IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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第十二章 キャノンボール・ファスト
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 キャノンボール・ファスト。

 それはISによる高速機動レース。カーレースをISで行うものだと言えば分かりやすいだろう。

 ただ、カーレースとはある決定的な違いがある。それは、妨害が可能なこと。キャノンボール・ファストでは、対戦相手への攻撃が許可されている。キャノンボール・ファストにおいては、速さのみが勝敗を決する絶対的な要因ではない。速さに加えて、技術、武装、戦略などの要素が加わってくる。キャノンボール・ファストは、実に見所の多いレースであると言える。

 IS関連のイベントの中で、キャノンボール・ファストは、世界大会モンド・グロッソに次ぐ人気を誇る。あまりに人気なためか、IS学園では唯一キャノンボール・ファストのみ、校外のIS競技場にて行われる。その上全世界にテレビ中継されるのだから、その人気がうかがい知れるというものだろう。

 基本的に要人と生徒の関係者以外は立ち入り禁止であるIS学園。コネの無い人間にとって、このキャノンボール・ファストは数少ないIS学園の生徒を拝める機会であった。巷で美少女揃いと言われるIS学園の生徒見たさにアリーナのチケットを買う者もいるという。

 IS学園の生徒にとって、キャノンボール・ファストというイベントは、高機動実習を兼ねている。勿論全員が出れるわけではないが、選抜された生徒には大変良い経験となる。

 また、各国の代表候補生にとっても、こういった機会は自国のISの性能を他国に見せつけるチャンスである。特に、高速レース用に開発する高機動パッケージの性能向上は、他国のIS事業に小さくない影響をもたらす。

 このように、様々な観点から見ても、キャノンボール・ファストは非常に重要な大会であると言える。

 この大会には日本国民のみならず全世界が注目するというのだから、参加できる生徒が必死に訓練するのも頷けるというものだろう。

 

 ……そして今日はついに大会当日。IS学園内もどこか落ち着きが無い雰囲気が漂う。

 現在午前八時。レースは正午から行われるので、三年の部出場者、二年の部出場者、一年の専用機部門出場者、訓練機部門出場者は最終調整に入っている。

 無論俺も例外ではなく、第二アリーナにて、機体の最終調整と飛行テストをしていた。

 ただ、調整とは言っても気休め程度で、俺は機体調整を既に終えていて、飛行テストも十分行った。他の参加者も同様であろう。俺の場合、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で壁に突っ込むという対衝撃訓練まで(不本意であるが)しているので、今の時間はもはや暇つぶしと言ってもいいくらいである。

 

「……ロックオン……!」

 

 俺は蒼炎を駆り、アリーナの下方にあるターゲット相手に射撃訓練をしていた。

 《荒鷲》ライフルモードで狙いを定め、引き金を引く。……命中だ。

 

「初弾、命中……次!」

 

 高機動モードにもすっかり慣れた俺は、一、二、三、とリズム良く命中させていく。

 今回の蒼炎・煌焔は、《飛燕》を封印し、孔雀をスラスターモードに固定した高機動仕様だ。特徴は、何と言っても全参加機体最高峰の機動力。べらぼうに高いスペックのお陰で、最大時速だけでなく、旋回性能、さらには敏捷性までもが優れているという機動特化型だ。ただ、武装が《荒鷲》のみなので、満足に妨害ができないのが欠点。単純な速さで勝負する機体特性となっている。

 やろうと思えば、多少速度を下げてでも《飛燕》を使えるように調整することも可能だったが、今回は最初の大会であるということで、小細工無しのシンプルな調整にした。

 的を全て撃ち抜いたので、コンソールに終了の文字が浮かび上がった。構えていたライフルをおろし、ふう、と息を吐き出す。

 

「この辺にするか……」

 

 今根を詰めても疲れるだけなので、ここらで切り上げることに。額から伝った少しの汗を腕で拭った。

 ゆっくりピットに戻った俺を、一人の人物が待っていた。……会長だ。

 

「おはよう翔くん」

「……おはようございます」

 

 何故かは分からないが、会長はにこにこしている。散々遊ばれてきたせいで、この人の笑顔には何か裏があるように思ってしまう。

 

「どうしたんですか?」

「いや、調子はどうかなーって」

「別に問題ありませんが。……それだけですか?」

 

 俺がそう言うと、会長はむっと眉間にシワを寄せた。

 

「なーに、そんなに勘ぐっちゃって。別に何もないわよ。ただ、翔くんとお話ししたかっただけよ?」

 

 ばっと扇子が開き、そこには「不服」の文字が。

 

「そうですか……」

 

 会長には悪いが、話すと疲れるからあまり話したくない。捕まってしまった以上は話す他無いが。

 

「……あ、あのさ、翔くん」

 

 さっきの膨れっ面から一転、会長はおずおずと様子を伺うように俺に尋ねる。

 

「何ですか?」

「……い、いや、あのね、その……」

 

 歯切れが悪い。

 ……なるほど、分かったぞ。

 

「――妹さんのことですね」

「う……」

 

 図星だ。

 

「心配ありません。妹さんの専用機ももうすぐ完成します」

「そ、そうじゃなくてさ……その、簪ちゃん、私のこと何か言ってた?」

 

 会長は上目遣いで俺に訊いた。

 ……まったく、この人は。妹のこととなると途端に臆病になるのだから困る。いつものようにズケズケと行けばいいのに。

 

「何も言っていませんでしたよ」

「そ、そっか……」

 

 安心したような、しかしがっかりしたような、複雑な声色だ。

 更識は、会長がどうだとは一言も言っていない。会長が憎いとも……勿論、会長が好きだとも。

 だが、見ていれば理解できる。更識は会長のことを心から嫌っているわけではない。ただ、会長と向き合おうとしても、気持ちの整理がつかなくて遠ざけていただけで。

 

「……友達に、なってくれたのよね?」

 

 ええ、と俺が即答すると、会長は驚いた顔をした。

 俺は更識と友達になったことを報告していない。黛先輩から聞いたのだろうか。

 

「あの人見知りの激しい子が……」

 

 最初は確かにそうだったが、今では友達だ。俺の前で、更識はそう認めてくれた。

 

「もう、更識は一人じゃありません。俺と、布仏もいます。更識は、一歩踏み出したんです。一人であなたの背中を追っていた自分を、変えようとしています」

 

 独力の限界を知って、更識は前に進んだ。完璧な姉の幻影に惑わされ、一人でやると盲信していた以前とは、まるで違う。

 今、更識は会長と向き合おうとしている。目を背けること無く、真っ直ぐと。そして、更識は姉へと一歩踏み出した。だが、肝心の会長は逃げている。互いが向き合っていても、一方が後ずさっているのなら、距離は一向にに縮まらない。

 

「会長。あなたの妹は、あなたが思っているのと同じくらい、あなたのことを考えています。以前はそれが嫉妬だったり、劣等感だったり、あるいは恐怖だったかもしれません」

 

 俺がそう言うと、会長はびくりと体を揺らした。会長も分かっていたことらしい。

 

「――でも、今は違う。更識は、逃げていない」

 

 様々な負の感情を乗り越えて、更識は会長から逃げるのをやめた。

 会長にも、一歩を踏み出して欲しいと思う。妹の方を向いているのなら、見えない後ろに下がるのではなくて、妹のいる前へと踏み出して欲しい。

 

「だから会長、あなたも一歩を踏み出してください。他でもない、あなたと、あなたの妹のために」

「翔くん……」

 

 本当はとても簡単なことだと思う。互いに歩み寄る、ただそれだけでいい。

 急ぐ必要は無い。ゆっくりでいい。だから、一歩ずつ、確実に。そうすれば、いつか触れ合えるときがきっと来る。

 

「……今度すれ違ったら、挨拶くらいはしてみてください。最初はそれくらいでいいと思います」

 

 俺は軽い口調で言った。会長は小さくうん、と返事をした。

 

「分かったよ。そうしてみる」

 

 会長がそう最後に一言付け加えたのを聞き、俺はピットを去る準備を始めた。

 

「じゃあ、俺はもう出ます。次が待っているので」

 

 ピットにそれほど長居はできない。次の人が控えている。だが会長は動こうとしなかった。まだ言いたいことがあるらしい。

 

「翔くん」

「はい?」

「本当に……ありがと」

 

 会長は少し赤い顔で、頬を綻ばせた。

 まさか会長からそんな言葉が出るとは思わず、俺は面食らった。こんな邪念の無い会長の言葉と表情は、初めて見たかもしれない。

 ただ、布仏にしても、会長にしても、気が早いのだ。まだ終わりじゃない。

 

「その言葉は、仲直りしたときまでとっておいてください。まだまだこれからですよ」

「そ、そっか、それもそうよね……」

「…………」

 

 ここで話を終わらせても良かったが、いつもの仕返しとして一つ毒を吐いておこう。

 

「……それに、会長に素直なキャラは似合いませんから」

「んなっ!? そんなことないでしょー!?」

 

 はにかんだ会長の笑顔は、瞬く間に膨れっ面に変わった。会長はさも心外といった様子で、真面目な一言だったのに、と憤慨している。

 

「おねーさん、これでも品行方正と名高いのよ!」

「…………」

 

 誰が噂しているのか知らないが……会長が品行方正だと? 

 とんでもない。聞いて呆れる。

 

「厚顔無恥の間違いでは?」

「……言ってくれるじゃない。この傍若無人め」

 

 会長は引きつった顔で反撃した。会長に言われずとも、俺にもその自覚はある。

 

「……今日のレース、勝たなきゃダメよ」

 

 ピットから出る間際、不機嫌顔の会長が言う。

 

「翔くんは、私たち生徒会の副会長なんだから」

「……当然でしょう」

 

 俺は涼しい顔で言い返してやった。俺がそう言うのは分かっていたようで、そう言うと思ったよ、と会長は苦笑した。

 

「会長こそ、勝たなくてはいけませんよ」

「あったり前よ。負けたら学園最強の名が泣いちゃうわ」

「なら、もし負けたらクビですね」

「そうねえ。……じゃあ、もし君が負けたらまた一緒の部屋ってことで」

「何だと……」

 

 ――こちょこちょこちょ。

 脳裏に悪夢が蘇り、身震いがした。

 それは非常に困る。何としてでも回避せねば。

 

「なら負けられませんね。尚更」

 

 最後に、減らず口を一つ。

 会長は、その意気その意気、とけらけら笑った。


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