IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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 現在は午後零時半。一年の訓練機部門が終了し、これから一年の専用機部門が始まる。

 今年の一年は専用機持ちが七人もいるという異常な学年なので、例を見ない注目度らしい。通常は学年に二人ほど、多くても三、四人らしいので、納得である。

 そもそも何故俺たちの学年に専用機持ちがここまで多いのかといえば、恐らく――というか間違いなく、俺たち男性IS操縦者が原因だろう。俺たちが各国に与えた影響は計り知れない。

 そんなわけで、俺たちは相当注目されているようだが、俺たちの間に緊張というものは無い。例え大観衆の前であろうが、対戦相手はお馴染みの仲間たち。公式戦でも、やること自体は普段の模擬戦と変わらないからだ。

 レーススタート一〇分前。俺たち七人は、控え室からアリーナのスタンバイゾーンに移動し、ISを展開して待機中である。

 アリーナの観客席からは、大歓声が聞こえてくる。訓練機部門もそろそろ大詰めだ。訓練機部門出場者の中には一組のクラスメイトも何人かいて、鈴音以外の六人は一組の生徒を応援していた。鈴音はアウェーながら二組の生徒を応援し、一組に専用機持ち多すぎんのよ、と度々文句をもらしていた。

 

「……おおっ、最終コーナートップは……やっぱあの人だ! すげえな。更識簪って人!」

 

 隣で一夏が嘆声を上げた。

 一夏が纏う白式は、特に変わった様子は見られない。それは白式にも高機動パッケージが存在しないからで、ただ単に白式に調整を施しただけだからだ。ただ、雪片を封印したのには驚いた。エネルギー的にキツかったのだとしても、普通は主力武装を封印したりしない。一夏曰く、妨害は基本的に体当たりで、限定的に《雪羅》を使うそうだが……。それはもう、ほとんど妨害しないということなのでは?

 

「勝負あったな」

 

 俺の言葉に、一夏が頷く。

 最終コーナーに差し掛かると、更識は後続を一気に引き離し、今トップを独走している状態だ。距離がかなり開いているから、更識の優勝は間違いないだろう。

 

「流石訓練機部門唯一の代表候補生だな。他の生徒とはやっぱ違うよなあ」

「……そうだな」

「あれだけ上手いのに、あの人、専用機持ってないんだもんなぁ」

「…………」

 

 思わず顔が引き攣った。

 

「どうしたんだよ?」

「……いや」

 

 つくづく、無意識とは罪だと痛感する。更識の事情を、今度言っておいた方がいいかもしれない。

 アリーナに視線を戻すと、更識がゴールのラインを駆け抜ける瞬間だった。歓声が巻き起こり、スタジアムがまた一段と盛り上がる。

 

「さて、やーっとあたしたちの番ねえ」

 

 勝気な瞳を輝かせて、鈴音の口元がにっとつり上がった。

 

「ってか鈴、お前のパッケージ、ゴツイな」

「ふふー、いいでしょ」

 

 自慢げに胸を張る鈴音だが、胸は――。

 

「翔、何か言いたいことでもあんの? 言ってみなさいよ」

「いや、何でもない」

 

 ……やめよう。痛い目を見そうだ。レース開始前に重傷を負っては話にならない。

 甲龍の高機動パッケージ『(フェン)』は、高機動仕様と銘打ってはいるが、どう見てもキャノンボール・ファストを意識した作りをしている。増設ブースターはいいにしても、突き出した胸部の追加装甲と、最初から横を向いた衝撃砲は、明らかにそうだ。その点では、鈴音が一歩リードしている印象を受ける。

 

「ふん。戦いの勝敗を決めるのは武器ではないということを教えてやる」

 

 と、格言のような台詞を言ったのは箒だ。

 箒は普段とほぼ変わらない紅椿を身に纏っているが、それは俺、一夏と同じ理由である。それでも、紅椿はスペックが高いので、機動力は凄まじい。問題であったエネルギー不足も、展開装甲をマニュアル制御することで解消したようだ。展開装甲は攻撃に使わず、主力の《雨月》《空裂》で戦うというのが事前の触れ込みだが、いざとなったら使うかもしれない。

 

「悪いが、今回は勝たせてもらう。お兄様との訓練で、私は限りなく勝利に近づいたのだ。なっ、お兄様っ!」

「……どうだろうな」

 

 ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンは、増設ブースターが三つ追加されていた。どの武装を封印して、どの武装を使ってくるのかは分からないが、長射程のレール砲は厄介だろう。

 このように自身たっぷりのラウラだが、俺との訓練では今言ったほどには上達しなかった。

 

「無論、お兄様にも勝つつもりでいるぞ」

「……最初の特訓であれほど俺にやられたのにか?」

 

 一週間前にシャルロットと三人で訓練したときは、ラウラは俺に手も足も出なかった。慣れない高機動戦闘というのもあっただろうが。

 

「もうあのときの私とは違う。お兄様が相手であっても、そう遅れは取らん!」

 

 ラウラが自信満々に言う。

 なるほど。俺に勝つと豪語するくらいだから、かなり練習して強くなったはず。それは楽しみだな。

 

「みんな、全力で戦おうね」

 

 シャルロットが、いかにも優等生という爽やかな言葉をかけた。

 シャルロットのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは、元々が汎用性の高い機体のため、かなり柔軟に調整ができる。具体的には背部大型スラスターを三基追加し、キャノンボール・ファスト用にプールしている武装をいくつか入れ替えたと聞いた。安定性という意味では間違いなくナンバーワンだが、第二世代機であるという点を考慮すると、他の第三世代機と比べてスペック負けしている感は否めないだろう。その辺りをどう補ってくるかが見所だ。

 俺がそろそろ移動か、と構えていたら、急にプライベート・チャネルで通信が入った。誰だ、と確認してみると、未登録のコードだった。

 

「……あの、こ、こんにちは、天羽くん……」

「ああ、更識か」

 

 ハイパーセンサーでゴールの後ろを見れば、そこには俺を見ている更識が。しかし訓練機のプライベート・チャネルを使うとは……。

 

「……か、勝ったよ」

「見ていた。おめでとう」

「あ、ありが、とう……」

 

 高感度なハイパーセンサーのお陰で、真っ赤になった更識がはっきり見えた。そして、その隣にいる布仏も。

 布仏は今回更識のピットクルーとして参加していた。すっかり仲も元に戻ったようで、何よりだ。

 

「あ、天羽くんも、がんばって」

「勿論だ。優勝してくるから、見ていろ」

 

 自分うん、と返事をした後、何故か、更識がもじもじとし始めた。不意に、その姿に今朝の会長の姿が重なった。

 ――似ている。やはり姉妹ということか。

 

「あ、あのね、天羽くん……」

 

 更識の隣で、布仏が背中をポンポンと叩いている。言っていることは分からないが、多分、「いけいけ」と背中を押してしている。一体何を後押ししているのだろう。

 

「その……『簪』、って、呼んで欲しい……」

 

 更識はさらに赤くなって俯いた。

 何だ、そんなことか。躊躇わなくていいのに。

 

「分かった。これからはそう呼ぼう」

「ほ、本当……!?」

「ああ。俺も『翔』でいい」

「え、ええ……っ!?」

「……そろそろ出番だから、切るぞ」

「う、うん……!」

 

 いえーい、と布仏が笑顔でハイタッチをしていた。……そんなに嬉しいのか。

 

「……じゃあ、また後でな。『簪』」

「ッ……!」

 

 驚いた顔で固まる更識を尻目に、俺は通信を切った。

 

「ッ――!?」

 

 突如、ぞくり、と背筋が凍る感覚が襲った。

 背後から感じるその悪寒。俺はギギギ、と音が出そうなくらいゆっくりと振り返る。

 ……そこには、嫌な笑顔を浮かべたセシリアが。

 

「……ふふ、あの方と随分仲良しのようですわね、翔さん……」

 

 不気味に笑っているその表情が冗談抜きに怖い。

 セシリアの纏うブルー・ティアーズは、お馴染みのパッケージ、ストライク・ガンナーを装備している。高速機動に最も慣れているのはセシリアだが、パッケージの情報が割れているのは不利だ。武装の構成的に、俺と同じくスペックで勝負してくるのは間違いない。

 

「いつの間にあれほど仲良しに?」

「さ、最近だ」

「あら、最近でしたのね。……わたくしが目を離した隙に……!」

「と、友達になっただけなんだが……」

「そうですわね。翔さんは『お友達』をお作りなっただけですものね」

 

 皮肉たっぷりに言うセシリアが怒っているのは明白である。

 

「翔、反省しなよ」

「呆れた。女が苦手じゃなかったの?」

 

 何故かシャルロットと鈴音からダメ出しが。

 

「な、何故だ……?」

「…………」

 

 そう尋ねると、今度は目で責められた。

 

「ほんっとやーねー、あいつ」

「これだから翔は……」

 

 すっかり拗ねたセシリアと、そんなセシリアを擁護する二人。こんな様子では、爽やかなスタートは切れそうにない。

 まずい。これでは開幕直後に集中攻撃をもらっても文句は言えないぞ。

 

「皆さーん、準備はできましたかー? これから移動しますよー!」

 

 山田先生が専用機持ちの前に立ち、マーカーに従ってコースのスタートラインまで誘導した。一度は落ち着いた場内も、俺たちの入場でまた騒がしくなった。

 ついさっき聞いたのだが、下馬評では、票が比較的均等に割り振られた形になり、僅差で俺がトップらしい。光栄なことである。

 ……ちなみに、大穴は一夏で、それを聞いて本人はかなり落ち込んでいたことを追記しておく。

 

「お待たせしました! これから一年専用機持ちのレースを始めます!」

 

 アナウンスが場内に響き渡った。

 

「それでは、選手紹介です! まずは第一レーン――」

 

 会場のボルテージが上がったところで、選手紹介が始まった。端に位置する一夏が最初にカメラが集まり、日本語と英語の二ヶ国語で紹介文が読まれていく。

 拗ねていたセシリアも、カメラに抜かれるときには笑顔になっていた。公私はしっかり分けるところは流石である。

 

「以上の七名です! それでは……カウントダウン!」

 

 紹介が済んだところで、ついにレース開始のアナウンスが入る。目の前のゲートに、『READY』の文字が現れ、各々がスラスターを点火させる。

 

 三、ニ、一……――。

 

「GO!!」

 

 スタートと同時に蒼炎の蒼い翼が開き、俺は一気に加速した。

 ――ついに、高速バトルレース『キャノンボール・ファスト』の火蓋が切って落とされた。


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