IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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 レース開始。

 スタートダッシュ時点での順位は、セシリア、鈴音、箒、一夏、俺、シャルロット、ラウラ。まだ始まったばかりだから、いくらでも逆転のチャンスはある。

 第四世代機にはパッケージが無いが、他の専用機持ちはパッケージによって機動性と攻撃性能をある程度両立させてくる。その点では俺と一夏と箒は不利。第四世代は高いスペックを活かして勝つのが理想だ。

 ここは無理に前に出で撃たれるよりも、スリップストリームを狙って後ろにいた方がいい。このままじっくり飛ぶべきだ。

 ……と、思っていたのだが、レース開始から僅か一〇秒、事態は急変した。

 

「何!?」

 

 何と一夏以外の全員が俺に砲口を向け、集中攻撃を浴びせてきたのだ。

 

「くっ!?」

 

 箒のレーザー斬撃、セシリアのレーザー弾、鈴音の衝撃砲、シャルロットのショットガン、ラウラのレール砲が前後左右から無慈悲に飛んでくる。

 ……こ、これは、まさか――。

 

「組んでいたのか!?」

「組んでないわよ! みんな同じこと考えてただけ!」

「凄い偶然だね!」

「全くだ!」

 

 どうやら全員が最初に俺を狙うという作戦をとったらしい。泣きたくなる偶然である。

 

「左足、いただきますわ!」

 

 流石に全員から集中攻撃されれば避け切れない。

 左足にセシリアの正確無比な狙撃を受け、その衝撃で機体のバランスが崩れた。

 

「隙有りっ!」

「もらったわよ!」

 

 できた隙を見逃す専用機持ちはいない。全員がここぞとばかりに引き金を引き、放たれた弾丸がドドド、と轟音をたてて俺に突き刺さった。

 

「ぐああーっ!」

 

 激しい弾雨に晒され、シールドエネルギーが大幅に減少、さらに大きくスピードが低下し、前方の集団から引き離された。

 俺がスピードダウンしたのを見て、五人は、俺への攻撃に加わらず前方を独走する一夏へ攻撃し始めた。

 

「……やってくれる……!」

 

 俺は機体の状況を瞬時に確認した後、《荒鷲》をコールして握り、前方に照準を合わせて牽制しながら、前の集団を追う。

 厳しい状況だ。この距離では満足に妨害もできない上、一度落ちたスピードを戻すのには時間がかかる。おまけにシールドエネルギーへの大ダメージ。開幕早々かなりのディスアドバンテージを背負ってしまった。

 だが、このまま大人しくやられる俺ではない。勝負はこれからだ。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「きゃー! 織斑さんがんばってー!」

「天羽様~! 負けないでぇー!」

 

 コースから近い客席では、五反田蘭とその友人数人、五反田弾、御手洗数馬を含めた一夏の中学時代の友人たちがレースを観戦していた。

 キャノンボール・ファストの招待状は文化祭のときよりも多く、翔と一夏は弾と蘭に数枚チケットを渡し、好きなように配るよう頼んだのだった。尤も、蘭のチケットはラウラが渡したものであるが。

 

「おいおい、天羽やべーんじゃねーの!?」

 

 御手洗数馬が集団から引き離された翔を指差し叫ぶ。

 

「まあ、あんだけ集中攻撃されりゃあな……」

 

 弾は手に持ったジュースを飲みながら言う。

 

「それにしても……」

「天羽様ぁ~!」

「織斑さーん!」

「…………」

 

 蘭の友達は、男性IS操縦者二人に黄色い声援を送り続けていた。

 

「人気だよなあ、あいつら」

「……だな」

 

 半ば諦めたように肩を落とす弾と数馬。仕方ないことと割り切っても、羨ましいものは羨ましい。

 一夏の友人たちの心境をより複雑にしているのは、翔はまだしも一夏までがアイドルのような扱いを受けていることであった。元々良くモテていた一夏であったが、流石に見ず知らずの女性にまで人気のある人間ではなかった。それがたった数ヶ月でこれなのだから、彼らが少々複雑に思うのは無理もないことだろう。

 弾はそういえば、と後ろにいる妹へと振り返った。

 

「蘭、ちゃんと見とけよ。お前も来年出るかもしれ――っておい、どうした?」

 

 友人と一緒に大声で叫んでいるだろうと考えた弾であるが、その予想は裏切られた。蘭は呆然と、スタジアムを見つめていた。

 

「おーい、蘭! らーん!」

「……すごい……」

 

手汗が滲んだパンフレットを握りしめ、蘭がポツリと呟く。

 

「え?」

「……ISって、すごいんだね、お兄」

「お、おお、そうだな」

 

 弾は少し様子のおかしい妹を怪訝そうに見る。

 ――五反田蘭は、風の世界に魅了されていた。

 白、紅、橙、蒼、様々な色が彩る空。唸る重火器と、爆発音。超高速で繰り広げられる空中戦は、蘭の目を掴んで離さない。

 蘭が進路をIS学園に定めたのは、本音を言えば、一夏と同じ学校に通いたかったからである。駄目元で受けたISの適性テストだが、意外にもAが出たため、IS学園に進学することは現実的になった。そんな、ある意味不純な動機でIS学園を狙う蘭であったが、今は違う。

 ――私も、あそこで飛びたい。

 純粋なその思いが、蘭の中に生まれたのだ。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「さあ! レースも中盤! 今のところ順位の変動はありませんが、どうなるかは分かりません!」

 

 一年専用機持ちは、コースを五周でゴールとなる。現在、二周目を過ぎて三周目に差し掛かった。

 実況が叫んでいるように、順位は変わっていない。攻撃に晒されながらも、何とか単独トップの座を守っている一夏、互いに牽制し合いながら一夏に追いすがる二位集団、そして俺。ただ順位こそ変わっていないが、一夏と二位集団、二位集団と俺との距離は、どちらも序盤に比べれば短い。

 最初の集中攻撃で、俺は最悪のスタートを余儀無くされた。立て直しに無駄にエネルギーを使わされたせいで、攻撃、加速両方に使えるエネルギーはかつかつだ。満足な動きをするのは難しい。

 

「さて、どうするか……」

 

 専用機持ちが抜かりないのは、俺が減速してもしっかりマークしてくること。完全に目を離すことは無く、常に俺を見張ることで逆転の芽を潰してくる。

 一方の前方はといえば……。

 

「こ、のっ、落ちなさいよ一夏ぁ!」

「簡単にやられるかよっ!」

 

 後続のしつこい妨害に遭う一夏だが、それに屈せずよく避けている。白式のスペックを高さを生かし、被弾を最小限に抑えることで減速せずに飛行し、それによって距離を保つ。なかなか巧みな戦術だ。

 一夏はこのまま逃げ切る気だろうが、まだ二周も残っていることを考えると流石にそれは難しい。いつか限界が来て崩れるはずだ。

 三周目までの順位は変わらず、四周目に突入した。残り二周。勝負に出るならこの辺りだろう。

 このまま封殺されてはたまらない。俺は前方の集団に揺さぶりをかけるべく、エネルギーをチャージし加速体勢に入ったのだが……。

 

「……ん?」

 

 ここで、俺はあること――今の瞬間、誰も俺に意識を割いていなかったことに気付く。

 前を見ると、全員が一夏に銃口を向けて、発砲していた。そのおかげで、俺が動いても何の攻撃も飛んで来ない。

 

(一夏が粘っているおかげで事態が好転し始めているのか……)

 

 一夏を落とすのに躍起になり、俺へのマークが甘くなってきている。関節的にであるが、一夏に助けられる形になっている。これは食堂のプリン一つぐらいはおごってやるべきか。

 と、勝手に算段をつけつつ、勝機を見出した俺は心中でしめた、とほくそ笑む。

 皆には悪いが、やられ続けるのは俺の趣味ではない。

 

(――さあ、反撃開始だ!)

 

 俺の意思に呼応して、蒼炎が蒼い光を放って唸りを上げる。機体に強烈なGがかかり、意識が一瞬ぼやける。一度解放したエネルギーを再び取り込み、解放する――瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 ――それは、風を切る矢の如く。機動特化の蒼炎の加速は、他の機体のそれとは一線を画する。蒼い翼が空を裂き、蒼炎は前方の集団へと突撃した。

 

「なあっ!? お兄様っ!?」

 

 一番後ろのラウラがぎょっと目を丸くした。

 ラウラは咄嗟に迎撃を試みるものの、俺はそれよりも早くラウラとの距離をゼロにした。

 

「隙だらけだぞ、ラウラ!」

 

 隙を見逃さず、俺は手に持った《荒鷲》でシュヴァルツェア・レーゲンに乱舞を見舞った。

 右、左、斬り下ろし、斬り上げ、と連携斬撃で武装とエネルギーを刈り取る。

 

「出直して来い!」

 

 最後に蹴りで後ろに蹴り飛ばした。

 

「うわああああーっ!」

 

 これでラウラはほぼ無力化した。同時に、二位集団の仲間入りだ。

 ラウラを落としたことで、全員俺が迫ってきたことに気付いた。

 

「か、翔っ!? いつの間に!」

 

 箒が慌ててレーザー斬撃を放ってきたが、そんな狙いの甘い攻撃など全く怖くない。機体を傾けて躱し、《荒鷲》をライフルモードへ変形させて引き金を引く。

 

「く……っ!?」

 

 辛くも避けた箒だったが、今度はセシリアのレーザーに当たってしまった。

 箒の後退を確認して、セシリアは俺に狙いを定めた。

 

「か、翔さん……!?」

「お前たちが目を離してくれたおかげで追いつけた」

「あー、もうっ! あの距離を一瞬で詰めるって、どんなチートマシンよ! 今までの苦労が水の泡じゃない!」

 

 吠えた鈴音の衝撃砲が、蒼炎の装甲をかすめた。

 俺の逆襲により、二位集団は撃っては撃たれる混沌の様相を呈していた。

 俺、セシリア、鈴音の三つ巴の撃ち合いの中、その背後から橙の機体――ラファール・リヴァイヴが駆け抜けていく。

 

「お先っ!」

 

 シャルロットのリヴァイヴが前に躍り出た。

 

「させるものですか!」

「――う、うわあっ!?」

 

 セシリアの高精度狙撃がシャルロットを撃ち抜いた。お見事。

 シャルロットを止めてくれたことは感謝するが、狙撃のために前しか見ていないセシリア本人は無防備である。

 勿論、それを見逃す俺たちではない。

 

「とりゃあっ!」

 

 鈴音はここぞとばかりに衝撃砲を連射、エネルギーな余裕が無い俺は数発ライフルを撃つに留めた。

 

「きゃあああっ!?」

 

 セシリアに全弾命中し、ブルー・ティアーズはバランスを崩して後ろに消えて行った。

 

「じゃあね、セシリア! ――翔、次はあんたよ、って言いたいところだけど、まずは……」

「一夏だな」

 

 まずはのうのうと前を飛ぶ一夏を引きずり落とす。考えは同じだったらしい。

 一夏は中盤までのリードを守るためにエネルギーをかなり使ったらしく、それほどスピードを出せないようだ。

 俺は残り少ないエネルギーを使い、前方へ加速していく。スピードを落としていた一夏との距離は、一瞬で縮まった。

 

「久しぶりだな、一夏!」

「もう逃げられないわよ!」

「げっ、翔に鈴!?」

 

 のし上がれたのはこいつのおかげだが、ここまで来たら関係ない。

 

「ちょ、タンマタンマ!」

「問答無用ッ!」

「や、やべっ!?」

 

 まともに反撃する手段を持たない一夏は、追ってきた俺たちから距離を離そうとするが、勿論俺たちが逃がすわけがない。

 

「逃がすか!」

 

 しっかり距離を詰めた俺は、《荒鷲》ライフルモードで一夏を狙い撃った。

 

「く、くそっ、しょーがねえっ! 《雪羅》ッ!」

 

 一夏は雪羅のシールドを展開し、《荒鷲》のエネルギー弾をかき消した。

 

「雪羅を使えるのか……」

「苦肉の策だっつーの! できれば使いたくなかったんだ!」

 

 まあ、あれはかなりシールドエネルギーを消費するからな。激しい妨害に晒され、シールドエネルギーがゼロになっても負けになるキャノンボール・ファストでは、シールドエネルギーの消費は大きな代償になってしまう。

 しかし、あのシールドは厄介だ。これで俺と鈴音の攻撃は無力化される。《飛燕》があれば話は別だったのだが……。

 

「一夏がそう来たなら、ターゲットは……あんたね!」

 

 前を向いていた甲龍の衝撃砲が、俺をロックした。前を撃っても意味が無い以上、ここはエネルギーを使えるうちに俺を潰しておく方がいいと判断したらしい。

 

「…………」

 

 前の一夏からはそれほど離されていない。後ろとの距離はまだある。ここで鈴音と撃ち合っても横槍は入らないはずだ。なら……

 

「勝負よ!」

「いいだろう! 受けて立つ!」

 

 ガシャッと《荒鷲》を構えて、照準を合わせた。

 

「ッ……!?」

 

 が、直感的に照準を外し急上昇する。直後、足元を砲弾が掠めて行った。

 ……危ない危ない。

 

「外した!? タイミングは完璧だったはずなのに……!」

 

 鈴音が悔しげに顔を歪める。

 外れはしたが見事な奇襲だった。あのまま撃っていれば直撃だったぞ。

 

「このっ、いい加減当たりなさいよ!」

 

 初撃を外した後も、鈴音は第二射、第三射と続けて撃ってくる。かなりのハイペースだが……。

 

「そろそろエネルギーもギリギリなんじゃないのか?」

「さあね!」

 

 一夏が前にいてもこれほどハイペースで攻撃してくるところを考えると、それなりにエネルギーに余裕はあるはずだ。

 何とか躱しているものの、ライフルを構える隙も与えてくれない。

 流石に手強いな。いくらキャノンボール・ファスト専用チューニングを施していると言っても、見えない砲弾がこれほど厄介だとは。鈴音との戦闘で、如何に《飛燕》が大きなウェイトを占めていたかを思い知らされる。

 鈴音はエネルギーを大量に使ってでも、今俺を落とそうとしている。どうやら勝負所はここだと決めたようだ。本気の鈴音相手に、適当な攻撃は無意味だろう。何のリスクも背負わず、倒せる相手ではない。

 ――もう一歩、踏み込むしかない。

 

「蒼炎、エネルギー充填……!」

 

 発動するのは、二度目の瞬時加速(イグニッション・ブースト)。被弾覚悟で距離を詰める!

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)特有の、意識のブラックアウト。その後に訪れる、爆発的な加速。俺は鈴音へと突撃した。

 

「い、瞬時加速(イグニッション・ブースト)……!?」

 

 真っ直ぐにしか飛べないので、回避はできない。衝撃砲の雨に突っ込む形になる。

 

「くっ!?」

 

 衝撃砲が命中し、装甲が飛ぶ。シールドエネルギーも減る。が、俺はそれも厭わず、鈴音に肉薄した。

 

「はああっ!」

 

 手に持った《荒鷲》は、剣の姿に。加速の勢いのまま、必殺の抜き胴を放つ。が――。

 

「なっ……!?」

 

 ――その渾身の一撃は、紙一重で避けられた。

 

「もらいっ!」

 

 今俺は、無防備に背中を晒している。瞬時加速(イグニッション・ブースト)の後なので、横に飛ぶのは不可能だ。

 ――万事休す。

 観客の誰もがそう思っただろうが……生憎俺は、大技一回で終わる人間ではない。

 

 ――《孔雀》、モードチェンジ。ソードモード。

 

 コンソールに表示された文字が表すのは、《孔雀》の新たな力。煌めく光の翼が収束し、一対の光の剣へと姿を変える。長大な剣は、鈴音の真上にまでに伸びた。

 

「嘘でしょッ!?」

 

 俺が宙返りすると、巨大な光の剣が鈴音に振り下ろされた。

 

「いやああー!?」

 

 ザンッ、とソード一閃。甲龍の衝撃砲と装甲を真っ二つに斬り裂き、光の剣は翼へ戻った。

 

「俺の方が一枚上手だったようだな」

 

 これが、孔雀の新たな形態、ソードモード。光の翼のエネルギーを、レーザー刀へと変化させる。やはりエネルギー消費は厳しいが、真後ろに攻撃できる奇襲性と、刀身を伸ばすことで広がる攻撃範囲は、それを補って余りある。

 さて、これで横には誰もいなくなった。残るは――。

 

「一夏、勝負だ!」

「いやだね! このまま逃げ切んだからな!」

 

 幼馴染による追いかけっこの始まりだ!


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