IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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 翔が打鉄弐式の制作チームに入った、翌日の土曜日。

 

「ふふふ~ん♪」

 

 一年生寮の廊下では、セシリアの美しい歌声が反響していた。

 彼女が上機嫌なのには理由があった。なんと、今日はラウラが外出していて、いないのだ。最大の邪魔者が失せた……すなわち、それは最大のチャンスである。

 

(ああ、会いたい……)

 

 この頃、セシリアは猛特訓に励んでいるため、翔とはあまり会えなかった。その分、今日はデートに誘おうという魂胆であった。

 現在午前九時。この時間なら、翔はとっくに素振りを終え、朝食を終え、部屋でゆっくり本でも読んでいる時間だ。まずは部屋に行って、翔を部屋から連れ出して、街へ繰り出す、というのが本日のセシリアのプラン。本音を言うと、翔の方から誘って欲しかったところではあるが、あの翔にそこまで期待するのは酷であろう。

 そして、セシリアには野望があった。それは……

 

(今日は、今日こそは……っ! あのとき逃した、キスを……!)

 

 文化祭の前にしてもらい損ねた、あのキス。翔がどんな意図を以ってキスをしようとしたのかは不明であるが、それはこの際どうでも良かった。セシリアは、あの瞬間、少しは抱いてくれていたであろう、自分への愛情、それに触れたいだけなのだ。

 

(い、いえっ、も、もしかしたら……)

 

 セシリアの脳内で桃色の仮想世界――もとい果てない妄想が広がり始めた。

 

『あ、あの、翔さん……』

『遅かったな』

『え?』

『君が早く来ないかと思って、ずっと待っていたんだ』

『ほ、本当ですの?』

『ああ、本当だ』

『う、嬉しいですわ。……あの、翔さん』

『うん?』

『……わたくしと一緒に、お出かけしませんこと?』

『……悪いが、断る』

『ええ? ど、どうして――きゃっ』

『外には行きたくないんだ。――君を今すぐ、堪能したいから……』

『ああ……っ』

 

「ああーんっ! 翔さんのエッチ!」

 

 頬に手を当て、セシリアはいやんいやんと身体をくねらせた。

 ……年頃の少女がこのような痴態を晒すのは、果たしていかがなものか。

 

「うふふ……」

 

 妄想によって高ぶった感情はそのままに、セシリアが翔の部屋のドアをノックしようとしたとき、

 

「あれ? セシリア」

「あっ!」

 

 後ろからかけられた声に、セシリアは反射的に飛び退いた。誰だ、と振り返ると、そこには不思議そうにセシリアを見る一夏が。

 セシリアはすぐに緩みきった顔を引き締め、恋する乙女からオルコット家のお嬢様に戻った。

 

「あ、あら一夏さん。おはようございます」

「おう、おはよ」

 

 無邪気で人懐っこい笑顔。眩しい笑顔だ、とセシリアは何度見ても思う。この笑顔に惹かれた女性も多いのではないか。これの威力に本人が気付いたとき、きっと彼は凶悪な女たらしになるだろう。

 ……既に充分過ぎるほどたらしこんでいるフシはあるが。

 とにかく、セシリアから見ても、この織斑一夏という人物は非常に魅力的な男性であった。仲間たちが一夏に熱を上げるのもよく分かる。

 だが、セシリアにとって、彼は魅力的であっても翔ではない。セシリアが一夏に感じるものは、翔に感じるそれと全く違うのだ。

 セシリアが再び部屋の扉をノックしようとすると、一夏が止めた。

 

「翔なら、いねえぞ」

「え? ええっ!? どうしてっ」

「今日はどっかに行くって言ってた」

「そ、そんなっ!」

 

 比較的インドアな翔が、自分の意思で外出しようとすることは少ない。となると……。

 明晰なセシリアは、即座に現在の状況を把握するに至った。

 結論。――先を越された。

 まさかの事態に、セシリアはショックを隠せなかった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「「「むむむ……」」」

 

 電車の中で、三人の女が、それぞれの拳を凝視して唸っている。腕が疼く、中の字に二が付く病の患者なのではなく、この三人は単純に、持てる力を全てその拳に注いでいるだけだ。

 俺はその様子にほとほと呆れて、その神聖なる決闘とやら――要はじゃんけんなのだが、それを早く済ませて欲しかった。

 そのじゃんけんに懸かっているのは、俺が誰と一番最初に回るか、である。

 

「さっさとやれ。面倒だ」

 

 思わず口にしてしまったこの一言。こんな下らない睨み合いを何十分も見せられている俺の身にもなってもらいたい。

 

「そうは言うけどね、これはあたしたちにとっては譲れない戦いなのよ」

 

 と、凰鈴音。

 

「そうだ。ここで負けたら、後手に回ってしまう。それはつまり、一夏の誕生日に万全で臨めないということなのだぞ」

 

 と、篠ノ之箒。

 

「考えてもみてよ。プレゼントを決めるのは早い者勝ち。もしかぶったら、それは選べないんだから、先に決めた方が有利に決まってるよね」

 

 と、シャルロット・デュノア。

 普段は頼れる優等生なシャルロットだが、こういった場合は全く役に立たない。むしろ率先して渦中に飛び込んでいくから困る。

 昨夜、今回の買い物において、いくつかのルールが決定された。

 その一、買ったプレゼントは原則として非公開。ただしルールその四が適用された場合のみ当事者たちに公開される。

 その二、俺と買い物が出来る時間はそれぞれ一時間半。

 その三、俺は選んだプレゼントの感想を聞かれた場合、それに必ず答えなければならない。具体的な感想を述べること。

 その四、万が一プレゼントがかぶった場合、俺がストップをかける。

 その五、俺の昼食代は他の三人で割り勘。

 ――以上。

 シャルロットが言っていたのはこの四つ目のルールで、これによって後から選んだ者は、選んだプレゼントが被った場合、自分が一番良いと思ったものを買えないことになる。つまり、早い者勝ち。そのためのじゃんけんが長引いているのが、今の現状である。

 ちなみに、ルールその三はこいつらに無理矢理ねじ込まれた。圧力に屈した俺の弱さ故である。あいつらの横暴は止まらず、終いには調子に乗って最後のルールすら消そうとしてきた。恐ろしい。

 まだ目的地に到着していないが、もう帰りたくなってきた。更なる面倒が待ち受けているのを思うと、胃がキリキリと痛む。いちいち感想を述べなければならないという厄介なルールが存在しているのも、俺のテンションの低下に拍車をかけていた。

 駅に着いて、ホームに降りた俺たちだが、三人は未だに膠着を続けていた。これがいつまで続くことか、と半ば諦めて眺めていたが……。

 

「やるわよ……! 覚悟はいいわね!?」

 

 ついに動き出した。

 

「いつでも来い!」

「勝つのは……僕だ!」

 

 無駄に熱い前振りが入り、三人のじゃんけんが始まる。

 

「「「最初はグー! じゃんけん……!」」」

 

 ポンっ!!!

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 今回俺たち四人が買い物をするのは、いつものレゾナンスではなく、もう少し遠い駅の大型ショッピングゾーン。レゾナンスよりもさらに大きいところなので、選んだものが被るということはないと思う。

 じゃんけんの結果、最初は鈴音、次がシャルロット、最後に箒という順番になった。

 

「ふふふーん! 勝っちゃったわよ! どうよ、この鈴様の必殺のグーは!」

「……良かったな」

 

 ついに買い物が始まってしまった。

 俺は嬉しそうな鈴音を尻目に、肩を落としてその横を歩く。そんな俺の様子が気に食わないのか、鈴音はむっとして俺に詰め寄った。

 

「……何よ、そんなに楽しくない?」

「買い物はそれほど好きじゃない」

「あっそ」

 

 鈴音に言われるままに付き合って、あちこちと回る。

 その内、このまま沈んでいても無駄だと考え直した俺は、このショッピングを肯定的に捉えることにした。面倒でも、友達と遊びに来たと考えればそれほど悪くはない。

 

「ねえ、翔はどんなものがいいと思う?」

「一夏は特にものが欲しいわけじゃないはずだ。根本的に無欲だからな、あいつは。知っているだろう?」

「モチロンよ」

 

 あったとしても、それは日用品が無い場合とか、その程度だろう。

 

「……ねえ」

 

 急に、鈴音の雰囲気が変わった。これは、真面目な話をするときのそれだ。

 一夏のことで相談でもあるのだろうか。それとも別のことなのか。

 

「……あのさ、翔」

「ん?」

「この際、聞くけどさ……」

「何だ?」

「あんた、セシリアのことはどう思ってるわけ?」

「…………」

 

 ……想像以上にシビアな話題だった。

 

「夏休みに告白されたんでしょ? 返事は保留って話だけど、返事くらいしてあげてもいいんじゃない?」

「……そうだな」

「あんただって、セシリアのこと憎からず思ってるわよね?」

 

 それはそうだ。セシリアが嫌いなわけがない。

 

「もしかして、ラウラのこと? でも、多分それは関係無いんじゃない? なんだかんだ言っても、ラウラは翔至上主義だしさ、あんたが説得すれば、折れてくれると思う」

 

 ……違う、違うんだ鈴音。

 それは少しは理由としてあるかもしれない。だが、決定的な理由にはならない。ラウラのことを言い訳にするのは、ただの逃げだ。

 

「これは、大事な問題なんだ。……だから俺は、まだ返事をしたくない」

 

 俺は真っ直ぐ鈴音を見て言った。

 

「セシリアじゃ、嫌なの?」

「いや、そんなことはない。セシリアとそういう関係で在れたら、きっとそれは幸せなことなんだろうな。でも、それは出来ないんだ。俺はちゃんと答えが出せないまま、セシリアと付き合いたくない」

「でも、でも……セシリアは、正真正銘あんたを好いてる。いつでも、あんたの力になろうと努力してる。――本気で、あんたのことを愛してる! そんなセシリアのことを思うなら、あの子にあんたが彼氏だって思わせてあげてもいいじゃない!」

「……鈴音」

 

 ――俺は、幸せ者なのだろう。セシリアに、そして友人にここまで想われているのだから。

 だが、鈴音が満足できるような答えは、今の俺には出せない。

 

「セシリアが本気なのは分かる。だが……いや、だからこそ、俺は生半可な気持ちで付き合いたくない……」

 

 セシリアかそこまで俺を想っているなら、答えるときは、俺も相応の想いで答えたい。

 今、俺のセシリアへの想いにはもやがかかっていて見えない。だから、この胸の迷いに白黒をつけて、ちゃんとセシリアに返事をしたいのだ。

 

「確かにお前の言う通り、俺が形だけでも俺が頷いて、恋人になる方がいいのかもしれないな。だが、誰に何と言われても、俺は曲げるつもりは無い。これは俺の……けじめなんだ」

 

 そう、けじめ。最適な言葉が見つかった。

 あの日――セシリアに想いを告げられたあの日、俺はセシリアに待って欲しいと言った。セシリアも待ってくれると言った。そして、約束した。いつか返事をするからと。

 だから、それに相応しい答えを出せるそのときまで、セシリアに返事はできない。

 それが、俺のけじめなのだ。

 

「……そっか」

 

 鈴音はどこか満足げにそう漏らした。

 

「分かった。あんたがそこまで考えてるのなら、あたしはもう何も言わない。……ヘンなこと言って、ごめん」

「いや」

 

 俺も、もっとセシリアと向き合わなければいけない。そう鈴音と話して思った。

 答えを見つけるために、努力すべきなのだろう。

 ……今度、デートにでも誘ってみるか。

 

「さ、難しいな話はこの辺にして、買い物しましょ!」

 

 鈴音はそう言うと、また俺を引っ張っていく。

 

「そ、そうだが、引っ張るな! というか触れるなっ!」

「相変わらずダメねー」

「くっ……」

 

 心底呆れた様子で、鈴音が前を歩いていく少し歩いてから振り返り、

 

「あんたさあ、IS学園に入学してもう半年よ? いい加減慣れなさいよね

「……放っておけ」

「……不幸なやつ」

 

 そう言って苦笑する鈴音に、先程の真剣な表情はどこにもない。

 鈴音の切り替えの早さは、ありがたかった。こういう引きずらないところも、鈴音の魅力なのだろう。

 

「どうしようかなー?」

「まあ、敢えて何かものを買うというのもアリだと思う。何を贈っても喜びそうだしな。……そうだ、食べ物なんてどうだ?」

「食べ物?」

「ああ。作って来て食わせてやればいい。鈴音は料理が作れるし……例の約束もあるんだろう?」

「ッ!」

 

 鈴音が真っ赤になった。

 一夏が誤解したという、毎日酢豚を作ってやるという約束。中華版毎日味噌汁を作る約束。つまり、結婚の約束それを一夏はタダ飯を食わせてもらう約束だと勘違いし、来たばかりの鈴音を激怒させたのだが、あれは大変だった。

 まあ、勇気を振り絞って告げた約束を反故にされれば、それは怒るだろう。

 

「……なるほど。手料理ねえ……」

 

 何か思うことがあるのか、鈴音はじっと考えている。

 しばらくして、鈴音はぱしん、と手を叩いた。

 

「よし、決めたっ!」

「決まったか。……で、どこで買うんだ?」

「ううん、いいよ。今日は買い物しないから。あたし、手料理作るわ!」

 

 にっと笑って、鈴音は言う。

 

「あ。もしかして、翔も料理、作る?」

「いや、料理は作らないことにした」

「マジ? 良かったあ。もしかぶったら、比べられちゃうからさ。そしたら、勝ち目無さそう。翔の料理には勝てる気がしないもん」

「……だろうな」

 

 俺がニヤリとして言うと、鈴音は怒るでもなくケラケラと笑った。

 

「アンタのそういうところはホントに凄いと思うわ」

「それほどでもないと思うが」

「バカ。皮肉ってんのよ」

 

 鈴音は笑ったままだ。

 

「……まったく」

 

 こんな冗談が交わせるのは、鈴音一人だ。

 見た目は小柄で可愛らしいのに、中身は男らしくサバサバしている。そのくせ好きな男の前では純情そのものなのだから面白い。

 

「何よ?」

「……いや、お前といると飽きないと思ってな」

「……その言葉、そっくりお返しするわ」

 

 そんな軽口のジャブが可笑しくて、俺たちはまた笑うのだった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 鈴音との買い物の時間は、制限時間をかなり残して終了した。

 元々鈴音自身がうだうだと悩んだりするのが嫌いで、決めることはすぱっと決める性分だ。それを考えると、いかにも彼女らしい時間の使い方であると言えるだろう。

 その点……。

 

「ねえ翔」

「翔、これは?」

「んー、どうしようかなあ。これ、どう?」

 

 シャルロットとの買い物は時間がかかりそうな予感がする。

 俺はルールに則り、きちんとシャルロットが提示したアイテムの感想を言っていく。その度シャルロットの思考は新たな可能性を模索して、俺が感想を言って、また探す。その繰り返しである。

 まだこれといって候補は無いが、既に鈴音といた時間は超えた。

 

「ねえ、これは?」

「それか。それは――」

 

 シャルロットは一年の専用機持ちの中では一番「普通の女の子」だろう。尤も、フランスの代表候補生であるという時点で充分普通では無いが。それでも、名家のお嬢様であるセシリアや、軍人のラウラ、武士のような箒、男らしい面のある鈴音と比べれば、シャルロットは普遍的、庶民的、かつ常識的だ。買い物が好き、お洒落が好き、お菓子が好き。その他年頃の少女の特徴はおおよそ当てはまる。

 そんなシャルロットだから、普段はどこかぶっ飛んだ要素がある専用機持ちの面々の中では、ストッパーとしての役割を担っているわけだ。

 

「あのさ、翔」

「何だ?」

「僕、翔に聞きたいことがあるんだ」

 

 ……またか。またセシリアのことなのか。

 緊張をほぐすために、カバンから水の入ったペットボトルを取り出し、一口飲む。

 

「……一夏って、翔こと好きだと思わない?」

「――ガフっ!?」

 

 予想だにしなかった内容だった。思わず水を吹き出してしまう俺。

 

「な、何故そんなことを聞くんだ……」

 

 ハンカチで口を拭いつつ、その理由をシャルロットに尋ねた。

 

「だ、だってさ、一夏って全然女に興味を示さないじゃない! 迫っても何もしないし!」

「迫ったのか……」

「はっ!?」

 

 しまった、とシャルロットが口を塞ぐが、時既に遅し。

 案外裏でいろいろとしているようだ。バレても知らんぞ。

 

「ま、まあ、それは置いといて」

「…………」

「もしかしたら、一夏って、本当は翔が好きなのかもって。翔も女の子苦手だから、もしかしたら……」

「やめろ」

 

 俺にそんな趣味は無い。女が苦手だからと言って男に走ったりはしない。

 

「いつも一緒にいるし、何か二人だけの絆みたいなものがあるし……」

「確かにそうかもしれないがそれとこれとは関係無い。信じてくれ……」

 

 たった二人の男子だ、自然と一緒にいる時間は長くなる。俺たちは昔から友達だったから、絆だってある。

 まさかシャルロットにこんなことを聞かれるとは思わなかった。ショックだ。以前俺と一夏に関する薄い本を見たときの恐怖が蘇る……。

 ぶるりと身震いした俺を、じとっとシャルロットが見る。まだ信じてもらえないようだ。

 

「一夏も普通の男だ。著しくデリカシーが欠落しているのは認めるが、男が好きだなんてことはない。あいつだって普通にあの子が可愛いと言うしな。それに、男の本能だって無いわけではないだろう」

 

 それは会長に弄ばれているところを見れば分かる。あの人の手口は専らそちら側だから。

 

「シャルロットが迫ったのに気付かなかったのは、迫り方が婉曲的だったからじゃないか?」

 

 敢えて内容は聞かないが。あの筋金入りの鈍感には、そんな程度のアプローチでは意味を成さないだろう。

 

「……本当に?」

「信じろ。絶対だ」

 

 これ以上が妙な誤解が増えるのは困る。

 シャルロットがなら「いいんだけどね」と安心したのを見て、俺もふう、と安堵した。

 我が学園に潜む猛者。その無限の妄想にはもはや畏敬すら覚える。誰が思いつくというのだろう。男同士が絡む本を描くことなど。

 

「どうしようかなあ……」

 

 そうこうしている内に残り時間も少なくなってきた。そろそろ決めなければいけないところだが、シャルロットはまだ悩んでいる様子である。

 

「候補は絞れたのか?」

「うん。実はさ、もう何を買うかは決めたんだよ」

「ふむ。何を買うんだ?」

「時計にすることにした」

 

 時計か。センスの冴えるチョイスだ。普通なら高くて買えないが、代表候補生は資金が豊富なので買うことが出来る。

 というのも、代表候補生は立場上国家公務員のようなもので、定給が出る。非常時には危険給も出るのだから、各国がいかに未来のIS操縦者を重要視しているか分かるというものだ。

 

「……か、カブってないよね?」

「大丈夫だ」

 

 確認が済んだところで、目的の店へと向かう。一度見た店なので、今日来るのは二回目だ。

 店に入るなり、シャルロットがじーっと自分の時計を見始めた。それを見て、俺は何故シャルロットが悩んでいるかを悟った。

 

「……お揃いを買うつもりなんだな」

「ふえっ!? ち、違うよっ! この時計もここで買ったから、思い出してただけっ!」

「……本当か?」

「……そうだよ。そのつもり」

 

 ジト目で睨むと白状した。

 

「良いと思うがな。どうせあの唐変木だ、それぐらいしないと伝わらないんじゃないか?」

 

 下手をするとそれでも伝わらない可能性もある。

 シャルロットは顔を赤くしたが、候補時計を見て、決心したようによし、と呟いた。

 

「あいつは時計を付けていないし、要らないということはないだろう」

「だよね。……じゃあ、お揃いのにしようかな」

 

 ということで、シャルロットのプレゼントは時計に決定したのだった。


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