IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
「…………」
数分後、リビングではどこかすっきりした表情の鈴音、シャルロットと、虚ろな目をした俺と一夏、そして弾がいた。幸い目立った外傷は無い。
誰も、会長さえも、さっきの件には触れようとしなかった。おそらく例の惨劇は、誰の口からも語られることが無いまま歴史の闇へ葬り去られていくのだろう。だが、それがいい。
「……じゃ、じゃあ気を取り直して。最後は、大親友翔くん!」
「はい」
やっと俺の番が回ってきた。俺は普通の紙袋を取り出し、一夏に手渡す。
「一夏、誕生日おめでとう。これは俺からの五年分のプレゼントだ」
「おう、サンキュー!」
一夏が何かな、と紙袋を開き、中身を確認する。
「え」
一瞬一夏が固まる。そしてガサガサと中身を出した。
現れたのは、黒いカメラだ。
「か、カメラ……?」
「そうだ」
「しかも、すっげー高そうだぞ!」
一夏が皆に見せると、皆も驚きの顔に変わる。
「ちょ、ちょっと待て。これ、本気なやつじゃん! 写真家とかが使うやつ!」
「そうだ。そこらのデジカメとは訳が違う」
「マジかよ!?」
黛先輩の方を見ると、黛先輩がウィンクした。
そう、黛先輩にはこれを選ぶ際に協力してもらったのだ。それが黛先輩への借り。餅は餅屋と言うからな。できるだけ良いものを用意したかった。
「あんた結局金にものを言わせたのね!」
「箒のも高そうだったけど、翔のは別次元だよ!」
「散々秘密にしておいてこれかっ! 見損なったぞ!」
代表候補生は国家公務員扱いなので月給がある。同年代の高校生がバイトで稼げるお小遣い程度のものとは少し違う。
知っての通り、俺は代表候補生ではない。なのに何故あんな高いものを買えたのかというと、それは束から金が振り込まれてくるからである。束曰く、世話をしてくれた分のお返しだそうだが、それにしてはゼロの数が尋常ではない。つまり、金額はともかく、俺は束からバイト代をいただいていると思ってもらえればいい。
まあ待てと騒ぎ立てる三人を適当になだめつつ、俺は説明を始めた。
「まず、一夏。お前、写真を取っているだろう。千冬さんと」
「あ、ああ。小一くらいからだったかな?」
その習慣は、千冬さんの提案によるものだという。姉弟で過ごした日々を忘れることがないように、と。
昔からそうしているのを知っていたから、今回のプレゼントはカメラにしようと思ったわけだが……。
「一夏、これは確かに安いものではなかったが、これはお前への賃金も含めている」
「ち、賃金?」
一夏がぽかんとした顔で繰り返す。流石に言い方が悪かったな。
「そう、これは一夏への依頼料だ。……これからは、俺たちとの写真も撮って欲しい」
「え?」
俺のプレゼントの意図。それは、千冬さんとの思い出だけではなく、俺たちとの思い出を、写真に収めて欲しいという思いだ。
「俺たちは、出身も、経歴も違う。……過ごしてきた時間も、違う」
「!」
少し、専用機持ちたちの顔が曇った。僅かな変化だったが、俺には分かった。
天涯孤独の俺。姉しかいない一夏。家族がバラバラな箒。両親を亡くしたセシリア。両親が離婚した鈴音、実家との確執があるシャルロット、極めつけに「作られた」ラウラ。それぞれ、思うところがあるのだろう。
「今はこうしてIS学園の生徒として一緒にいるが、これが五年後、十年後どうなっているかは分からない」
世界各国の国防を担う国家IS操縦者。その卵である代表候補生である専用機持ちは、将来代表となって活躍することだろう。そうなったとき、俺たちはまたバラバラになる。
増して俺と一夏は、自分の将来が全く見えない状態だ。将来無事でいられる保証すら無い。
「――だから、残しておいて欲しいんだ。今、こうしてここにいる俺たちの『今』を。忘れることがないように。例え離れ離れでも、思い出せるように。お前には、その仕事をしてもらいたい。その賃金代わりのカメラだ」
「翔……」
「すまないな。そんなことを勝手に押し付けて」
――俺は、ほんの少し嘘をついた。
俺は「皆のため」と言った。だが、本当は違う。皆のためではない。これは、俺のためだ。
誰かに肯定してもらえなければ存在し得ない俺が、自分が自分であると信じられるように。俺はここにいると、信じられるように。
「お兄様……」
ラウラが俺の顔を見て哀しそうに顔を歪めた。
ラウラには分かってしまったらしい。誰かに依存しなければ生きていけない。ただ一人の自分でいるために、誰かを利用する。そんな俺という存在の……闇の部分が。罪悪感が、俺の心を刺す。
「……分かった」
一夏は、しっかり答えた。
「任されたぜ、その役目。俺が、ちゃんと『残す』よ。今を」
「一夏……」
不思議な感覚だった。一夏の表情を見ると、俺の中の暗いものが晴れていく。祓われていく。
この感覚は、覚えがある。初めて一夏と話したときだ。あのときも、そうだった。孤独で潰れそうになっていた心が、暖かいもので満たされた。
「……ありがとう」
万感の想いを乗せて、俺はこう言った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ちょっと、何よ。いい雰囲気で見つめ合っちゃってさ」
「……あ」
それからしばらく沈黙が続いていたが、鈴音が気持ち悪い、と口を開く。実に一分もの間、俺たちはああしていた。
「あながち、間違いじゃないのかもね。二人が付き合ってるって」
会長がにしし、と笑う。
ま、まずい。これは玩具を見つけたときの顔だ!
「やめてください」
「もしかして翔くんが女子に触れないのも、男にしかキョーミ無いからじゃないの~?」
「きゃー! 嘘ー!」
「やめてください!」
これ以上学園で『本』が出回るのは困る!
「え、な、何、もしかして、二人が恋人だったら、あの本みたいな……!?」
「シャ、シャルッ!? 変な想像すんなよ!」
シャルロットは興奮しているのか、鼻から血が伝っている。
「なるほど。そういうことか一夏。お前は私のお兄様を奪おうとするわけだな」
「ま、待てって、誤解だ!」
ゆらり。どこからかナイフを出現させるラウラ。
姿勢はまさにコンバットスタイル。 今すぐにでも一夏に襲いかかりそうだ。
「わたくしという者がありながら……!」
「セシリア!? ち、違う! それに、俺はお前の恋人では……!」
「それはこの際関係ありませんわ!」
「大ありだ!」
少なくとも俺にとっては大ありだ!
「そういや、一夏って結構男からも人気あったよなあ」
「中二の夏休みに二年三組の根元大介が一夏が好きだってカミングアウトしてたな」
「うぇ!?」
ニヤニヤした顔で言うのは、弾と数馬。このタイミング、狙って言っているに違いない。それを聞いて鈴音が腹を抱えて笑い出した。
「きゃはははっ、そーだったわねえ! 思い出したわ!」
「あれは傑作だったな! 『お、俺っ、織斑が好きだあああ』って!」
「あはははははっ!」
よほど面白かったのか、中学組は爆笑して悶えている。
笑い声、悲鳴、怒号。秩序無き混沌と化した織斑邸リビングでは、本格的に『一夏&俺=ホモ疑惑』が煮詰まってきた。
「や、やめてくれっ! 違う、違うんだ!」
「誤解だあああああ!!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「じゃあ、最後は五反田蘭ちゃんのケーキでお開きにしましょうか」
「あ、はいっ」
一連の騒ぎが鎮まったところで、蘭が用意してくれたケーキを食べることに。蘭が台所へパタパタと歩いていき、弾が手伝うためについて行った。
「ぜえっ、ぜえっ」
「はあ、はあ……」
肩で息をする俺と一夏。疑惑を鎮静するのに疲れ果てた。
俺はまだしも、本日の主役がこんな様子でいいのか。誕生日パーティーでクタクタになるとはどういう……。
ゆっくりとした動きで、俺は携帯電話の時計を確認した。
「……もうそろそろだな」
「え?」
「いや、何でもない」
実は、サプライズが一つある。もうそろそろ来てもいい時間なのだが。
そう思っていると、ガチャっと玄関のドアが開く音がした。
……来たな。
「ただいま!」
「!?」
その人物の登場に、誰もが驚いた。
入ってきた――というか帰ってきたのは、織斑千冬。
千冬さんはどこか急いだ様子で、少し息を切らしていた。そして俺たちがいるのを確認すると、ほっとため息をついた。
「はあ。間に合ったか……」
「ち、千冬姉!? 何で……!?」
一夏が立ち上がる。千冬さんが来るとは思っていなかったらしい。
「何で帰ってきたんだ? 今日は何も言ってなかったのに」
「……どこかのおせっかいが連絡をよこしたのでな。お陰で全速力で戻る羽目になった」
千冬さんはわざとらしく俺を見て言った。
……ちっ、意地の悪い。できれば秘密にしておいて欲しかった。これで俺が呼んだと分かってしまったではないか。
ニヤニヤと、全員が俺を見る。さっきのことがあるからまた余計なことになりそうだ。
「……お人好しですわね、本当に」
隣でセシリアがくすりと笑った。
それに気付かないふりをして、俺は皆と同じように一夏と千冬さんを見た。
「遅くなったが、誕生日おめでとう」
「あ、ありがと」
「……すまないな。プレゼント一つ用意していない」
「いや、いいよ。千冬姉が忙しいのは知ってるからさ。プレゼントは皆からいっぱいもらったし。それにさ……」
恥ずかしそうに、一夏は続ける。
「俺、千冬姉がこうやって帰ってきてくれたから、それで十分だよ」
「一夏……」
全員が穏やかに二人を見守る。
誰一人、茶化さない。それをするのは、無粋というものである。
「えーっと、ケーキの用意できました」
「おおーっ!」
蘭が台所からケーキを持ってきた。
蘭が全身全霊をかけて作ったそうだ。蘭は菓子作りが上手いと弾が言っていたので、味は確かなはずだ。
「ロウソクは十六本よね?」
「あ、はい」
何もしていなかった会長が自らロウソクに火をつけていく。千冬さんの前だからだろうか。
「ケーキを潰さないでくださいよ」
「しっつれいねー! そんなことするわけないでしょ」
「ならいいんですが」
誰もそんなことをするとは思っていないが、あれだけ遊ばれたのだからこれくらいは許されるはずだ。
ほどなくして、全てのロウソクに火が灯る。
「じゃ、電気消すね」
パチンとスイッチが傾き、部屋は暗闇と、ロウソクの灯りの二つに変わる。
「ハッピーバースデートゥーユー……」
誰かが歌い始めた。それに、誰かが続く。
「ハッピーバースデートゥーユー……」
やがてそれは、一つの歌になった。
「ハッピーバースデー、ディア一夏~……」
一夏、一夏さん、一夏くんと最後はバラバラになる。
「ハッピーバースデートゥーユー」
一夏が生まれ、こうして巡り合えた奇跡に、果てない感謝を。
――ふうーっ。
一夏の息が、橙色の火を消していく。火が全て消えたとき、拍手が起こった。
「わー! おめでとう織斑くん!」
「おめでとう。……プレゼント、無くてゴメンね」
黛先輩、会長。
「おめでとう! これからも頼むぜ!」
「おめでとな」
「おめでとうございます!」
弾、数馬、蘭。
「おめでとう」
箒。
「おめでとうございます」
セシリア。
「おめでと!」
鈴音。
「おめでとう、一夏」
シャルロット。
「ふん、おめでとう」
ラウラ。
「……おめでとう」
千冬さん
「おめでとう」
そして、俺。
「……ありがとう。みんな」
皆の祝福の言葉を受け少し涙ぐんだ一夏は、明るい笑顔を見せた。
――翌日の、織斑邸。
そこのリビングには二つの新しい写真が飾られた。
一つは、はにかむ十六歳の一夏と千冬さん。
もう一つの写真には、全員が集まって、楽しそうに笑う姿が写っていた。
その写真が、風に煽られ、パタリと倒れた――。
以上で、第十二章終了となります。第十二章終了時点で1000オーバーという大変多くのお気に入りをいただき、読者の皆様には感謝でいっぱいです。
第十三章の投稿開始日時は不定です。4月上旬を予定しています。
また、活動報告でも報告しました通り、『セシリア・ダイアリー』の2話を27日に投稿します。そちらもお楽しみに。