IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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(ふっ、ふっ、ふっ……!)

 

 IS学園の正面ゲート前にて。一人の男子がチケット片手に笑いをこらえている。その男は、姓を五反田、名を弾と言った。言わずと知れた……かは分からないが翔と一夏の共通の友人であった。

 

「来た来た来たぁー! ついに来たぜ、女の園、IS学園!!」

「…………」

 

 異常なテンションの弾の後ろでは、対照的にテンションの低い男子がもう一人。

 

「なあ、本当に行くのか……?」

「何言ってんだよ、当たり前だ!」

 

 はあ、と憂鬱そうなもう一人の男子。その男子は御手洗数馬。一夏の友人である。

 苗字が御手洗のため、あだ名がトイレであるというのが生来の悲しき悩みであった。

 その御手洗数馬は今、大変ビビっていた。

 

「お前、来る前はあんなにノリノリだったのに」

「来てビビってんだよ! 何だあの警備!? ここって結構ヤバいとこなんじゃねーの!?」

 

 大正解であった。

 

「お前、そんなことで女の園に踏み込めるとでも思ってんのか! ヤバかろうが、何だろうが、俺は行くぜ!」

「ちょ、お、置いてくなって!」

 

 ずんずん突き進む弾に、数馬は慌ててついて行った。

 如何にしてこの二人がIS学園を訪れる権利を手に入れたのか。話は三日前に遡る。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「そーいやさ、結果一夏って彼女できたん?」

 

 三日前、自宅に遊びに来た弾に、数馬は尋ねた。

 

「いーや。興味がないんだと」

 

 ベースの弦の張替えをしている弾は、アンプの調整を繰り返す数馬に言う。

 

「まだそんなこと言ってんのかあいつ……」

 

 ちなみにこの二人は別にバンドを組んでいるわけではなく、楽器を弾けるようになりたい同好会のメンバーなのであった。会員は、二名のみ。

 

「そういや、そろそろ学園祭だってな。弾はバンドやんねーの?」

「はは、バカ言え。見せれるレベルかよ」

「まあなー。俺ら一年経っても全然上達しねーし」

「マジで。どーにかせんといかんよなあ」

 

 とは言うものの、どうにかする気はない二人。一夏がいたらいいのかそれで、とツッコんでいたところだ。

 

「しかし、いいよなぁ、一夏。美少女揃いで有名なIS学園だろ?俺も行きてーよ」

「だよなぁ。一夏、女子に興味ないってよ、アホなやつだ」

「大アホだよな」

 

 わはは、と二人して笑っていたとき、弾の携帯電話が鳴った。

 

「あ、電話。――お。翔からじゃねーか」

「翔? 誰だよ?」

「天羽翔」

「天羽翔? どっかで聞いたことある……ってお前そいつってまさか……!」

「おう、そのまさかだ」

「いつの間に知り合いになったんだよ!?」

「まあ、後で話してやるよ」

 

 弾はピッと通話ボタンを押し、耳に当てた

 

『もしもし』

「おー、翔! 一月ぶりぐらいか?」

『そうだな、夏祭り以来か。セシリアもまたと言っていた』

「そうだなあ、あんま話できなかったし。それより、どうしたんだよ?」

『弾、この前IS学園に来たいと言っていただろう?』

「ん、ああ、言ったけど……。何だ、招待券でもあんのか?」

 

 冗談半分で言った弾だったが、翔の返事は。

 

『ああ、ある』

「…………」

 

 一瞬、弾が硬直する。

 

「ま、ま、マジで!?」

『ああ。来るか?』

「行く!」

 

 即答であった。

 

『弾くらいしか誘える友人がいなくてな。夏休みのときのお礼も兼ねて、誘ってみたんだ。一夏も持っているから、もう一人呼べるんだが、誰か候補はいるか?』

「それはなあ……」

 

 弾は隣にいた数馬に視線を移した。ちょっと待っててくれ、と弾は一旦携帯を耳から離した。

 

「なあ数馬」

「ん?」

「IS学園、お前も行けることになったんだけど、お前も行きたい?」

「え、マジで!? 行く!」

 

 即答する数馬。ビビリでヘタレと有名な数馬だが、年相応に女の子に興味はあった。

 

「翔、一名追加で頼む! 一夏もよく知ってる俺のダチなんだけど!」

『ああ、分かった。後で一夏にも電話してやってくれ。招待券はすぐ送る』

「おう! サンキュー翔!」

 

 ピッと弾は通話終了のボタンを押した。

 

「……なあ弾、今の話、マジ?」

「おう。マジ」

「…………」

 

「「いよっしゃあああああああッ!!」」

 

 二人は同時に、雄叫びを上げた。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「数馬は出会いが欲しくねえのかよ」

「別にそんなわけじゃ……」

「じゃあ行くぞ! 一夏も待ってるしな!」

 

 ビビりの数馬を引きずるように連れて行く弾。だが招待券の受付の前で、ピタリと足を止めた。

 

「弾、どうした?」

「やべえ、う、受付の人、すっげえ可愛い」

「ま、マジ!?」

 

 今まで元気のなかった数馬が一気に復活した。御手洗数馬はなんだかんだ、綺麗な女性は大好きである。

 

「ほんとだ、すっげえ可愛いな……」

「見た感じ、年上っぽいな」

 

 二人は緊張しながら、女生徒の前に立った。眼鏡をかけたその生徒からは、穏やかな印象を受けた。そして、その胸部を押し上げる膨らみに、健全な男子高校生二人は生唾を飲み込んだ。

 その女生徒は布仏虚というのだが、それを二人が知らないのは当然と言えよう。

 

「はい、じゃあ、次の方。招待券を見せてくださいね」

「は、はい」

 

 虚は、差出人の名前を見て、あら、と声を上げる。

 

「あなたたち、織斑くんと天羽くんの知り合い?」

「一夏と翔を知ってるんですか?」

「ふふ、この学園であの二人を知らない人はいないわ。はい、これ」

 

 虚は、二人にタグを渡す。

 

「中にいるときは、これを着けておいてね。これは許可証だから。それじゃあ――」

「あ、あのっ!」

 

 弾が虚へ話しかけた。隣では数馬がやめとけ、と止めようとしていたが、もう遅かった。

 

「何かしら?」

「あの、その……い、いい天気ですねっ」

「え、ええ。そうね」

 

(ちくしょおおおおー! 俺って奴はぁあああ!)

 

 血涙を流す弾弾の心の叫びは、数馬にはしっかり聞こえた。

 

「す、すいません、失礼しました」

「え、ええ。楽しんでね」

 

 数馬は軽く会釈すると、弾を引っ張って中に入って行く。

 弾はよほどダメージが大きかったのか、がっくり顔を下げている。

 

「俺って奴は……俺って奴は……」

「まあ、無理だったんじゃねえ? 向こうはIS学園の生徒なんだからさ」

「…………」

 

 うな垂れる弾。数馬はというと、キョロキョロと周りの様子を確認している。

 

「やっぱ、レベル高えよな、IS学園。俺らの学校の可愛い子が普通に見える――おっ、可愛い子発見っ」

「………」

「っていつまでヘコんでんだよ! 待ち合わせしてんだから、行くぞ」

「おう……」

 

 今度は数馬が弾を引きずっていく。

 入場して間もなく、二人の立場が逆転したのだった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 

「弾、数馬!」

「一夏!」

 

 二人が待ち合わせ場所に着いたら、既に一夏が待っていた。

 

「久しぶりだなあ、ほんと」

「会うのは高校入ってからは初めてだよなあ!」

「なあ、一夏」

「ん?」

「その服、どーしたん?」

「……うち、メイド喫茶やってんだ。俺は執事。気にしないでもらえるとありがたい」

「お、おう……」

 

 一夏の目に、しゃがみこんでいる弾の姿が映る。

 

「……弾、どうしたんだ?」

「いや、受付のとこにすげえ可愛い人がいてさ」

「可愛い人? 子じゃなくて?」

「多分、年上だからな。んで、勇気出して話しかけてみたけど、何もできなかったから萎えてる」

「そ、そうか……」

 

 弾は黙ったままだ。

 翔は後で合流するってよ、と一夏が言うと、弾はようやく顔を上げた。

 

「……何で?」

「いや、ちょっとな」

 

 一夏が言葉を濁すので、弾はこれ以上追求しなかった。

 

「なあ、弾。お前いつの間に天羽翔ってやつと知り合いになったんだよ?」

 

 数馬が弾に尋ねた。保留していた話だ。

 

「ああ、それな。一夏の紹介だよ。六月ぐらいにうちに二人で遊びに来たんだよ」

「へえー」

「翔は俺がいつも言ってたあの幼馴染のことだよ」

「え? もしかしてあれか? お前が剣道してたときの?」

「おう」

「マジか! そんでIS学園で再会したってことか! うっわ、世界って狭いなー!」

 

 世界で二人の男性IS操縦者が幼馴染なのだ。数馬がそう思うのは自然と言えよう。

 

「いやマジで。偶然ってすげえ――」

 

 一夏の言葉はここで途切れた。

 一夏が、自分の放った一言に違和感を覚えたからだ。

 

(偶然……? 本当に偶然なのか……?)

 

 世界でたった二人の男性IS操縦者が、幼馴染。この驚くべき事実を、ただの偶然などという言葉で片付けてしまっていいのか。

 違う、と一夏は結論付ける。これは偶然ではない。これは、必然。そう考えるのが道理だ。

 もし……もし、それが必然なのだとしたら――。

 

「おい一夏、どうした」

「――ん? ああ、悪い。なんでもねえよ」

 

 一夏は一抹の疑問を頭の片隅へと追いやった。

 所詮は推測。確証もないことをあれこれと考えたところで、結論は出ない。

 

「なあ、鈴のとこ行かねえ? あいつ、驚くだろ」

 

 一夏と会って元気になった弾が、ニヤリと口元を歪ませて二人に提案した。

 

「おー、いいな」

「鈴ねえ。あいつ、元気にしてんのか?」

「おう、元気過ぎるくらいにな」

 

 こんなことを会話しながら、三人は校舎の中を進む。

 一夏とその友達、というのは周りの女子も相当気になるらしく、こそこそと話す声が弾と数馬の耳に入ってきた。

 

「なあ。もしかして俺たち、注目されてる?」

「一夏効果だろ」

「だよな」

 

 弾と数馬の中で状況の整理が終わった。

 

「――ん? なんか言った?」

「……いーや別に」

 

 二人して呆れたため息をつく。ここまで鈍いと女性に興味がないのかとも思えるが、そんなことはなく、一夏は年相応に女体に興味があった。

 ただ、友情に熱く、かつ女子から向けられる好意にまったく媚びないために異様にゲイ受けするという側面もあったが。

 階段を登った先に、鈴のクラス、一年二組が見えた。

 弾と数馬はニヤニヤと笑いながら、一年二組の喫茶へと足を踏み入れた。

 

「いらっしゃいませ~」

「…………」

 

 入った瞬間、チャイナドレス姿の鈴が満面の笑みで迎えた。まさか一夏たちであるとは思いもせず。

 

「「「……ぶはっっ!!!」」」

 

 三人が吹き出すのは同時だった。一夏は大声を上げて爆笑、数馬は半泣き、弾に至っては床でのたうちまわっていた。

 

「ぎゃはははははっ! 似合わねー!」

「わははははっ! り、鈴、お前、なんでそんな格好……! わはははは!」

「ひー、ひー、ひぃーひひひっ!」

「な、な、な、何であんたたちが来てんのよ!!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴る鈴だが、三人が笑うのは止まらない。

 

 がつん、どすっ、がーんっ

 

「ごはっ!?」

「なぶふっ!?」

「しべろっ!?」

 

 それぞれに鉄拳制裁が下された。一番派手に笑っていた弾にはアルミのお盆の一撃。あまりの威力で、その盆は弾の顔面にめり込んでいた。補足するが、鈴はISの補助は受けていない。

 

「笑いすぎなのよ!」

 

 腹に正拳突きをくらった一夏は、よろりと立ち上がった。

 

「す、すまん。でも、面白いもんは面白いんだから、わははっ」

「もう一発欲しいの?」

「すいませんでした」

 

 マッハで謝る一夏の横では、アッパーを受けて吹っ飛んだ数馬が。

 

「つーかお前、その凶暴さ全然なくなってねえのな」

「うっさい数馬! トイレの癖に生意気言ってんじゃないわよ!」

「トイレ!? 俺をそのあだ名で呼ぶないでー!?」

「そういうのがうっさいって言ってんのよトイレ!」

「に、二回も言わなくてもいいじゃんよ……」

 

 メンタルにダメージを受けた数馬の下からは、ぬっと弾が現れた。

 

「あー、いってーな! ほんと、さっきの可愛い人とは大違いだ」

「はぁ? 誰よそれ」

「知りたいか? ふふふ、教えてやらん」

「……一夏、アホが壊れたわよ」

「アホ言うな!」

「はは、元からだろ」

「まさかのフォロー無し!?」

「いや、俺がいるぜ弾。俺はお前の味方だ!」

「……はっ。トイレは要らねーよ」

「また呼ばれたッ!? 今日もう三度目じゃん!?」

 

 中学のメンツが揃ってぎゃーぎゃー騒いでいると、ついに堪忍袋の尾が切れた二組の生徒に叱られた。

 とりあえず来客の三人はテーブルに着く。席に着いて、すぐに弾と数馬がひそひそと会話し始める。

 

「なあ、さっき大笑いしといてなんだけどさ、鈴何か可愛くなってねえ?」

「そうだよなあ。俺も思った」

 

 今日の鈴は大胆にスリットの入った赤いチャイナドレスを着て、頭にはシニョンと呼ばれる髪留め。それがツインテールの髪型に良く似合っていた。鈴は元々可愛らしい顔をしているし、今日はそれが際立つ。

 きっと誰の目から見ても、鈴は魅力的に映ったことだろう。

 

「一夏はそう思わねえの?」

「さあ? まあ、流石に毎日のように会ってればなあ」

「……鈴とは何もねえな、こりゃ」

「あいつも可哀想になあ……」

「やっぱ、胸がダメなんだろうな。前と全く変わってねえし」

 

 スカンッ

 

 そう呟いた弾の目の前に、菜箸が刺さった。木のテーブルに一センチ以上突き刺さっている。

 

「なんか言った……?」

「……イエ、ナンニモ」

 

 背中からゆらりと何かを出しながら言う鈴と、脂汗をかいて必死に誤魔化す弾。

 さしもの弾も、流石に命は惜しかったようだ。

 


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