IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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「さて、集まったわね」

 

 放課後の第三アリーナ。そこにはISを展開した一夏と、同じくIS展開した箒、特別コーチである楯無がいた。

 

「じゃあ、いつもみたいに特訓を始めましょうか。一夏くんは『シューター・フロー』の反復、箒ちゃんは射撃型機体に対する機動練習、そして絢爛舞踏の発現ね」

 

 はい、と二人はしっかり返事を返す。

 

「ん。よろしい」

 

 楯無は満足げに微笑んだ。

 普段の楯無は茶目っ気に溢れているが、締めるところはしっかり締める。指導もするし、課される訓練もきついため一夏たちは真剣な態度で臨んでいる。

 二人はそれぞれの持ち場について、訓練の準備をした。

 

「じゃあ、一夏くん先にやっててくれるかな? 最初は箒ちゃんを見るから」

「はい」

 

 箒の方へ歩いて行く楯無の姿が視界から外れたのと同時に、一夏は白式のPICを作動させ、宙へと浮かび上がる。ある高度まで上昇すると、スラスターを吹かし、円軌道を描くように飛行する。

 これが『シューター・フロー』と呼ばれるスタイルで、一夏が楯無に教えてもらった技術である。ノウハウこそ分かったものの、まだ実戦で扱える程のものではないため、目下練習中であった。

 

 ――雪羅、カノンモードに変形。

 

 一夏はここで、左手の雪羅をカノンモードで待機させた。機動を速めていくのに合わせて、エネルギーを充填、発射準備に入る。

 

(ここだ――!)

 

 白式の翼から爆発的なエネルギーが放出される。シューターフローの円軌道から、瞬時加速(イグニッション・ブースト)による急激な前方への加速。

 ――のはずが……。

 

「げっ!?」

 

 操作をミスした。機体が、大きく傾く。

 

 ドゴーーーーーーン―――……

 

「……ってぇ……」

 

 気がつけば、一夏は反対方向へ吹っ飛び、さらに地面に突っ込んでいた。

 

「がぁー、ミスった!」

 

 この訓練で大事になってくるのは、荷電粒子砲の調整をしながら、さらに瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行うためのエネルギー充填、その上でPICのマニュアル操作を行うこと。

 この中で特に一夏が悩んでいるのが、PICのマニュアル操作であった。

 

(他はまだできるんだけどな……)

 

 何故一夏がこのような訓練をするようになったのか。それは数日前の、訓練開始時に遡る。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「ずばり、今の一夏くんは白式の性能を持て余してる。せっかくスペックが高い機体なのに、もったいない」

「は、はぁ……」

 

 いきなり楯無からダメ出しされて、一夏は肩をすくめる。

 一夏自身、それは前から感じていたことだった。第二形態移行(セカンド・シフト)してから、正直のところ、一夏は白式の性能に振り回されていた。

 

「格闘武装しかないっていうディスアドバンテージが、第二形態移行(セカンド・シフト)してから緩和されたでしょ? それなのに、一夏くんにはそれを当てる技術がない。宝の持ち腐れなわけ」

「翔にも言われました」

「でしょうね。誰が見ても明らかよ」

「うぐっ……」

 

 辛口な評価だ。

 

「これからするのは、君が本当の意味で専用機をものにするための訓練。そのために、特別コーチを招待しちゃいましたー」

 

 どうぞー、と楯無が呼ぶと、ピットから橙と黒の機体が二機飛び出してきた。

 

「シャル! ラウラ!」

 

 二人はゆっくりと楯無の後ろに降り立った。

 

「楯無。呼ばれたから来てやったぞ」

 

 ラウラは楯無を名前で呼んでいた。それは楯無がそう呼ぶように言ったのもあるが、二人がそれなりに良好な関係を築けていることの証左でもあった。

 

「ありがとうラウラちゃん」

「う、うむ、そ、それは構わんのだが、その……」

 

 楯無が礼を言うと、ラウラはごにょごにょと何かを何かを耳打ちした。

 

「(ほ、本当なのだろうな、一日お兄様と一緒に寝ていいというのはっ!)」

「(ええ、本当よ。好きにしちゃって構わないわ)」

「(よ、よしっ。ならばいいのだ)」

「(――あ、でもそのときにラウラちゃんの部屋にお邪魔するから。代わりに、シャルロットちゃんを一日貸してほしいんだけど、いい?)」

「(うむ、構わんぞ! シャルロットなら何人でも貸してやる!)」

 

 二人がぼそぼそと話し合っているのを、シャルロットと一夏は黙って見つめていた。

 

「…………」

「…………」

「……ねえ、一夏」

「ん?」

「何でかな。僕、すごーく身の危険を感じるんだけど」

「さあ?」

 

 話が聞えなかったシャルロットは、自分の身がひそかに売却されたことを知らない。――まさかそれが、愛すべきルームメイトの手によるものであるとは思いもせず。

 哀れである。

 

「シャルロットちゃん、ラウラちゃん。今から『シューター・フロー』で円状制御飛翔(サークル・ロンド)をやってみせてよ」

 

 聞いたことのない専門用語だったので、一夏には何のことかさっぱり分からない。しかし流石に代表候補生だけあって、シャルロットとラウラは難なく理解した模様だ。

 

「え? でもそれって、射撃型の戦闘動作(バトル・スタンス)ですけど? 一夏の機体は近接特化型だから、必要ないと思うんですが」

  

 シャルロットが感じた疑問をそのまま口に出した。

 

「いや、そんなことはない。一夏の白式は第二形態移行(セカンド・シフト)して遠距離攻撃――射撃能力が追加されたはずだ」

 

 シャルロットがあっ、と声を上げる。

 

「さっすが、鋭いねえ、ラウラちゃん。でも、それだけじゃないんだなあ」

 

 優秀な後輩がいて嬉しいのか、楯無は楽しそうに言う。トレードマークの扇子でとんとんと自らの肩を叩きながら、楯無は続けた。

 

「射撃能力で重要なのは、面制圧力だよね。けれど、連射ができない大出力荷電粒子砲はどちらかと言えばスナイパーライフルに近い。だけど、一夏くんの射撃能力の低さはご存知の通りだから、射撃戦には使えない」

「うっ……」

 

 痛いところを突かれた一夏。

 

「だから、敢えて――」

「近距離で叩き込む」

「そう! 鋭いね、ラウラちゃん」

 

 ばんっと楯無が勢いよく扇子を開くと、扇子には『見事』と書かれていた。無駄に達筆である。

 ラウラはと言うと、褒められたのが嬉しいらしく、照れくさそうにしていた。

 

「そういうことだよ一夏くん。経験の浅い君の場合は、難しい射撃の軌道予測とか、そんなことをするよりも、最初はさっき言ったような使い方をするほうが有効よ。白式が敵に突っ込むしかない機体なら、その突っ込み方のバリエーションも増やさないと。何回も同じことしてたんじゃ、読まれて返り討ちにされるだけだからね」

 

 なるほど、と一夏は呟く。

 

「攻撃の引き出しが多いと、敵に攻撃を読まれにくくなる。読まれにくくなるなら、自分のしたいことがより簡単にできるようになる。自分のしたいことができるようになったら――……勝てる」

 

 楯無の言葉を聞いて納得した一夏だが、その言葉で思い出したことがあった。彼の親友、天羽翔である。

 

「そっか……。だから翔の攻撃は防御できないのか……」

「そう。翔くん、彼は凄いわよ。専用機の特性もあるけど、そういった読み合いはかなりのレベルだから。だから強いし、勝てない」

 

 理論で覚えるのは苦手な一夏だが、楯無の説明はやはり分かりやすく、言いたいことが簡単に理解できた。

 

「じゃあ、シャルロットちゃん、ラウラちゃん。やってみて」

『了解した。――始めるぞ』

 

 アリーナの中央で飛翔した二機は、向かい合ったまま、距離を詰めることなく円軌道で上昇していく。

 

『いくよ、ラウラ』

『ああ』

 

 徐々に加速し始めた二人は射撃を開始していく。円運動を行って常に軸をずらしながら、ときに加速して相手からの射撃を回避、その上で反撃の射撃を撃っている。

 

『さすがラウラ。うまいね。――おっと』

『シャルロットもな。第二世代とは思えんな』

『くす。――ラウラ、前にこれをアンティークってバカにしてたよ?』

『わ、忘れてくれ。あの頃の私はお兄様にすら歯向かっていたのだぞ?』

 

 こんな軽口を飛ばし合いながらだが、二人の機動は精密かつ鋭敏だ。射撃が激しくなっていくが、二人の機動に乱れは一切無い。

 

「これは……」

「うん。一夏くんにも凄さが分かったかな。あれはね、射撃と高度なマニュアル機体制御を同時に行っているんだよ。しかも、回避と命中の両方に意識を割きながら、だからね。機体を完全に自分のものにしていないと、なかなかああはいかない。一夏くん、今白式のPIC制御はセミオートでしょう?」

「は、はい。出力調整とか、高度制御とかはやってますけど、他はオートです」

 

 一夏は初心者であるため、機体のフィッティングをした際に白式が設定した初期設定がオート、それ以後一夏がセミオートへと設定を変えた。

 PICの制御がオートのままだと、機体は細かい動きができない。オートである以上、操縦者が直接制御しているわけではないため、必ず操縦者と機体の間に誤差が生じるためである。もしPIC制御をマニュアルに変えた場合、機体は細かい機動を行うことも可能になるが、その場合、機体制御も操縦者自らが行わなければならないため、攻撃、回避を両立するとなるとそれは非常に難しい。

 

「君には、こういう難しいマニュアル制御も必要なの。その上で、君は初めて機体を自分のものにできる」

「……はい」

「――覚えておいて。ISは自転車や自動車みたいな『道具』で、『乗る』ものじゃない。ISは『身体』であって、『繋がる』ものよ。これを、忘れないでね」

 

 その言葉を、一夏は記憶にしっかり刻み込んだ。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「やってはいるんだけどなー……」

 

 もう一度楯無に教えてもらったことを思い出し、二回目の練習に入る。

 でも、俺、これで強くなれるのかな。そんな心の底にある疑問はそのままに。

 

『こら。余計なことを考えないの』

「うわっ!?」

 

 まるで一夏の心を読んだかのように、楯無からプライベート・チャネルで通信が入る。

 

『今、何か余計なこと考えてたでしょ?』

『す、すいません……』

 

 これからは心は見透かされていると思って訓練した方がよさそうだ。後で何をされるか分かったものではない。

 

「――ああっ!?」

 

 またも操作を誤る一夏。

 

 どごーーーーーん

 

 一夏は盛大に落下した。

 

「いってぇ……」

 

 完成までには、まだ時間が必要なようである。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「さて、箒ちゃん。箒ちゃんが苦手なことは何でしょうか?」

 

 その身に空色の装甲――ミステリアス・レイディを纏った楯無は、同じくISを身に纏った箒に尋ねる。

 

「……中距離戦です」

「うん、正解。良く分かってるみたい」

 

 箒は一夏同様、距離がある状態での戦闘に不安がある。接近さえしてしまえば持ち前の剣術と紅椿の性能で敵を圧倒することも不可能ではないが、接近することが難しい相手には苦戦する傾向にある。

 実際、箒が他の専用機持ちと戦った際には、一夏以外の全員から徹底して中距離戦を強いられ、結局紅椿の性能に頼ったごり押しでしか戦えなくなるという場面が多く見られた。特に、シャルロットやセシリアなど、射撃での手数が多い機体相手では顕著である。

 

「箒ちゃんの課題は、紅椿の展開装甲の使い方が下手なこと。正直なところ、紅椿っていう機体は、フル稼働させたら、間違いなく最強の機体なの。だけど、箒ちゃんは性能を生かすどころか、それに振り回されて雑な動きになってる。機体性能の高さで何とかカバーできてるけど、それじゃあ代表候補生クラスには通じない」

「……はい」

 

 紅椿に振り回されている。それは箒も分かっていたことだった。

 

「これから箒ちゃんがするのは、ひたすら私と戦うことよ」

「楯無さんと、ですか?」

「そう。これから私は徹底して射撃型の機動をとる。それを見て、感じて、自分なりにどうすればいいかを考えて戦ってみなさい」

「で、ですが、楯無さんの機体は万能型では?」

「大丈夫よ。私、どの型でも戦えるから。それに――」

 

 楯無は不敵な笑みを浮かべる。

 

「私が本業じゃない射撃型スタイルで、箒ちゃんが全力で戦っても、私には勝てない」

 

 思わず眉間に皺を寄せる箒。

 面と向かって「お前では勝てない」と言われれば、もともと短気な箒は黙っていられない。

 

「……随分余裕ですね」

「事実だから」

「なっ!?」

「試しにやってみる? 絶対に勝てないと思うけど」

 

 箒は両手に持った刀をふるふると震わせながら、きっと楯無を睨みつける。

 

「そう、その調子。かかってきなさい」

 

 楯無がランスを手に持ったのと同時に、箒は楯無に斬りかかっていった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「ほらね、言ったでしょ、勝てないって」

「くっ……」

 

 模擬戦は楯無の宣言通り、楯無が箒に圧勝する結果に終わった。

 

「その機体、単一仕様がなかったらとんでもなく燃費が悪いのね。だから絢爛舞踏があるんだ。納得したわ」

 

 紅椿は展開装甲に大量のエネルギーを使うため、燃費が悪い。そのために単一仕様の絢爛舞踏があるのだが、箒はまだ発動できない。

 

「さて、これで分かったでしょ? 自分がどれだけ未熟か」

「…………」

 

 箒はうなだれている。

 

「それと、単一仕様だけどね」

 

 その言葉に、箒はぴくりと反応する。

 

「……どうすればいいんですか?」

「あのね、本来単一仕様って言うのは、操縦者と機体の相性が高まったときに発動する能力なの。本来ならISの装着時間が長くなって、ISが操縦者を理解すると発動できるようになるんだけど、箒ちゃんの場合はデータ上は発動可能なら、それは相性は問題ないってことだよね。だからもう、あとはきっかけさえあればいいと思うんだ」

「きっかけ……」

「多分そういうのでしか出せないよ、きっと」

「そう、ですか……」

 

 楯無でもはっきりとは分からないなら、そもそも技術的な話ではないのかもしれない。

 箒が何故専用機を欲したのか。それは、一夏や翔の力になりたかったからだ。彼らと共に戦う力が欲しかったからだ。この単一仕様の能力は、間違いなく彼らの力になれるはずなのに。

 

(想いが、足らないのか……?)

 

 だが、箒は断言できる。箒の一夏を想う気持ちは、本物だ。翔への親愛も、感謝も、憧れも、本物だ。本気で彼らの力になりたい。そう想っているのに。それでも、足らないというのか。

 

(このままでは、何も変わらない……!)

 

 謎の黒い機体の襲撃のときも、学年別トーナメントのときも、手元に専用機がなかったから戦えなかった。借り物の量産機ではなくて、自分専用の機体があれば、と。しかし力不足は理解していたし、今更日本の代表候補生になるのは無理だ。

 だから、箒は専用機を欲した。憎んでいたとさえ言えるくらいに嫌っていた姉に、お願いしてまで。

 それなのに何だ。この体たらくは。欲した機体に自分が振り回されて、思ったように戦えていないではないか。

 情けない。あまりに情けない。このままでは、示しがつかない。努力して専用機持ちになった代表候補生たちにも、専用機を持たずに努力する他の生徒たちにも、そして、心血を注いで自分のために機体を完成させてくれた姉にも。

 

「ねえ、箒ちゃん」

 

 楯無が語りかける。

 

「コネだけの女って思われたら、嫌でしょ?」

「……はい」

「卑怯な女って思われたら嫌でしょ?」

「はい……!」

「一夏くんに、翔くんに、失望されたくないでしょ?」

「はい……!」

「なら、強くなりなさい。悔しさも無力感も全部糧にして、強くなりなさい。紅椿の操縦者は私だ、って、誰にも文句を言わせないくらいに」

「はい!」

 

 そうだ、答えは単純だ。強くなればいい。

 福音との戦いで、一夏が見せてくれた。だからもう、間違ったりはしない。力とは何たるか。その意味を。

 

「この際だから言っておくけど、さっき私は手加減したから」

「え……」

「これからもっと鍛えていくけど、私にある程度本気を出させるくらいには強くなってね」

「ッ……!」

 

 悔しい。悔しいが、手加減した楯無に負けたのは本当だ。

 

(だがそれが何だ。これから強くなればいい!)

 

 箒は立ち上がると、楯無の方へ真っ直ぐ向く。

 

「楯無さん」

「うん?」

「――ありがとうございます。これから、よろしくお願いします」

 

 箒は深々とお辞儀した。

 

「――ふふっ」

 

それを見て、楯無がくすくすと笑い出す。

 

「な、何がおかしいんですか」

「だって、一夏くんと同じことするから。似てるわね~、あなたたち。流石に、一緒に剣道習ってただけあるわ」

「ほ、本当、ですか?」

 

 一夏に似ていると言われて、箒は少し嬉しくなった。

 

「さあ、構えて。訓練再開するよ」

「はい!」


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