IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
職員室で事情聴取を受けた後、俺と更識は整備科へと向かっていた。
俺の手にはたっぷりと始末書がある。原稿用紙十枚にはなるだろうか。
「あの……」
「ん? 何だ?」
「……ごめん、なさい……。私のせいで……」
「気にするな。あれは事故だ。……それに、結局二〇枚が三〇枚になっただけだしな……」
「え……?」
「……いや、何でもない」
……古傷をえぐるのはやめよう。
「整備科の人の力を借りても、キャノンボール・ファストには間に合わないと思うんだが?」
「それはいいの。エントリーも、してないから……」
「そうか。訓練機では出るのか?」
「出る。一応、代表候補だから」
「そうだったな」
整備科の力を借りることが前提で話をしているが、断られることはまず無いと断言出来る。
ISの組み上げなど、やり甲斐のある仕事は滅多に無い。それに、俺も更識も、整備科には「コネ」がある。布仏姉妹を味方につけたら、まず大丈夫だろう。
……が、本当の問題はそこではない。問題は誰に頼むか、である。ここ一週間ほど、俺が整備科を訪れて感じたこと、それは整備科の方々が少し、というかかなり、アクの強い方々だということだ。整備科も決して楽ではないため、整備科の先輩方はどの人も大変優秀ではあるが、どうにも性格の方が……その、アレな人がいる。誤解の無いように言っておくが、マトモな人も当然いる。が、それと同じくらいヤバイ方々もいらっしゃるのだ。例を挙げるなら、ISに触れると性格が豹変する人、ISの整備をしないと禁断症状が出る人、開発にのめり込み過ぎてプランに無い勝手な改造を施す人など、なかなかに人格が破綻している人がいる。こんな人がいる整備科なので、手伝ってくれと頼めば、我先にと手を挙げてくれるだろう。
そう考えると、断られるかよりもむしろ誰を選ぶかが問題になってくるわけだ。ヤバイ人を選んでしまうと本当にヤバイことになる可能性がある。
「……着いたか」
毎日のように作業させてもらっている整備室に到着した。
横を見ると、どこか緊張した様子の更識が。
「大丈夫だ。断られることは無いと思う」
「ち、違う……」
「違う? なら何だ?」
「……な、中に、本音がいるかも……」
「いるかもしれないな」
「…………」
避けていたから気まずいのか。
あいつはそんなことを気にする奴ではないと思うが。
「かんちゃん?」
噂をすれば、とは何とやら。部屋の中から、布仏本音が出て来た。
「ほ、本音……」
「ど、どうしたの~?」
「あ、あの、ね……その……」
おろおろと戸惑って俺を見る更識に、俺は行け、と目で後押しした。
「……あ、あのね、本音」
「うん」
「……力を、貸して欲しいの……」
それは小さい声であったが、それでもちゃんと布仏に届いただろう。
少し驚いた様子を見せた布仏だったが、すぐに笑顔を見せて、
「うん、いいよ~」
「えっ……!?」
即答されたのが意外だったらしく、更識は驚いた顔をした。
何も不思議なことは無い。布仏はずっと、この堅物な幼馴染のことを気に掛けていたのだから。そんな一途で、友達思いな、布仏本音。
「あったり前でしょ~! だって、私はかんちゃんの、世界でただ一人の専属メイドだよー?」
「……本音……」
布仏は、袖を揺らして更識に抱き付いた。
更識の目が、涙で滲む。
「ずっと待ってたよー。かんちゃんが頼ってくれるのを」
「うん……っ」
「困ったら何でも言ってね。いつでも、力になっちゃうんだから」
「うん、うん……っ」
いつの間にか、布仏も涙していた。
「ぐすっ、私はぁ、いつでもー、かんちゃんの味方だよー?」
「うん……っ! 今まで、ごめん、ごめんね……、本音ぇ……!」
「かんちゃーん!」
ひしと抱き合って、泣く二人。
一五、六の女子高生が声を上げて泣く。不思議とその光景は、美しく見えた。
――これでまた少し、目標に近づいただろうか。
(ねえ、あもー)
更識の背中越しに、布仏が俺を呼んだ気がした。
(――ありがとうっ!)
俺は、微笑みでそれに答えた。
――どういたしまして。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
さて、二人の友情確認が一通り済んだところで、俺が布仏に状況を説明した。
手始めに布仏は確保したので、これから整備科の先輩方に頼み込む……のだが……。
「誰に頼むか……」
俺が考えていた人選としては、まず布仏は絶対で、そこに新聞部の黛先輩を加える……のは迷うところだが、あの人の能力は、性格の厄介さを補って余りある。俺へのインタビューの一回ぐらいなら甘んじて受けよう。黛先輩も決まりでいい。これについては、更識も布仏も異論は無いようだ。
黛先輩を探したが、整備室にはおらず、そんなわけで新聞部に行くことに。
「えー!? ISを組み上げるー!?」
これが、状況を説明した際の、黛先輩の一言目である。
「力を、お借りしたいんです。お願いします」
更識に合わせて、俺と布仏もお願いします、と頭を下げた。
「そういうことねー……。うん、やろう!」
「ほ、本当ですか……」
「うん、やるやる! 楽しそうだから! でもその代わりに……天羽くん!」
「はい」
「新聞部のインタビュー、受けてくれない?」
……来たな。
「え、そ、そんな、天羽くんは関係無い……」
「――構いませんよ」
「え……? い、いいの……?」
「ああ」
ふっ。更識よ、俺はこの人とそれなりの付き合いがあるのだ。会長と二人して遊ばれたことは、まだ記憶に新しい。故に、どんなことを言ってくるかは予想済みだ。
「やったー! これで交渉成立っ! んじゃあ、後で連絡してねー。これが私のメールアドレスで……」
話が決まると、一気に事を進める黛先輩。手際の良さが半端ではない。
よし、これでもう一人確保。
「天羽くん、いろいろ聞いちゃうから、覚悟しといてねー? うふふ……」
……非常に不安が残るが。
とにもかくにも、黛先輩は確保した。で、そこからが問題だ。誰にお願いするか。
残念なことに、優秀な人ほど、性格に難のある傾向がある。生半可な仕事ではないから、できるだけ優秀な人が欲しいところだが、そうなると手に余るというこのジレンマ。この辺りのサジ加減が問題である。
「うーん、じゃあ京子とフィーに手伝ってもらおうかしら。どう?」
「……ああ、あの二人ですか。いいと思います」
京子とフィーというのは、黛先輩の整備チームのメンバーで、実力も確かだと聞いている。顔も覚えているから、やりやすくていい。性格の方は……まあ、賑やかな方たちである。賑やか過ぎる、と言った方がいいかもしれない。
「簪ちゃんと、本音ちゃんと、天羽くん。そこに私と京子とフィーの合計六人。これくらいいれば……」
「充分でしょうね」
「オッケー、決まり!」
黛先輩は携帯を取り出すと、京子――
『へーい、もしもしー? 何だよずっちん?』
注。ずっちんとは黛先輩のこと。
「あ、京子ー? これからISを組み上げるんだけどー、手伝わない?」
『はあ!? マジで!? でもなー、課題が残ってんだよー……』
「……実は、天羽くんが一緒なんだけどなあ」
『何ぃっ!?』
分かっていたことだが、エサは俺である。
「天羽くんとツーショット写真。自費でいいなら学園内デートもオーケーだけど?」
大盤振る舞いだな。……支払うのは俺なのに。
『よっしゃああ! やるぞ、やるぞぉおお! ずっちん、カメラは最高画質な!」
「もっちろん。フィーはいる?」
『はいはぁーい。私もぉ、是非お手伝いさせていただくですぅ』
この緩い口調は、フィー・トンプソン先輩だ。
『ご褒美はぁ、天羽くんの手作り料理でっ!』
「オーケー」
言っておくが、俺は承諾していない。
『やったあ! 急いで向かいますぅ! 新聞部ですねっ!』
「うん。今すぐ集合で。遅かった方がジュース驕りね」
『よっしゃァァア!』
その、わずか数分後。
ドドドド……!!
けたたましい足音が聞こえて来たと思ったら、
「やったああー! 一番乗りですぅー!」
フィー・トンプソン先輩が駆け込んで来た。つまり、成山先輩の負け。
「ぬああーっ!? くそっ、負けたぜフィー……!」
少し遅れて、成山京子先輩が到着した。
「はーい、というわけで、負けた京子は、ここにいる六人分のジュース驕りね」
「嘘だろ!?」
……鬼だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
こうして、行動力溢れる黛先輩の手腕により、『打鉄弐式』制作チームが出来上がった。
二年整備科のエース、黛薫子先輩と、そのチームのメンバー、成山京子先輩、フィー・トンプソン先輩。整備の名門、布仏家の息女、布仏本音。パイロットである日本の代表候補生、更識簪。さらに、篠ノ之束の弟子にして、一年最強の操縦者でありながら、整備科からも熱烈な勧誘を受ける、一年屈指の有望株――俺。これはかなり豪華な布陣である。
簡単に自己紹介を済ませ、話が進められていく。
「さて、これでチームが完成したね」
成山先輩に驕ってもらったジュースを口にしつつ、リーダーである黛先輩が取り仕切る。
「まず聞きたいんだ。キャノンボール・ファストまではあと何日も無いから、流石に間に合わないんだけど……それでもいいかな?」
黛先輩は責任者の更識に尋ねた。更識は頷く。
「元々、エントリーもしてませんから……」
「マジ!? やったぜー! 久しぶりにじっくりできるんじゃねーの!」
「……じっくり?」
「そうなんですよぉ。私たちはぁ、企業から依頼を受けたりするんですけどぉ、中には三日で仕上げろー、とか無茶な依頼も来たりしますからねぇ。時間に余裕が無いことが多いんですよぉ」
整備科も中々厳しい世界らしい。知らなかった。
「じゃあ、私たちは早く仕上げることにはこだわらないけど、それでいい?」
更識はこくりと再び頷いた。
「……あ、そうだ天羽くん」
「はい?」
「君は、本業の方が大事よ。……分かってるわよね?」
いつか言われると思っていた。
「キャノンボール・ファストも近いことだし、そっちを優先して、来れる日だけ来たらいい。そっちを蔑ろにしたら、本末転倒よ?」
「……はい」
黛先輩の言うことは正しい。俺には、専用機持ちとしての義務がある。だが――。
俺は隣の更識に視線を移した。俺は、更識に頼れと言った。一緒に頭を下げて頼んだ。そんな俺が、この場に来ないのは……。
「私なら、大丈夫……」
俺の考えていることが分かったのか、更識は穏やかに言った。
「もう充分、助けてもらったから……」
「更識……」
布仏の方を見ると、笑顔だった。さらに、任せてというジェスチャーが。
「分かった。出来るだけ顔を出すようにする。それでいいか?」
俺が更識に尋ねると、更識は微笑んだ。
――何だ、そんな表情も出来るんじゃないか。
「え?」
口に出ていたらしい。だが聞き取れなかったようで、更識は聞き直した。
「いや、何でも無い」
「……?」
怪訝そうに、更識は首をかしげた。
「じゃあ、早速始めましょうか!」
「よっしゃあ、腕が鳴るぜぇ~!」
「やっちゃうですぅー!」
「よーし、私もやっちゃうもんね~。ほら、あもー、かんちゃん、レッツゴー!」
「ぬあッ!? わ、分かったから触れるなっ!」
「何のことかなぁ~?」
「こ、この……ッ!」
「あらぁー? もしかして天羽くんってぇ、触れないんですかぁ?」
「へぇ~、意外だな。天羽って女子慣れしてると思ってたのに」
「ばっ……! の、布仏! お前のせいで気付かれただろうが! くそっ、気付かれてはならない人間に気付かれた!」
「うひひ、精進しなさ~い!」
「無理なものは無理だーっ!」
……くすっ。
更識の口から、笑い声が漏れた。