お止めくださいエスデス様!(IF)   作:絶対特権

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激情を斬る

チェルシーは、暇だった。

ハクがまた変なことをやりだしたのである。

 

「何ソレ」

 

「瞑想だ」

 

物理アタッカーが特殊防御を高めてどうするのか。チェルシーは思わずそう言いかけ、やめた。

やり始めたらよっぽどなことがない限りやめないのが彼である。何かしら理由があろうがなかろうが、彼女にできることは見ていることだけだった。

 

「チェルシー」

 

「な、何かな!?」

 

ここ二時間ほど閉じられていた瞼が、いきなり開く。

顔色の悪いことを除けば整っていると言えなくもない相貌を肩肘ついて見ていたチェルシーは、同じく開かれた口から放たれた鋭利さを持つ呼び声にビクリと肩を竦ませた。

 

ビビリだビビリだと言われている彼女だけに、一種彫刻でも見るような思いで見ていた彼が動き出したことへの驚きは深かったのである。

 

「私用と、任務がある。夕方には戻る」

 

「そう」

 

任務はわからなくもないが、それとは違い、急ごうと思えばいくらでも急げる筈の私用なのに何故悠長に瞑想をしていたのか。

訊きたいことは割りとあったが、チェルシーはとりあえず『なんかの理由があったのだろう』と割り切った。

当のハクはそんなものは知らぬとばかりに任務に行ってしまったのだが。

 

こういう思い切りの良いようなところがあるからこそ、彼女は一見すると謎の行動が多いハクについていけているのだろう。

遠慮なくわからないところには質問をするが、一から十までを他者に求めないのがチェルシーという女だった。

 

「……改造しよーっと」

 

色々と手持ち無沙汰になった彼女が技術を施す改造対象は、仮想敵を至高の帝具に定めた件の機巧馬車もどき。

至高の帝具は何か、というところまではさすがの彼女にもわからない。が、どうやら格納庫と思しき空間の巨大さから言ってデカい何かであろうということまでは目星をつけることができる。

 

ならば、そのデカさに対抗できるような兵器を作るのが自分のできる精一杯の支援だった。

 

ハクの帝具が生み出した銃を参考にし、動力源を光にすることで他者の使用が難しいようには既にしてある。

動力源である光も副武装を基調にすることで既にクリアした。

 

今終わるであろう可変機能を実装した後は、兵装をつけてやることだろう。

 

チェルシーがそう考えながら機械をパチパチと操作して組み立ての仕上げに入っていた、その時。

 

「騒がしいなぁ、もう」

 

火花が散り、金属音が鳴っている中で、耳の保護も兼ねてヘッドホンをしていても聴こえる、この喧騒。確実に喧嘩などではない。

傍から冷静に見てみれば深く考えるまででもわかることだが、もっとも集中力を必要とされる詰めの作業に入っている彼女からすれば、そんなことはわからなかったし、考えようともしなかった。

 

ただ単純に、五月蝿いと受け取ったのである。

 

「ちょっと、うっさ―――」

 

ガラリと開けて、彼女はすぐさまピシャリと閉めた。

冗談かなんかだと思いたい光景が、そこにはある。

 

「……えー、これって襲撃ってことなのかな?」

 

窓から見た光景から察するに、そうなっていた。

帝国兵の正式軍装である剣・銃・部分装甲の三点セットを纏った兵士たちが剣とゲリラ戦用であろう服と鉢巻しかない革命軍に襲いかかり、首を斬り、腹に剣を突き立て、脚を撃ち抜き。

 

金の無さと地盤の脆弱さが生んだ兵器格差がこれ以上ない程に示されているかのような惨状が、市街地にはある。

 

「……見なかったことにしよう」

 

革命軍の兵士が殺られようと、無辜な市民が殺されようと、女が犯されそうになっていようと、自分の命には代えられない。

そもそも自分一人が行ったところで、あっさり殺されるだけだった。

 

たとえ、人が。

獣でも狩るような感覚で、狂喜で。

 

追い回されて、いようとも。

 

「待とうか、帝国兵諸君」

 

「あ?」

 

殺されるだけだろう。そんなことはわかっている。

だが、彼女にも譲れない物があった。自分の安寧とした生活を捨てても、それまで目指してきた夢を実現困難な物にしても、どうしても譲れない物がある。

 

「街の真ん中で猿みたいに盛ってないで、もっと上物を狙うくらいなこと、しないの?」

 

彼女は、笑いそうな膝を懸命に支えていた。

頭の先からつま先までを、演技演技で押し通す。一世一代の大芝居でも打つように、自分が世界という名の演劇の舞台に立っているように、彼女は堂々と言い放った。

 

「私の方が、良い女だと思うけどね」

 

スラリと、自分の恵まれたスタイルを見せつけるように立ちながら、チェルシーは彼等を挑発する。

 

人数は七人。捕まったら、人間として死ぬか女として死ぬか、或いはどちらもか。それ以上酷いか。その四つの運命の岐路が待っていた。

 

「ほぉ……」

 

獣のような欲に塗れた視線を全身に受け、チェルシーの身体に怖気がはしる。

彼女は、一般的に見てかなり優れた容姿をしていた。

 

子鹿のようにスラリと細く、長い脚。海岸の砂のようにサラリとした髪に、大人びてはないが整った可愛らしい顔。

スタイルも良く、何よりも笑顔が愛らしい。

 

故に彼女はこのような視線を受けることは多々あった。が、そのときにはさり気なく、不景気な顔をした男がその視線を遮るように立ち位置を変えてくれていた。

怖い。助けて欲しいと叫びたい。自分のヒーローに縋りたい。

でも彼は、今はいない。

 

そして、目の前には自分より弱い人間がいる。

狩られるように奪われゆく、力無き者の命がある。

 

「おいでなさいな」

 

ニヤリと笑い、全員が釣られたのを見てから走り出す。

 

七人が、何だ。自分のヒーローは演劇の主役のように颯爽と強き者に立ち向かい、約束を必ず守るという言葉を破らず生還した。

 

強きを挫き、弱きを守る。守られてばかりの自分でも、強きを挫けないことはないはずだ。

他人を守れるのは、他人より秀でた力を持つ者のみ。

 

皮肉にも、そのことを誰よりも雄弁に背中で教えてくれる彼に守られ続けてきた彼女が、その術理に反しようとしていた。

 

「私、馬鹿だなぁ……」

 

必死に走りながら、追ってくる兵を振り返ってそう思う。

あのまま引き篭もっていればこんな目に遭わずにすんだ。ただ待っていれば、彼がいずれは帰ってきただろう。その時に頼めばよかったのだ。

 

彼女らを助けて欲しい、と。

 

「ばっかみたい」

 

人のことを、言えない。笑いながら、嗜めることなどできないだろう。他人の為に容易く命を懸けることができる彼を、ずっと羨ましいと思っていた自分では。

 

 

走り、奔り、そして駆ける。

 

馬鹿に憧れた、自分も馬鹿。

馬鹿に惚れた、自分も馬鹿。

 

自分でも驚くほどに駆け通し、遂に袋小路に追い詰められた彼女は、空を見ながらそう聡った。

 

袋小路に追い詰めたことを知った複数人の足音が慌てたものからゆっくりとしたものに変わる。

 

一歩一歩、こちらの怯えた反応を楽しむかのような狩りの歩法。

 

(怖い)

 

一歩。

 

(怖い)

 

二歩。

 

(嫌だ)

 

三歩。

 

(嫌だよ)

 

チェルシーは、人に化けられても鳥にはなれない。ここから逃れるすべはない。

ただ、迫る破滅の岐路を待つだけしかできなかった。

その足音が響く度、弱い心が崩れていく。

 

(助けて、ハクさん)

 

四歩、五歩と。帝国兵たちがその脚をゆっくりと踏み出した。

あと五歩。踏み出されたら自分は終わる。

 

明確な終わりを前に彼女の眼から零れた涙を愉しむかのように口角を上げた、その時。

 

三つの黄金の光弾が先頭になって歩を進める帝国兵の足元に降り注ぎ、その動きを牽制した。

 

「何だ!?」

 

慌てたような帝国兵の野蛮な声が、左から右へと消えていく。

放たれた光弾を見たチェルシーの思考は、ある一点に固定されていた。

 

本当に計ったようなタイミングで、手遅れになるその前に、彼は必ず現れる。

 

一際高い建物から跳び、自分の頭を越え、足首と膝を屈めて音も無く着地し。

 

「見参」

 

黄金の彩色と装甲を持つ黒い布のような鎧を纏い、心臓と両肩に血の如く紅い石を嵌め込みんだ騎士が、烈迫の一言と共に現れた。

 

ハクははじめから、その未来予知じみた直感が嫌な予感を告げるのを聴いていたのである。故に瞑想で心気を研ぎ澄ませ、何か変事があれば即ち気づくようにして任務へと従った。

 

彼は兵士である。予感程度でサボれるものではないし、引き返せるものでもない。だから彼はその嫌な予感を証明できる事態が起こったことを覚る為の感覚を研ぎ澄ませた。

 

だからこそ、彼は自宅で粘っていたのである。自分がいる内に変事が起きるならば起きてほしい、と。

 

無論起きなければそれに越したことはない。だが、彼はチェルシーが危機に晒される時には自分に独特の勘が働くことを知っている。

 

だから、変事が起こった瞬間に街に戻ることを提言し、その意見がいれられるや否や街を駆け抜けた。

南門から入り、家を確認した時に話しかけてきた母娘の言葉を頼りに屋根という屋根を駆け回って空から捜し、やっとのことで見つけたのである。

 

これは偶然でもなければ必然でもなく、ハクの尽くした人事が天に通じた結果だと言えた。

 

「チェルシー」

 

三人の顔を潰すように殴り抜き、振り向いて一言、名を呟く。

 

この時点でチェルシーは、何かがおかしいと感じた。

どことなく、ではなく。強いて言うならば言い方がおかしい。戦い方にも容赦がなさ過ぎる。他にもおかしい点があるが、何よりおかしいのはその二つだった。

 

「…………泣いたのか」

 

「うん。でも大丈夫だよ」

 

どこか戸惑うように眼が揺らぎ、意志の強さを思わせる真っ直ぐな瞳に影が差す。

 

「テメェ……!」

 

放たれた拳を見ずに掴み、一顧だにせずにハクは砕いた。

軋む音につれて響く悲鳴も、鎧と骨の奏でる破砕音も、彼の意識の内にない。

 

相手を尊重し、一定の敬意を払って戦いに臨む彼が到底行わないような行動が、立て続けに起こっていた。

 

「泣いたのか」

 

「う、うん。でも、ほら」

 

腕を上げ下げしたりして元気な様子を示し、彼女は自分に何ら外傷のないことを言葉に続いて行動で示す。

いつも安定して凪いでいたハクの心が荒れに荒れていることを、彼女は本能的に察知していた。

 

「…………すまなかった」

 

凪いでいた瞳が荒れに荒れ、それを隠すように瞼が閉じられる。

少し安心した彼女の前でもう一度開かれた瞳にあったのは、温かさを熱の暴威に変えた激情だった。

 

「お前達」

 

常に温かみのあった言葉に、灼き尽くすような激情が入る。

 

太陽が恵みを齎すが、同時に大いなる禍をも齎すように、ハクは表と裏をひっくり返したように変貌した。

 

「ひぁぁぉぁあ!」

 

悲鳴と共に振るわれた剣を左手で受け止めると同時に、丸く単純な形をした鎧がその姿を変える。

 

力を治癒から殲滅へ。齎す恵みを災禍へ。

 

黄金と黒を基調とした優しさと無害さを表すような丸みを帯びた意匠から、背中に陽炎のように生えた翼と、燃える焔の如き禍々しい意匠へ。

 

「覚悟はいいな」

 

怒らないからといって、決して感情が無いわけではない。

まだまだ未熟な騎士の、生涯一度の激情が表に向かって迸った。




※普段おとなしい人は怒らない訳ではありません

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