IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
「はーい、どうもー! 『インフィニット・ストライプス』副編集長の、
黛渚子、と名乗る眼鏡にスーツを纏ったキャリアウーマンの自己紹介を受け、その場にいた俺、一夏、箒の三人はどうも、と若干戸惑いつつ挨拶した。
「いやー、楽しみね! 今までベールに包まれていた三人の取材ができるなんて!」
「は、はあ……」
黛記者の口調はとてもうきうきしていて、それは手に持ったペンがクルクルと忙しなく回っていることからも伺えた。俺たちは三人揃って黛記者のやる気に圧倒され、取り止めの無い相槌を打つのみであった。
さて、そもそも何故俺たちが雑誌の取材を受けているのか。それは一月ほど前に遡る。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「お願い! 姉さんの取材を受けてやってほしいの!」
「……は?」
食堂で昼飯を食っていた俺と一夏に、黛薫子先輩は手を合わせて言った。
俺と一夏は呆気にとられたようにお互いに見合わせ、首を傾げた。それから少しして、一夏が話し出す。
「すみません、いきなり過ぎて何が何だか……」
「そ、そうよね。ごめんごめん。説明がまだだったわね……」
黛先輩は鞄から一冊の雑誌を取り出し、俺たちの目の前に置いた。
「『インフィニット・ストライプス』……?」
「そう。ティーンズの雑誌なんだけど、そこで姉が副編集長をしててね。それで、昨日連絡があって、天羽くんと織斑くん、あと篠ノ之さんの取材をしたいから、出演依頼をしてくれないかって」
「ちょ、ちょっと待ってください。何でティーンズのファッション雑誌なんですか? 俺たち、IS操縦者ですよ?」
一夏が疑問を尋ねる。確かに、モデルでもない俺たちがティーンズ向けのファッション雑誌に出演するのはおかしい。一夏がそう思うのは真っ当だが、勿論それには理由がある。
「ああ、それね。織斑くん、代表候補生が本国でアイドルみたいな仕事をしてるのは知ってる?」
「……あ」
一夏は気付いたようだ。
「代表候補生は、文字通り将来の国家代表候補だけど、一般向けの広告塔でもあるんだよ。多分一年の専用機持ちのみんなも、そんな経験があるんじゃないかな?」
「そういえば、前に鈴に写真を見せてもらいました」
一夏が思い出したように言う。
俺はセシリアに本国で撮った写真を見せてもらったことがある。そこに写っていたセシリアは、普段とは少し違う、仕事の際の表情をしていた。
「やっぱりね。ま、とにかく、専用機持ちって言うのはそういうこともするのよ。だから、IS操縦者がファッション雑誌に出るっていうのも、普通なのよね」
「なるほど……」
メディアへの出演依頼。今まで全く無かったわけではないが、事情があって断らざるを得なかった。というのも、俺たち男性IS操縦者の情報には報道規制がかけられ、メディアへの露出は最低限に留められていたのだ。しかしそれが先日解除され、俺たちの同意があればある程度の露出が可能になったため、メディア業界はこぞって俺たちに接触してくるようになった。
だが、俺たちがいるのは機密の宝庫、IS学園。おいそれと接触できるものではない。だからこそ黛先輩の姉は、妹というコネを使って出演依頼をしてきたのだろう。
「それで、えーっと、三人? 箒もですか?」
「そうなのよ。篠ノ之も最近専用機持ちになって注目されてるし、三人は幼馴染って聞いてるから」
「だから三人セット、というわけですね」
箒もか。なら箒も交えて三人で話し合った方が良さそうだ。……話を聞くなりすぐに断りそうな気はするが。
俺は携帯を取り出し、箒に電話をかけた。
『もしもし? 何だ翔?』
「箒、今どこにいる?」
『自室だ』
「今から食堂に来れるか?」
『ああ。問題無いが……何故だ?』
「黛先輩が俺たちに話があるらしい」
『……分かった』
俺は通話終了のボタンを押し、パタンと携帯を閉じた。
それから数分後、箒が席にやって来た。
「あっ、来た来た。これで揃ったわね」
「何でしょう?」
箒が席につき、黛先輩に尋ねた。
「それはね、かくかくしかじかで……」
俺たちと同様の説明が箒にもなされ、箒はうんうんと頷いた。事情は理解したらしい。
「折角ですが、お断りします」
だが、箒は立ち上がってきっぱりとそう言った。
「えー!」
「他の二人はどうか知りませんが、私は辞退させてもらいます」
「えー、どうして?」
「見せ物は、趣味ではありませんので」
相変わらず流行に興味示さない箒。案の定断った。
しかし、黛先輩が何も用意せずに来たとは考えにくい。何か交渉のためのカードがあると見た。
「えーっとね、これは姉さんからの伝言なんだけどね。『タダで出演してもらうわけじゃなくて』」
立ち去ろうとした箒が、ぴたりと歩みを止めた。
「……『もし出演してくれたら、高級ホテルのディナー券をプレゼント』だって」
「……!」
そこからは見事な早業だった。箒は目にも留まらぬ早さで身を翻し、もといた席についた。
「分かりました、行きましょう。どういう日程でしょうか?」
「変わり身早ッ!?」
一夏が鋭いツッコミをかました。
「趣味じゃないんだろう?」
「いや、新しいことに挑戦する姿勢は大事だぞ」
「三秒前の自分に言ってやれよ……」
一夏が呆れた様子で呟いた。
しかし、報酬であっさり釣られてしまうとは。箒も存外現金だな。
「何だ? お前たちは参加しないのか?」
「…………」
目で参加しろと訴える箒を前に、いいえとは言えなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そんな経緯で、今日雑誌の取材を受けることになった俺たち三人。実は、俺のメディアへの露出は今回が初めてだ。一夏は最近テレビやら、雑誌やらに引っ張りだこだが、俺は出演を断っていた。箒と同じように、俺もあまり人の目に触れるのが好きではない。今回初めて受けたのは、一夏と箒がいるからという理由に尽きる。
スタッフが揃ったところで、俺たち三人は改めて自己紹介することに。向こうから見て一番左側の一夏から自己紹介をしていく。
「えーと、IS学園の織斑一夏です。よろしくお願いします」
「同じく、天羽翔です」
「し、篠ノ之箒と申します……」
こういう場に慣れつつある一夏はとにかく、箒はかなり緊張した様子で、座っていてもそわそわして忙しない。そんな箒に見兼ねたのか、黛記者は、そんなに緊張しないでと箒に笑いかけた。
「もっと気楽にしててね。リラックスリラックス」
「は、はい……」
返事はするものの、まだ箒の表情は硬い。慣れるにはもう少し時間が必要か。
「じゃあ、色々聞かせてもらうわね。……えーっと、三人はどんな風に知り合ったの?」
黛さんの質問を聞き、ああ、それはと一夏が答える。
「俺たち、同じ道場の門下生だったんですよ。箒の実家が道場で、そこで一緒に剣道してたんです」
「そうだったの? 小学校で同じクラスだったっていうことは聞いてたんだけど」
「はい。まあ、同じクラスでしたけど、どっちかって言えば、道場で親しくなった感じですね」
「へえ~。なるほどー」
黛さんが手に持ったメモ帳に、ペンで書き込んで行く。さらさらと
「でも、その後翔と箒が引っ越しちゃって。しばらく離れ離れだったんです。それが今、こうやってIS学園で再会してるんだから、すごいですね」
「そうねえ。高校で再会、って言ってもあのIS学園でだからねえ。何か運命でもあるんじゃないの?」
それを聞いて、一夏はそうですねと苦笑した。
黛記者は冗談半分で言ったのだろうが、確かに、偶然にしては出来過ぎな気はする。偶然を超えた、必然……それを『運命』と呼ぶのかもしれない。
と、俺たちの昔話が終わったところで、黛記者の眼鏡の輝きが増した。
「さーて、じゃあこれから個人的なことを色々聞いちゃおうかなー」
にやりと笑顔を浮かべ、指をわきわきと踊らせた黛記者。その姿はスクープを取った黛先輩とぴったり重なり、俺は思わず身構えてしまった。
「織斑くん、天羽くん、ぶっちゃけ、女子高に入学した感想は?」
……いきなりそれか。
「世の男子諸君は知りたがってるわよ? 美少女揃いのIS学園で、男子二人だけの生活がどんなものか」
「それは……」
どんなものかと俺に聞かれても、地獄だとしか言えないのだが。読者がそんな回答を求めていないのは分かる。
俺がIS学園に入学して、特に印象に残っているのは――。
一夏と二人で顔を見合わせ、アイコンタクトで何を言うかを決めた。
「「……トイレが少ないです」」
異口同音に、俺たちはそう言った。直後、会場内が笑いに包まれる。
「あは、あははは! 妹の言ってたこと、本当なのね! 異性に興味のないハーレム・キングと、異性が苦手なウブ・プリンスって!」
爆笑する黛記者。バシバシと膝を叩いて悶絶しているので、相当ツボに入ったのだろう。
……それと、黛先輩。その異名はどうかと思います。
「あはははっ。あー、おかしい。本当に女子しかいないのに、ムラムラしたりしないの?」
「ないですね」
俺は即答し、
「……ないです」
やや遅れて、一夏が答えた。恐らくそういうこともゼロではないのだろう。寧ろその方が男子高校生としては普通だ。……ただ、ここで正直にあると答えたら、隣の箒に斬り捨てられるということを、一夏は理解していた。
まあ、IS学園には泣く子も黙る鬼がいるから安心だ。貞操が乱れるようなことはまず起こらない。
「天羽くん、本当に女性が苦手らしいわね」
「はい」
「えー、意外」
意外?もしかして、外からは女慣れしているように見えているのか?
「へえ。じゃあ……」
顔をしかめていると、黛記者は急に俺の手を取ろうとした。さっとコンマ数秒で手を引っ込める俺。流石の反応である。
無駄に素早い動きが面白かったのか、また黛記者が笑い始めた。
「あはははっ。ゴメンねー。薫子に『触ろうとしたら逃げるから、やってみろ』って言われたのよ」
「…………」
……ちっ、黛先輩め。余計なことを。
「……大変なんじゃない? 学園生活」
「……ご想像にお任せします」
「ふふ。また今度行ってみたいわ。薫子に頼んでみようかしら」
けらけらと楽しそうに笑う黛記者は、視線を箒に移した。
「それじゃあ、今度は篠ノ之さんに質問するわね」
「は、はい。何でしょうか」
「お姉さんは元気?」
「う……!」
束の話題が出た途端に、ガタっと立ち上がって出て行こうとする箒。
「いいの? ディナー券あげないわよ?」
「う……」
黛さんに釘を刺され、箒はしぶしぶ席に戻った。
しかし、思っていた以上に踏み込んでくるな。束のことは箒にとって非常にデリケートな問題なのに。
「ふふ。いい子。素直な子は好きよ。――で、どう? お姉さんから専用機をもらった感想は? どこかの代表候補生になる気はない? 日本は嫌い?」
「……紅椿のことは、感謝しています。勿論、性能にも文句はありません。ただ……」
「ただ?」
「その、姉とはまだ、それほど……」
小さく、箒は言う。はっきりと口には出さなかったが、箒が束に対してわだかまりがあるのは、この場の誰もが理解出た。
「そうかー。いろいろ大変よね。有名人が家族っていうのも」
箒の様子を見て大体のことを察したのか、黛さんは適当にまとめて束の話題を終わらせた。
箒は、篠ノ之束の妹というだけで、実に多くの我慢を強いられてきた。定住することができずに各地に飛ばされ、家族とも離れ離れになり、元来の性格も災いして孤独な日々を送った。そんな中、剣と一夏への想いだけが箒の支えだったのは想像に難くない。
「代表候補生には、なるつもりはありません」
「やっぱり?」
「はい。煩わしいことが多過ぎますから」
「そうよねえ。篠ノ之束お手製の第四世代機なんて、どこでも欲しいわよねえ。……二人も、代表候補生には興味無いの?」
黛記者が俺と一夏に尋ねた。
「い、いや、俺はなる気がないわけじゃないんですけど、山ほど問題があるし、そもそも、実力不足なんで……」
一夏があはは、と後頭部をさする。
「俺もどこの代表候補生にもなる気はありません。面倒です」
俺はきっぱりと言った。代表候補生などごめんである。
「そうよね。やっぱり、いろいろ面倒くさいのかあ」
俺たちの返答を聞き、黛記者は苦笑した。
国際IS委員会では、俺たちをどこかの代表候補生にしようとする動きがあるらしいが、難航して一向に進んでいないと聞く。
俺にしても、一夏にしても、箒にしても、代表候補生になるには実力云々の前に厄介なことが多過ぎるのだ。国籍のある一夏でさえ他国の圧力がかかって日本の代表候補生になれないのだから、国籍を持たない俺と箒なら尚更のことである。
不意に喉の渇きを感じて、目の前のグラスに入ったお茶を口にする。うむ、うまい。
目の前の黛記者は今の質問の答えをざっとまとめ、メモの新しいページを開いた。
「えーっと、天羽くんと織斑くんって、生徒会に入ってるんだっけ?」
「はい。俺が庶務で……」
「俺が副会長です」
一夏と俺が順々に答えた。
「……楯無ちゃん、イカすでしょ?」
「は、はあ……」
確かに会長にカリスマ性があるのは分かるが、「イカす」というのは死語な気がする。
「大変ですよ、あの人の下で働くのは。人使いが荒いので」
「お、俺なんて毎週違う部活にたらい回しにされてるんですよ!」
「ああ、それね。貸し出しキャンペーンをしてるんだって? 薫子が新聞部に来ないー、ってボヤいてたわよ?」
「……また今度行きますと伝えておいてください」
黛記者は、はいはい、と返事をして、次の質問をする。
「じゃあ、次の質問。三人の中で一番強いのは誰かな? 」
「それは、翔です。入学してから未だに無敗ですから。この前のキャノンボール・ファストでも優勝しましたし」
「すごーい!」
「……どうも」
俺はすました顔で答えた。まあ、実は会長に一度負けているのだが。
「じゃあ、織斑くんと篠ノ之さんは?」
「あ、それは俺――」
「私です」
一夏の言葉を遮り、箒が凛と言い放つ。
「……え? ま、待てよ箒。今のところ戦績は俺の方が上だぜ?」
「それは全体の戦績だろう! お前との対戦成績は私の方が上だ!」
「え、ええ~? それって、お前の方が強いってことになるのか?」
「なるッ!」
……なるらしい。
「……そ、そういうことらしいです……」
「そ、そう。なるほどね」
苦笑しつつ、黛記者はメモにまた書き込んでいく。多分、箒の欄には『超負けず嫌い』と書き足されただろうな。
黛記者がパタンとメモ帳を閉じた。どうやら記録が終わったらしい。
「はいっ、質問は終了。丁寧に応答してくれてありがとうね。これから撮影に入るから、着替えてくれる?」
「え?」
着替え? 何故に?
俺たちがそう思ったのが分かったようで、黛記者がああ、と付け加える。
「言ってなかったわね。この雑誌のスポンサーの依頼でね、スポンサーの服を着て撮影して欲しいんだって。ちなみに、その服は帰るときにプレゼントしちゃうわよ」
軽くウィンクをして、そして、口に手を当ててこそこそと、
「お願い。……そうしてくれないと、私の首が飛んじゃうから」
「…………」
やはり、大人の世界は厳しいのだ、と痛感した。