IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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「くっそー!」

 

 一夏は地面に寝転がって吠える。

 何度やってもなかなか上手くいかない。そして、もうエネルギーが限界に来ている。ついさっきエネルギーを補給したばかりなのに、だ。

 

「ほんと、燃費悪すぎるぜ、白式……」

 

 燃費が悪いのはこの機体の出力が高すぎるからなのか。

 

(俺も翔みたいに整備もできたらな……)

 

 一夏は翔の話を思い出す。

 翔曰く、翔は第二形態移行(セカンド・シフト)してから蒼炎の出力調整を何度も繰り返しているという。

 蒼炎は『煌焔』になってからスペックが跳ね上がったため、今まで通りの出力の割合だと、過剰な出力で飛び回ることになるらしい。そんな事情があり、翔はベストなバランスになるまで、各部スラスターの出力を何度も微調整していた。そうしないと、無駄が多くなって燃費が悪くなるから、と。そして、その調整は今も続いているそうだ。

 

「……俺も一回やってみるかなあ」

 

 考えるのもこの辺にして、と一夏は再び立ち上がって補給へ向かう。

 

「……あ」

 

 ここで、一夏はあることを思い出す。

 

(そういえば、千冬姉も零落白夜を使ってなかったか?)

 

 自分のことでいっぱいいっぱいで、すっかり忘れていた。千冬は、この《雪片》一本で世界を獲った。ならば、千冬を戦いに、強くなるヒントがあるのではないか。よく考えれば、昔から千冬がISを使って戦っている姿をほとんど見たことがなかった。

 盲点だった。千冬という最大の手本がいたというのに、それに気づけなかったなんて。灯台下暗しである。

 

(よし、今日これが終わったら、千冬姉のとこに行くか!)

 

 新たな光を見出した一夏は、再び立ち上がった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「失礼しまーす。織斑先生いらっしゃいますか」

 

 一夏が入ると、千冬はいつも通りデスクにいた。

 

「ああ。入れ」

 

 いつ来ても慣れない。

 職員室内も、ほぼ全員が女性である。一夏が入る度に気まずい顔をしてしまうのも、仕方のないことだろう。

 

「何だ、織斑」

「あのさ、千冬姉」

 

 バシンッ

 

「いったぁー!?」

「学校では織斑先生だ。何度言えば分かる、馬鹿者」

「す、すみません……」

 

 悶絶する一夏。うっかり素が出てしまった。

 

「……で、何の用だ」

 

 千冬は頭を抱えてうずくまる一夏に聞いた。

 

「は、はい。あの、ちょっと、お願いが」

「お願い? お前が私に?」

「はい」

 

 千冬は怪訝そうに一夏を見るが、一夏の表情は至って真面目である。

 

「――織斑先生の戦い方を、教えて欲しいんです」

「…………」

 

 一瞬千冬は驚いたような顔を見せた。それは一夏にしか分からないほどの、ほんの小さな変化だったが。

 

「すまんが、無理だ」

「ええっ!?」

 

 バシンッッ

 

「ッだぁーー!?」

「阿呆が。職員室で大声を出すな」

「は、はい……。すいませんでした……」

 

 落ち着いた一夏に、千冬は話し出す。

 

「私は忙しい。お前一人のためにわざわざ指導は無理だ。それにお前、更識にも指導してもらっているはずだ。そっちを蔑ろにすることになるだろう」

「はい……」

 

 正論であった。がっくりと項垂れる一夏。

 

「だがまあ、そうだな……」

 

 千冬は何か考えている。

 

「山田先生」

 

 千冬は自分のデスクから少し離れた場所で仕事をしていた真耶に声をかけた。

 

「は、はい、何ですか?」

「あのDVDを持ってないか?」

「あ、あのDVD?」

 

 言われた瞬間こそ首をかしげていた真耶だが、すぐに理解すると笑顔で千冬の問いに答えた。

 

「ああ、あれですね。持っていますよ、全部」

「もし良かったら、こいつに貸してやってくれないか?」

「織斑くんにですか? ええ、構いませんよ」

「ありがとう」

 

 真耶が自分のデスクの下段から、ごそごそと何かを取り出している。真耶がそれをデスクの上に出すと、二枚の分厚いDVDのケースが出てきた。

 

「はい、織斑くん」

「あ、ありがとうございます……」

 

 一夏がタイトルを見ると、そこには『第一回モンド・グロッソ』、『第二回モンド・グロッソ』と書かれている。

 

「これ、もしかして……」

「そうです。第一回モンド・グロッソと、第二回モンド・グロッソの総集編です!」

「へえー」

 

 第一回モンド・グロッソは、千冬が総合優勝をした大会。そして第二回は、一夏が誘拐されたために千冬が棄権した大会だ。

 

「それ、私大好きなんです! モンド・グロッソは毎年見てますけど、織斑先生が出てる大会は特に!」

「は、はあ……」

 

 真耶は相当好きらしく、解説にもかなり熱が入っていた。一夏が若干引く程に。

 

「私は指導出来んが、それを見て何かを学んでくれたらいい。時間があるときなら、何か話でもしてやれるかもしれん」

「いつ返してくれても構いません。好きなだけ観てくださいね」

「あ、ありがとうございます。失礼しました」

 

 二人にお礼を言って、一夏は職員室を後にした。

 

 

 

 

 

 

「…………」

「織斑先生? どうかしましたか?」

「……これで正しかったのかと、少し思っただけだ」

「仕方ありませんよ、織斑先生が指導してあげられないのは」

「そういうことではなくてだな……」

「え?」

「……いや、何でもない、忘れてくれ」

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「はぁッ!」

 

 一方の第二アリーナ。そこではセシリアがライフルを構えて的を狙撃していた。

 一、二、三、四と素早く的を撃ち抜く技術は流石であったが、今のセシリアは通常よりかなり調子が悪かった。

 

「――あっ!?」

 

 撃った一発が、的から大きく逸れた。その一発は、アリーナの壁に当たって相殺される。

 

(調子がよくありませんわね……)

 

 ターゲット相手なら、最低でも八〇パーセントは命中するのに、今は六〇パーセント以下。セシリアにしては著しく低い値と言えた。

 

(精神的に、落ち着いていないからでしょうか……)

 

 これの原因がセシリアの精神的な不安定さなら、その不安定さの原因は、翔とのことに違いない。

 

(翔さんが悪いのですわ! 会長さんと同居だなんて! そ、それに……)

 

 セシリアは心の中でごちる。

 

(キ、キスを、してくださるかと思いましたのに!)

 

 心の中で呟いているだけなのに、セシリアの頬は紅く染まっている。

 あの瞬間、確かにセシリアは最高の雰囲気の中にいた。少なくとも、セシリアはされると思ったし、そうして欲しいと心から思った。

 なのに。なのにだ。翔は何故か会長との同居を決め込んでいた。

 

(納得なんて、できませんわ! わ、わたくしだって翔さんと一緒の部屋になりたいのですから!)

 

 翔はああだこうだと言いながら、心の底では生徒会長、更識楯無を尊敬している。だから副会長の職を引き受けた。それを理解できないセシリアではないが、それとこれとは話が別だ、とは思う。

 

「――ああっ、もう!」

 

 イライラする心を晴らすため、セシリアは再びライフルを握った。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 一方、部屋に戻った一夏。

 DVDを観るにしても、一人で見たのでは何をしているか訳が分からない。だから解説してくれる人が欲しい一夏であったが、そういうことができる人物となると……。

 

(翔か、シャルか、ラウラだな)

 

 この辺が妥当だろうと判断した一夏はまずは翔に電話をすることにした。翔の携帯に電話をするために、一夏は携帯を開いた。

 

(『翔』に電話を『かける』……なはは、素晴らしい!)

 

 そんなくだらないことを考えながら、一夏は携帯の「天羽翔」の欄を選択した。

 

 トゥルルルル、トゥルルルル……

 

「あ、もしもし、翔ー?」

『もしもし――い、一夏かっ!? 何の用だ!』

「ど、どうしたんだよ……」

『どうしたも何も……――や、やめろ! 何をする気だ!?』

 

 何やら携帯越しに翔と楯無がもめている声が聞こえる。がたん、ばたんとものが倒れる音も聞える。

 ……大丈夫なのだろうか?

 

『は、恥じらいというものがないのか、あんたにはッ!』

『あるわよ、見せないだけで』

『恥じらいは見せるものじゃない! ……なっ!? っく、触るなッ!』

『やん、翔くん、乱暴よ。レディーには優しくしないとダーメ』

『乱暴してるのはあんただ! それにあんた相手に優しさなんて必要ないッ!』

 

「…………」

 

 どうやら、並々ならぬ様子らしい。

 

『だ、だから、離れ――』

『こちょこちょ~』

『く、ははははっ! だ、だからこちょこちょするなと……! や、やめ……!』

 

 ピッ、と通話終了のボタンを押し、一夏は通話を切った。翔が来れないのは、話をせずとも分かることであった。

 

(……生きてるよな、あいつ)

 

 一夏は親友の生還を祈った。割と本気で。明日無事会えることを信じること以外、一夏にできることはない。

 

(じゃあ次は、シャルだな)

 

 トゥルルルル、トゥルルルル…

 

『も、もしもし? 一夏? どうしたの?』

「いや、今から部屋でDVD観るんだけどさ、一緒に観ないか?」

『え、ええっ!? 本当に!? ……あ、でも……』

「何か用事あるのか?」

『う、うん。そのね、今、本国に提出するレポートを作ってるんだけどね、その期限がギリギリで……』

「そっかあ、んじゃ無理だな。悪いな、忙しいのに」

『ううん、こっちこそゴメンね……。せっかく誘ってくれたのに』

「いいって。……あ、ラウラは部屋にいるか?」

『え? いるけど……』

「代わってくれないか?」

『あ、うん。ラウラー?』

 

 シャルロットがラウラを呼ぶ声が聞こえて、シャルロットがラウラに携帯を渡したと思われるガサ、という音がした。

 

『こちらラウラ・ボーデヴィッヒ。どうした?』

「あ、ラウラか? あのさ、今から俺の部屋でDVD観るんだけど、一緒に観ないか?」

『DVD?』

 

 ラウラは少し黙り込んで、こう続けた。

 

『シャルロットが無理ならば、箒か鈴でも誘えば良かろう。私でなくても構わんはずだ』

「いや、ラウラじゃないと――って、箒、鈴? な、何でだ?」

『この唐変木が……』

 

 どこかイライラした様子のラウラに、一夏は困惑した。

 

「い、いや、何か……すまん」

『……まあいい。それで、何故私なのだ?』

「あのさ、解説してほしいんだ」

『解説? 何を観るつもりだ?』

「第一回と第二回のモンド・グロッソの総集編」

『何ッ!?』

 

 乗り気ではなかったラウラが一気に食いついた。

 

『ま、まさか、織斑教官の試合を観るのか!?』

「おう。そのまさかだよ」

『行くッ! 観るッ! 絶対に観るぞ! 解説でも何でもしてやろう!』

「お、おお……」

 

 異様な熱量だ。そういえばラウラは千冬姉に心酔してたな、と一夏は思い出す。今でこそお兄様、お兄様と翔を慕っているから忘れていたが、元々ラウラは千冬を崇拝していた。それは今も変わらないのだろう。

 

『いつからだ!?』

「い、いや、今すぐにでも観ようかと…」

『なら待っていろ! すぐに行く! シャルロット、返すぞ――な、何を羨ましそうに見ている。し、仕方がないではないか……』

「…………」

 

 一夏は通話を切った。

 とにかく、これで優秀な解説者は確保した。一夏がデッキにDVDをセットして、リモコンを手に――。

 

 ガチャリ

 

「来たぞ一夏!」

「――速ぇな!? 全力ダッシュして来ただろ!?」

「当然だ。まあいい、早く観るぞ」

 

 わくわく、という様子がぴったりのラウラ。どんだけ千冬姉のファンなんなんだよ、と呆れつつ、一夏は再生ボタンを押す。

 

『さあ、始まりました第一回モンド・グロッソ総合部門の一回戦第二試合! 日本代表・織斑千冬の試合が始まります。対するは、アメリカ代表メアリー・イラ。さて、接戦であった第一試合の後のこの試合。どのような試合に――』

 

 実況が盛り上げる試合会場。総合部門はモンド・グロッソの花形。その人気のためアリーナ内の観客は非常に多かった。

 

「ええいやかましいぞ実況! そんなくだらんことは言われずとも分かる!」

「実況にそれを言ったら終わりだろ……」

 

 一夏は隣で興奮しながら画面に食い入るように映像を見るラウラをたしなめつつ、再び画面へ意識を戻す。

 まもなく、千冬が見たことのない機体を見に纏って搭乗した。それと同時に、映像内の観客と隣のラウラが盛り上がる。

 

「おおっ! 教官の『暮桜(くれざくら)』だ!」

「え? 知ってるのか?」

「知っているも何も、織斑教官の暮桜といえば、あの白騎士並みに有名な機体ではないか」

「そ、そうなのか。知らなかった……」

 

 一夏の反応にため息をつくラウラが見た画面の中では、既に両選手が所定の位置についていた。

 

(千冬姉、今よりちょっと若いな……。当たり前か)

 

 映像で見る千冬は、今より少し若い、というか幼く見えて、そして与える鋭い印象は今より強いような感じがする。千冬も歳を重ねて丸くなっていったということだろうか。

 

『三、二、一……試合開始!』

 

 ブザーと共に、ついに試合が始まった。

 

「一夏、見逃すなよ」

 

 ラウラがそう言って、一夏が画面を見たとき、一夏は自分の目を疑った。

 

「――え……?」

 

 ――決着が、ついていた。千冬の勝利で。

 

「ウソ、だろ?」

 

 信じられない光景であった。一夏はもう一度巻き戻してそのシーンを観た。

 

「い、一撃……!?」

 

 映像を確認すると、千冬が構えを取り、超速で接近したかと思えば、その瞬間には千冬は相手を斬り捨てていた。

 

「いつ観ても美しく素晴らしいな、教官の『抜刀術』は」

「抜刀、術……?」

「そうだ。抜刀術。教官の十八番で、代名詞だ」

 

 数回、一夏は巻き戻しと再生を繰り返した。

 ラウラの解説によると、試合開始と同時に特攻。鞘に納めた刀を持つような構えから、神速の抜刀を行い、相手に反撃の機会も与えず、一撃で撃破しているとのことだった。圧倒的機動力と、圧倒的攻撃力を両立した機体でないと無理な技だ。

 

「教官はあの戦い方で、世界の頂点に立った。電光石火、一撃必殺。敵を一撃の下に斬り捨てる姿は、絶対強者そのものだった。――……む、そういえば、暮桜の刀と白式の刀は似ている気がするが、何かの偶然なのか?」

「…………」

「一夏? どうした?」

「…………」

 

 ラウラが話しかけるが、一夏からの反応はない。

 

「すげえ……」

 

 一夏はただ、その姿に見入っていた。

 

(――これだ。これなんだ。きっと……!)

 

 暫くの間、一夏は画面を見つめていた。

 

 

 

 

 

 このときの織斑一夏を隣で見ていたラウラ・ボーデヴィッヒは後にこう言ったという。

 ――あの瞬間こそが、織斑一夏のターニング・ポイントであった、と。




今回の更新を以って第九章終了となります。第十章は2月15日(月)投稿開始となります。
また、合わせて活動報告を更新しました。重要な告知がございますのでそちらもどうぞ。

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