IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
(くそっ、くそっ、くそっ!)
オータムは逃走しながら唇を噛んだ。計画が失敗したのもあるが、何よりISを装備した自分が、そのISを破壊され、こうして逃走を余儀無くさせられているのは屈辱という他ない。
コアこそ抜き取ってあるものの、新たな機体を作るのには時間がかかる。
(あのクソガキと、クソ女、次に会ったらブッ殺してやる!)
胸中に渦巻くのは、激しい憤怒。あの生徒会長と、織斑一夏、あの二人は絶対に許さない。
だが、それと同じくらいに憎いのが、同じ組織のとある女。
(大体、何が
その上、あの装置は二度使えない。一度使ったことで耐性ができてしまうためだ。
(そうか!)
オータムははっ、と気が付いた。
引き離す性質の
「あ、の、クソガキがぁっ!」
少なくとも、それは提案者には分かっていたはずだ。結局、オータムは
それに気付いたとき、オータムの胸中には耐え難い殺意が芽生えた。
(殺す、殺す、殺す! 舐めやがって!)
一瞬、組織の幹部の顔が浮かぶが、それも関係ねえ、と振り払った。オータムの頭を占めているのは、その少女を如何にして殺すか。それだけであった。
不意に、喉が渇いたオータムは、すぐ前に公園があるのが目に入り、そこの蛇口をひねって水を飲んだ。
別段そんなことはないのだが、喉が渇くのはあの水を操る生徒会長のせいなような気がして、それが余計にオータムを苛立たせた。
(まあいい。焦るこたぁねえ。ゆっくり、ゆっくりだ……)
どうやってあの少女を殺すか、それを綿密に練るオータムだったが、ある異変に気付く。
(……何だ……?)
何故か、水が喉を通らない。蛇口はひねっているし、止めたわけではないはずだ。
「なっ!?」
よく見れば、そこであり得ない現象が起こっていた。
地面と垂直に噴き出した水が、何もないところではね返っている。まるで、見えない壁に遮られているように。
(これは、AICか!?)
頭の片隅の知識で、この異常現象の正体を突き止めたオータムは即座に逃走を再開した。
(相手がAICなら――)
判断は早かったが、それでもIS相手では遅すぎた。飛び退いたオータムの足が見えない力に絡め取られ、オータムは仰向けに倒れた。オータムはそれでも立ち上がろうとするが。
「――無駄だ」
空から声が響き、立ち上がろうとしたオータムの体が足から腰、腕、首と順に固められる。そして空から漆黒の機体――シュヴァルツェア・レーゲンがゆっくりと降り立った。
「ドイツの新型……!」
「その通りだ。
ドイツ軍の小隊長であるラウラは、裏の世界で蠢くテロ組織に関しては情報が豊富だった。行動の規模と楯無からの情報によって、ラウラは敵組織を把握したのだった。
「暴れるなよ。既に狙撃手がお前の眉間に照準を合わせている」
「くっ……」
「さて、洗いざらい吐いてもらおうか」
ラウラから少し離れた位置には、セシリアのブルー・ティアーズがライフルをオータムへと向けていた。
「わたくしたちの方へ逃げてきたのは不運でしたわね」
プライベート・チャネルでセシリアからの通信が入った。
「そうだな。シュヴァルツェア・レーゲンは捕縛に向いている」
敵を殺すことなく捕縛するのなら、無闇に攻撃を加えることなく敵を無力化できるAICが非常に役に立つ。情報を引き出すのなら、最適だ。
「さて、貴様のISはアメリカの第二世代機の『アラクネ』だな? どこで手に入れた?」
「そんなん、言うわけねえだろ!」
「ほう……」
噛みつかんばかりの視線を向けるオータムに対し、ラウラは氷のように冷たい口調で呟く。
ドイツの冷氷。この二つ名をは似合わないと翔は思っていたが、この場面に於いて限れば、言い得て妙であった。
「よかろう。私は尋問の心得も多少はある。長い付き合いになりそうだな」
ラウラが接近しようとした、その瞬間。
「これは……?」
セシリアは正体不明のISが一機、戦闘区域に戦闘区域にステルスモードを解除して出現したのを確認した。
(ステルスモード? 何故……?)
通常ISがステルスモードになることはない。見つからないように敢えてステルスモードで接近してきているということは……。
不審に思ったセシリアは、ライフルの照準を例の機体に合わせた。
緊張が走る。敵性のISであれば、撃ったその時点で反撃に出る必要があるからだ。セシリアが黙ってライフルを構えていると――ついに、ラウラが未確認ISにロックされた。
セシリアは叫ぶ。
「ラウラさん!」
「分かっている!」
ラウラもセシリアに答えた。発射されたのはエネルギー弾。AICは実体を捕らえる能力故に、エネルギー兵器相手には使えない。しかも、今は他の対象に意識を割いていられない。
止むを得ず、ラウラは左目のナノセンサー『
セシリアはライフルの望遠スコープから見えた敵機の姿を目視し驚愕する。
(あ、あれは……!)
セシリアの目に映ったのは、見たことのある機体だった。
それもそのはず、その正体は、イギリスの第三世代機、『サイレント・ゼフィルス』。BT兵器搭載型の二号機である。ブルー・ティアーズの蒼よりも濃い、藍の機体――。
(何故、サイレント・ゼフィルスが……!?)
本国イギリスから派遣されたISならば、ステルスモードで飛行する必要はない。何より、こちらに銃撃してきている以上、あの機体は敵性ISだ。つまり――。
(ま、まさか……!)
――奪われた。
その事実を認識し、セシリアはぎり、と歯軋りした。
どこの国も、自国のISが奪われたなどということは絶対に公表しない。自国の権威を下げ、他国に舐められることになるからだ。
(テロリストの機体が自国の最新鋭機とは、いい恥さらしですわね!)
セシリアは内心でイギリス政府へと皮肉を飛ばしながら、テロリストを拘束するラウラに指示を飛ばした。
「ラウラさんはそのままテロリストの拘束をお願いします! あの機体はわたくしが!」
「了解した! できる範囲で援護はする!」
ラウラにこくりと頷き、セシリアはサイレント・ゼフィルスへライフルを発射した。
祖国の名誉をかけて、そして学園の安全のためにも、セシリアはこの機体の奪回を試みる。
「ラウラさんのところへは行かせませんわ!」
スコープを覗き込み、セシリアはサイレント・ゼフィルス目掛けてトリガーを引く。
敵機のスペックは把握済み。ブルー・ティアーズよりビットの性能に優れるサイレント・ゼフィルスが相手とあって、セシリアの作戦は《スターライトmkⅢ》の長い射程を生かし、中距離戦に入る前……つまり、ビットの適正距離に入る前に可能な限りダメージを与えておこうというものあった。
しかし、狙ったレーザーは一発も当たらなかった。蒼い光弾は、サイレント・ゼフィルスに素早いロールで回避され、さらにお返しとばかりに狙撃してきた。
高精度の狙撃のすべてをセシリアは回避したが、敵の攻撃精度には舌を巻いた。
(無駄のない回避行動に高い射撃精度……かなりの実力者ですわね……!)
敵操縦者も予想以上の実力だが、セシリアは慌てない。
ビットの性能で劣っていようと、ブルー・ティアーズの本懐はビットを展開した状態での高速射撃戦だ。
「行きなさい!」
背中の
「!?」
だが、サイレント・ゼフィルスは機体を器用に傾けて、あっさりと避け切った。そして、サイレント・ゼフィルスからも藍のビットが射出された。
(《ブルー・ティアーズ》……!)
しかもブルー・ティアーズ初号機よりも二基多い、六基だ。
「っ、く……!?」
狙いが鋭い。動きが読まれているのか、移動した先にビットが「置いてある」ような感覚さえした。敵を意のままに動かすその巧みなビット制御は、まるで翔を相手にしているようだった。
セシリアもビットを操作するが、如何せんこちらは二基少ないために、ビット同士が四対四で撃ち合っても、残りの二基でセシリアに襲いかかってくる。そして、何より厄介なのが、防御型のビット、シールド・ビットであった。これが決定打を必ず防ぐ。
ついにセシリアのビットが撃墜された。
(それなら――!)
セシリアのビットは無くなったが、これでむしろラウラが積極的に援護出来るようになった。
まさに以心伝心。ラウラはセシリアの思った通り、肩のレールカノンで援護射撃をした。その援護射撃で敵のビットの動きを制限しつつ、セシリアはライフルを構えたまま、一気に格闘戦の間合いまで突っ込んだ。
意表を突く奇襲攻撃に対し、サイレント・ゼフィルスは数発レーザーを放った後、ライフルに取り付けられた銃剣で格闘戦の姿勢に入った。
一見すると接射狙いの突撃だが、セシリアの狙いは別にあった。
「これで!」
突撃は、ブラフ。本命は、腰のミサイル・ビット。
命中を確信したセシリアだが、その確信は脆くも崩れ去った。
「なっ……!?」
発射されたミサイルが、レーザーに貫かれた。だが、ただのレーザーではなかった。
ビットから放たれたレーザーが、『曲がって』ミサイルを撃ち落としたのだ。
(こ、これは、
――それは、以前使えた、しかし今は使えない、セシリアが喉から手が出るほど欲している力だった。
「何をしている! 回避行動をとれ!」
「っ――!」
ラウラの怒声ではっと我に返ったセシリアだが、それは少し遅かった。至近距離で大きな隙を晒してしまったため、直後にサイレント・ゼフィルスのレーザーの雨を浴びてシールドエネルギーが大幅に削られる。
「きゃあーっ!」
「セシリア! ちぃっ!」
セシリアが突破されたのを見て、ラウラも急遽前線に立った。
再びビットが飛来し、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンを取り囲み、光を放つ。
意識をオータムに割きながらの戦闘には限界がある。最低限の行動は取れるが、ワイヤーブレードの制御などは絶対に不可能だ。
特に、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンはビットなどの自立機動兵器とは相性が悪い。AICの特性上、複数の対象に意識を割いて戦うことはできないからである。
イーブンな状態で戦っても勝てるか分からないような相手なのに、今回は不利な要素が多すぎた。
「ぐあっ!」
避け切れずにビットのレーザーを受けてしまったのを皮切りに、サイレント・ゼフィルス本体のレーザーも受けてしまい、ついにラウラはオータムの拘束を維持できなくなった。
オータムの拘束が解けると、サイレント・ゼフィルスはすぐオータムの場所へと移動した。
「――助けに来ました、オータム」
「あ、アンタ……」
「話は後でしましょう」
オータムは呆然とサイレント・ゼフィルスを見上げていた。
「させるか!」
なおも食い下がるラウラに対し、サイレント・ゼフィルスはラウラにビットで攻撃して、ラウラをオータムへ近づけさせない。
顔をしかめるラウラに対し、サイレント・ゼフィルスの操縦者は、バイザーから覗く口元を歪ませた。
「――この程度ですか? ドイツの
「何!?」
ラウラは自分の耳を疑った。
――今、この女は何と言った?
「……貴様……!」
ラウラが険しい顔で睨むが、顔がバイザーで覆われたサイレント・ゼフィルスの操縦者は、笑みを浮かべるだけ。その女はオータムを掴むと、サイレント・ゼフィルスは用は済んだとばかりに空へ飛び立った。
「逃がすものですか!」
セシリアがミサイル・ビットと《スターライトmkⅢ》の一斉射撃を放った。
だが、それは全てシールド・ビットによって防がれた。置き土産とばかりに爆散したビットの煙が晴れたころには、サイレント・ゼフィルスは遥か高空で小さくなっていた。
「ラウラさん!」
追撃を試みるセシリアに、ラウラは首を横に振った。
「撤退するぞ」
「な、何故ですの! このまま逃がしたら――!」
「このまま追撃しても、無意味だ。今の我々だけで向かったところで、こちらの被害が拡大するだけだ。お前も引き際くらいわきまえているはずだろう」
「ッ……!」
ラウラの言っていることはすべて正論だった。私情で追撃を行って迎撃されたのでは話にならない。
悔しさで唇を噛むセシリアを見て、ラウラはゆっくりと天を仰いだ。
「我々は……負けたのだ……」