IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

91 / 129
5

「せーのっ」

 

 シャルロットの合図に合わせて、パーンっとクラッカーの弾ける音が、織斑邸のリビングに響き渡った。

 

「織斑一夏くん、誕生日おめでとー!」

 

 全員の祝福の言葉が、一夏へと投げかけられる。それを聞いた本日の主役は、「ありがとう」と照れ臭そうに頭を掻いた。

 キャノンボール・ファストは大盛況の中幕を閉じた。全員が全力を尽くしたそのキャノンボール・ファストで、一夏は堂々の三位。最後まで粘って勝ち取った、見事な順位である。

 わいわいと騒ぎ始める面々を見て、俺は穏やかに微笑んだ。

 現在、午後八時。ここ織斑邸では、一夏の誕生日パーティーが盛大に行われていた。参加者は、一年の専用機持ち、五反田兄妹、御手洗一馬。そして……。

 

「ねえねえ、翔くん。あそこのお菓子とってよ」

「あ、じゃあ私もお願ーい」

 

 何故か、会長と黛先輩。

 会長は今日一夏の誕生日パーティーがあると聞くや否や、生徒会長権限を行使して即座に参加を表明した。プレゼントどころか、菓子すら持ち寄って来なかったくせに参加するとは、図々しいにも程がある。黛先輩は今日の写真を撮ったから配りたいという口実で参加。まあ写真を持ってきただけマシであろう。

 いずれにせよ、飛び込みで参加してきた辺り神経の図太い二人であると言わざるを得ない。

 

「自分で取ってください。今日はお二人の相手をしている余裕はありません」

「えー? せっかく二年の部で優勝したのにー!」

「本当よ。私だってたっちゃんの専用機を整備して、優勝させてあげたのに」

 

 二人はねえ? と顔を見合わせ、俺を糾弾した。

 凄まじく面倒くさい。会長一人でも手に余るというのに……。

 

「俺だって優勝しましたが?」

「えー? そう? 翔くん、運が良かっただけじゃないの。あそこで失敗してたら、最下位だったわよ」

「ぐ……っ」

 

 事実だ。言い返せない。確かにあそこで三段階瞬時加速(トリプル・イグニッション)を成功させていなければ最下位だった。

 かく言う会長はというと、圧倒的な実力を発揮して堂々の一位。終始苦戦した俺とは大違いである。

 

「天羽くーん、私に借りがあるのは覚えてるよね?」

 

 黛先輩が追い打ちをかけてきた。

 黛先輩への借り。更識簪のことと、あともう一つある。

 

「……分かりましたよ。あれとあれでいいですか?」

「そう来なくっちゃ! 流石は副会長!」

「持つべきものは使える翔くんよね!」

「…………」

 

 いっそ地獄に落ちろと思ってしまった。しかしまあ、この二人なら、地獄に落ちても天国のように暮らせることだろう。……いや、それでは地獄に落ちる意味が無いな。

 とにかく、このまま話していたら疲れるので年上組は見限り、同期たちの元へと向かう俺。通りかかった台所では、今日のレースで六位だった鈴音がいそいそと鍋をかき混ぜていた。とても機嫌がいいのか、鼻歌を口ずさんでいる。何を作ったかは知らない。

 本当は軽く食事でも作ろうかと思ったが、誕生日プレゼントに食事を用意した数人からダメ出しされたので、今回は無し。

 さて、プレゼントを渡すのはまだ先なようだし、今日は惜しくも最下位だった我が妹の機嫌を直しに行くとしよう。

 

「ラウラ、今日は――……ん?」

 

 俺がラウラを探して近寄ると、珍しい光景が広がっていた。ラウラが、御手洗数馬と話している。社交性の無いラウラにしては、非常に珍しい。

 はにかむ御手洗が、ソファにちょこんと座るラウラに話しかける。「何だ貴様は」と追い返すかと思ったが、予想に反し、ラウラから特別拒絶するような様子は見られない。

 

「……その、ボーデヴィッヒさん、俺、御手洗一馬ってんだ。よろしく」

「ああ、この前弾と文化祭に来た者か。よろしくな。何だ、今日も来ていたのか?」

「お、おう。見てた」

「……無様な姿を晒してしまったな」

「そ、そんなことねえよ! カッコ良かったって!」

「そ、そうか?」

 

 ……何故だろう、何か面白くない。ラウラが一夏や弾と話しているときは何も思わないのだが。

 

「ラウラ」

 

 話が一区切りついたところで、俺はラウラを呼んだ。

 

「……あっ、お兄様っ!」

 

 ぱあっと顔を輝かせ、ラウラがウサギのように飛び込んでくる。ラウラが妹になって早三ヶ月。すっかり慣れてしまった俺は、ラウラの突撃も脊髄反射で受け止める。

 御手洗はラウラの態度の変貌に目を丸くした。こんなもので驚いていたら、後から目が飛び出るぞ。

 

「どうした? てっきり機嫌を損ねているのかと思っていたんだが」

「確かにレースで負けたのは悔しいが、それとこれとは別だ」

 

 なるほど。パーティーは楽しみたいと。

 

「ああっ!? ラウラさん、抱きつき過ぎですわ! は、恥ずかしくないのですか、公衆の面前で!」

 

 べったり張り付くラウラを引き剥がそうと、セシリアがやって来た。

 セシリアは今日のレースで見事二位を獲得した。一月ほどの猛特訓が功を奏したようだ。

 

「何だセシリア。後から来て図々しい」

「ず、図々しい……っ!?」

「私たちは家族だ。家族が触れ合うことに羞恥など無い」

 

 セシリアは絶句し、二の句が告げられない。

 お兄様~、とラウラは俺の首に手を回し、ぎゅーっと抱きついた。

 

「うぐ……っ!? ラ、ラウラ……!」

 

 勢いあまって俺の首を締めている。本人はそれに気付かない。長年の訓練の賜物だろうが、兄と触れ合いながら無意識に殺そうとするとは恐るべし。

 だが流石にこれはご愛嬌では済まされない! 下手をすれば死ぬ!

 

「お、おい、ラウラ……っ!」

「……あ」

 

 ドンドン、と強めに背中を叩くと、ラウラは手を緩めた。ようやく気付いてくれたらしい。

 

「す、すまないお兄様」

「……死ぬかと思ったぞ」

「だ、だが、愛故の行動なのだ。許して欲しい」

「なら仕方ないな、許そう」

「軽いな!?」

 

 御手洗の鋭いツッコミが炸裂する。

 まあ、我が妹と付き合っていくにはこれくらいの度量が必要だ。それこそ、多少首を締められたり、ナイフを向けられたりして殺されそうになっても、平然と許してやれるくらいの。それが度量と言っていいのかは分からないが。

 

「ラウラさん……!」

 

 先ほどのラウラの一言にカチンと来たセシリアは、肩を震わせ、うふふ、と恐ろしげに笑い始める。

 ……ホラー映画から出演依頼が来るかもしれない。本当に怖い。

 

「……ようやく理解しましたわ。最近妙にラウラさんが調子に乗っていらっしゃるのは、わたくしが翔さんのお傍から離れたからなのですね……」

 

 いつのに間にか知らない虫もまとわり付いているようですし。そう言ってセシリアは、怖い笑顔はそのままに俺を見た。思わず背筋が凍る。

 知らない虫。誰のことだろうか? 表現に容赦が無い。

 

「翔さん」

「な、何だろうか」

「来月のトーナメントは、わたくしと組んでいただきますわ」

「何だとッ!?」

 

 反応したのはラウラだ。

 

「それは許さん! お兄様はまた私と組む! お兄様は私と一度組んだのだぞ!」

「何を言うかと思えば。あのときのお二人は連携というレベルではありませんでしたわ」

「ふ、ふんっ! 今の私とお兄様は兄妹となった三ヶ月で、より固い絆で結ばれている!」

「あら、たったの三ヶ月? わたくしと翔さんは入学後すぐに連携訓練をしていますのよ。連携とは長い期間すればするほど高まるもの。あなたとの三ヶ月など、わたくしとの半年の足下にも及びませんわ」

「ぐ……っ!?」

「そうでしょう? 七位のラウラさん?」

「……!」

 

 怒髪天を衝く。ラウラの髪がぼわっと巻き上がるような錯覚を覚えた。

 

「……ふっ、よかろう……! 貴様がそこまで言うのなら、今度こそ決着をつけようではないか……!」

「望むところですわ。わたくしの実力は、あのときとは段違いでしてよ」

 

 ゴゴゴ、とただならぬ雰囲気が漂う。

 俺は二人の様子を小まめに確認しつつ、離脱するタイミングを見計らっていた。巻き添えはごめんである。

 

「……なあ、天羽。お前らいっつもこんな感じなのか?」

 

 呆れているのか、怯えているのか。御手洗はおずおずと聞いた。

 

「ああ、こんな感じだ」

 

 文化祭以来の、二人のいがみ合い。それにどこか親しみすら感じてしまうのだから、俺はどうかしている。

 

「……何か、苦労してんだな、お前も」

「……まあな」

 

 同情してもらっても、何も変わらないのだが。

 

「なあ、天羽」

「ん?」

「これからは数馬でいいぜ。御手洗って苗字、嫌いなんだ」

「分かった。これからはそう呼ぼう」

「これからよろしくな、翔」

「ああ」

 

 こうして、校外に二人目の男友達ができた。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「はーい、ということで、プレゼントターイム! 一夏くんにプレゼントしましょー!」

 

 いぇーい、拍手ー。一人で場を盛り上げる会長。しかし、唯一プレゼントを用意していない人間が仕切るというのはいかがなものか。

 などと考えていると、会長の扇子がビシッと俺を指す。

 

「そこ! 何か不満でもあるのかな?」

「……いえ、何も」

 

 口に出したら後が怖い。言わぬが仏とはまさにこのことである。

 まあ、会長が仕切るのなら順番に文句は出ないだろう。適任といえば適任だ。

 

「じゃあ、最初は鈴ちゃん!」

「はーい! あたしは、これ!」

 

 一人目は鈴音。台所から器に盛られて現れたのは、ラーメン。それが食卓に座った一夏の前にドンと差し出された。

 

「おおっ、ラーメンか! 美味そうじゃん!」

「へへーん、どうよ?」

「すげーな! 食べていいか?」

「しっかり味わいなさいよ!」

「じゃあ、いただきまーす」

 

 買い物に行ったとき、鈴音は何も買わなかった。その代わりに何か作ると言っていたのだが、ラーメンとは。粋な真似をする。

 

「くっ、鈴め……! 正攻法で来たな……!」

「真っ直ぐな分あれは効くよね」

「さりげなく良妻感アピールですか……」

 

 各々に一夏ラバーズは感想を漏らした。

 肝心のラーメンだが、非常に美味そうである。ぱっと見た感じでは濃厚系の豚骨ラーメンだと思うが……。

 

「うおお、美味い!」

 

 一夏が叫んだ。

 

「これ、お前が全部作ったのか?」

「もっちろんよ。ダシから具まで全部作ったんだから!」

 

 それはすごい。

 

「……大変だったろ。サンキューな」

「え!? あ、うん、べ、別にいいのよ、喜んでくれたなら、それで……」

 

 一夏の真っ直ぐな感謝の言葉に、もじもじとする鈴音。

 

「……あんたが望むんなら、毎日だって作ってあげるのに……」

「ん? 何か言ったか?」

「う、ううん、何も!」

 

 恥ずかしいのか、鈴音は一夏の隣から離れて輪に戻った。よく見ると、小さくガッツポーズをしていた。

 良かったな、鈴音。

 しかし、あのラーメン、是非食してみた――。

 

「翔、あんたにはあげないからね」

 

 ……バレていたようだ。

 

「じゃあ、次はセシリアちゃんね」

「承知しましたわ」

 

 セシリアは持って来ていた紙袋を取り出し、一夏に見せた。少々大きめの紙袋である。

 

「これはイギリス王室御用達のメーカー、『エインズレイ』のティーセットと、わたくしが愛飲している茶葉ですわ。本来は非売品なのですけれど、オルコット家にはつてがありまして。特別に譲っていただいているものですの。是非織斑先生とお使いになってくださいな」

 

 にこりと笑って、セシリアはそれを一夏に手渡した。

 

「おー、サンキュー! 千冬姉、家にいると朝は紅茶飲むんだ。絶対喜ぶよ」

「ふふ。良かったですわ」

 

 優雅に微笑み、セシリアは輪に戻った。

 そのセシリアに、例の三人が忍び寄り、こそこそと何か話し始めた。

 

『ちょっとセシリア! 何であんなガチなのよ!』

『そうだよ! 王室御用達なんて!』

『霞むだろうが! いろいろと!』

『い、一夏は別にいいでしょうが!』

『そんなことはありませんわ。わたくしにとっても一夏さんは大切なご友人。良いものを贈るのは当然でしょう?』

『……とか言って、実は翔の好感度を上げに行くのが目的だったりして』

『な、何のことでしょう?』

『それに、一夏の好感度も上げちゃえば翔を狙いに行きやすくなるよね』

『か、勝手な憶測をしないでくださいな! 人聞きが悪い!』

 

 ひそひそ話す割にはかなり話がヒートアップしている。四人ががちらちら俺を見るから多分俺の話をしているのだろうが、内容は不明だ。

 

「じゃあ、次はシャルロットちゃんね」

「あ、はい」

 

 シャルロットはセシリアたちと話すのを止めて、小さな紙袋を持って一夏の前に立った。

 今日のレースでは五位だったシャルロット。悔しいね、と試合のあとに言っていた。

 

「はい、一夏。誕生日おめでとう」

 

 シャルロットらしい朗らかな笑顔で、その紙袋を一夏へ渡した。

 

「サンキュー。何だろ、開けてもいいか?」

「うん。開けて見てよ」

 

 じゃ遠慮なく。一夏はそう言って紙袋から包装された箱を取り出し、中身を見た。

 

「おおっ、腕時計だ!」

 

 一夏が顔を輝かせ、シャルロットは照れくさそうに微笑んだ。腕時計というセンス溢れる品物の登場に、リビングがわっと盛り上がる。

 まあ、俺の場合ブツは知っていたわけだが、何度見ても洒落たチョイスだと思う。

 

「う、腕時計だとっ!? おのれシャルロットめ、洒落たものを……!」

「……あんたはこーゆーセンスなさそうね」

「うるさいぞ鈴! わ、私だって和服なら……!」

 

 箒が悔しげに唇を噛んだ。

 

「これ、時計だけじゃなくて色んな機能が付いてるんだな」

「そうなんだよ。例えば――」

 

 シャルロット曰く、あの時計には気温、天気、最新ニュースまで見れたりする機能があるそうだ。加えて電池は太陽光発電と体温発電を兼ね備える最新型だと言う。

 

「右手の白式に合うと思って、色は白にしたんだ」

「へえー」

「……じ、実は、僕とお揃いなんだけど……」

「ん?」

「う、ううん、別に何でもない! それより、どうかな? 気に入ってくれた?」

「おう! これから使わせてもらうよ」

「えへへ。良かったあ」

 

 満足げに、シャルロットは輪に戻った。頬が緩んで幾分だらしなく見えるが、それも仕方あるまい。

 

「じゃあ、次はラウラちゃんで」

「ほう。私か」

 

 ラウラは自信満々な様子である。

 部屋の奥から何やら固そうなケースが現れ、一夏の前に置かれた。明らかに贈り物といった風情のものではない。

 

「喜べ一夏。貴様へはこれを支給してやる」

「お、おお……」

 

 一夏が恐る恐るケースを開けた。

 俺は予想がついている。恐らくあれは――……。

 

「……ナ、ナイフ?」

 

 案の定、ナイフだった。

 それも、果物ナイフとか、食卓ナイフとか、そういう可愛いレベルのものではなく、本当に『殺す』ために作られたもの。

 ラウラをよく知る専用機持ちと、最近付き合いのある蘭は苦笑し、あまりラウラを知らない他の面々は顔を引きつらせていた。

 

「これは我がドイツ特殊部隊で愛用されている特注ナイフだ。グリップのフィット感と適度な重量で扱いやすさに定評がある。今回はホルスターもセットにしておいた」

「…………」

「貴様も世界に二人だけの男性IS操縦者の一人だ、自分の身を自分で守らなければならない場面もあるだろう。そのときは遠慮なく使え」

「お、おう。サンキュー」

 

 一夏は戸惑いながらもナイフを手に握った。その瞬間、一夏はおっ、と声を上げた

 

「……確かに持ちやすいな」

「そうだろう?」

「ホルスターもカッコいいし。いいな、これ」

「だろう? だろう?」

 

 一夏は思いの外気に入ったようだ。その一夏の様子を見ているラウラも嬉しそうだ。

 ただ、護身のためとはいえ、あのナイフを忍ばせているのを見つかったら捕まるぞ。

 

「では、これからもご指導をよろしくお願いするであります、隊長」

「うむ。期待しているぞ織斑一等兵」

 

 軽く冗談を飛ばして、ラウラも輪に戻った。一夏の冗談は、一夏がラウラのことを分かってくれている証拠だ。

 良かったな、ラウラ。理解のある友達がいて。

 俺が穏やかにラウラを見ていると、何を勘違いしたか、ラウラは、

 

「ん? 何だ、お兄様も欲しいのか? なら特別に用意するぞ」

「要らん」

 

 即答してやった。調子に乗るな。

 

「じゃあ、次は箒ちゃん!」

「私か」

 

 名前を呼ばれるなり、箒は待っていましたと紙袋を差し出す。

 箒は今日のレースで四位だった。終盤の追い上げは見事だったが、少し届かなかったようだ。

 箒の紙袋は、セシリアのものよりもさらに大きい。俺は箒の買い物に付き合ったので、何をあげるのかは聞いている。皆は刀ではないと安心している様子だが、流石にそれは失礼だろう。箒はそんなラウラなことはしない。

 ラウラなこと、と表現して伝わりそうなのが面白い。これから使ってみようか。

 ラウラなこと。……くくく。やはり面白い。

 

「何だろ」

「開けてみろ」

「……おっ」

 

 一夏が包装を開けると、そこには綺麗に畳まれた着物が。

 

「着物だ!」

 

 一夏は手に取って広げた。紺の落ち着きのある色合いで、大人びた印象を受けるそれは、少し一夏にはまだ早い気もする。それを感じない箒ではないだろうから、何か意図があって選んだのだろうが。

 

「うわっ、自分の土俵で勝負してきた!」

「変に凝らずに来たわね!」

 

 箒らしいチョイスだと思う。

 

「実家にいい布があったから、知り合いに頼んで仕立ててもらったのだ」

「確かに、いい布だな」

「色は少し一夏には早いかもしれないが、これから先も使えるはずだから問題無い。着物は背が伸びても帯の締め方で調節できるからな」

 

 ……何となく箒の意図が読めてきたぞ。

 

「だ、だからっ、これからも……ずっと……!」

「ずっと……?」

 

 箒が真っ赤になる。

 

「……よ、よろしく、頼む」

「おう。分かった」

 

 爽やかな一夏の笑顔。まあ、「よろしく頼む」の本当の意味は理解していないだろうな。惜しい。

 

「でも、何か悪いな。俺がお前にあげたの、そんなに高くねえのに」

「ね、値段は気にするな! 使ってくれればそれで良いし……それに、お前のくれたこれも、気に入っている」

 

 箒は髪を結わえている布を撫でた。白い布は、一夏が夏休みに箒にプレゼントしたものだ。箒がそれを気に入っているのは、よく知っている。

 

「じゃあ、来年の夏祭りはこれを着て行くよ。また行こうな!」

「――ば、バカ者ッ!? 」

 

 びしり、と空気が凍った。

 

「……あ」

 

 やってしまった、と俺、セシリア、弾、蘭が顔を見合わせた。

 秘密にしておくのはもはや暗黙の了解だったのに。

 

「ちょぉおっと待ちなさいよ……! 夏祭りですってえ……!?」

「あれー? おっかしいなー。僕、そんなこと聞いた覚えが無いんだけど」

「ひいっ!?」

 

 般若の形相を浮かべた鈴音と、天使の笑顔のシャルロット。二人の怒りのボルテージが振り切れたことは明白である。ゴゴゴ、と雷鳴が聞こえてくるようだ。

 

「箒っ、あんた抜け駆けしたってのね!」

「ヒドイね。僕たちがいないの間は何もしないって約束したのにな」

「ち、違うんだ! 私は誘っていない! あ、あれは――」

「ああ、あれは俺が誘ったんだ」

「……あ」

 

 一夏、自爆。

 もう知るまい。自業自得である。

 

「いいぃちぃいいいかぁああ……!」

「どういうことかなあ? ちょぉっとあっちでお話しよっか……」

「な、何だ何だ!? ちょ、どこ、連れていくんだよ!?」

「大丈夫よ、安心しなさい」

「うん。痛いのは一瞬だから」

「え!?」

 

 南無。お前のことは一生忘れない。

 俺が一人合掌していると、その手をガシッと鈴音に掴まれた。

 お約束のようにぼわっと体温が上がる。

 

「な、ななな何だ鈴音っ、ふ、触れるなっ!」

「翔、あんたも来なさい」

「な、何故だ!?」

「黙ってたから同罪よ」

「バカな!?」

 

 横を見ると、弾もシャルロットに捕まっていた。巻き添えらしい。

 手を引かれ、俺たちは部屋の外へと連れ去られていく。引きずられながら、俺たちは一夏を非難した。

 

「一夏! お前のせいだぞ!」

「何で俺まで!? ほぼ無関係じゃん!」

「いやー、あはは……ごめん」

 

 ガチャリ……――バタン。

 あの世への道は開かれ、そして、閉じられた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。