IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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 鈴音とシャルロットの買い物が終わった。

 そろそろ昼飯の時間だということで、一度集まって昼食をとることに。行くレストランは事前に俺が調べておいた。なかなか評判なイタリアンの店である。

 特に並ぶことも無く席に座れた俺たち。プレゼントを決めてご満悦な鈴音とシャルロットは反対側にして、俺はイライラしている箒の横に座ってなだめるという構図。

 店員が来て、各々メニューの注文を済ませると、機嫌の良い鈴音は、隣にいるシャルロットを挑発しにかかった。

 

「ねえシャルロット。あんたどんなのを選んだわけ?」

「ふふっ、それはお楽しみ。でも、自信はあるよ? これ、ってすぐ決まったもん」

 

「ねー?」と余裕の笑みで俺を見るシャルロット。

 嘘つけ。最後の最後まで悩んでいたくせに……。

 分かってるよね、と笑顔で脅してくるシャルロットは適当に誤魔化し、俺は頼んだ料理が来るのを待った。

 

「お待たせしました。マルゲリータとカルボナーラでございます」

 

 来たか。俺の料理が来たのを皮切りに、全員の料理が揃った。

 

「いただきます」

 

 フォークを片手に、いざ。まずはカルボナーラを一口。

 

「美味い……!」

 

 見事なアルデンテの太麺に、濃厚なクリームソースが絡まって上品な味わい。 それを黒胡椒の香りが彩る。シンプルでありながら、洗練されている。

 評判通りの味だ。これで値段はリーズナブル。素晴らしい。

 

「……普段翔ってクールを気取ってるけど、食べるときはただのバカよね」

 

 自分のスパゲティ・ミートソースを口に運んで鈴音が言う。

 

「ふっ、褒め言葉にしかならん」

「認めちゃってるし……」

 

 あはは、とシャルロットは自分のペペロンチーノをつつきながら苦笑した。

 

「…………」

 

 箒はつーんとして、無言のままラザーニャを食べている。

 昔から箒は頑固というか、意地っ張りというか、そういう嫌いがある。それが折れない日本刀を連想させて面白いのだが、このままでは楽しい食事の席が楽しくないので、俺は箒の態度を軟化させにかかった。

 

「箒はこういう店で食べたりはしないんだったか?」

「……和食が多いからあまり無い」

「そうだったな」

 

 俺はピザを一欠片切り取り、箒に差し出す。

 俺は知っている。箒も食べるのが好きだということは。箒がさっきからちらちらと俺のピザを見ていたのを見逃さなかった。

 

「食べるか?」

「……食べる」

 

 ほらな。

 俺は微笑んで箒に食べさせてやった。俗に言うあーんというやつであるが、することに何の躊躇いも無い。

 

「美味いか?」

「美味い」

 

 少しは機嫌が直ったらしく、箒の表情は和らいだ。

 

「……ふぅーん」

 

 その一部始終を見ていた反対側の鈴音とシャルロットは、何かひそひそと話をする。

 

「(……ねえ、あーゆーところよね)」

「(……だよね。これはセシリアだって不安になるよ)」

「どうかしたか?」

「……いや、翔と箒って仲良いよねって話」

 

 当然だ。幼馴染なのだから。

 

「当たり前だろう。幼馴染だぞ?」

 

 どうやら箒も同じことを考えていたらしい。

 

「いや、そうじゃなくてさ……」

「何だ?」

「もういいわよ……」

 

 二人してため息をついていた。俺と箒は顔を見合わせて首を傾げた。

 結局、その意味はよく分からないままだった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 有意義な昼食を終え、ついに最後の箒の番となった。

 俺としては、ここは箒が絞った候補を選ぶだけのつもりだったのだが、ここで問題が。

 

「何? 全く絞れていない?」

「う……」

 

 まさかのゼロからのスタート。

 

「い、一夏への、プレゼントだぞ! お前への相談無しに、選べるわけがないだろう!」

「なら三時間も何をしていたんだ……」

「ず、ずっと迷っていた」

 

 ……これは困った。

 

「なら俺が例を出そうか? 何かピンと来るものがあれば、そうしよう」

 

 そうだな、と箒は賛成してくれた。

 とりあえず、俺が思いついたものをあれこれと例示するものの、箒はうーんと唸るばかりで、いまいち決まらない。何かしっくり来ないようで、箒自身も戸惑っていた。

 途方もなく歩くのも疲れるので、気分転換も兼ねて、ベンチに座って話すことにした。

 

「どうしよう。このままでは何も買えないまま終わってしまう」

「焦る必要は無いさ。突然思いつくこともある」

 

 俺はぽんぽんと箒の肩を叩いてフォローした。昔からこうするのが癖なのだ。

 女性に触れられない俺だが、箒と束、そしてラウラの三人だけが例外である。理由は不明だ。

 隣に座る箒を見ると、今更だが箒と二人でいることを再確認した。そして、あることに気付く。

 

「……俺と箒だけというのは意外と珍しい組み合わせだな」

「言われてみれば、そうだな」

 

 俺たちは小学校からの幼馴染で、昔はいつも一緒にいたが、それは常に三人だった。

 今は一夏とたった二人の男子なので、一夏と俺は一緒にいることが多い。

 しかし、よく考えれば俺と箒という組み合わせはなかなか無い。

 

「昔は三人でいることが、ごく自然だったからな……」

「……ああ」

 

 追憶。

 

「おーい、翔、箒! 行くぞー!」

「待って! まだ靴を履いてないんだ!」

「わ、私は行かないぞ。宿題をしないと」

「いーじゃんいーじゃん、行こうぜ!」

「そうだぞ。箒がいないと、遊べないだろ」

「せ、先生に怒られたら一夏と翔のせいだからな!」

 

 何かをするときはいつも一緒で。

 

「どうだ! 私の勝ちだ!」

「あー! また負けた!」

「弱いな、一夏は。俺は箒に勝ったぞ」

「何言ってんだよ。俺は翔に勝ったぜ! お前より強いからな!」

 

 でも、剣道のときは負けられないライバルで。

 ――そんな在りし日の、俺たちの姿。

 それは幼く、懐かしく、美しい。俺の中の、決して色褪せることの無い大切な記憶。

 

「また、三人で何かしようか」

「……そうだな」

 

 箒は笑顔で言った。

 箒には、今も感謝して止まない。俺は一夏と箒がいたから、辛い孤児院の生活にも耐えられた。

 かけがえの無い、二人の幼馴染。別れてからも、忘れることは無かった。

 俺は別れてから、束に拾われて、こうしてここにいる。

 だから俺は――。

 

 

 

 

 

 ……待て。

 何故だ? 何故俺は、二人と別れた? あんなに幸せだったのに、何故別れなければならなかった?

 捨てられたからだ。あの孤児院の『親』が、俺を捨てた。

 なら、何故? 何故捨てられた?

 だめだ。思い出せない。

 何故なんだ。何故――。

 

「う……ぐぅッ……!?」

「翔!?」

 

 突如、頭を猛烈な痛みが襲う。

 

『――……前が! こんな……に……から!』

『――て行け、この……!』

『――とんだ……だ! 薄気味……早く……!』

 

 何だろう。脳に響くこの声は。

 

『――お前は……なんだ!』

『――……ろ! ……くれ! ……あぁぁあぁァァァ!』

『――……ははははッ!』

 

 罵声、悲鳴、そして笑い声。

 何だ。何なんだ。

 知らない。俺は、知らない。

 そんなこと、知らない。

 

『――綺麗な目をしているね?』

 

 た、ば……ね?

 

 

 

 

 

「――ける! 翔! 翔ッ!」

「――ッはっ!?」

 

 箒の声が、俺を現実へと引き戻した。

 

「大丈夫か!?」

「あ、ああ。すまない……」

 

 さっきのは、一体……。

 幻覚? 白昼夢?

 分からない。

 

「何があった?」

「……ただの頭痛だ」

「嘘をつけ。汗でびっしょりではないか」

 

 ……本当だ。俺のシャツは汗でびしょびしょになっていた。

 箒は俺の顔をハンカチで拭うと、額に手を当てて熱を計る。

 

「熱は……無いな」

「歩き続けて疲れただけだ」

「……本当か? ならいいんだが……」

 

 水を飲んで深呼吸をすると、さっきまでの頭の痛みは薄れた。服が濡れて気持ち悪いのはあるが、問題は無い。

 しばらくすると俺の症状も落ち着き、俺は敢えて何ごとも無かったかのように振る舞った。

 どこか、触れてはいけない気がした。あのことを考えると、深いところまで引っ張っていかれそうな、そんな予感がしたのだ。

 箒もそれを知ってか、何も聞かなかった。そして、「決めたぞ」と俺に言った。

 

「翔。私は決めたぞ。何にするか」

「お、そうか」

「昔を思い出している内にな。一夏とお前と、夏祭りに行っていたことを思い出した」

「ああ……」

 

 今年はセシリアと行った夏祭りだが、昔は三人で行っていたよな。

 

「そこで思いついた。季節は過ぎたが、着物というのはどうだろう?」

「着物か……」

 

 そういえば着物姿の一夏は一度も見たことが無い。着ていない可能性もあるが、持っていないのかもしれない。

 

「いいんじゃないか? 箒らしいチョイスで」

「本当か?」

「ああ。……で、どこで買う?」

 

 箒はいや、と首を横に振った。

 

「店では買わない。実家にいい布があるのだ。だから、それを仕立ててもらうことにした。……すまないな翔。折角付き合ってもらったというのに」

「気にするな。俺もそれなりに楽しかったからな」

 

 このところISばかりいじっていたから、いい息抜きになった。

 

「私も、翔と話せて楽しかった」

 

 箒が笑顔をこぼした。

 

「プレゼント、気に入ってくれたらいいな」

「……ああ」

「それと、同じくらいな」

 

 さっと髪のリボンを差した。

 箒の髪は、一夏からもらったリボンで纏められている。臨海学校のときにもらったものだが、箒はとても気に入っているようで、よくつけている。

 

「そうなってくれれば、嬉しい」

 

 それをさっと撫でて、箒は穏やかな表情で言う。その後、そうだ、と呟いて、

 

「翔は何を買うつもりなのだ?」

「む、俺か? 俺は――」

 

 そう言えば鈴音とシャルロットには聞かれなかったな。自分のことで手一杯だったのか。

 教えてやってもいいんだが、この際……。

 

「……秘密だ」

 

 俺は意地悪く口角を上げた。

 

「なっ!? お、教えてくれてもいいだろう! お前は私たちのプレゼントを知っているのに!」

「……俺の記憶では、ルール三は『お前たちの』プレゼントの感想を言わなければいけないだけで、俺のことは言わなくてもいいはずだぞ。それに、買い物に付き合えと頼んできたのはお前たちだったなあ?」

「ぐっ……!? ひ、卑怯だぞっ!」

「誰が卑怯か。正論だ」

 

 悪いが直情的な箒に口で負ける気はしない。

 さて、もう約束の一時間半が近いことだし、そろそろ引き上げるか。

 

「ほら、もう時間だ。帰るぞ」

「なっ!? に、逃げるなあ! 翔の卑怯者ォ!」

 

 そそくさと早足で歩き出した俺を、箒は追いかけてきた。

 ――プレゼントは、当日のお楽しみだ。


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