IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
セシリアと出掛ける予定の今日。俺は約束通り、セシリアの部屋の前に来ていた。
まだノックはしない。それは俺の心の準備ができてからだ。
セシリアと出掛けるのはこれで二回目だ。前は夏祭りだったが……。
「……くっ」
あの日起こったことを思い出し、俺は手で顔を覆う。
告白されたと言っても、見た目俺たちの関係に変化は無い。だがそれはあくまで見かけはであって、あの日のセシリアの告白は、間違いなくセシリアへの見方を変えた。
あれ以降、セシリアの行動に今まで見えなかった俺への好意が見えるようになった。俺と二人でいるととても幸せそうだったり、ヤキモチを焼いてラウラと喧嘩したり、恋人と間違えられて赤面しつつも嬉しそうだったり。全て、俺が好きだからである。そう考えると、照れくさくてしょうがない。
「セシリア、来たぞ」
コンコン、とドアをノックした。すぐ中からはい、と澄んだ高い声が返される。セシリアだ。
実はもう一つ、セシリアに告白されて変わったことがある。
「――お待たせしました」
――それは、こうしてセシリアにどきりとしまうこと。
秋らしい落ち着いた茶色のカーディガンを身に纏い、満面の笑顔でぺこりとお辞儀をするセシリア。私服姿は普段の制服姿とまた違った魅力があって、ドキリとする。
「あ、ああ……」
見惚れていたのがバレたのか、セシリアはくすくす笑った。
ぬう。俺が誘ったデートだと言うのに情けな――ん? 俺が誘ったデート? どこかで聞いたフレーズだが……。
……あ。
『殿方がお誘いになったデートなのですから、殿方がエスコートするのは当然ではなくって?』
お、思い出した……。夏だ。
セシリアはにこにこして俺を見ている。同じことは二度も言わなくてもいいでしょう? 表情からそういう意図が読み取れた。
……やるのか。文化祭のときは勢いでやってしまったが、今回はそんな雰囲気でもない。
「翔さん?」
期待するようなセシリアの目。
――ああ、もう面倒だ! 手でも何でも繋いでやる!
「セ、セシリア」
「はい」
「行こう!」
「はいっ」
セシリアの表情が笑顔に溢れた。
俺はぱっとセシリアの手を取り、俺は廊下を驀進する。繋いだ手の柔らかさは、激しく俺を揺さぶった。
「ありかとうございます、翔さん」
「…………」
すまないセシリア。もう少し待ってくれ。今は話す余裕も無いんだ……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「翔さん、今日はどちらへ?」
電車から降りて街を歩く中、セシリアが訊く。セシリアには今日の予定を一切話していない。その方が面白いだろうと思ったからだ。
一方の俺はというと、手を繋ぐのにもようやく慣れてきて、まともに会話できるようになっていた。
「午前は映画を見に行く」
「まあ。映画ですのね!」
「ああ」
「映画館でデート。ふふ……」
「……どうした、嬉しそうだな?」
「……だって、ずっと憧れていたシチュエーションなんですもの」
「……く……っ」
「ど、どうかしましたの?」
「……何でもない」
……ずるいぞ、それは。もしかしたらこれからもずっとこんな感じなのか? なら気が抜けない。しかし、憧れのシチュエーションか。確かに映画館でデートというのは定番だが。
駅からすぐのところに映画館があり、そこに入る俺たち。館内に入ったところで、俺はセシリアに言う。
「すまないが、まだ観るものは決めていない。何か観たいものはあるか?」
「それなら、わたくし観たいと思っていたものがありますの」
「そうか。なら、それにしよう」
良かった、もし何も観るものが無ければシャルロットのオススメ一択になるところだった。
そのシャルロットのオススメとは、先日欧米で話題になったラブストーリー。本人曰く、
『これはデートにぴったりでね、異性と二人で観たら距離が縮まること間違いなしだって。迷ったらそれにしなよ』
――らしい。余計なお世話だと言いたくなった。
「……で、どれを観たい?」
「あれですわ」
セシリアの指差した先には……例の映画があった。
「あれは最近話題のラブストーリーですの。本国でも評判なので是非一度見てみたいと思いまして」
「あれか……」
結局、そうなってしまうのか。図らずもシャルロットの思惑通りという結果に。
「……い、嫌、ですか?」
「そんなことはない。あれにしよう」
セシリアの顔がばあっと明るくなった。
勘違いしないで欲しい。俺は別に嫌なわけではない。ただ、セシリアと二人でああいう映画を見るというのは、気恥ずかしいというだけで。
「高校生二人分で」
「かしこまりました」
学生割引のために学生証を提示すると、受付の男性の顔色が変わる。まあ、あのIS学園の生徒が二人、しかもそのうち一人は男性IS操縦者と来たら驚くのも無理はない。
「では、お二人で3000円になります」
俺はセシリアが財布を出そうとするのを手で制し、俺の財布から二人分の代金を出した。
「え?」
「俺が払う。それくらいの格好はつけさせてくれ。今日は俺がエスコートするんだからな」
「翔さん……」
こういう場では俺が出すのが筋というもの。幸い俺の懐は余裕たっぷりである。
実際のところ、俺にはこれからの人生を遊んで暮らせるだけの金がある。全て束の壊れた価値観の『お小遣い』と『お駄賃』だ。しかしそれでは堕落すると感じた俺は、資産の大半を匿名で寄付、もしくは凍結している。なので、俺が今使えるのはそのほんの一部のみ。まあそれでも十分な額だが。
閑話休題。とにかくにも、俺が代金を払い、チケットを受け取って歩き出した。
「行こうか」
「はい」
チケット売り場を後にし、俺とセシリアは指定された部屋へと向かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「とても良かったですわ! わたくし、久しぶりに映画を見てドキドキしましたわ」
「そうだな」
満悦の表情でセシリアが感想を述べた。それに相槌を打って、俺も微笑んだ。
映画を見終えた俺たち。今は近くのレストランで昼食を取っている。入った店は洋食なら何でもある店で、俺はオムライスを、セシリアはパスタを頼んだ。
セシリアはとても満足したようで、嬉しそうに感想を話す。確かに面白かった。話がしっかりしていて深みがあるし、コミカルな部分もあって飽きなかった。紆余曲折を経て最終的には結ばれるというハッピーエンドだったのもあり、観た後も気持ちがすっきりしている。王道中の王道の映画であったが、どこか新鮮さを感じたのは監督が若かったからだろう。
今まで嬉しそうに語っていたセシリアだが、でも、と映画の主人公に駄目出しをし始めた。へたれで優柔不断な主人公だったのだ。
ヘタレで優柔不断。まるで告白されておきながらそのままにしておくどこかの誰かさんのようで、俺は思わず顔が引き攣った。
「でも、一度別の女のところに行ったときは狙撃しようかと思いましたわ。本当は彼女のことが好きなのに!」
セシリアの言いたいことは分かるが、俺はそのシーンに対して別の印象を受けた。
主人公の男は、きっと確かめたかったのだと思う。他の女性と接することで、自分の彼女への気持ちを確かめたかったのだ。そのせいで彼女と喧嘩し一時は心が離れるものの、最終的に主人公は決意を固め、彼女のために走った。優柔不断なりに、主人公は自分の気持ちに決着をつけようとしていた。その姿には、俺としても思うことがいくつかあった。
「また、来ようか」
「ええ。是非」
今回は恋愛ものだったが、次はアクションでもいい……というかそうしたい。恋愛ものは近くにべたべたといちゃつくカップルがいて目のやり場に困るのだ。アクションならそういうことも無いだろう。
次はラウラや他のみんなも連れてこようか。特にラウラはあまり映画を観たことが無いだろうから、喜ぶに違いない。興奮して大騒ぎしないように、注意しないとな。
そんな想像に、頬が自然と緩むのが分かった。
「お待たせいたしました、オムライスとスパゲティ・ミートソースでございます」
ここで、頼んでいたメニューが来た。
俺の前に、ほかほかと湯気を立てるオムライスが鎮座している。とても美味そうだ。
「いただきます」
手を合わせ、スプーンでオムライスをすくった。それを、一口。
ふわふわの半熟卵と、甘過ぎない特製ケチャップが絡んだチキンライスが口内で混ざり合い、まろやかな味わいと食感を生む。美味い。一押しメニューなだけはある。
「セシリアのパスタは?」
「美味しいですわ」
パスタを頬張り、セシリアが笑う。
食とは人生の歓びである。古今東西の美味いものを探す、作る、そして食う。これに勝る至福は無い。
急に、セシリアはあっと思い出したように言う。
「……そういえば、翔さん」
「ん?」
「この前、箒さんたち三人とお出掛けしたそうですわね?」
「ああ、あれか」
例の買い物のことか。あれは大変だったな、暴走しないように常にバランスを取って行動しなければいけなかった。これからああいうことは避けよう。必要以上に気を使うから疲れる。いっそ一夏も連れて行って取り合いをしてもらう方がまだマシだ。
「むー……」
ぬ。セシリアの顔が少し怖い。ま、また知らないうちに何かやってしまったのか? 今日はやらかさないように気をつけていたのに。
「……翔さん」
「な、何だ?」
「ほ、箒さんにピザを食べさせていたというのは本当ですの!?」
「……ほ、本当のことだが?」
そう俺が控えめに答えたら、セシリアはぷーっと膨れた。
ああ、ダメだ! ここで怒らせたら台無しになる! 何とか弁明せねば……。
「い、いや、箒とは昔からの幼馴染で、そういうことはよくしていたものだから……」
「よくしていた!?」
……しまった。失言だった。油を注いだだけではないか。
何と言えばいい。どうすればいい。どうすれば助かる?
……何を言ってもダメな気がする。
「いや、その……すまない……」
結局、謝るしか思いつかなった。
「……はあ」
セシリアはため息をついてパスタをつついた。
よ、よかった。一応は矛を収めてくれたようだ。
「箒さんと仲が良すぎませんか?」
「そ、そんなことはないと思うぞ。鈴音との方がよっぽど……」
鈴音とは、最初からずっと仲良くさせてもらっている。一夏を除けば、一番鈴音といる時間が長いかもしれない。
だがセシリアは首を横に振る。
「違いますわ。何というか、箒さんと、一夏さんとは特別な絆を感じると言いますか」
「特別な絆、か……」
プレゼントを買いに行ったときも、鈴音とシャルロットに同じことを言われた。しかし、そんなものを意識したことはない。昔はいつも三人でいた。ただ、それだけだ。
「翔さん。オムライスを一口いただきたいのですけれど」
「ん? ああ」
俺はオムライスをすくい、セシリアの皿に乗せようとするが、セシリアが止めた。
「要らないのか?」
「違います」
「じゃあ何故?」
「……食べさせてください」
「何!?」
少し顔を赤らめて、セシリアは言った。
「箒さんになさったのですから、わたくしにもして欲しいですわ」
「……分かった」
あっさり観念した俺は、スプーンを持ち変え、セシリアの方へ向けた。
「え、スプーンはそのままでも……」
「ん?」
「い、いえっ! 何でもありませんわ」
文化祭の要領でやろうと思うので、咳払いを一つ。何度もやらされた口上は今でも忘れない。眼鏡が無いのが残念である。
今日の俺はセシリアお嬢様にお仕えする執事。お嬢様のご要望には答えるのが執事の定め。
「――では、お嬢様。お口を開けてください」
「は、はい……」
執事モードの俺のセリフを受け、セシリアは頬を真っ赤にさせた。
こういうセリフを言われ慣れているであろうセシリアを照れさせるとは、俺の執事モードも捨てたものではないな。
「あーん……」
ゆっくりとスプーンを近づけ、セシリアの口へと運ぶ。
――ぱくり。
「んまあっ!」
頬に手を添えて、セシリアが感嘆の声を上げた。
「美味しいですわ!」
「そ、そうか」
セシリアがここまでリアクションするとは珍しい。余程気に入ったようだ。
セシリアはオムライスを飲み込むと、今度は自分のフォークを取ってパスタを巻き取り始めた。
「さあ、今度は翔さんの番ですわ」
「何!?」
今度は俺があーんされるのか!?
「い、いや、別に俺は、自分で食べるから食べさせてもらう必要は……」
「いいえ。それではいけませんわ。お返しです」
ずいっと目の前にフォークが差し出される。それをぶんぶん手を振って制止する俺。
間違っても女性の使ったスプーンを口に突っ込むなどあり得ない!
「い、いらない!」
「だ・め・で・す・わ! 食べてくださいな!」
「セシリアまで会長みたいなことをするのか!」
「あ、あの方、そんなことまで……! なら尚更食べていただかなければなりませんわね!」
「何故そうなる!?」
「わたくし、あの方には負けたくありませんので!」
「そんなこところで勝負するな!」
周辺からくすくすと笑い声が聞こえる。このやり取りも、傍から見ればただの痴話喧嘩らしい。俺は至って本気なのだが。
「だ、だからいらないと言っているだろう!」
「いいえ! 絶対に食べていただきますわ、翔さんっ!」
そんなこんなで、楽しい(?)食事の時間は過ぎて行く。
その後、結局フォークを突っ込まれてしまい、勢い余ってフォークが喉に突き刺さったのは余談である。