カッコ好いかもしれない雁夜おじさん   作:駆け出し始め

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拾陸続・カッコ好いかもしれない雁夜おじさん

 

 

 

 冬木教会の敷地前、狐の耳と尾を隠し、更に露出度の高いゴスロリの服の上にコートを羽織るという、季節を知らずに来日した外国人かただの痴女と思われる格好をした玉藻は、冬木教会敷地内に入ろうとせず、少し心配な顔で雁夜と桜に話し掛けた。

 

「いいですか?もし話が拗れそうだと思ったら私を心の中で呼んで下さい。

 そしたらあら不思議?サーヴァントも含めた全員が私達を祝福する従順な奴隷になって、綺麗に丸く解決しますから」

「あら不思議じゃねえよ!」

「あうん♪」

 

 殆ど洗脳すると言っている様な発言に対し、雁夜は玉藻の頭に手刀を振り下ろした。

 勿論殆ど力は籠めておらず、手刀で叩かれた玉藻は陽気な声を上げた。

 そして全く堪えていない玉藻を見た雁夜は、どうせ効きはしないのだからアスファルトを突き破って地面に埋まる程の勢いで叩くべきだったかと一瞬考えたが、交際すると言ってからは効かないと解っていても余り無体に扱うのに抵抗を覚えるようになってしまい、結局見た目的にじゃれ合っているカップルの様なツッコミしか出来なくなってしまった。

 だが、何と無くそれも悪くないと思っている自分に内心で現金なものだと呆れつつも、やはりそれすらも悪くないと思っている自分に雁夜は内心で苦笑しながら玉藻に話し掛ける。

 

「と言うか、本当にここで待ってる気か?」

「激しく舐められるでしょうけど、余所の神様の家に誘いも無く上がり込むのは止めといた方が文句を言われないで済むでしょうし」

「まあ、それで馬鹿が涌いて向かってきたら、取り合えずは捕獲して魔術協会にでも引き渡そう。

 そしてそれで図に乗ったら段階を飛ばして軽く責任者だけ残して部署を消して、残った責任者は魔術協会に売ろう」

「わー♪主様ってなかなかバイオレンスですね☆」

「何処がだ?

 〔問題を起こす奴を片っ端から消していけば世界は平和になる〕、という世界平和のスローガンに則っているだけだが?」

 

 その言葉を聞き、珍しく玉藻が他者の発言の黒さに頬を引き攣らせた。

 そして僅かに頬を引き攣らせながら玉藻が雁夜に尋ねる。

 

「まさかとは思いますけど、本気じゃないですよね?」

「まさか。流石にそこ迄馬鹿じゃないぞ、俺は」

「そ、そうですよね~」

 

 一安心とばかりに苦笑いしながら相槌を打つ玉藻。

 だが、次に雁夜が告げる一言は玉藻の予想を超えるものだった。

 

「俺は世界平和なんて危険な思想は欠片も持っちゃいない」

「………………」

 

 堂堂と言うより至極当然に一般人的思考を駄目方面に炸裂させる雁夜の発言に対し、玉藻は雁夜が何度も宣言している通り、自分達以外の生死や幸不幸に本気で関心が無いと理解した。

 だが、玉藻も雁夜と同じく自分の好きな者達以外はどうでもいいと思っている為、特に雁夜の冷酷と言うか淡白な一面に対する文句は無く、寧ろ浮気の心配が格段に減って喜ばしいことだと判断し、好意的に受け止めて会話を再開することにした。

 

「まあ、ご主人様の素敵にクールな一面はさて置き、真面目に注意して下さいね、ご主人様。

 性倒錯者の持ってる剣はご主人様がパカスカ捌いていた剣の1本と変わらない程度ですけど、担い手によって力を解放されると、最後の激突の余波程度の破壊が巻き起こりますから、ご主人様は怪我で済みますけど桜ちゃんは確実に消し飛びますからね?

 ですから、危険だと思ったら迷わず私を心の中でを呼んで下さい。最速で桜ちゃんを間桐邸に転移してみせますから」

「……話し合いを見聞きしないつもりか?」

 

 意外な顔でそう言う雁夜。

 それに対し玉藻は、苦笑いしながら答えを返す。

 

「盗み聞きと覗き見してたら敷地内に入るのと余り変わらないじゃありませんか」

「まぁ、そうだが」

「それにですね、良妻は夫の帰り信じて待つのが勤めなんですよ♥」

 

 悪戯っぽくそう言う玉藻。

 だが、気恥ずかしくなった雁夜は精一杯の抵抗とばかりに反論を試みる。

 

「だから、俺とお前は結婚してるわけじゃないだろが?」

「なら、自分の恋人の帰りを信じて待つのも良い女の条件、と言い替えますね♪」

「うっ……」

 

 そう言われると雁夜は反論出来ず、肩を落として溜息を吐くだけだった。

 だが、何時迄も簡易結界の中でとは雖も話し込むわけにはいかないと思った雁夜は、気を取り直して玉藻に告げる。

 

「それじゃあ行くとする。

 万が一馬鹿が余計なちょっかい掛けたら遠慮は要らんぞ。

 少なくても、今の聖杯戦争関係者でお前を知らずに突撃したとかいう戯言は在り得ないし、若し知らなければそれは伝達を怠った教会側の責任だ」

 

 雁夜がそう告げると玉藻は簡易結界を解き、周囲に自分達の会話が聞こえる様にしてから返事を述べる。

 

「了解しました。礼節は払えども下手に出ず、無礼を働く輩は知覚出来ぬ速度で以って、塵一つ残さず迅速に処理致します」

「無礼の線引きは任せる。

 では行ってくる」

「御気を付けて」

「……行ってきます」

「はい。十分に気を付けて下さいね。

 危ないと思ったら何時でも呼んで下さい。

 直ぐに安全圏へと避難出来ますので」

 

 優しい微笑で語り掛ける玉藻だったが、桜は雁夜の手を少し強く握って言葉を返す。

 

「大丈夫……雁夜おじさんが……傍にいる」

 

 その言葉に少し驚いた表情をする玉藻。

 だが、直ぐに満面の笑みを浮かべ、そして照れ笑いをしている雁夜を軽く見た後、穏やかな声音で桜に言葉を返す。

 

「ふふふ。確かにご主人様が居られれば安心ですね」

「うん。

 だから……がんばる」

 

 自分が時臣と遇っても雁夜達は間違い無く大丈夫と安心した桜は、後は自分の問題とだとばかりに小さな身体に精一杯の勇気を漲らせながらそう告げた。

 そして玉藻はそんな桜の目線まで屈み込み、優しく頭を撫でながらも力強く――――――

 

「はい。行ってらっしゃい」

 

――――――と言った。

 その言葉に桜は力強く頷くと、雁夜の手に引かれて冬木教会の玄関へと歩みを進めていった。

 

 

 雁夜に手を引かれているとはいえ、気後れせずに歩む桜の後姿を玉藻は、嬉しさと誇らしさと少しの寂しさが混じった瞳で見送った。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 教会の扉の前に着いた雁夜は、ノックをするべきか少し逡巡したが、神の家は何人にも開かれているというのが謳い文句なのを思い出し、無言で扉を開けて中に踏み入った。

 

 雁夜と桜が中に入ると、既に他の者達は揃っていた。

 指定時間の零時5分以上前だったが、何と無く全員が遅過ぎると非難する様な視線を雁夜に向けているようであった。

 が、雁夜は指定時間前に来たのだから文句を言われる筋合いは無いと気にせず歩みを再開した。

 

 やがて聖卓の向こうの神父と、会衆席の左最前列の時臣と右最前列のアイリスフィール達と中央通路の雁夜を結んで大体正方形に成る位置で雁夜は立ち止まる。

 そして雁夜は軽く時臣とアイリスフィールを見た後、聖卓の向こうに立つ神父へと告げる。

 

「間桐家現当主間桐雁夜です。

 本日は此方の一方的且つ急な要求にも拘らず、此の場を会談の場として使用させて下さり、遅まきながら感謝を申し上げます」

「初めまして。間桐の当主殿よ。

 私は聖堂教会第八秘蹟会所属の司祭であり、此度の聖杯戦争の監督役である言峰璃正と申す。

 

 今回は急な要請であったが、聖杯戦争の趨勢を決める重要事で有ると判断し、一先ずは要請にお応えしたが、次回以降は無いと思っていただきたい」

「寛大な対処痛み入ります。そして御安心を。

 私は貴方の御子息の様に暗躍することもなければ、貴方の前に姿を見せることは恐らくもう無いでしょうし、最早聖杯戦争に自発的に関わるつもりは一切御座いませんので」

「息子を誰かと勘違いされているようですが、次が無いのならば此方からこれ以上このことに対して言及することは御座いませんな」

「此方も貴方方の交友関係を言及する気は此れ以上有りませんので、早速ですが会談の立会人を兼ねて司会か進行役を務めてもらっても宜しいでしょうか?」

「そうですな。

 四方山話をして周りの方々を待たせるわけにもいきませんしな」

 

 そう璃正が告げると、漸く会話が一段落した。

 

 雁夜から譲歩というか罰則という名の徴発を行いたい璃正と、下手に出る気も無ければ今後関わる気が欠片も無い雁夜の軽い舌戦は、当然というかアサシンが敗退していないにも拘らず匿い続けているという点を突かれた璃正の負けという容で決着が付いた。

 だが、璃正も本気で雁夜に罰則を課せられるとは思っていなかったのか、特に気にした風もなく会談を進行させるべく話を始める。

 

「本来ならば互いの来歴を告げるなどをするべきなのでしょうが、どうやらそれは必要無さそうなので省略してもかまわないでしょうな。

 では、早速最大の焦点であろうが既に解決されているであろう、〔サーヴァントを聖杯に焼べずに途中退場する件〕、について話し合ってもらうといたしましょう。

 さて、各々方、存分に意見を交し合ってくれたまえ」

 

 璃正がそう告げると、時臣は静かに皆を見渡し先ずは自分から発言しようとした。

 雁夜もアイリスフィールも、別に自分が言う必要も無いだろうと思い、時臣に発言権を邪魔する気は無かった。

 だが、そこに突如挙手をする者が現れた。

 それはアイリスフィールの斜め後ろに控えたセイバーであった。

 

 セイバーが挙手したことに、話しに興味が無い桜以外は少なからず驚いた顔でセイバーを見た。

 そしてセイバーが挙手した為意見を出そうとしている者が二名になってしまったが、時臣は分を弁えているだろうセイバーが敢えて介入したのはそれなりの用件だと判断した為、雁夜とアイリスフィールに視線で自分の発言は後で構わないと告げた。

 そして雁夜もセイバーに発言させて構わないと視線でアイリスフィールに告げ、両者からの了解を得たアイリスフィールは、セイバーに首肯で発言して構わない旨を告げる。

 するとアイリスフィールの意図を正しく認識したセイバーは発言する。

 

「発言を許可して頂き感謝します」

 

 そう言うとアイリスフィールの僅か前に歩み出で、一度軽く会釈をするセイバー。

 そして直ぐに身体を雁夜の方に向け発言を続ける。

 

「議題とは関係の無いことを尋ねてしまいますが、先程間桐家の当主殿達と居られた神霊玉藻の前殿は何処に居られるのでしょうか?

 遠坂のサーヴァントであろうアーチャーは散策に出かけている旨は本人が告げていますが、間桐陣営の最大戦力が会談の場に現れずに何処に居られるのかが不明なのは、アイリスフィールの安全を預かる者としては好ましく無い事態ですので、是非ともお教え願いたい」

 

 セイバーの発言を聞き、雁夜達以外はセイバーの発言にそれから聞くべきだったという様な顔をした後、雁夜に返答を促す視線を向けた。

 特に一人だけサーヴァントというか護衛を引き連れてきたアイリスフィールは、何と無く居心地の悪さもある為、他の二名より若干追求の強い視線を雁夜へと向ける。

 そして四名の追求の視線に晒された雁夜は、特に気負った様子も無く返答する。

 

「単に、〔他宗教の神が他宗教の神の家に招かれもせず上がり込むのは問題がある〕、という理由に因り、教会の敷地外にて待たせている。

 態態会談の場を提供する者の神経を逆撫でして余計なイザコザを生むのは本意じゃない。

 尤も、遠坂とアインツベルンが議題進行にその存在が必要と見做し、更に此の教会の管理者であろう言峰神父が許可するのならば此の場に喚んでも構いませんが?」

 

 雁夜のその言葉を聞き、此の場に玉藻を招くべきかどうか其其思考し出した。

 

 時臣は、魔術師としては神霊の御業を見られる可能性を放棄するのは考えられないが、御三家の一人としては議題的にその神霊に死んで聖杯に焼べられろと受け取られても仕方ない発言を行う必要がある為、サーヴァントでもなければ魂が圧壊するだろう威嚇に晒されない為にも、玉藻は此の場に居ない方が都合が良いと判断した。

 対して典型的な魔術師とは言えないアイリスフィールは、近くに居ようが遠くに居ようが敵対した瞬間に負けが確定するならば、精神衛生上の為にも此の儘近くに居ない方が良いと判断した。

 そして神の家たる冬木教会の責任者である璃正は、他宗教は基本的に撲滅対称な為、上がり込まないと言っている他宗教の最高神を態態招き入れるつもりは微塵も無い為、此の儘で良しと判断した。

 尚、他宗教が廃絶対象であるにも拘らず、他宗教の最高神である玉藻を璃正が放置している理由は単に、〔聖堂教会の全戦力で不意打ちしたところで容易く鏖殺するだろう化け物に、独断で余計な干渉をするのは自分の領分を越えている〕、と思っている為であった。

 

 三者とも過程は違うが同じ結論に達したことを目で確認し合う。

 そして三者は雁夜に向けて軽く首を横に振ることで玉藻を此の場に招く必要が無い旨を伝えた。

 すると雁夜は了承したと一度首肯し、確認の為に声に出す。

 

「喚ぶ必要が無いと受け取ったので、何かしらの事態推移が無い限りは喚ばないことにしよう」

 

 雁夜の確認の言葉に対し、三者とも問題が無いと軽く首肯で返す。

 尚セイバーは、確認は仕方が無いが議題進行に意見するのは己の分を超えていると判断しているので既にアイリスフィールの斜め後ろに下がっており、自身の確認に付き合ってくれた雁夜に軽く会釈して不動の体勢に入った。

 

 そしてそれを見た時臣は話を進められると判断し、一度軽く週を見回した後に話しを切り出す。

 

「さて、それでは改めて話をさせてもらうとしよう。

 遠坂としては此度の聖杯戦争を間桐の当主が途中脱退すること自体にに異論は無い。

 聖堂教会に保護を求めるならば令呪の破棄とサーヴァントとの縁切りは必須だが、それを望まぬならば実行する必要は無い。

 そして御三家として聖杯戦争に参加したにも拘らず、勝ち抜きもせずに聖杯に贄を焼べぬのは問題だが、幸い贄に代わるだけの魔力を注いでいるようなので、問題は無い。

 ただし、本当にサーヴァントの魂を魔力に変換した規模に匹敵する魔力を焼べられていればの話だが。

 

 生憎と私はその場に居なかったため、それ程の魔力を間桐の当主が生成し、そして器の護り手を通して聖杯に焼べたのかは間接的にしか知りえていないので、確証が持てない。

 故、ここに聖杯の護り手に尋ねる。

 聖杯に焼べられた魔力はサーヴァント二騎以上に相当するのか否かを?」

 

 聖杯の完成に興味が無い雁夜に尋ねても仕方が無い為、時臣は聖杯の完成を自身と同じく切に望んでいるであろうアイリスフィールに確認を取る。

 すると尋ねられたアイリスフィールは静かに自身の左胸に片手を当て、中を確認する様な仕草をした後に答える。

 

「はい。焼べられた魔力は確実に二騎分以上です。

 寧ろ、不自然な程に微量なアサシンの分を十分補っていますので、このままでは聖杯の完成が危ぶまれていた事態の解決になったほどです」

 

 暗に、[アサシンが脱落していないのは解っていますので、軽はずみな行動をしたと文句を言えばそこを突きますよ?]、と言って時臣と璃正を牽制するアイリスフィール。

 そして更に、さっさと話を終わらせたい雁夜が時臣に追撃を掛けた。

 

「疑うのならば聖杯を取り出して確認して見せても構わないが?

 まあ、先程施した術が解除されてしまうので、再度術を施す為に喚び寄せる必要があるが、それでも構わないならばアインツベルンの代表を傷付けずに聖杯を抜き取るが、どうする?」

 

 その言葉を聞き、時臣は此れ以上の追求を止めることにした。

 仮に追求を続ければ、最悪教会の敷地外に移動して聖杯を取り出すことになり、そこで、{玉藻(お前)を贄に焼べたのに匹敵するだけの魔力が籠められているか確認しようとしているので手を貸せ}、と受け取られても仕方が無い行動が繰り広げられれば、どんな行動に出られるか解ったものではない為、時臣は魔法と神霊の御業を見る機会を止む無く放棄し、雁夜の行動を制止に掛かる。

 

「いや、私と同様に聖杯の完成に並々ならぬ執着を抱いているだろうアインツベルンが、聖杯の完成を遠ざける事態を容認する発言を行うとは考えられぬので、確認は不要だ。

 ただ、不活性化されているらしい魔力の解放が、時期が訪れれば自ずと成される点についての確認を失念していたので、その点を再度アインツベルンの代表に伺いたい」

「その点ならばご心配に及びません。

 私はサーヴァント四騎か五騎分の魔力が聖杯に溜まれば消滅しますし、殺されても聖杯に影響はありません。

 ですので、仮に私の意志で不活性化した魔力を抑え込み続けようとしてもそれは叶いませんので、勝者は問題無く器が満たされた聖杯を手にすることができます。

 お疑いならばギアスをかけて下さっても構いません」

「いや、事の発端はアインツベルンではないので、発端を差し置いてギアスを強いるのは筋違いだろう。

 そして事の発端にギアスを強いても無駄であろう事はほぼ確実であり、更に間桐の当主が平穏を望んでいることを考慮すれば、その平穏を壊しかねない愚行をするはずもない以上、確認さえ取れれば問題は無い」

 

 そう時臣が言葉を返すと、今迄黙っていた璃正が話は纏まったのだろうと判断し、次の議題に移る旨を告げようとした。

 が、その前にアイリスフィールが時臣に質問を投げる。

 

「遠坂の当主よ。間桐の当主に対しての責を問うような発言が目立ちますが、サーヴァントを聖杯に焼べる事無く失ったことに対する責を貴方はどのようにお考えですか?」

 

 言外に、[間桐の当主が二騎分注いだからといって貴方の失態は消えませんよ?]、と告げるアイリスフィール。

 だが、その追求に対し時臣は、微塵も焦る事無く余裕を持って返す。

 

「思い違いをしておられるようだが、私は未だにアーチャーのマスター権を有している。

 そして令呪も3画残っている以上、万が一の時は重ねがけすることが可能だ。

 そして令呪1画を堪えることの危険性を問うならば、そこのセイバーも恐らく1画ならば堪えることが可能な以上、同じく危険ということになるが?

 第一、実害が出ない限りはペナルティを課すことなど出来ぬ以上、この件をこの場で追求するのは無意味ではないかね?」

 

 あっさりと追及を躱されてしまったが、初めからその可能性を視野に入れていた為アイリスフィールに落胆は無かった。

 そして今度こそ話が纏まったと判断した璃正は、一度御三家代表を軽く見遣った後、厳かに告げた。

 

「では、間桐家現当主間桐雁夜の第四次聖杯戦争途中脱退の件に対しては、既に聖杯戦争を運営する上で問題となるだろう事柄に対処を済ませているため御三家の責任を果たしたと認め、御三家の残り二家同意の下で変則的な途中脱退を罰則無しで認めると見て相違ないか?」

「「はい」」

「宜しい。では、此度の聖杯戦争の監督役言峰璃正が間桐雁夜の途中脱退を正式に罰則無く受理しましょう」

 

 その言葉を聞き、漸く肩の荷が一つ減ったのを感じた雁夜は、内心で僅かに安堵の息を吐いた。

 が、未だ本命が終わっていない為、直ぐに気を引き締め直す。と、ほぼ同時に、璃正は次の議題を告げる。

 

「それでは些か聖杯戦争とは関係が薄いが、最後になるだろう、〔間桐家現当主が特異な体質の為に魔術を扱えずに令呪の作成法等を廃れさせてしまう件〕、に関して存分に話し合ってくれ給え」

 

 璃正の最後という言葉から察するに、恐らく雁夜達が教会に来る前にある程度話を煮詰め、そして何を議題とするかを決めていたのだろう。

 そして璃正がそう告げると、雁夜は気分の悪くなる議題は早く終わらせるに限るとばかりに素早く口を開いた。

 

「此の件に関して間桐は10年以内に間桐の次期当主に、自衛の術を得る序に此れ迄の間桐の歴史を全て理解し且つ最低限実践可能なだけの教養と実力を身に付けてもらうことにしている。

 幸い、蔵書の類は全て残っている為問題は無い筈だ。

 尚、魔術の教導に関しては、現魔道元帥バルトメロイ・ローレライに先程依頼している。

 前金代わりにランクA以上の概念武装を1つ渡し、後金代わりにランクA+とA++以上の概念武装を一つずつ渡す旨を伝えると快諾してくれた。

 

 ……問題が在るならば指摘を願う」

 

 露骨に嫌な話題はさっさと済ませようという雰囲気が滲み出る雁夜の発言であったが、話の内容自体は問題点とその改善方法と改善に費やされるだろう年数を明確に告げている為、話自体に不備は無かった。

 そして時臣とアイリスフィールはそれならば問題は無いだろうと思い、互いに目で不備は無いと確認し合った後に答えを返す。

 

「特に問題は無いだろう。

 仮に後に問題点が顕在化したならば、それはその時の当主に告げるとしよう」

「こちらも特に問題点があるようには思えません。

 そしてやはり後ほど問題点が発覚したならば、その時の当主に告げれば問題無いでしょう」

 

 暗に、{手を抜いた時に困るのは次代の間桐の当主だから、手を抜くなよ?}、と告げる時臣とアイリスフィール。

 尤も、アイリスフィールとしては今回で聖杯戦争を終わらせるつもりなので、実は此の件に関しては然して問題視していなかった。

 

 そしてあっさりと最後だろう議題が解決してしまったと見た璃正は、再び厳かな声で告げる。

 

「では、10年以内に代変わりする間桐の次代当主が間桐の研鑽……即ち令呪作成の秘儀を最低限実行可能な状態に成るということで一先ず問題を先送りし、その後は問題が顕在化すればその時の当主に意見を述べるということで宜しいか?」

「「はい」」

 

 てっきり時臣は間桐の血筋が桜だけになったら桜を一旦呼び戻し、間桐の知識を回収した後に再び何処か別の魔術師のところに放り捨て、更に残った間桐邸は別宅とするか売り捌いて資金にすると思っていた雁夜は肩透かしを食らってしまった。

 おかげで桜が遠坂には帰らないと発言する機会を逃してしまい、何の為に連れて来たのか解らない状態になってしまい、雁夜の横の桜も不思議そうな眼で雁夜を見ている。

 だが、此の様な事態になるのは、雁夜の時臣に対する認識が微妙に間違っている以上当然であった。

 

 雁夜は時臣を、{魔術師の最右翼。当然使えるものは何でも使う。実際、魔術の為なら子でも利用し尽す}、と評しており、時臣が一番利益を得るには桜を利用し尽す必要がある為、自分達が居なくなった後に桜を利用して利益を啜り上げられない様、此の場で確約させねばならないと思っていた。

 だが時臣は、{常に余裕を持って優雅たれ}、を信条としており、たとえ利益を得られるとしても見苦しい真似をするつもりは毛頭無く、初めから桜が魔術師としての教育を受けられるならば呼び戻したりする気は全く無かった。

 結果、桜がスタンダードながら稀代の魔術師から教えを受けられると分かった時臣は、あっさりと桜を間桐の人間と認めたのだった。

 

 だが、時臣という人物を理解しきれていない雁夜は、自分達が居なくなった頃に我が物顔で桜を連れ戻すのではないかと思い、時臣にを問い質し始める。

 

「時お……失礼、遠坂の当主よ。

 此方の予想では自分達が間桐を離れて間桐の血筋が其方が養子に出した者一人になれば、事実上間桐は潰れたと判断して養子に出した者を連れ戻し、更に間桐の知識を全て吸い出した後に再び何処かの魔術師の家へと養子に出し、最後は間桐の財産を全て得ると思っているのだが、それを示唆する発言が無いのはどういう理由なのか聞かせて頂きたい」

 

 ルポライターとして働いていた雁夜にすれば此の程度の深読みですらない推測はして当然なのだが、そこまで雁夜が推測しているとは思わなかった他の面面は若干驚いた顔で雁夜を見た。

 そして優雅さなど微塵も感じられない行いをすると思われていたのが堪えたのか、少しばかり頬を痙攣させた時臣が反論を始める。

 

「わ、我が遠坂の家訓は、〔常に余裕を持って優雅たれ〕、であり、私はそれに恥じない振る舞いをしてきたと自負しているつもりだ。

 そのような優雅さの欠片も無い振る舞いを行うと思われているのは、真に心外だな」

 

 他家の前で堂堂と、〔こいつは利益の為ならば鬼畜な行為もする禿鷹〕、とばかりに言われ、流石に心中穏やかでない時臣は、少少語句を強くしてそう言った。

 だが、その言葉が雁夜の逆鱗を掠めたのか、雁夜は自覚無しに人外の域になった存在感を解き放って時臣に叩き付ける。

 だが、玉藻と違って相手のみを威圧するという器用なことが殆ど出来ない雁夜は、アイリスフィール達どころか桜すらも巻き込んでしまう。

 結果、若干怯えた桜に強く手を握られ、雁夜は自分がセイバーも少なからず警戒する程の威嚇を行っていたことに気付き、雁夜は深呼吸をして自分を落ち着けた。

 

 深呼吸をして幾分冷静さを取り戻した雁夜は、桜の手を軽く握り返しながら怖がらせたことを侘びる気持ちと安心してほしい気持ちを苦笑混じりの微笑で示し、その不思議な笑みを浮かべる雁夜に安心した桜は、静かに雁夜の左手から手を離した。

 そして、それを見た周囲が安堵の息を吐くのを見届けた後、冷静さを心掛けながら雁夜は時臣に話し掛ける。

 

「すまなかった。少少取り乱した。

 話を戻すが遠坂の当主……いや、遠坂時臣」

 

 敢えて個人名で時臣を呼ぶ雁夜。

 雁夜のその言葉を聞いた周囲の者達は、雁夜が此の会談を望むに至った話を切り出すと理解し、アイリスフィールとセイバーと璃正は雁夜から距離を取り、自分以外に用は無いと理解している時臣は静かに雁夜の前へと歩み出た。

 

 時臣が近付く毎に桜が震え始めるが、自分の服の裾を力一杯握り締めて震えを押さえている様を見た時臣は、当然と言えるその反応に内心気落ちした。

 だが、震えを堪えてでも自分と対面しようとしている桜を見た時臣は、ここで今更な親心を出して歩みを止めて中途半端な距離で話し合うのは桜の勇気に対して余りに失礼と判断し、歩む速度を緩めなかった。

 そして痙攣する程に桜が服の裾を握り締める様になる距離迄近付いた時臣はそこで歩みを止めた。

 

 互いが手を伸ばせば触れ合える距離迄近付いた時臣は、臆する事無く雁夜に話し掛ける。

 

「話とは養子に出したそこの桜のことかね?

 間桐の当主……いや、間桐雁夜よ」

 

 雁夜と同じく個人名で呼ぶ時臣。

 それで雁夜は時臣も此れが個人的な話だと理解したと判断し、改めて告げる。

 

「本来なら問い質したいことが山と在るが、そんな今更な事を言うつもりは無いから、一つだけ、此の子の……桜ちゃんの言葉に対して答えろ」

 

 そう言うと雁夜は一歩横に退き、桜に場所を譲った。

 そして場所を譲られた桜は、精神崩壊するのではないかと思う程に体を恐怖で震わせながらも時臣の前に立った。

 

 自分を地獄の底に突き落とした張本人を前にした桜は、余りの恐怖に両の目からは涙が溢れていた。

 桜としては直接的な恐怖を与えた臓硯よりも、自分の人生をあっさり捻じ曲げた時臣の方が恐ろしく、連れ戻されてしまえば別の地獄に放り捨てられるのではないかと思い、折角手に入れた幸福が壊れてしまうかと思うと、泣き喚きながら雁夜に抱き付きたかった。

 だが、雁夜に泣き縋ってしまうと、自分が間桐に居たいという想いを告げられず、善意の押し売りで連れ戻されかねない可能性が有ると理解している桜は、懸命に自分を奮い立たせながら時臣を見上げる。

 

「っっっぅぅぅ!?!?!?」

 

 時臣と視線が合っただけで地獄に落ちた瞬間を強烈に思い出してしまい、両の目から溢れ出る涙の勢いが強まる。

 だが、泣き叫びそうになる口を懸命に噛み締めて声を殺しながらも桜は時臣に告げる。

 

「わっ……わた…………わた………………私っ……はっ…………………………間桐の…………子……ですっ。

 とっ…………遠っ……坂っ…………にはっ………………………………帰りませんっ。

 あ、あそこが…………間桐が…………私の…………お家ですっ。

 誰も居なくなっても…………あそこが私のお家ですっ!」

 

 途切れ途切れながらも確りと時臣に告げる桜。

 対して我が子にはっきりと絶縁宣言をされた時臣は、内心で雁夜や玉藻への激しい嫉妬を募らせていたが、筋違いも甚だしいと自覚している為何とかその気持ちを抑えながら言葉を返す。

 

「一人になったら辛く寂しいだろうが、それでも遠坂には帰らないのか?」

 

 優しさを混ぜず、ただ真剣さだけを帯びた声で桜に問い掛ける時臣。

 対して桜は、時臣に話し掛けられただけで恐怖の余り蟲に嬲られた日日を幻視してしまい、膝から崩れそうになった。

 が、今崩れてしまえばもう立てないと分かっている為、懸命に堪え続けながら、桜は変わらぬ答えを返す。

 

「そ……それ…………それでもっ………………これから楽しい思い出がたくさん詰まるお家ですっ!

 ぜったい……ぜったい………………ぜったいに離れませんっ!あそこが私のお家ですっっっ!!!」

 

 絶叫とも言える桜の主張を聞き、時臣は桜の心が完全に自分達から離れているのを今更ながら痛感した。

 最早誤解が解けても自分達の許に戻ることは在りえないと、時臣は寂寥感と共に理解した。

 同時に、矢張り今の自分がどれだけ桜を慮っても決して届きはしないと痛感した時臣は、此れ以上何かを言っても桜を苦しめるだけなので、話を終わらせるべく決別の言葉を発した。

 

「……解った。もうお前を連れ戻そうとはしない。

 お前は…………間桐の子だ」

 

 その言葉を聞き、連れ戻されるという恐怖から一気に開放された桜は一気に脱力し、今度こそ膝から崩れ落ちるかと思われた。

 が、それでも未だ話は終わってないと緩みきる心を必死に引き締めて、辛うじて崩れ落ちずに堪え、何とか時臣と相対し続けた。

 そして時臣は、此れが最後になるかもしれないと思い、自分の桜への想いを全て籠める様に、一言だけ告げた。

 

「精一杯幸せになりなさい」

 

 そう言うと時臣は桜に背を向け、会衆席の左最前列へと歩み出した。

 

 そして、自身の後ろで桜が雁夜に抱き付くであろう音を聞き、時臣は改めて桜が余所の家の子になったと実感した。

 

 

 


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