IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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 学園祭は終了し、既に生徒たちの後片付けも済んだ。

 無事に終われたかと言われれば、第四アリーナの更衣室の爆発事件もあったため「否」だが、逆に言うとそれだけだった。謎のテロ組織の人間が潜り込んで一夏を襲撃したのも、知っているのはほんの僅かだ。先生たちはバタバタとしているが、生徒たちは至って普通であった。大規模な混乱が起こらなかっただけ今回は幸いと言えよう。

 

「うーん、今日でこの部屋ともお別れかあ。残念ね」

 

 荷物をまとめながら、会長が言う。

 なんと、会長は今日から一夏と同室になると言い出した。いい加減追い出そうと思っていたところなので、願ってもないことだった。一応、一夏には手を合わせておいたが。

 

「この日をどれほど待ち望んだことか」

「またまた~。照れ隠しでしょ?」

「違う」

 

 即答した。断じて違う。

 

「まあ、一夏くんの部屋も近くだし、呼んでくれたらすぐ行くわ」

「天地がひっくり返りでもしない限り呼ばないので安心してください」

「じゃあ天地をひっくり返して呼んでね?」

「呼ぶか!」

 

 この世を地獄絵図にしてまで何故この人を呼ばなければならない。

 

「会長」

「なーに?」

「……分かっていたんでしょう?」

「何が?」

「近々奴らが行動を起こすことは」

「…………」

 

 会長「まあね」と真剣な表情になって言った。ようやく真面目な話に入れる。

 

「確かに、怪しい動きがあるのは知ってたわ。実家からの情報もあったし。だから君たちの近くで行動してたの。それは分かってたでしょ?」

「ええ、勿論」

「ちぇっ、食えないわねー」

「……で、俺のことは?」

 

 若干、重苦しい雰囲気になる。

 だが、ここで必ず聞いておかなければならなかった。俺がこれからも、この人の下で働くために。

 

「私がいなくても、君なら襲われても大丈夫でしょう? ぶっちゃけた話、翔くんは生身でも私と同じくらい強いしね」 

「…………」

 

 ――なるほど、そういうことか。

 俺のことを買ってくれているのは嬉しいが、一つ訂正だ。

 

「それは違います。俺の方が強い」

「……相変わらずナマイキ。君と最初に会ったときはそのビックマウス、ただの挑発かと思ったけど、本音だったのね」

「ええ、本音です」

 

 またも即答。

 会長はそれを聞いて、楽しそうな、頼もしそうな、そんな笑顔で俺を見た。

 

「……また一度手合わせしましょう」

「俺もそう思っていたところです。負け越していますから」

「……ふふ、あの勝負をカウントしちゃうの?」

 

 手加減したのはバレてしまっていたようだ。

 

「さあ、何のことやら」

「……そういうことにしておきましょう」

 

 俺はその一言を聞いて、微笑を漏らした。

 学園最強の生徒会長、更識楯無。普段はちゃらけている癖に、頭の回転が早く、洞察力に長ける。表の顔で人をたらしこみ、裏の顔で人を従える。その才能と人柄故に人々に影響を及ぼす、そんな常に人間の中にいる人間。

 ――本当に、食えない人だ。だが、そんな会長だから、俺はついて行くと決めたのだ。

 

「うーん、やっぱりここに残ろうかしら?」

「さっさと出て行け!」

 

 前言撤回。生徒会を辞めたくなった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 文化祭から一日の休みを経た、明後日。全校集会が開かれた。

 これから、織斑一夏の入るクラブが発表される。故に、クラブの人間の様子は異常であった。入る可能性が無さげなクラブの生徒はネガティブになって病み、逆に有力クラブの生徒は既に皮算用で忙しい。人間感情の極みに至るとこうなるらしい。何か見てはならないものを見ている気がした。

 俺は今、副会長として一丁前にマイクを任されている。元々司会は副会長の仕事なようで、副会長が不在だったために布仏先輩が代理で行っていたようだが、俺には新入りに面倒な仕事を押し付けたようにしか思えない。

 会長が副会長を語るときは八割方嘘なのだ。たまったものではない。

 

「これより、全校集会を始めます」

 

 俺の声が、マイクを通じて響き渡る。こうしてここに立って話すと、自分が副会長であるというのが実感できた。生徒会副会長とは、更識楯無に次ぐナンバー二であることの証左。その称号に恥じない、毅然とした態度で司会をしよう。

 ……ラウラ、ぶんぶん手を振るな。恥ずかしい。

 そう思っていたら織斑先生がラウラの頭を叩いて黙らせた。グッジョブ。

 

「それでは生徒会長より、文化祭の投票結果の発表です」

 

 俺がそう言うと、壇のすぐ下にいた会長が壇上に上がった。

 

「みなさん、先日の文化祭ではお疲れ様でした。では、これより結果の発表をします。投票数第一位は――」

 

 ごくり、と生徒一同が一斉にツバを飲む音が聞こえた。どこからか小太鼓のロールの音が聞こえてきそうだ。

 結果を知っている俺はひたすらに祈っていた。暴動になりませんように、と。

 

「生徒会の観客参加型演劇『シンデレラ』!」

「……え?」

 

 体育館をかつてない沈黙が襲った。

 直後、全校生徒から生徒会へどどっと激しいブーイングが起こる。

 

「卑怯よ! ずるい! イカサマ!」

「なんで生徒会なのよ! おかしいわよ!」

「私たちがんばったのに!」

 

 次々挙がる苦情を手でまあまあと制しつつ、会長が説明する。

 

「我々生徒会主催の劇の参加条件は、生徒会へと投票すること。私たちはそれを強制したわけではありません。投票をしてくれたのは、あなたたちです」

 

 そういうことだ。会長は企画の段階で一夏を取り込むのを決めていた。ルールに則り、投票させる作戦であった。見事にそれが的中しただけのこと。

 一瞬ぐっ、と詰まった生徒たちだが、まだブーイングは収まらない。だが、次でもう止まるはずだ。

 

「落ち着いてください。生徒会庶務に就任する織斑一夏くんは、適宜各部活動へと派遣します。男子なので大会参加は無理ですが、それ以外なら普通の部員のように扱ってくれて構いません。それらの申請書は、生徒会に提出するようお願いします」

 

 つまり、一夏の貸し出しだ。これこそが、一夏の部活問題に対する生徒会の答え。

 ちなみに、一夏の意思は一切無視。

 

「まあ、それなら……」

「仕方ないわ、納得しましょう」

「うちの部活勝ち目なかったし、タナボタね!」

 

 会長の周到な対策により、ブーイングは収まりつつあった。

 

「あれ、じゃあ天羽様は?」

 

 一人が呟いた。

 こ、これはまずいぞ……!

 

「ほ、ほんとよ! 天羽様は!? 天羽様も派遣してよ!」

「生徒会だけで天羽くんを独占するのは許せない!」

「そうよ! 二人の男子はみんなの宝よ!」

「翔様を、翔様を是非我々に~!」

 

 そうだそうだ、と再びブーイングが起こった。

 どうしましょう、と会長にアイコンタクトを送る。会長は「まあ任せなさい」と胸をトントンと叩いた。

 ……本当に大丈夫だろうか。派遣なんて俺は絶対に嫌だぞ。

 

「天羽翔くんですが、貸し出しはできません!」

 

 会長のその宣言と同時に、女子たちからえーっと声が上がる。

 よし、その意気だ会長。持ち前の理詰めで以て大衆を鎮めてくれ!。

 

「どうして! どうしてよ!」

 

 にこり。会長は笑顔を浮かべ。

 

「――翔くんは、『私の』大切な副会長だからです」

 

 ――あろうことか、爆弾を投下した。

 

「どういうこと!? ま、まさか会長と天羽様は――!?」

「嘘っ、嘘よおおおお! 嘘と言ってぇ!」

 

 荒れに荒れる体育館内。その元凶は、満足げに壇上で立っていた。

 一年一組の列には、鬼の形相で俺を見るセシリアとラウラが見える。

 

(まずは、弁解だな……)

 

 教室に戻ったら、まずあいつらに弁解。事実は異なることを説明せねば、命に関わる事態になりかねない。

 俺はため息と落胆を抑えることが出来なかった。

 ……会長。お願いですから、性質の悪い冗談はやめてください。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「失礼します」

 

 重厚なドアを押し開き、楯無は学園長室へと入っていく。

 

「ああ、更識くん。ちょうどよかった」

 

 デスクから声をかけたのは、そろそろ老人と呼べる年齢にさしかかるだろうか、それくらいの白髪の男性である。穏やかな表情を浮かべる男性は見た目どおり温厚な性格である。

 彼の名は轡木(くつわぎ)十蔵(じゅうぞう)。女尊男卑社会の風潮で彼の妻が学園長を務めているが、実質的な学園の運営はこの男性が行っていた。

 

「まず、例の組織、『亡国機業(ファントム・タスク)』ですが……」

 

 今の楯無は普段の茶目っ気は全く出さない、所謂『仕事モード』で、真剣な表情と口調で話し始める。

 主な報告の内容は、襲撃してきた組織と、そして楯無の専用機の稼動状況。続いては、織斑一夏のことについて。

 

「織斑一夏くんですが、正直、驚きました。一度教えたことは数回の反復で覚えるところや、理解の早さなどは今まで見てきたどの女子よりも上です。素質は、素晴らしいものがあります」

 

 だが、それも一夏の才能の片鱗に過ぎない。一夏の本当の才能、それは、不屈の心だ。倒れても、心の芯が決して折れない。そして、倒れたときよりも強く立ち上がる。その姿は、まるで刀の鍛錬のよう。打たれる度に、刀がより強靭なっていくように、一夏は力をつけている。

 

「……まさに、天才です」

「そうでしょうね。あの織斑先生の弟ですから」

 

 意味深な言葉だった。何やらそれ以上の意味が含まれていた感じがするが、楯無は訊かなかった。

 

「……天羽翔くんは?」

「…………」

 

 轡木がそう楯無に尋ねると、楯無は目を閉じて慎重に言葉を選ぶ。

 

「――能力に関しては、凄まじいものがあります。IS操縦は、代表候補生どころか国家代表クラスの実力を持っていて、身体能力も上々、生身でも大変強い。その上サイバー関連の知識も極めて豊富、学業も優秀で頭の回転も早い」

 

 この場面で、楯無は世辞を言わない。これは間違いなく楯無の本音である。

 

「……珍しいですね。君がそこまで褒めるなど」

「はい。ですが、これは本当です。――そして、理解しています。学園側が、彼をどう感じているかは」

 

 楯無は翔と接していくにつれて、楯無は思ったことがある。

 怖い。翔の、何でも出来てしまう部分が。そう思った瞬間、楯無はとある推測に至った。

 ――学園、ひいてはその上層部も、天羽翔の力を恐れている、と。

 

「味方としては、彼ほど頼もしい人物はいないでしょう。しかし、敵になれば彼ほど恐ろしい人物はいない」

「そうですね。だからこそ君を彼の傍へ置いたわけですが……」

 

 ここで、轡木は楯無の持ってきた報告書の内容を口にする。

 

「――『問題なし』、ですね?」

「ええ」

 

 楯無が同居をやめたということは、翔なら一人でも安全と判断したと同時に、翔への監視は終了したということを意味している。つまり、「合格」だ。

 

「彼には、支えてくれる仲間がいます。間違いそうになっても、正してくれる仲間が。……何より、私自身が彼を信じていますから」

「……副会長にするくらいですからね」

 

 楯無はくすりと笑った。

 

「分かりました。理事会には私からそう伝えておきましょう」

「ありがとうございます」

 

 楯無は軽く頭を下げた。

 

「――更識くん、これからもよろしくお願いしますね」

「……はい」

 

 頼まれているのは、学園のこと、教師のこと、生徒のこと。楯無は表には出さないところで、常に学園の平和を守っているのだ。

 

「さて、お茶会にしましょうか。君の口に合うお菓子があればいいのですが」

 

 十蔵がそう言うと、楯無は目を輝かせた。いくら更識の人間で、ロシアの国家代表で、IS学園の生徒会長だろうと、楯無は一七歳の女子だ。お菓子は大好きである。

 

「わ、本当ですか? 十蔵さんのお菓子のチョイス、センスがいいですから楽しみです」

「はっはっはっ。そんな大したものはありませんよ?」

「いえいえ。――あ、そうだ。私もお茶持って来たんですよ?」

「まさか、布仏虚くんの?」

「はい」

「おぉ! そうですか、楽しみです。彼女の淹れてくれるお茶は素晴らしいですから」

 

 二人は共に学園の重要な位置にいる人物であるが、この場に限ってはただ一七歳の少女と、七〇前の老人であった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「――なあ、あんた」

「はい。何でしょう?」

「何で来た?」

「あなたは重要な戦力です。来る日のためにも、失うわけにはいかない。それに、スコールさんからのお願いですから」

「…………」

「私としては彼に会いたかったんですが、あなたが逃げた方にはいなかったみたいで、残念です」

「……そんなに会いたいのかよ? 俺には分かんねえな」

「でしょうね。分かってくれるのは、私と同じ痛みを持つ『赦されざる者たち(アンフォーギヴンズ)』だけですよ」

「…………」

「そう――私たちは、そのために生きてきたのですから……」




以上で第十章終了となります。
第十一章の投稿開始日は未定です。そこまで長くはならないと思われますが、ご了承ください。なお、開始日が決定した場合は活動報告、Twitter等で報告させていただきます。

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