IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
第四アリーナの更衣室にて。一夏は渡された服に着替えていた。
「一夏くん、ちゃんと着たー? 開けるわよ」
「だあああ!? 開けてから言わないで下さいよ!」
「なんだ、ちゃんと着てるんじゃない。がっかりだわ」
「…………」
一夏の服装は、一言で言うなら、王子様だ。青と赤の服に、白いタイツが眩しい。着ているだけで非常に恥ずかしかった。
「はい、王冠」
楯無から金に輝く王冠を渡され、一夏はしぶしぶ頭に乗せる。
「どうしたの? これ、気に入らなかった? それならシンデレラでもいいわよ」
「結構です!」
一夏ははあ、とため息をついた。楯無はいつもこんな感じなので疲れる。
翔はどうしたのかと言うと、翔は会場の外で客の勧誘、受付をしているらしい。一夏としては、当然翔も出演するものと思っていたが、予想に反して翔は出演しないようだ。
(何で生徒会じゃない俺が出て、副会長の翔が出ないんだよ……)
一夏の疑問は尤もであったが、決まっていたことなのでどうしようもない。
「さて、そろそろ始まるわね」
楯無の指示によって一夏は舞台袖に移動した。客席は満席で、話す声が絶えず聞こえてくる。
「準備はいい?」
楯無の確認に、一夏は「……はい」と頷いた。
ここまで連れこれらた以上、参加する以外の選択肢は無い。腹をくくった一夏だったが、そこで会場に翔の声で放送が入った。
「皆様、お待たいたしました。これより、生徒会による観客参加型演劇、シンデレラを開演いたします」
観客参加型演劇?
聞き慣れない単語に一夏は疑問符を浮かべる。
翔の放送が終わると、ブー、と開始のブザーが鳴り、舞台が暗転する。暗くなっている間に、指示通り一夏は舞台上に移動した。
「むかしむかしあるところに、シンデレラという少女がいました」
楯無の声でナレーションが始まる。オーソドックスなスタートだ。
「否、それはもはや名前ではない。幾多の舞踏会を抜け、群がる敵兵をなぎ倒し、灰燼を纏うことさえいとわぬ地上最強の兵士たち。彼女らを呼ぶにふさわしい称号……それが『
……ゑ?
「今宵もまた、血に飢えたシンデレラたちの夜が始まる。王子の冠に隠された隣国の軍事機密を狙い、舞踏会という名の死地に少女たちが舞い踊る!」
「はあっ!?」
場内からわあっと歓声が上がる。
「もらったぁああああっ!」
気合のこもった叫び声と共に、チャイニーズ・シンデレラ――鈴が一夏に飛び蹴りで突っ込んできた。白地に銀のあしらいが美しいドレスを纏った鈴は、明らかに急所を狙って一夏に蹴りを放つ。
「のわぁっ!?」
一夏は殺す気か、と非難するつもりだったが、その言葉は鈴の行動を見て引っ込んだ。鈴は中国の手裏剣、飛刀を投擲しようとしている。
――つまり、
「し、死ぬぅ!?」
本能に任せて横に跳び、一夏は何とか手裏剣を回避した。
一応、鈴の使っている武具は刃は潰してあるので一応安全、というのが楯無の主張である。
「さあ、覚悟しなさい!」
シャシャシャ、と手を止めることなく鈴は一夏を追撃する。
「あーもう、避けんなっ!」
「避けるわ! アホか!? 死ぬだろが!」
「死なない程度に殺すから安心しなさい!」
「意味が分からん!?」
一夏は傍にあったテーブルを蹴り上げて盾にしつつ、鈴を足止めした。
(ど、どうなってんだ、これ! もはや劇じゃねえだろ!)
今更ながら、一夏はこの劇の異常さを思い知る。同時に、一夏の中で、翔への怨みが急速に高まって行く。この劇の内容を知っていてなお、一夏をこの場に祭り上げたのだから。
(くっそー! 後で覚えてろよ翔!)
これはメシの二回三回は奢ってもらわねば気が済まない。
翔への復讐を近つつ、逃げ回りながら、一夏は退路を探す。
「……ん?」
よく見れば、赤い光線が一夏の頭部周辺を泳いでいる。
(――こ、これは……スコープのポインター!?)
刹那、一夏は咄嗟に身を屈めた。すぐ上の壁にぺシャリとペイント弾が刺さる。
(狙撃されてる! スナイパーは……セシリアか!)
サイレンサーを装備しているらしく、発射音とマズルフラッシュが分からない。さらに連射性にも優れているようで、一夏の王冠を狙って何発も立て続けに撃ち込んできた。
「死ぬ、死ぬ、死ぬッ! 死んでしまう!」
鈴の追撃から逃げながら、狙撃からも逃げる。遮蔽物の多いエリアに逃げ込んだ一夏は、今頃外でのうのうと受付をしているであろう親友に向かって叫ぶ。
「翔ゥ~! 生き残ったら絶対一発殴るからなぁ~!!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(くっ、逃がしましたわ……)
マガジンを交換して、スナイパー・シンデレラ――セシリアは狙撃ポイントを変える。
『ショット・アンド・ムーブ』。撃ったら動く。狙撃手の基本である。
一夏目当てでないセシリアが何故ここに来たのか。
セシリアここに来たのはドレスが云々よりも、翔が生徒会長と一緒にいるのが嫌でついてきたという理由の方が大きい。イギリス名家のお嬢様たるセシリアにはドレスなどどうでもいいのだ。
それに、セシリアは生徒会長のことが好きではない。いつも翔を弄ぶ生徒会長にいい気はしない。
(今回は、譲れませんわね)
実は、この劇には女子限定の秘密の景品がある。それは、一夏の王冠をゲットした女子に、一夏か翔との同室同居の権利を与えるというものだった。それはいくら何でも、と皆が思ったが、楯無の生徒会長権限で、という言葉でやる気になったのだった。
参加を表明した彼らには武器が与えられた。銃器、鈍器、刃物、と一通りは揃っていて、しかもISの装備以外ならどんな武器でもいくらでも使っていいルールだ。
まあ、シンデレラのドレスを着ている状態で持てる武器は限られているが。
(一夏さんの王冠を手に入れて、翔さんと一緒の部屋に……)
セシリアは頬を赤く染めて、表情を崩した。
(毎日一緒の部屋で生活して、そして……あの日の続きを……!)
この前キスしてもらえそうだったのに、生徒会長の邪魔が入って未遂に終わってしまった。だからこそ、今度は必ずしたい、してほしい。――いや、するのだ。
(――そ、それに、キスの先も、翔さんが望んでくれるなら、わたくしは……)
ぶんぶん。
セシリアはイケナイ方向にそれた思考を戻すために頭を振り、スナイパーライフルを構えた。翔との同居。そのために――。
(……一夏さん、覚悟なさい!)
次なる狙撃ポイントに移動したセシリアは、再び一夏を銃撃し始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ぬああっ!? ここもかっ!?」
遮蔽物の多いエリアに逃げ込んだにも関わらず、銃撃は止まない。狙撃ポイントを変えてきたらしい。
結局その場所を追い出された一夏は、舞台のど真ん中を横切った。王子様の登場に会場がまた騒がしくなるが、一夏はそれどころではない。逃げて逆側へと移動したが――。
(げっ、い、行き止まりッ!?)
――誘い込まれた。
だが時すでに遅し。スナイパーのポインターが一夏の王冠をロックする。まさに絶体絶命。
「一夏伏せて!」
そのとき、すぐ横からアナザー・シンデレラ――シャルロットが現れた。対弾シールドを正面に構えたシャルロットは、それを立てて銃弾を防いだ。
「さ、サンキュー、シャル」
「いいから、早く逃げて!」
「お、おう!」
「あ、い、一夏、ちょっと待って!」
「な、何だ?」
「その、できれば、王冠を置いていってくれるとうれしいなぁ……」
「これか?」
一夏は言われた通り、王冠に手をかけて外そうとする。
(や、やった! 王冠ゲット――!)
他の女子がやられた、と思ったとき、シャルロットは心の中で勝利を確信していた。
『奪う』のではなく、『もらう』。そのシャルロットの作戦は見事に的中したのだ。
――だが、場内に楯無のナレーションが入った。
「王子様にとって国とは全て。その重要機密が隠された王冠を失うと、自責の念によって電流が流れます」
「はい?」
その放送が入ったときには、一夏は既に王冠を外していた。
バリバリバリバリッ!
「ぎゃあああああああああッ!?」
高圧電流が容赦なく一夏の身を焼く。命からがら一夏が王冠を戻すと、電流は止んだ。
「な、な、な……!?」
ぷすぷすと全身の服が焼け焦げている一夏。コゲた匂いが辺りを漂う。
「な、なんじゃこりゃあッ!?」
「ああ! なんということでしょう。王子様の国を思う心はそうまでも重いのか。しかし、私たちには見守ることしかできません」
「やかましいっ!」
腹立たしいナレーションにツッコみつつ、一夏はシャルロットの許から離れる。
「す、すまんシャル! これは渡せない!」
「え!? い、一夏ぁ!?」
すまん、ともう一度シャルロットに謝って、一夏は逃げ出した。
「待っていたぞ一夏」
が、そこに待っていたのは、下段に日本刀を構えた、武士ンデレラ――篠ノ之箒。
「ほ、箒ぃッ!?」
「斬捨て御免!」
「シンデレラがそんなセリフを使うなぁー!」
何の武器も持たない丸腰の一夏に斬り合うという選択肢は存在せず、刀の間合いから必死に逃げる。
が、一夏は足元の小道具に躓き、尻餅をついてしまった。
瞬時に箒が距離を詰め、王冠めがけて剣を薙ぐ。
(ま、まずいっ!?)
一夏が死を覚悟した瞬間。
キィンッ、金属が鳴り響き、刀が止まった。
「――待たせたな、王子」
そこには、日本刀を構えた燕尾服の貴公子――天羽翔がいた。
「きゃああああ! 翔様よ~!」
見た目麗しいボディーガードの登場に、場内のボルテージはさらに上昇した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「――待たせたな、王子」
俺は防いだ箒の刀を押し戻し、数回斬り込んで箒を下がらせた。
「翔!? 何故お前が!?」
箒は突然の俺の登場に驚いている。
一夏は何か俺に言いたげな様子だ。まあいきなりこんな場所に連れてこられたのだから、言いたいことの一つや二つぐらいあるだろう。
「お、お前、この劇がこんなのだって知ってただろ!?」
「ああ、知っていた」
「……お前、自分がこの役嫌だったから俺に頼んだな?」
……バレたか。
「で、何で助けたんだよ?」
「お前を助けないはずがないだろう」
「……俺を売っておいてか?」
「すまない。だがそれでも、俺はお前を助けたかった」
「翔……」
少し感動している一夏。
――残念ながら、それは半分嘘だ。俺でさえ知らなかった、あの王冠を得た者への秘密の景品。その内容を知ってしまったので、一夏を守らなければならなくなった。これ以上の女子との同居は勘弁願いたい。この文化祭が終わったらなんとしても会長を追い出すつもりでいるのだから。
正直な話をしよう。あの景品の内容さえ知らなければ俺は絶対参加しなかった。
当然だろう。喜んで死地に赴くヤツがどこにいる? そんなヤツは死に急ぐ馬鹿でしかない。
「一夏、当面は俺が守ってやる。だから、落ち着いたらその王冠を俺に渡せ。電流は痛いだろうが、結果的にはそれが一番痛くない」
一夏が頷く。よし、これであとは俺が戦えばいい。
ある程度は戦わないと、俺が王冠を得るのは他の女子が納得しないはずだ。
「……翔。今度は真剣勝負なようだな」
箒は相手が俺でもやる気らしい。
「残念だが箒。お前は俺には勝てない」
「夏休み前とは違うぞ! 私はあれからも鍛錬してきた! 成果を見せてやるッ!」
箒が斬りかかってきた。意気は良し。
その太刀筋は迷いなく、俺を狙う。俺は箒の斬撃を得物の日本刀で受け止めて往なす。袈裟斬りからの返しを流して、今度は俺が胴を薙ぐ。
一つ、言っておこう。俺は場が剣道ならばルールに則って戦うが、これは野良勝負。それなら俺は綺麗な戦い方はしない。
――実践型の、何でもありの勝負をする!
「ふっ!」
下段から斬り上げを防ぎ、回転蹴りで箒の刀を蹴り飛ばした。俺の蹴りを受けた箒は刀を手放してしまった。
「な!? ひ、卑怯だぞ!」
「卑怯? 誰も刀のみで戦うとは言っていない」
戦いに於いては、相手を屈服させた方が勝ちだ。
「――お兄様ぁ!」
「ラウラか!」
背後から、愛すべき妹がタクティカル・ナイフで斬りかかってきた。俺は反応してステップで避けた。
「……お前もやるのか、ラウラ!」
「お兄様との生活がかかっているのだからな!」
「それで兄に刃を向ける、と?」
「勿論だ!」
二刀流ナイフでの素早い斬撃。躱す攻撃受ける攻撃を取捨選択しながら、俺も反撃を加えていく。
「お兄様とは一度生身で戦ってみたかったのだ! お兄様がどれだけ強いか知りたかった!」
「奇遇だな。俺も少し思っていた」
「はははっ! 私たちは似ているようだな! 嬉しいぞっ!」
跳躍したラウラが、上から襲い掛かる。俺はそれを刀の身を傾けて往なした。
「こんなところが似なくてもいいのに、な!」
降り立ったラウラに、蹴りの乱舞を見舞う。
「ああっ! やはりお兄様は強いっ! 私は強いお兄様が大好きだぞっ!」
「愛を叫びながら攻撃してくるな!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(逃げる場所、逃げる場所……)
翔が足止めをしている間、一夏はどこか逃げる場所がないか探していた。
だが、見てはいけないものを見てしまった。
「げっ!?」
別の方から、またシンデレラたちが現れた。しかも、今度は数十人単位。
単騎の戦闘力自体は先ほどの専用機持ちたちほどは高くないだろうが、数は充分すぎるほど脅威。
(囲まれたらまずい!)
すぐに退路の探索を再開した。
「織斑くん、大人しくしなさい!」
「私と幸せになりましょう、王子様!」
「そいつを……よこせええぇえぇ!」
徐々に増えていくシンデレラ。今の一夏にとっては、綺麗に着飾ったシンデレラも、ホラー映画のゾンビと何ら変わりはなかった。
(翔はあいつらを抑えてて手一杯だし……どうする!)
じりじりと後退しながら一夏は策を練るが、名案は思いつかない。
「ちくしょおー! 何で俺がこんな目に!」
またも死を覚悟した一夏。そこに、救いの手が差し伸べられた。
「こちらへ」
「へっ?」
突如、足を引っ張られた一夏はセットの裏側へと落下した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「着きましたよ」
「はぁ、はぁ……。ど、どうも……」
セットから抜け落ちた一夏は、暗い中を突き進み、更衣室へと戻ってきていた。どういうルートを使ったのかは不明だが、何とか抜け出せたようだ。
「えっと、あなたは巻紙礼子さんですよね?」
「はい、そうですよ」
「……どうしてここに?」
にこにことした表情を『貼り付けた』巻紙礼子は、言う。
「――実は、白式を頂きたいと思いまして」
「ッ!?」
その瞬間、一夏は警戒を強める。右手のガントレットからいつでも白式を呼び出せるようにイメージを固めた。
「……あんた、誰だ」
「誰だ、って聞かれて、素直に答えるバカなんているわけねぇだろうが」
口調が一気に変わった。それと同時に、表情までもが凶悪なものに変わる。
この表情は見たことがある。――これは、あの
――確信した。この女は……『敵』だ。
(――白式!)
右手のガントレットから純白のISを解き放つ。コンマ数秒後には、一夏は白の装甲を纏っていた。
「待ってたぜ、そいつを使うのをよぉ!」
巻紙礼子がそういうと、身を包んでいたスーツを突き破り、『爪』が現れた。
「お披露目だぁ!」
スーツが全て裂け、巻紙礼子の背からはクモを思わせる黄と黒の配色の四対の『脚』。刃物のような先端を持った、凶悪さを醸し出す――兵器だ。
「あー、さっき自己紹介はしねえって言ったが、気が変わった。てめえには教えといてやるよ」
四対八本の装甲脚から、銃口が覗く。
「――俺の名はオータム! 泣く子も黙る悪の組織、『
巻紙礼子――オータムの背の装甲脚から、凶弾が発射された――。