IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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お気に入り数が777となりました。しかも7話投稿時とは、とても縁起が良いですね。
ここまで愛読くださった皆様、本当にありがとうございます。これからも『天翔ける蒼い炎』をよろしくお願いします。


7

 楯無とオータムは、それぞれのISの得物を手に激しい応酬を繰り返していた。

 

「クモみたいで気持ち悪いISねー。センスを疑うわ」

「あぁ!?」

 

 長大なリーチを誇るランスの突きを避けて、オータムの装甲脚の砲口が火を吹く。

 

「無駄よ」

 

 砲弾は全てミステリアス・レイディの水のヴェールで受け止められて、ダメージを与えることができない。

 射撃が無効化されたのを見て、オータムは接近戦が有効と考えたのか、カタールの二刀流の連続攻撃を仕掛けた。

 だが楯無は距離を適度に保ち、ランスで牽制してカタールでの攻撃をさせない。装甲脚での直接攻撃しかできないオータムは、徐々に苛立ち始めた。

 

「何なんだ、てめえは!?」

 

 楯無は顔色一つ変えず、冷静にランスと、時には脚も使って防御していく。一切の無駄無く、ミステリアス・レイディはアラクネの攻撃を阻む。

 

「言ったでしょう? 私は生徒会長。そして、学園最強の戦士よ」

 

 楯無はぶうん、とランスを振るって間合いを調整すると、ランスを横に構えた防御主体の受け型のスタイルから一転、今度は前に出て突き中心の攻め型へ。

 ステップの前進と同時に打ち込まれる正確無比な連続突きで、見る見る内にオータムを元いた場所まで押し戻していく。

 

「くっ、こ、この――っ」

「甘い」

 

 ランスで上段、下段と多彩に突きを放ち、楯無は装甲脚の攻撃を弾き飛ばした。

 

「この、代表候補生如きが!」

「――訂正しなさい。私は『代表候補生』じゃないわ。私は、ロシアの『代表』よ」

「な、何だと!?」

 

 更識楯無は、IS学園の生徒でありながら、自由国籍権を持つ、ロシアの国家代表である。その実力は、代表候補生とは一線を画す。

 

「今度からはちゃんと調べておきなさい、ね!」

「があっ!?」

 

 全身の捻りにスラスターの勢いを乗せた渾身の突きで、オータムのアラクネを吹き飛ばした。

 

「……今度、なんて無いと思うけれど」

 

 ドゴオン、と派手な衝突音が鳴り、オータムが突っ込んだ場所が崩れた。

 

「ゆ、許さねえぞ、クソが……!」

「ま、歳のいったオバサンにとっては、私なんてガキねえ」

 

 再びPICを作動させたオータムが、憎悪に満ちた目と表情で楯無を見る。だが楯無は、真剣な表情をするでもななく、意地悪く笑った。まるで、もう戦闘が終わったかのように。

 

「――ねえ、この部屋暑くない?」

「な、何?」

「部屋の気温じゃなくて、湿度が」

「何言ってんだ……?」

「知ってる? 人間の不快指数っていうのはね、湿度に依存するのよ。だから聞いたの。『この部屋、暑くない?』って」

「!」

 

 ギクリとするオータムは、自分の周りに浮かぶ霧の存在に気付いた。その、異様に濃密な霧に。

 そのときの楯無の表情は、悪戯を成功させた子供のようだった。霧は徐々にアラクネの装甲内部までに入り込み、楯無がISのマニピュレーターを掲げる。

 

「し、しまっ――」

「もう遅い」

 

 パチン、と楯無が指を鳴らした刹那――ドドドドド、とオータムとその周辺が爆ぜた。

 『清き熱情(クリア・パッション)』。空気中の水分を操作し、水蒸気爆発を起こす技。水蒸気を集める必要がある関係上、閉鎖空間でしか使えない条件はあるが、すべての行動と並行して準備を行えるこの技は非常に高い実用性を持つ。

 

「ぶはあっ!」

 

 もやの中から、いたるところにダメージを受けたアラクネが現れた。稼働は辛うじて可能なレベルであったが、深刻なダメージであることは間違いない。

 そもそも、楯無は一撃で片付けようとは思っていなかった。それ程の威力にすれば、この場所が崩壊する危険性があるし、高出力にせずとも一撃入ればそのまま戦っても勝つのは分かっていたからだ。何より――。

 

「く、くそ、まだだ……!」

 

 オータムは憎しみに満ちた目で楯無を睨みつけたが、楯無はあっけらんと、

 

「いえ、終わりよ」

「何!?」

 

 一撃で倒さなかった最後の理由、それは――。

 

「最後くらい、借りを返しやりなさい、一夏くん」

 

 ――可愛い後輩への、お膳立てだ。

 オータムのすぐ後ろには、刀を抜く格好で目を閉じる、白式を纏った織斑一夏がいた。

 

「――斬る!」

 

 その体勢から、一夏は信じられないスピードでアラクネヘと接近した。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 楯無が戦闘している間、一夏は右腕に意識を集中させていた。

 楯無は願えと言った。そうすれば相棒は、白式は答えてくれる、と。だから、呼びかける。

 ISは願えば答えてくれるだなんて、そんな話は聞いたこともない。だが、一夏には何故か確信があった。

 ――俺と白式は、繋がってる。俺の思いに、白式は必ず答えてくれる。

 

「来い! 白式ッ!」

 

 一夏がカッと目を開いたときに、右手に光が集まった。それは……菱形の、眩い白式のコア。

 

「……サンキュー、白式」

 

 菱形のコアがガントレットに変わると、一夏はすぐに白式を展開、愛刀《雪片弐型》を構成して、左の腰の横に添えた。

 抜刀術。

 今までは機動と攻撃のバランスが掴めず、一度もできなかった。だが、今なら何故か、だが必ずできる気がした。きっと白式が、導いてくれる。

 

(――やろう、白式)

 

 一夏の意思に呼応して、《雪片弐型》の展開装甲が開き、その真の姿を現す。

 一夏は瞑目し、口からふうう、と息を出して脱力した。そして千冬の言葉を反芻する。

 

「抜刀のキレを生むのは、無の境地から最大への落差だ。だからこそ、放つ前は全身から一度力を抜き、集中力を極限まで高める必要がある」

 

 イメージするのは、全てを斬り断つ一振りの刀。その刀身を擦り合わせ、研ぎ澄まし、磨き上げる。

 体の脱力、極限の集中力、そして刀の鋭さ。それらが揃ったとき、一夏のもやが一気に晴れ、その目に斬るべき敵が映る。

 オータムの喚きも、表情も、何も感じない。

 ――ただ、斬るのみ。

 

「――斬る!」

 

 白式が光を放ち、同時に凄まじい加速が一夏を後押しする。一夏は目にも留まらぬ早さで、オータムとの距離を瞬く間にゼロにした。

 白式の瞬発力を最大限に生かした機動は、もはや縮地とさえ言えた。

 

(――俺は、弱え)

 

 誰にでもなく、一夏は語りかけた。

 

(俺は、弱えよ。分かってるよ、そんなことは)

 

 左の腰の雪片を、鞘走るように抜き放つ。

 

(でも俺は、諦めたくねえ。弱えからって、強くなることを諦めたくねえんだ! だから――!)

 

 抜かれた光の刀身が、アラクネへと迫る。

 

(倒れたって、何度でも立ち上がってやる! 何度でも……何度でもだ!)

 

 一夏は、その強い意志と共に、《雪片》を振り抜いた。

 

 ――抜刀一式・(せん)

 

 一夏が刀を振り終えたときには、アラクネの装甲脚、そして胸部装甲すら真っ二つになっていた。

 

「な、に……!?」

 

 オータムが目を丸くして驚愕した。

 一矢報いることはできたようだ。一夏はにっと笑う。

 

「は、はは。や、やった……見たか、この、クモ野郎……」

 

 借りは返した、と一夏はかくん、と膝をついた。集中の反動で一気に疲労が襲ってきた。

 

(まだ、練習が必要だなあ……)

 

 技一回で集中力が限界に来ている。これでは実戦では使えない。だが、「何か」は掴んだ。白式が応えてくれた。

 楯無は一夏の様子を一瞥し、大丈夫だと判断してオータムを確保しにかかった。

 

「ち、ここまでか……!」

 

 オータムは悔しそうに舌打ちをし、プシュ、と空気音と共にISと分離した。動けないISを放置して、逃走を始めた。「逃がさない」と楯無が追撃をしかけようとスラスターを吹かすが……。

 

「あれは……!?」

 

 オータムが乗り捨てたアラクネ。その残骸が、赤熱している。

 ――これは、自爆だ。一夏がそれに気づいたときには、オータムは部屋を出て逃走していた。

 

(あ、やべえ……)

 

 一夏とアラクネとの距離は何メートルもない。こんな至近距離で爆発されたら、例え絶対防御があってもただでは済まない。

 

「一夏くん!」

 

 楯無は未だにぼーっとしている一夏の場所へ飛んだ。

 ――アラクネを中心に、大爆発が起こった。

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「ふう。怪我はない? 一夏くん」

「は、はい」

 

 間一髪、一夏は水のヴェールに包まれて無事であった。

 ISが自爆した後の第四アリーナの更衣室は崩壊していて、かなりひどい状況であった。避難が完了していたのは幸いだったが、しばらくは使い物にならないであろう。

 

(逃がしたか……。まあ、あとは翔くんに任せましょうか)

 

 楯無は、外の専用機持ちに連絡を通す。翔たち専用機持ちの展開は滞りなく行われたようで、学園の封鎖は間に合った。優秀な副会長に感心する楯無だった

 楯無の報告が終わると、一夏はおずおずと話しかけた。

 

「あの、楯無さん」

「何かしら?」

「その、あの……」

「…………」

 

 一夏は、楯無に顔から抱き込まれていた。つまり、一夏は楯無の豊満な胸の谷間に突っ込んでいるのである。

 

「やん、エッチ」

「ふ、不可抗力ですって!」

「言い訳はよろしくないなあ。……で、感想は?」

「……最高でした」

「…………」

 

 一瞬、訪れる静寂。

 

「一夏くん」

「は、はい」

「えっち」

「ぐあ!!」

 

 メンタルに深刻なダメージを負い、頭を抱える一夏に、楯無は笑いながらあるものを見せた。

 それは、ついさっきまで王子様の格好をしていた一夏が載せていた王冠だった。

 

「一夏くん、この王冠、なーんだ?」

「え? それって、俺がさっきまで付けてたやつじゃないですか?」

 

 まるで意味がわからない、と一夏は首をかしげた。楯無はにんまりと笑って一夏に言う。

 

「……この王冠にはね、秘密があるの」

「秘密? ビリビリすることですか?」

「違う違う。……あのね、この王冠をゲットした女子は、もれなく一夏くんか翔くんと同居できるの」

「はあ!? え、じゃあ、あんなに女子が襲ってきたのも……!」

「そう。これのせい」

 

 だからか。だから鈴はよこしなさいと言っていたのか。セシリアが王冠を狙撃したのも、箒が王冠目掛けて刀を振るったのも然り。

 

「な、なんてことしてくれるんですか!」

「もう、いいじゃない。終わったことなんだし」

「そういう問題じゃ……」

「それに、同居の相手も決まったちゃったしねー」

「え?」

 

 楯無は王冠をくるくると回して、代名詞とも言える悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「そ、その、同居の相手って……」

「うん。私」

「やっぱりいいーーーっ!!」

 

 ……哀れ。


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