んで究極の対魔術師と恐れられ、同種の宝具を渡されるだろう桜も恐れられた。

 更にバルトメロイに僅かに遅れてウェイバーの座学の方も終り、既に代金と代金代わりは払っているが、感謝を籠めて嘗てアレクサンドロス3世が振るったとされる剣を贈った(暇さえあれば熱くイスカンダルのことを桜に語っていたので尊敬しているのは容易く解った)。

 どうやら少なくても同型の物なのは間違い無いらしく、感激しながら礼を言って去っていった。

 

 慌ただしかった数年が過ぎ、漸く魔術協会や聖堂教会や退魔組織との柵も一段落し、待ちに待った穏やかな日日が雁夜達に訪れた。

 が、その矢先に葵が病死したとの訃報が届いた。

 念の為に桜に葬儀に出席するかと訪ねたが、未だ蟠りは消えていないらしく、出席を拒否した。

 蟠りが解けた時に墓参りをすればいいと思った雁夜は無理に葬儀に参加させず、一人だけで葬儀に参加した。

 葬儀の場には当然だが凜が居り、久方振りに会った凜は雁夜がどういう存在なのか知ってしまったのか、酷く緊張して応対していた。

 だが、昔通りの対応を雁夜は望み、困った時には力になると言って葬儀の後に別れた。

 しかし暫くの後に一人暮らしは大変だろうと思って凜の様子を見に赴いた雁夜は、無茶をし過ぎてボロボロになった凜と会い、妹の桜への過剰な対抗心から無茶をしたと知り、直ぐに無理矢理ウェイバーを呼び付けた。

 そして互いに困惑するウェイバーと凜を強引に師事し師事される関係にした。

 無論ウェイバーが抗議したが、マケドニアの遺跡発掘権を遺跡発掘隊ごと譲ると雁夜が言うと、渋渋ながら請け負った。

 その後突如講師を一時的に引き抜かれた時計塔が文句を纏めて抗議に移す前に、雁夜は金だと抗議を受ける者達には効果が現れないと思った為、魔導元帥の二人をして神域と言わしめる魔力の操作法を何名かに教えると時計塔に侘び代わりに告げようとした雁夜だったが、それを知ったウェイバーが時計塔からの文句は全て自分が引き受けるから自分にそれを教えてほしいと言い出し、態態時計塔に行かずに済むならそれに越したことは無いと思った雁夜は了承した。

 一度バルトメロイに桜の修行を頼む前に教えていただけに、二度目は要領良く教えることが出来、ウェイバーは雁夜からの師事を受けた成果で自分の理論を補強出来ると喜んでいた。

 

 そして改めて穏やかな日日が訪れた雁夜達は、桜が学校に通う前に桜の対人恐怖症とも言える状態を改善する為、のんびり暮らしながらも稀に外に連れ出して少しずつだが人との触れ合いを増やしていった。

 幸い、義務教育どころか大学すら卒業出来る程の学力が桜はあり、学校の勉強を気にせずに伸び伸びと日日を過ごした。

 そして数年の後に人見知りが激しいといえる程度に迄回復した桜は、遂に学校へと通いだした。

 玉藻との呪術関連の修行があるものの、玉藻の神気を取り込んだ為か尋常ならざる速度で修得し続けているので、学校との両立は十分可能だった。

 尚、桜は裏だけでなく表でも狙われる人物だが、雁夜が桜の為に文字通り心血どころか骨肉を費やして創り上げたバルトメロイに渡した物を超える超一級の宝具を携帯させ、更に現代の魔術師と戦争を起こせる様な性能の一部を公開した為、桜自身の優秀さと相俟り、裏の関係者で桜に手を出そうとする自殺志願者はまず居なかった。

 だが、表の者は普通に営利誘拐を企てる為、桜の視界に極力入らない様にボディガードを30名以上配備し、事件を未然に防ぎ続けた。

 当然桜の傍に居ると魔術と関わることになるので退魔組織から高額で派遣してもらっているが、将来を視野に入れて人材育成をするようにもした。

 

 本当に漸く穏やかな日日を送られるようになった頃、桜は小学校を卒業して中学校へと入学した。

 それを一つの節目と見た雁夜は玉藻と桜と話し合い、桜が中学を卒業したらこの世界から出て行くことにした。

 桜としては漸く穏やかに暮らせるようになったのだから、この儘ずっと一緒に暮らしたいと久し振りに我儘を言った。

 だが、自分達が長く傍に居ると桜の道を必要以上に狭めてしまうと理解している雁夜達は根気強く諭し続けた。

 自分の為に雁夜や玉藻がどれだけ行動してくれたのかを知っている桜は別れたくなかったが、立派に自分が独り立ちすることが自分に出来る唯一の恩返しだと思い、大泣きしながらもそれを了承した。

 そして、桜との別れの大まかな日日が決まった時、雁夜はギルガメッシュへと会いに赴き、再戦の時を桜の卒業式翌日の正午にし、場所は人目に付かない離島で行う旨を伝えた。

 するとギルガメッシュは楽しみに待っていると一言告げてどこかへと去った。

 

 明確な終りが見えた雁夜達の暮らしだったが桜は特に生活を変えたりせず、日日の穏やかな暮らしを何よりも大切にしながら過ごした。

 気になる異性が出来たりもしたらしく、昼食を落とした際に分けて貰って縁が出来たらしく、頻繁に料理を教えてもらうべくその少年の家へ訪ねるようにもなった。

 そしてその少年の家が増築した間桐邸の端の直ぐ傍だった為、雁夜と玉藻は気を利かせて生活の場をそちら側に移そうとしたのだが、間桐の本館こそが自分が暮らす所だと桜は申し出を断った。

 だが、歩いて行き来するには結構な距離があるので、雁夜は間桐邸の敷地内なら免許が不要なので乗り物を桜に送った。

 尚、雁夜は桜が懸想している少年がどのような人物か興味を持って会ったのだが、第四次聖杯戦争の時に銃刀法違反に正面から喧嘩を売り捲くっていた者の養子と知って驚いた。

 衛宮士郎が魔術の存在を知っているだけの一般人か、半人前未満の魔術師か判断が付かなかった雁夜だが、何方であろうと構わないと思い、保護者を名乗っている藤村大河なる人物が居る前で――――――

[桜ちゃんと同じ夢見るか、桜ちゃんを一番に想えないなら、交際するなよ?

 後、桜ちゃんを弄んだら殺す。山に隠れたら山を消し飛ばしてでも殺す。海に逃げたら海を干上がらせてでも見付けて殺す。法を捻じ曲げてでも殺す。戦争を引き起こしてでも殺す。俺が死んでても呪い殺す。

 だけど……相互理解の口論で泣かせたりするのは咎めん。遠慮無く意見をぶつけ合って理解しあえ。

 そして若さ故の過ちとかふざけたことは犯さないようにしろ。去勢されたくなかったらな]

――――――両者が失禁しかねない迫力で釘を刺した。

 

 凜との関係は赤の他人に近い状態だが、桜は充実した生活を送り続けた。

 学生の本分の学業は教師に物を教えられる程であり、運動関係は自衛の為にバルトメロイに徹底的に鍛え上げられたので魔術の補佐無しでオリンピックで優勝が十分可能な域にあり(授業ではバレない程度に手を抜いている)、容姿は文句無しの深窓の美少女であり、家柄は世界有数のコングロマリット(の傍流と思われている)、人格は対人恐怖症気味だがそれを抜かせば間違い無く人格者、という凄まじい人物である為、同校に在籍している姉の凜と二分する程に男女から好意的に見られていた。

 迫り来る別れの日は哀しいものの、桜は幸せを謳歌していた。

 恋心を寄せる少年と歩く朝の通学路。

 休み時間に飛び交う、明日になれば忘れてしまうような他愛無い話。

 放課後のグラウンドでの喧騒。

 帰りに立ち寄る商店街の活気。

 数日に一度、想いを寄せる少年に教わる料理の時間。

 少年の保護者だけでなく自分の保護者と一緒に食べる夕飯。

 入浴して特に何を話すでもなく同じ空間で寛ぐ時間。

 一人部屋で宿題を終わらせ、一日の出来事を思い返す時間。

 今では一人で電気を消して眠り、朝は大抵自然と目が覚める。

 そして居間で温かく雁夜と玉藻に迎えられる。

 そんな日常を桜は何よりも大切な宝物として日常を送り続けた。

 

 春が終り、夏が終り、秋が終り、冬が終った。

 春が再び訪れ、夏が再び訪れ、秋が再び訪れ、冬が再び訪れた。

 最後の春が過ぎ、最後の夏が過ぎ、最後の秋が過ぎ、そして、最後の冬が過ぎようとしていた。

 

 

 

 桜の卒業式を明日に控えた日の夜。

 間も無く日付が変わろうかという頃、雁夜は炬燵に入った儘、何度目と知れぬ溜息を吐いた。

 別に明日に桜と別れるわけではないのだが、それでも雁夜の内心は複雑だった。

 本来なら桜の成長の節目は盛大に喜びながら祝ってやりたかった。

 だが、桜の卒業が確定し、卒業取り消し期間の3月を無事に過ぎれば、日付変更後直ぐにゼルレッチに何処かの世界に飛ばしてもらうことになっているので、雁夜は素直に喜べずにいた。

 何度も以前桜が言った様に、桜が死ぬ迄此の世界に留まって桜を見守ろうかと思ったが、自分達が此の世界に居ると知られた上で桜が狙い易い状態になれば、桜が人質になる可能性が跳ね上がり、ならばとばかりにずっと桜の傍に居れば桜の道を間違い無く狭めてしまい、呪術も習い修めた今の桜の元に長長と自分達が居れば、桜が独り立ちした時に桜を人質にすれば、理由も無く長い間一緒に居た自分達を呼び寄せられると勘違いする馬鹿が大量に湧きかねない為、節目でもある今の時期に別れなければならないのは雁夜も十分解っていた。

 しかし、それでも桜が望むなら違う世界で共に暮らしてしまおうかという考えを雁夜は捨てられず、自己嫌悪に陥っていた。

 

 桜を違う世界に連れていくということは、唯一の肉親である凜だけでなく、士郎や大河という、漸く育んだ人間関係を放棄させることであり、自分がそれを少しでも望んでしまったことに雁夜は自己嫌悪に陥り、自分がこんな様だと涙ながらに此の決断を受け入れてくれた桜に合わせる顔が無いと思い、更に落ち込んだ。

 そしてそんな雁夜の考えが見て取れる玉藻は苦笑いしながら雁夜の隣に移動し、雁夜を見上げる様にしながら声を掛ける。

 

「ご主人様。余り深く思い詰めない方が良いですよ?

 攫って行きたいという思いは、ご主人様が桜ちゃんを愛していることの裏返しなんですから」

「……何でお前は平気そうなんだ?」

 

 平然としている玉藻を見た雁夜は、八つ当たりしそうになるのを必死に抑えながら玉藻に問い掛ける。

 すると玉藻は苦笑しながら答えを返す。

 

「此の前私と桜ちゃんが一緒に寝た時、それはもう徹底的に本音を暴露し合いましたから、気持ちの整理は既に付いています。

 勿論私だけじゃなく、桜ちゃんも気持ちの整理は付いています」

「…………気持ちの整理が付いていないのは俺だけか」

 

 自嘲気味にそう呟く雁夜。

 そしてそんな雁夜に玉藻は穏やかな笑みを浮かべながら言う。

 

「桜ちゃんに弱い所を見せて心配させない様に抱え込んでいたんですよね?」

「……ああ」

「桜ちゃんに話さない様にしてるうちに、私に相談するのも忘れたんですよね?」

「…………ああ」

 

 俯いてそう返す雁夜。

 そんな雁夜に玉藻はどう返したものかと少し逡巡するが、――――――

 

「えいっ♥」

 

――――――雁夜の顔を自分の胸に抱き寄せながら寝転がった。

 何時もなら慌てて抜け出そうとするのだろうが、今の雁夜は特に頬を赤らめたりもせずにされるが儘になっていた。

 そんな雁夜を見た玉藻は相当参っていると想い、殊更明るい声音で話す。

 

「ご主人様? あんまり一人で悩んでも良い結論なんて出ないですよ?

 特にご主人様は身内には基本ヘタレなんですから、悩めば悩む程ドツボに嵌りますから。

 しかもそんな状態で行動したら、奈落の如き墓穴にみんなを巻き込みますよ? 無間地獄一直線ですよ?

 ですから、そうならない為にも、此処は究極の良妻狐に悩みをパーっと話しちゃって下さい♪」

「…………」

 

 玉藻が明るく悩みを打ち明けるよう言うが、沈黙だけで何も返さない雁夜。

 そんな雁夜に玉藻は軽い声から真剣な声に切り替えて話し掛ける。

 

「ご主人様? 子供に弱い所を見せたくないのは立派だと思いますけど、付き合ってる相手に弱い所を見せたくないというのはNGです。

 女も好きな人の悩みや苦しみは、抱えたり背負ったりしたいものなんですよ?

 たとえ直接力になれなくても、悩みや苦しみを打ち明けてもらいたいものなんですよ?

 相手の力になれないのも、相手の悩みや苦しみが解らないのも、相手に頼られないってことですから、男の方だけでなく女も辛いんですよ?とってもとっても辛いんですよ?

 

 まるでお飾りみたいに大切にされるだけなのは相手がすっごく遠く思えますから、一緒に居たいし居てほしいと思う相手には弱みを見せるのも男の度量なんです。

 そして良い女は笑顔でそれを受け止めて男の方を立てるものなんです。

 ですからご主人様、私を良い女にさせて下さい」

 

 玉藻のその言葉を聞き、知らない間に玉藻に又甘えていたのだと雁夜は思い知った。

 そして、雁夜は玉藻に自分の想いを正直に話した。

 本当は別れたくなく、出来るなら此処に留まりたいと。

 此処が危険なら安全な世界に一緒に移りたいと。

 だけどそれと同じだけ桜に何時か残された最後の肉親との蟠りを解き、両親が欠けてしまったが、昔みたいに笑い合ってほしいと思っていると。

 勝手な言い分だが、自分みたいに譲れぬ価値観の相違で袂を解ったのでなければ、何時の日か姉妹仲良く暮らしてほしいと。

 初めて自分達以外に興味を持ったであろう、あの少年と幸せに一生を過ごしてほしいと。

 完全ではないが陽の当たる世界に戻れたのだから、そこで培った絆と日常を何よりも大切にしてほしいと。

 だが、だからこそそれらを全否定するようなことを思う自分が許せないと。

 純粋に桜の未来を思えないのが、何よりも口惜しくて惨めだと。

 涙ながらに雁夜は語った。

 

 それを聞いた玉藻は、何処迄も優しい声で雁夜に語る。

 別れたくないと思うのは当然だと。

 自分も桜も、周りの環境さえ許せば何時迄も一緒に居たいと思っていると。

 残された肉親との関係は雁夜の身勝手な理想かもしれないが、雁夜がその理想の為にどれだけ身を粉にしたのか、自分だけでなく桜も知っていると。

 だからこそ、それが叶うかどうかは別にして、桜は雁夜の祈りを無下にしないと。

 あの少年に想いが届くかは判らないが、あの少年から広がる絆は決して無駄にはならないと。

 それらの価値を桜は、涙が出るほどに尊いものだと理解していると。

 そして、それ程桜の未来を思っているのに湧き出る想いは恥ずべきものじゃないと。

 その想いを禁忌としているなら、溢れ出るその想いは寧ろ誇っても良いものだと。

 玉藻は優しく語った。

 

 そして、その会話を聞いていた扉の外の者は、音を立てぬ様に二階の自室へと戻った。

 後には、哀しさと安らぎが混じった表情で眠る雁夜と、優しい笑みで雁夜を抱き締めた玉藻だけが一階に居た。

 

 

 翌日、雁夜は玉藻と一緒に盛大に桜の卒業を祝った。

 祝われた桜は色んな想いが篭った涙を流しながら、[今迄本当にありがとうございました]、と返した

 その後、校門前で桜の親しい者を全員呼んで雁夜と玉藻を含めた記念写真を撮り、その儘全員を間桐邸へと招き、どんちゃん騒ぎをしながら祝い続けた。

 

 そして翌日、玉藻と桜が見守る中、雁夜はギルガメッシュと絶海の孤島で対峙した。

 

 

 







 次回からは更新速度が低下する予定です。
 絶対ではありませんが、予定が立て込み始めましたので、次回からは更新速度が大幅に低下する筈です。
 ですが、雁夜とギルガメッシュとの戦闘を省略すれば次話で一先ず終わりますので、更新放棄にはならないと思われますので、御付き合い下されば幸いです。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告