IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

76 / 129
8

(くそっ、くそっ、くそっ!)

 

 オータムは逃走しながら唇を噛んだ。計画が失敗したのもあるが、何よりISを装備した自分が、そのISを破壊され、こうして逃走を余儀無くさせられているのは屈辱という他ない。

 コアこそ抜き取ってあるものの、新たな機体を作るのには時間がかかる。

 

(あのクソガキと、クソ女、次に会ったらブッ殺してやる!)

 

 胸中に渦巻くのは、激しい憤怒。あの生徒会長と、織斑一夏、あの二人は絶対に許さない。

 だが、それと同じくらいに憎いのが、同じ組織のとある女。剥離剤(リムーバー)なる道具をオータムに使わせた少女だ。能力の高さを理由に、常に上からものを言ってくる。まだガキのくせに、と前々からオータムが腹を立てていた。他の組織の人間はどうか知らないが、オータム個人としては大嫌いだった。

 

(大体、何が剥離剤(リムーバー)だ! ああやって遠隔コール出来るんなら、意味ねえじゃねぇかよ!)

 

 その上、あの装置は二度使えない。一度使ったことで耐性ができてしまうためだ。

 

(そうか!)

 

 オータムははっ、と気が付いた。

 引き離す性質の剥離剤(リムーバー)に対して、耐性が出来る。それによって、遠隔のコールが出来るようになったのだと。

 

「あ、の、クソガキがぁっ!」

 

 少なくとも、それは提案者には分かっていたはずだ。結局、オータムは剥離剤(リムーバー)の効果を実験させられたに過ぎなかったのだ。

 それに気付いたとき、オータムの胸中には耐え難い殺意が芽生えた。

 

(殺す、殺す、殺す! 舐めやがって!)

 

 一瞬、組織の幹部の顔が浮かぶが、それも関係ねえ、と振り払った。オータムの頭を占めているのは、その少女を如何にして殺すか。それだけであった。

 不意に、喉が渇いたオータムは、すぐ前に公園があるのが目に入り、そこの蛇口をひねって水を飲んだ。

 別段そんなことはないのだが、喉が渇くのはあの水を操る生徒会長のせいなような気がして、それが余計にオータムを苛立たせた。

 

(まあいい。焦るこたぁねえ。ゆっくり、ゆっくりだ……)

 

 どうやってあの少女を殺すか、それを綿密に練るオータムだったが、ある異変に気付く。

 

(……何だ……?)

 

 何故か、水が喉を通らない。蛇口はひねっているし、止めたわけではないはずだ。

 

「なっ!?」

 

 よく見れば、そこであり得ない現象が起こっていた。

 地面と垂直に噴き出した水が、何もないところではね返っている。まるで、見えない壁に遮られているように。

 

(これは、AICか!?)

 

 頭の片隅の知識で、この異常現象の正体を突き止めたオータムは即座に逃走を再開した。

 

(相手がAICなら――)

 

 判断は早かったが、それでもIS相手では遅すぎた。飛び退いたオータムの足が見えない力に絡め取られ、オータムは仰向けに倒れた。オータムはそれでも立ち上がろうとするが。

 

「――無駄だ」

 

 空から声が響き、立ち上がろうとしたオータムの体が足から腰、腕、首と順に固められる。そして空から漆黒の機体――シュヴァルツェア・レーゲンがゆっくりと降り立った。

 

「ドイツの新型……!」

「その通りだ。亡国機業(ファントム・タスク)

 

 ドイツ軍の小隊長であるラウラは、裏の世界で蠢くテロ組織に関しては情報が豊富だった。行動の規模と楯無からの情報によって、ラウラは敵組織を把握したのだった。

 

「暴れるなよ。既に狙撃手がお前の眉間に照準を合わせている」

「くっ……」

「さて、洗いざらい吐いてもらおうか」

 

 ラウラから少し離れた位置には、セシリアのブルー・ティアーズがライフルをオータムへと向けていた。

 

「わたくしたちの方へ逃げてきたのは不運でしたわね」

 

 プライベート・チャネルでセシリアからの通信が入った。

 

「そうだな。シュヴァルツェア・レーゲンは捕縛に向いている」

 

 敵を殺すことなく捕縛するのなら、無闇に攻撃を加えることなく敵を無力化できるAICが非常に役に立つ。情報を引き出すのなら、最適だ。

 

「さて、貴様のISはアメリカの第二世代機の『アラクネ』だな? どこで手に入れた?」

「そんなん、言うわけねえだろ!」

「ほう……」

 

 噛みつかんばかりの視線を向けるオータムに対し、ラウラは氷のように冷たい口調で呟く。

 ドイツの冷氷。この二つ名をは似合わないと翔は思っていたが、この場面に於いて限れば、言い得て妙であった。

 

「よかろう。私は尋問の心得も多少はある。長い付き合いになりそうだな」

 

 ラウラが接近しようとした、その瞬間。

 

「これは……?」

 

 セシリアは正体不明のISが一機、戦闘区域に戦闘区域にステルスモードを解除して出現したのを確認した。

 

(ステルスモード? 何故……?)

 

 通常ISがステルスモードになることはない。見つからないように敢えてステルスモードで接近してきているということは……。

 不審に思ったセシリアは、ライフルの照準を例の機体に合わせた。

 緊張が走る。敵性のISであれば、撃ったその時点で反撃に出る必要があるからだ。セシリアが黙ってライフルを構えていると――ついに、ラウラが未確認ISにロックされた。

 セシリアは叫ぶ。

 

「ラウラさん!」

「分かっている!」

 

 ラウラもセシリアに答えた。発射されたのはエネルギー弾。AICは実体を捕らえる能力故に、エネルギー兵器相手には使えない。しかも、今は他の対象に意識を割いていられない。

 止むを得ず、ラウラは左目のナノセンサー『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』を発動させ、射撃を回避した。

 セシリアはライフルの望遠スコープから見えた敵機の姿を目視し驚愕する。

 

(あ、あれは……!)

 

 セシリアの目に映ったのは、見たことのある機体だった。

 それもそのはず、その正体は、イギリスの第三世代機、『サイレント・ゼフィルス』。BT兵器搭載型の二号機である。ブルー・ティアーズの蒼よりも濃い、藍の機体――。

 

(何故、サイレント・ゼフィルスが……!?)

 

 本国イギリスから派遣されたISならば、ステルスモードで飛行する必要はない。何より、こちらに銃撃してきている以上、あの機体は敵性ISだ。つまり――。

 

(ま、まさか……!)

 

 ――奪われた。

 その事実を認識し、セシリアはぎり、と歯軋りした。

 どこの国も、自国のISが奪われたなどということは絶対に公表しない。自国の権威を下げ、他国に舐められることになるからだ。

 

(テロリストの機体が自国の最新鋭機とは、いい恥さらしですわね!)

 

 セシリアは内心でイギリス政府へと皮肉を飛ばしながら、テロリストを拘束するラウラに指示を飛ばした。

 

「ラウラさんはそのままテロリストの拘束をお願いします! あの機体はわたくしが!」

「了解した! できる範囲で援護はする!」

 

 ラウラにこくりと頷き、セシリアはサイレント・ゼフィルスへライフルを発射した。

 祖国の名誉をかけて、そして学園の安全のためにも、セシリアはこの機体の奪回を試みる。

 

「ラウラさんのところへは行かせませんわ!」

 

 スコープを覗き込み、セシリアはサイレント・ゼフィルス目掛けてトリガーを引く。

 敵機のスペックは把握済み。ブルー・ティアーズよりビットの性能に優れるサイレント・ゼフィルスが相手とあって、セシリアの作戦は《スターライトmkⅢ》の長い射程を生かし、中距離戦に入る前……つまり、ビットの適正距離に入る前に可能な限りダメージを与えておこうというものあった。

 しかし、狙ったレーザーは一発も当たらなかった。蒼い光弾は、サイレント・ゼフィルスに素早いロールで回避され、さらにお返しとばかりに狙撃してきた。

 高精度の狙撃のすべてをセシリアは回避したが、敵の攻撃精度には舌を巻いた。

 

(無駄のない回避行動に高い射撃精度……かなりの実力者ですわね……!)

 

 敵操縦者も予想以上の実力だが、セシリアは慌てない。

 ビットの性能で劣っていようと、ブルー・ティアーズの本懐はビットを展開した状態での高速射撃戦だ。

 

「行きなさい!」

 

 背中の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)から分離した蒼い雫は、セシリアの意思でサイレント・ゼフィルスを取り囲み、次々とレーザーが発射が発射される。

 

「!?」

 

 だが、サイレント・ゼフィルスは機体を器用に傾けて、あっさりと避け切った。そして、サイレント・ゼフィルスからも藍のビットが射出された。

 

(《ブルー・ティアーズ》……!)

 

 しかもブルー・ティアーズ初号機よりも二基多い、六基だ。

 

「っ、く……!?」

 

 狙いが鋭い。動きが読まれているのか、移動した先にビットが「置いてある」ような感覚さえした。敵を意のままに動かすその巧みなビット制御は、まるで翔を相手にしているようだった。

 セシリアもビットを操作するが、如何せんこちらは二基少ないために、ビット同士が四対四で撃ち合っても、残りの二基でセシリアに襲いかかってくる。そして、何より厄介なのが、防御型のビット、シールド・ビットであった。これが決定打を必ず防ぐ。

 ついにセシリアのビットが撃墜された。

 

(それなら――!)

 

 セシリアのビットは無くなったが、これでむしろラウラが積極的に援護出来るようになった。

 まさに以心伝心。ラウラはセシリアの思った通り、肩のレールカノンで援護射撃をした。その援護射撃で敵のビットの動きを制限しつつ、セシリアはライフルを構えたまま、一気に格闘戦の間合いまで突っ込んだ。

 意表を突く奇襲攻撃に対し、サイレント・ゼフィルスは数発レーザーを放った後、ライフルに取り付けられた銃剣で格闘戦の姿勢に入った。

 一見すると接射狙いの突撃だが、セシリアの狙いは別にあった。

 

「これで!」

 

 突撃は、ブラフ。本命は、腰のミサイル・ビット。

 命中を確信したセシリアだが、その確信は脆くも崩れ去った。

 

「なっ……!?」

 

 発射されたミサイルが、レーザーに貫かれた。だが、ただのレーザーではなかった。

 ビットから放たれたレーザーが、『曲がって』ミサイルを撃ち落としたのだ。

 

(こ、これは、偏向射撃(フレキシブル)!?)

 

 ――それは、以前使えた、しかし今は使えない、セシリアが喉から手が出るほど欲している力だった。

 

「何をしている! 回避行動をとれ!」

「っ――!」

 

 ラウラの怒声ではっと我に返ったセシリアだが、それは少し遅かった。至近距離で大きな隙を晒してしまったため、直後にサイレント・ゼフィルスのレーザーの雨を浴びてシールドエネルギーが大幅に削られる。

 

「きゃあーっ!」

「セシリア! ちぃっ!」

 

 セシリアが突破されたのを見て、ラウラも急遽前線に立った。

 再びビットが飛来し、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンを取り囲み、光を放つ。

 意識をオータムに割きながらの戦闘には限界がある。最低限の行動は取れるが、ワイヤーブレードの制御などは絶対に不可能だ。

 特に、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンはビットなどの自立機動兵器とは相性が悪い。AICの特性上、複数の対象に意識を割いて戦うことはできないからである。

 イーブンな状態で戦っても勝てるか分からないような相手なのに、今回は不利な要素が多すぎた。

 

「ぐあっ!」

 

 避け切れずにビットのレーザーを受けてしまったのを皮切りに、サイレント・ゼフィルス本体のレーザーも受けてしまい、ついにラウラはオータムの拘束を維持できなくなった。

 オータムの拘束が解けると、サイレント・ゼフィルスはすぐオータムの場所へと移動した。

 

「――助けに来ました、オータム」

「あ、アンタ……」

「話は後でしましょう」

 

 オータムは呆然とサイレント・ゼフィルスを見上げていた。

 

「させるか!」

 

 なおも食い下がるラウラに対し、サイレント・ゼフィルスはラウラにビットで攻撃して、ラウラをオータムへ近づけさせない。

 顔をしかめるラウラに対し、サイレント・ゼフィルスの操縦者は、バイザーから覗く口元を歪ませた。

 

「――この程度ですか? ドイツの遺伝子強化素体(アドヴァンスド)――天羽翔の『妹』よ」

「何!?」

 

 ラウラは自分の耳を疑った。

 ――今、この女は何と言った? 

 

「……貴様……!」

 

 ラウラが険しい顔で睨むが、顔がバイザーで覆われたサイレント・ゼフィルスの操縦者は、笑みを浮かべるだけ。その女はオータムを掴むと、サイレント・ゼフィルスは用は済んだとばかりに空へ飛び立った。

 

「逃がすものですか!」

 

 セシリアがミサイル・ビットと《スターライトmkⅢ》の一斉射撃を放った。

 だが、それは全てシールド・ビットによって防がれた。置き土産とばかりに爆散したビットの煙が晴れたころには、サイレント・ゼフィルスは遥か高空で小さくなっていた。

 

「ラウラさん!」

 

 追撃を試みるセシリアに、ラウラは首を横に振った。

 

「撤退するぞ」

「な、何故ですの! このまま逃がしたら――!」

「このまま追撃しても、無意味だ。今の我々だけで向かったところで、こちらの被害が拡大するだけだ。お前も引き際くらいわきまえているはずだろう」

「ッ……!」

 

 ラウラの言っていることはすべて正論だった。私情で追撃を行って迎撃されたのでは話にならない。

 悔しさで唇を噛むセシリアを見て、ラウラはゆっくりと天を仰いだ。

 

「我々は……負けたのだ……」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。