IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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「…………」

「…………」

 

 気まずい雰囲気が食堂のカフェテリアを包む。テーブルを囲むのは、ご存知一年の専用機持ち七人、そこに加えて、今日から専用機持ちになった更識簪。

 夕食を食べようと簪を誘った俺だが、何も二人で食べるとは言っていない。この際だから、他の専用機持ちに簪を紹介しようといつものメンツを誘ったのだが……。

 

「……えー、こいつが今日から専用機持ちになる更識簪だ。四組の代表候補生なんだが、今まで訳あって専用機が無かった。で、今日ついに専用機が完成して晴れて専用機持ちになった」

 

 俺が紹介すると、簪は小さく小さくお辞儀した。目は下を向いていて、言葉を発する気配も無い。

 見ての通り、簪はビビっている。簪は極度の人見知りだ、これだけの初対面の人間の前に出すのは酷だったか。

 

『か、翔……聞いてない……!』

 

 今日から使えるようになったプライベート・チャネルを早速使い、俺に抗議する簪。

 

『すまないがこうなった以上どうしようもない。何とか仲良くしてくれ』

『そ、そんなっ……無理――』

 

 ぶつん。俺は無理矢理プライベート・チャネルを切断した。

 隣の簪が恨めしげに俺を見上げるのも、無視。

 

「……では、一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」

 

 反対側に座ったセシリアが、俺と、俺の隣に座った簪を睨んで言う。簪を警戒しているのは間違いない。

 セシリア以外の六人も、俺と簪に注目している。

 

「単刀直入に言いましょう。あなた、翔さんとどのようなご関係で?」

「ッ……!」

 

 簪が赤くなる。

 

「か、翔とは……あ、あの……、その……」

 

 簪はしどろもどろになり、ごにょごにょと何か聞き取れないことを呟く。

 

「『翔』?」

 

 俺の名を呼んだことで、セシリアの視線が一層鋭いものに変わった。

 

「どうなんですの?」

 

 セシリアの追求の視線が、容赦なく簪に突き刺さる。

 

「待った」

 

 詰め寄るセシリアを、シャルロットが制した。

 

「ダメだよセシリア。初対面でそんなにグイグイ来られたら、びっくりしちゃうじゃない」

「う……そ、そうですが……」

 

 セシリアはばつが悪そうに押し黙った。

 

「だから、えっと……更識、簪さん、だっけ? 大丈夫だから、落ち着いて。別に食べようとしてるわけじゃないから」

「は、はい……」

 

 にっこり笑って、シャルロットは言う。シャルロットの柔らかい物腰が、簪の緊張をほぐした。

 流石は頼れる優等生、シャルロット・デュノア。こういう場では非常にありがたい存在である。

 

「じゃあ、教えてよ。翔とはどういう?」

「……か、翔とは、お、お友達……! ただの、お友達、です……っ!」

 

 たどたどしくだが、簪は言い切った。

 簪が答えたのと同時に、向かいに座るセシリアとシャルロット、鈴音が「あーあ、やっぱり」という顔をする。

 ……何かやってはいけないことをしたのか、俺は?

 

「……あんたも大概、罪作りな男ね」

 

 やれやれ、と呆れた様子の鈴音。回鍋肉をつつきながら言う。

 

「翔も隅に置けんな。女子が苦手ではなかったのか?」

「いや、苦手だが?」

「……はあ」

 

 魚の身をほぐす箒もどこか残念そうだ。

 

「ほんとだよなー。知らねえうちに新しい友達作ってよー」

 

 一夏が便乗して言う。

 何故だが分からんがこいつにだけは言われたくないと思った。しかも口に米粒をつけて言うのだ、軽く殺意が湧いた。

 

「……一夏さん、ズレてますわよ」

「え? 何が?」

「この、唐変木!」

「え!? な、何で!? 何で俺怒られたんだ!?」

「…………」

 

 喚く一夏は無視し、俺は食事にありつくことに。

 今日の夕食は秋の味覚定食。今が旬のサンマや、山の幸を混ぜ込んだ炊き込みご飯が味わえる、新メニューである。非常に美味い。

 暫らくして隣の簪に視線を移すと、シャルロットがあれこれと手を焼いてくれているお陰で、少しは打ち解けてきているようだった。すぐに席替えしてシャルロットを隣に持ってきたのが正解だった。

 

「ねえ、更識さんって、もしかして……楯無さんの?」

「…………」

「ご、ごめんっ、変なこと聞いちゃったね、あはは……」

 

 簪の前で、姉の話はタブーである。

 それが分かったらしい専用機持ちは、これ以降会長の話題を出さなかった。

 

「あ……」

 

 ふと、今まで一言も発していないラウラの様子が気になった。

 黙っているということは、爆発する前触れなのではないか?

 

「ラ、ラウラ……」

「ん? お兄様? どうかしたのか?」

「……いや、何でもない」

 

 意外に普通であった。

 独占欲が鬼のように強いラウラのことだ。俺が新しい友達を作ったら大暴れするかと思ったが、意外と落ち着いている。どのような心境の変化だろうか。

 ラウラが普通。そうなるとむしろまずいのは、頬を膨らませて機嫌を損ねたセシリアの方だった。

 

「そ、その、セシリア……」

「翔さんのバカ。もう知りませんわっ!」

「……」

 

 ダメだ。大層お怒りのご様子。

 ――ああ、また怒らせてしまった。これで何回目だ?

 ヤキモチを焼いてくれるのは……まあ嬉しいのは嬉しいのだが、友達を作っただけで機嫌を損ねるのは困る。

 ……『奥の手』を出すしかないか。だが、出すのはもう少しあとになってからだ。今はそのときではない。

 

「ねえ簪、趣味は?」

「……わ、笑わない?」

「勿論よ」

「……あ、アニメ、好きなの……」

「あ、そうなの? 実はあたしもさあ、好きなやつがあんのよ、『月下のブライト』っていう王道のヒーローものなんだけどね」

「え……?」

「そのブライトっていう主人公が、すっごく知り合いに似ててさあ」

「ブ、ブライトは、私も好き!」

「あ、そう?」

「ヒーローもの、好きなの。……さ、最近は、ファンタジーも好き」

 

 共通の趣味が見つかったようで、鈴音との会話も弾んでいる。

 シャルロットと鈴音という社交性溢れる二人のお陰で、最初に比べると簪の顔も大分和らいだ。

 ちなみに、今二人が語り合っている『月下のブライト』だが、主人公が一夏に似ているのだ。熱いセリフや、爽やかな振る舞いが特に。

 俺がおかわりを求めて席を立つと、一夏も立ち上がった。カウンターで飯をよそってもらう間、一夏が俺になあ、と控えめに尋ねてくる。

 

「気のせいかな。俺、あの子に避けられてる気がするんだけど」

 

 一夏が談笑する簪を見て言った。

 

「気のせいじゃないと思うぞ。あいつは多分お前が嫌いだからな」

「え、な、何で!? 俺、今日が初対面だぜ? もう嫌われたってのか?」

「違う」

 

 そろそろ話しておこうか。専用機のことをぽろっと一夏が聞いたりすると気まずくなる。

 

「……お前、何故簪が専用機を持っていなかったか、知らないだろう?」

「お、おう。何でなんだ?」

「簪の専用機の開発元は、倉持技研だ。……もう分かったな?」

「ってことは、まさか……」

「そうだ。端的に言えばお前が原因だ」

「マジかよ……」

 

 頭を抱える一夏。

 

「まあ、別にお前が悪いわけじゃない。お前が専用機持ちになったのも、偶然だしな」

「…………」

 

 一夏を責めるのは違うと思うが、それでも簡単に仕方なかったと割り切れるものではない。だから気持ちの整理がつかず、簪は一夏を避けているのだろう。

 

「そういうことだったんだな」

 

 納得したようで、一夏はうんうんと頷いた。

 別に急ぐことはないと思う。何も今日が最初で最後のチャンスということでもない。次も、その次もある。ゆっくりやっていけばそれでいいだろう。

 炊き込みご飯を補給し、席についた俺は、再び箸を手に飯をかき込んだ。

 まあこの状況で俺ができることはあるまい。なら今はひたすらに飯を食うのみ。

 

「えーっと、更識さん?」

「……何?」

 

 急がなくてもいいと思ったのだが、一夏は早速話しにいった。

 そして一夏は急に姿勢を直し、真っ直ぐ頭を下げた。

 

「ごめん!」

「……え?」

 

 簪は面食らったようで、固まってしまった。

 突然一夏がそんなことをするものだから、同じ席の七人だけでなく近くにいた生徒までぎょっとしている。

 

「専用機が無かったのって、俺のせいなんだな。迷惑をかけた。だから、ごめん」

「あ……」

 

 簪は状況を飲み込むと、こほんと小さく咳払いした。

 

「……顔、上げて」

「え?」

「別に、織斑くんが悪いわけじゃない。偶然そうなったのだから、仕方のないこと。もう機体も完成した」

 

 淡々とした口調だったが、簪が本気で言っているのは分かった。

 簪の言葉は、要は気にしてないからいいよという意味合いである。

 

「むしろ責めるべきなのは、自国の代表候補生へ専用機を作らなかった倉持技研。男性IS操縦者のISを作るのが名誉なのは分かるけれど、それで打鉄弐式の開発が滞るなら引き受けたりしなければいい。最悪他へ回せばいいのに、意地を張って打鉄弐式の開発権を手放さないなんて論外……」

「お、おお……」

 

 一夏は恨んでいないようだが、開発元への恨みは相当あったようで、簪は溜め込んでいた呪詛をブツブツと次々に呟いている。

 

「開発費用を考えても私が組み上げるよりも大分低くなるのに、パーツだけ引き渡して私に丸投げしたのだから、人員不足は明白。私が組み上げると言い出さなければいつまでも有耶無耶にしておくつもりだったのかも。もし私が翔と知り合えてなかったら機体も完成しなかったのだから、倉持技研は翔に感謝すべき……」

 

 それが出る出る。まるで終わりが見えない。

 それからも呪詛は何分と続き、見かねた俺が止めに入ってようやく止まった。

 

「ま、まあ、とにかく、専用機が完成してよかったじゃない。ね?」

「……うん」

「また今度模擬戦しようよ。すぐにタッグトーナメントもあることだしさ」

「むっ!」

 

 タッグトーナメント。それには全員が、今までほとんどしゃべらなかった箒やラウラまでもが反応した。

 

「そ、そうだった、忘れていたぞ! ――い、一夏! 私と組めっ!」

「へ?」

「お前のサポートくらい私がしてやる! 何、絢爛舞踏ももうすぐ完成する。だから、私と組め!」

「ああっ! 箒、フライング!」

「何!?」

「ってことで一夏と組むのは私ね!」

「ま、待ってよ二人とも! 僕だって――!」

「あんたは前に組んだでしょうが!」

「あ、あれはシャルルが組んだんだよ! シャルロットじゃない!」

「どういう意味だ!」

 

 ギャーギャーと一気にやかましくなるテーブル。

 セシリアとラウラはどうやら冷戦状態らしく、互いに睨み合って牽制するに留まっている。

 簪はびっくりしたのか、縮こまって動かない。こういう騒がしい場は慣れないようだ。

 俺にはある意味見慣れた光景なので、平然とお茶をすすっていられるだけの余裕があった。俺の和む姿と騒がしい女たち対比は、見る人からすればさぞ強烈であったことだろう。

 

「……い、いつも、こんな感じなの?」

 

 ぼそりと、簪が俺に訊いた。俺はお茶を一口飲み、こんな感じだ、と答えた。

 やかましいが、賑やかで楽しい。それが個性派揃いの、一年専用機持ち一同である。

 

「私、仲良くできるかな……」

「できるさ。お前がそうしたいと望むならな」

「……うん」

 

 期待のつまった目で、喧騒の只中にいる皆を見る簪。一人で無理をしていたあのときとは、全く違う。確かに変わってきている。そしてそれは、俺のささやかな努力の結果だと信じたい。

 このまま、簪の会長へのわだかまりも消えるといいのだが。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 簪が無事専用機持ちの仲間入りを果たした、その夜。セシリアは自室のベッドで膨れていた。勿論、簪のことで。

 

「もうっ! 翔さんのバカ!」

 

 セシリアはぼすっと枕に突っ伏した。

 また知らないうちにライバルが増えていた。それも、大分親しい様子だった。あれはどう考えても一朝一夕にできる関係ではない。

 サイレント・ゼフィルスに敗れたとき、これでは翔の力になれないと思い、この一月は猛特訓に励んだ。実力に磨きをかけ、キャノンボール・ファストでは二位になった。しかし、その間に翔は新しい友達、もといライバルを増やしてしまった。

 

「翔さんの、バカ……」

 

 翔に憧れる女子は無数にいる。最近までセシリアは、その中でも自分は好きだと伝えた分一つ進んだ関係だと思っていた。だがその自信も、今は揺らいでいる。二ヶ月経っても、翔からの返事は無い。

 忘れられてしまったのではないかとさえ思ってしまう。二人で歩いた夏のひとときも、精一杯の想いを込めて交わしたあのキスも。

 

「ああ、もうっ!」

 

 どんどんとマイナスになる思考を振り払い、セシリアは枕を抱きしめる。

 ひとしきり枕を締めつけた後、少なくとも三日は機嫌を直すまいと決め込み、枕を解放した。

 

(……デートのお誘いでもあれば話は別ですけれど)

 

 まあ、あの翔に限ってそれはないだろう。

 淡い期待は捨てるべきですわね、とセシリアは体を起こし、読みかけのファッション雑誌を手に取った。

 ――と、そのとき、携帯が鳴った。

 

「……あら?」

 

 セシリアは普段あまり携帯を使わないので、鳴るのは珍しいことだ。

 本国からの連絡かと思って手に取ると、発信者の表示は天羽翔だった。

 

「――えっ!? 翔さん!?」

 

 名前を見て、セシリアは慌てて応じた。

 

「もしもし、セシリア?」

「……翔さん……」

 

 電話してきてくれたのが嬉しくて、セシリアは少し顔を綻ばせるが、すぐに怒っていることを思い出して、

 

「……何の用ですの?」

 

 わざと低い声で言った。翔はまだ怒っていると思ったようで、うっと言葉を詰まらせる。

 

「そ、そのだな……」

「……はい」

「……明日は、暇か?」

「えっ……?」

「暇なら、どこか行かないか?」

「え!?」

 

 一度では理解できず、セシリアは、一瞬言われたことを反復した。

 明日暇なら、どこかに行かないか――。

 

(そ、それは、もしや……!)

 

 そう、まさかのデートのお誘いであった。

 

「え、え……えええっ!?」

 

 顔がぼっと赤く染まり、セシリアは空いた左手を頬に当てた。

 

「都合が悪いのか? 確かに急過ぎるか。なら、別の日にする」

「い、いいえ! 何も、全く、微塵も、予定などありませんわ! どこへなりとも参りましょう!」

「そ、そうか。なら良かった」

 

 どうしよう。どうしよう。

 セシリアはドキドキして翔の声に耳を傾けた

 

「明日、部屋で待っていてくれるか? 迎えに行く」

「は、はい……」

「――じゃあ、おやすみ」

「ッ……!」

 

 その声は、とても優しくて。セシリアは思わずドキリとした。電話ごしで聞いていても、耳が溶けてしまいそうなくらい、甘くて、優しかった。

 

「は、はい……おやすみなさい……」

 

 それを最後に、電話は切れた。ツー、ツーと通信の切れた電話を片手に、セシリアはベッドで呆然とする。

 ――頬が熱い。手で支えていなかったら、ぽろりと取れてしまいそうだ。

 さっきまで苛立っていた気持ちが嘘のように、今は嬉しくてしょうがない。

 デートに誘ってもらっただけで、機嫌の悪さが吹き飛ぶなんて単純だと思われただろうか。でも、そんなことがどうでもいいくらい、セシリアは嬉しい気持ちでいっぱいだった。

 

「そうと決まれば……!」

 

 セシリアは気持ちを入れ替え、明日の準備を始めた。

 今日は早く準備して、早く寝よう。翔には、一〇〇パーセントの自分を見せたいから。


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