IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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「いらっしゃいませ~、ご奉仕喫茶へようこそ♪」

 

 セシリア、ラウラと過ごした休憩時間は終わり、俺たちは相変わらず大盛況のクラスでお客様にご奉仕していた。

 

「こちらをどうぞ、お嬢様」

 

 見ず知らずの女生徒にポッキーで餌付けしている俺。メガネモードの俺の餌付けを受けた女生徒は、うっとりと俺を見つめた。

 

(……ふぐっ!?)

 

 ビシリ、と俺のメンタルにダメージが入った。改めて、今の状況がどれほど危険かを思い知る。入学前なら卒倒しているに違いない。今も卒倒寸前だが。

 俺への注文と一夏へのものを比べると、俺は何かをする系統の注文が多く、一夏は何かをしてもらうのが多い。キャラの違いだろうか。俺としてはそちらの方がまだやりやすい。向こうから食べさせられるのは辛い。

 ちなみにだが、うちのクラスの喫茶には執事に食べさせてあげる注文が存在する。金を払って執事に食べさせるという行為の何が楽しいのかは疑問だが、何気に人気のメニューである。よく分からん。

 

「……翔、大丈夫?」

「……何とか」

 

 シャルロットが疲れが見える俺を気遣かってくれた。気遣いは嬉しいといえばそれは嬉しいが、正直大丈夫ではない。シャルロットには是非男子としてご奉仕していただきたいものである。

 ああ、女子は気が楽でいいだろうな。所詮相手をするほとんどは同姓なのだから。同姓へのご奉仕など、言ってみれば友達同士のお遊びのようなものだ

 ただ、たまにいるメイドを見て興奮している男は嫌だろう。あれは男から見てもドン引きする。ついさっき来た鼻息を荒くしたオッサンには、流石に俺も顔が引きつったが。

 

「交代までは……あと十分、か……」

 

 長い。あと何人の相手をせねばならんのだろう。

 

「お兄様~、次の客だぞー!」

「……了解した」

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 一方、弾と数馬はついに一夏のいる喫茶の前まで来ていた。

 幸か不幸か、二人の、特に数馬の一組の女子に対してのハードルは高まっていて、それに比例するようにテンションも上がっていた。

 

「一夏のクラスって可愛い子多いんだよな!」

「らしいな。セシリアさんもこのクラスにいるんだってよ」

「セシリアさん、ね……。綺麗だったよな。やっぱ、天羽みたいなイケメンは好かれるんだろーな、ああいう子に」

「…………」

 

 顔ではないだろうな、と弾は思っていた。

 夏休みに初めて会ったときのセシリアの様子――心から幸せそうに翔に寄り添っているその様子を見れば、数馬だってきっとそう思うに違いない。初対面の弾でさえ、セシリアが翔に好意を寄せているのはすぐに分かったくらいなのだから。

 あそこまで誰かを好きになるには、顔が好みなだけじゃ無理だ。

 

「ラウラちゃんもいるし、楽しみだ」

「ラウラちゃん……天羽の妹か。可愛いんだろ?」

「おう。あれは見たらびっくりするぜ」

「び、びっくり?」

「お前な、これ、マジだぞ。ほんとにびっくりするから。見つけたら教えてやるよ」

「マジかよ……」

 

 弾は店の中に入っていき、それに続いて数馬も店に入る。

 

「いらっしゃいませ♪ ご奉仕喫茶へようこそ!」

 

 入るなりすぐに、二人は生徒たちから歓迎された。

 

「いらっしゃいませ~」

「!」

 

 入店早々、二人は目を丸くする。迎えたのは、超級の金髪美少女――シャルロット・デュノアだったからである。

 にこりと笑いかける表情は、包み込むような温かさと、全てを癒す優しさに満ちていた。鮮やかな金髪に彩られたその表情は、あまり欧米的な美しさになれていない弾と数馬を容赦なく揺さぶった。いきなりの衝撃に、二人は言葉を失う他ない。

 すぐ近くで一夏と翔が執事プレイをしていて、本来なら爆笑しているはずだったが、それにも気づかなかった。

 一方の一夏と翔は、仕事中にも関わらず、弾と数馬の来店にはしっかり気づいていて、顔をしかめていたが。

 

「こちらです」

 

 シャルロットに誘導され、二人は席につく。座るとすぐに作戦会議。議題は勿論、今の美少女についてである。

 

「おい待て待てマジか! 今の子ヤバすぎんだろ!? 予想以上にも程があんぞ!?」

「そ、そうだよなー! っつーか、ここにセシリアさんとラウラちゃんもいんのかよ、贅沢すぎだぜ……!」

「――おおっ!? だ、弾、あの子見てみろよ!」

「あの子ぉ? どれどれ――おおぉっ!?」

 

 数馬が小さく指差したところには、これまた格別の別嬪さんがいた。

 その女子は、日本人らしい黒髪を纏め上げ、きりりと引き締まった表情で接客に臨む、先ほどの癒し系金髪美少女とも、高貴な美しさを持つセシリアとも違う、それは言うなれば大和撫子。そして、そのメイド服の下からは豊満な胸が制服を押し上げている。

 またタイプの違う美少女に、弾と数馬は生唾を飲む他ない。

 ……この女子は名を篠ノ之箒と言うのだが、実はこれが一夏の語る『幼馴染の女武士』であると二人が気付くはずはなかった。

 

「う、うおおおお……!」

 

 また別の場所にはセシリアがいてよく目立っているし、他の女子も十分可愛いと思える人が何人もいる。そこにさらに一夏と翔。それなら人気に決まっている。流行るわけだ。

 

「ああ、やべえ、俺、もうお腹いっぱいだ……」

「俺も……目の保養になるどころの話じゃねえよ……」

「マジ羨ましいよな~。……ラウラちゃんはどこかなーっと……」

 

 弾はラウラを探すが見当たらない。あの目立つ容姿で目に付かないのなら、今は厨房にいるのかもしれない。

 

「一夏と天羽って、こんなとこで毎日勉強してのか……」

「俺ならムリ! 集中できねーもん」

「だよなぁ。あいつ、このままじゃハーレム作るんじゃねえ?」

「ははは、あり得るな、それ!」

 

 ……これが決して冗談で終わらないのが唐変木・オブ・唐変木ズ、織斑一夏の恐ろしいところである。

 談笑しつつ、二人はメニューを見て何を注文しようかと考える。

 中に書かれていたメニューの内容を見て、書かれていることを一夏と翔が必死にやっていることを想像すれば、笑わずにはいられない。

 

「――遅くなった。注文を聞こう」

 

 メニューを食い入るように見ていた二人に、声がかかる。

 

「……あ、どうも――」

 

 振り向いた数馬の時間が止まった。

 ――妖精かと思った。可憐だが、冷気を纏ったかのように思える程に整った顔立ち。さらさらと流れて輝く銀髪が目を惹き、真紅の瞳は髪の浮世離れした色彩に良く調和している。その左目には眼帯が付けられてたが、それはそれでこの少女の超俗的な容姿を際立たせているように思う。

 数馬の中の価値観が破壊された。こんなものがあっていいのか、と数馬は自分の目を一瞬疑ってしまった。

 紹介されるまでもない。すぐに分かった。

 ――この少女こそ、弾がびっくりすると評した、天羽翔の妹に違いない、と。

 

「あっ! ラウラちゃん!」

「弾ではないか! 久しぶりだな! お兄様に招待してもらったのか?」

「おうよ。そういや、ラウラちゃんは招待券、誰にあげたんだ?」

「……蘭だ」

「え、マジで!? いや確かに朝出かける風だったけど! じゃあ何、あいつ今来てんの!?」

「ああ。先ほど迎えに行ったところだ。今は自由に回っているはずだ。そのうちここにも来るのではないか?」

「かもな。一夏に会いてえだろうし。……あー、心配だぁ……ナンパされたりしてねえかなあ……」

「蘭は来年ここに来るかもしれんのだ、いい加減妹離れをしろ」

「翔大好きのラウラちゃんが言うなよ……」

「私はいいのだ」

「自分を棚に上げた!?」

「何を言う。お兄様と私はまだ出会って数ヶ月。甘えたい盛りなのだ」

「……まあ、確かに」

 

 話し込む弾とラウラであったが、ラウラは本業を思い出し、再び注文を聞いた。

 弾は普通のデザートを頼み、未だ放心状態の数馬の代わりに、同じものを注文した。

 

「あー、数馬。あの子がさ――」

「いや、分かった。あの子が天羽の妹だろ?」

「びっくりしたろ?」

「……おう。マジで」

 

 どこか様子がおかしい数馬に対し、弾はどうした、と尋ねる。

 

「……なあ、弾」

「な、何だよ」

「……一目惚れって、ほんとにあるんだなぁ……」

「…………」

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 今、一夏が接客しているので、俺は厨房で忙しく働いている。

 厨房で働いているときは四肢がそれぞれ別の動きをするという奇妙な体験をすることができる。自給はゼロ。労災保険無し。こんな素敵な職場で是非皆も働いてみてはどうだろうか?

 

「…………」

 

 ……何を考えているんだ俺は。忙しすぎていよいよ頭がおかしくなってきたらしい。

 

(む、ホットケーキミックスがない)

 

 材料の不足に気付いた俺はアイスクリームを作る手を止めて、材料ボックスへと向かう、が――。

 

「じゃじゃーん。楯無おねーさんの登場です」

「か、会長!?」

 

 突然、視線の先に、水色の悪魔がいた。

 なんと本日二回目の登場だ。もうお腹いっぱいだというのに……!

 一瞬取り乱すが、すぐに持ち直して会長の駆逐を図る。

 

「何の用でしょう。特に用がないなら早急にお帰り下さい」

 

 出来ればこの人と付き合うのは最小限にしておきたい。俺の対応が気に食わないのか、会長は口を尖らせて「人聞きが悪いなあ」と不満げだ。

 

「こっちは大事なことを忘れてる副会長くんを親切に迎えに来てあげたのに」

「大事なこと?」

「さて問題です。我々生徒会の出し物の準備はいつからでしょうか?」

「…………」

 

 ……しまった。忘れていた。あまりに多忙だったからか。

 

「忘れていました。すみません」

 

 素直に頭を下げた。これは俺が悪い。

 

「分かればよろしい。なら、することは分かっているね?」

「了解です」

 

 俺がすべきこと。それは……一夏の説得。

 俺は厨房から飛び出し、一夏のところへ。

 

「一夏」

「な、何だよ翔」

「今から、生徒会の劇に参加してくれないか?」

「へ!? 劇!? な、何で!?」

「人手が足らないんだ」

「ちょ、待てって! いきなり劇とか言われても! 俺、セリフどころかどんな劇やるかも知らねーのに!」

「その必要はない。覚えるセリフがないからな」

「え?」

「――セリフは、お前が作るんだ」

「はあ!?」

 

 さも意味不明、と言った様子の一夏。無理もない。こんなことをぬかす俺がおかしい。

 

「とにかく、来てくれたらいい」

「嫌だよ!」

 

 ふむ、強情だな。かくなる上は――。

 

「それはないんじゃないかなあ、一夏くん?」

 

 我らが会長に登場していただくしかないだろう。

 本来なら俺だけで説得できればよかったんだが、無理ならば仕方あるまい。

 

「げっ!? 楯無さん!」

 

 一夏も日々の訓練で会長の恐ろしさを思い知ったようだ。既に逃げ腰である。

 だが、今ここには逃げるためのスペースも、助けてくれる人間もいない。

 

「君は生徒会には多大な恩があるはずなんだけど。毎日のように君を鍛えてあげているのは誰だったっけ?」

「うっ!?」

 

 会長はいきなり有力なカードを切った。相変わらずの先出し、先制攻撃、そして先手必勝。

 恐らく会長ほど『先』という言葉が似合う人はいないだろう。常に必殺の手を先出しして、相手に二の句を告げさせない美学。

 ……まあ、これで無理でも奥の手の生徒会長権限がある。詰みだ。

 

「はあ、分かりましたよ……。好きなようにすればいいんでしょ?」

「うん、諦めが早くて助かるわ」

「抵抗しても無駄ですから」

「じゃ、おねーさんたちと一緒に来なさい」

「…………」

 

 一夏とは会長の悪口で語り明かせそうな気がする。

 

「あのー、先輩?一夏と翔を二人とも連れて行かれると困るんですけど……」

 

 専用機持ちの良心、シャルロットが出て行こうとする俺たちを遠慮がちに引き止めた。

 シャルロットが一夏にとってはこれが最後の砦になりそうだ。

 

「シャルロットちゃん、あなたも来なさい」

「ふえ!?」

「おねーさんがきれーなドレス着せてあげるよー?」

「ド、ドレス……」

 

 おい、どうしたシャルロット。かなり揺らいでいるぞ。

 

「じゃ、じゃあ、あの……ちょっとだけ」

 

 最後の砦は、いとも簡単に陥落した。一夏ががっくり肩を落としたのが横目に見える。

 

「ふふ、ありがと。……そこで見てる他のみんなはどうする?」

「!」

 

 物陰から見ていた箒セシリアラウラが観念して出てきた。会長相手に盗み聞きは不可能。

 他の三人をシャルロット同様の提案で手懐けると、結局揃った一組の専用機持ちの面々を引き連れ、会場の第四アリーナへと向かった。

 俺は生徒会の劇が何であるかを知っているので、これから起こることを思えば一夏には同情する。

 半ば無理矢理連れてきておいて何だが、本当に申し訳なく思う。

 

「……で、一体何の劇をするんですか?」

 

 一夏が尋ねると、会長は手に持った扇子をばっと広げる。

 ――そこには、「迫撃」の文字が。

 

「シンデレラよ」

 


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