IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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 同日、残りのSHRを使って、一年一組の文化祭の出し物を決定することになった。

 話し合いは今日が最初ではなく、今までも何度か行われてきたが、意見は全くまとまらず、候補をしぼるだけという結果に終わっていた。締め切りは間近なので、今日は最終決定を下さなければならない。

 の、はずなのだが……。

 

「…………」

 

 ざっと黒板に書かれた文字を見てみる。

「天羽翔のホストクラブ」「織斑一夏とツイスター」「織斑一夏、天羽翔とポッキーゲーム」他。

 ――さて、一言言わせて貰おう。

 

「「却下」」

 

 俺と一夏の声が見事に揃う。それと同時にクラス中の女子からえええ~と声が上がった。

 

「あのだな、俺たちは商品じゃないんだぞ!?」

 

 一夏が俺の気持ちを正確に代弁してくれた。

 

「私は嬉しいわよ!」

 

 お前はな。

 

「そうだそうだ! 男子は女子を喜ばせるのが義務である!」

 

 聞いたことがないぞ、そんな義務。

 

「織斑一夏と天羽翔は共通財産である!」

 

 俺たちは財産ではない、人間だ。

 このように様々な女子たちから様々な主張が出て、それらに突っ込みを入れているともうキリがない。普通に考えて、俺たちが許可を出すとでも思ったのか? 常識的に考えれば拒否するだろうに。

 

「翔、どうする?」

「ここは助けを求めよう」

 

 このまま数の暴力に屈しては魔女たちの思う壺である。そうならないためにも、ここは素直に助けを求めて状況を打開すべきだ。

 頼れる仲間たちに助けを求めることにした俺は、常識の欠如が著しいラウラを真っ先に候補から外しつつ、手始めに隣のセシリアに聞いてみた。

 

「……セシリア。あれはあのままでいいのか?」

「ま、まあ、悪くはないのではありませんか?」

 

 セシリアがごにょごにょと口から漏らす。おい顔が赤いぞ。何を想像している。

 かくなる上は武士もとい箒は――ダメだ、窓の外を見ている。参加する気にもならんらしい。箒もダメか。

 こうなれば、最後の良心に助けを求めるしかない。

 

「シャルロット」

「えっ!? ぼ、僕はホストクラブで!」

「お前もか!」

 

 最後の良心がいとも簡単に陥落。しかも即答とは。何と頼れん仲間たちだ。

 落胆した俺が前の方に耳を傾ければ、山田先生もポッキーのやつがいいなどとほざいている。どうしたものか……。

 

「とにかく、もっと普通な意見をだな!」

「メイド喫茶はどうだ?」

 

 一夏の主張を遮って発言したのはなんとラウラだった。

 突然の発言に、一夏だけでなく俺を含めた全員がぽかんとしている。

 

「客受けはいいだろう。それに、飲食店は経費の回収が行える上、うまくやれば収益も望める。出た利益はそのまま学園かどこかの団体にでも寄付すればいい。確か、招待券制で外部からも受け入れるのだろう? それなら、休憩場としての需要もあるはずだ」

 

 いつも通り「ドイツの冷氷」の二つ名のままに語るラウラ(尤も俺の前ではとても「冷氷」とはいえない)だが、本人のキャラとあまりに合わない発言であったため、全員が理解に時間を要した。

 ふむ、しかし我が妹ながらなかなかに鋭い発言だ。筋が通っているので説得力もある。

 

「え、え~と……みんなはどう思う?」

 

 一夏が若干困惑したままにクラスメイトたちに話しかけた。

 

「じゃあ、織斑君と天羽君には厨房か執事をしてもらえばいいんじゃない?」

「でも、メイド服どうしよう? 作る?」

「それならば私にツテがある。人数分頼めるかどうかは聞いてみよう」

 

 ラウラの意見に、女子たちは盛り上がる。話はどんどんと進み、クラスの雰囲気もそうなりそうだ。

 

「ね、どうかな!? 織斑君、天羽君!」

 

 クラスの女子が俺たちに尋ねた。

 一夏と俺は目を合わせた。

 

「一夏、この辺りが妥協点だろう」

「だよな。――いいよ、それでいこう」

 

 一夏の声で、女子たちはやったーと声を上げて喜んだ。

 

「執事、天羽翔と織斑一夏誕生よ!」

「クールなイケメンとホットなイケメンのコンビ!」

「う、やば。鼻血出そう……」

 

 こうして、俺たちのクラスの出し物はメイド喫茶に決まった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「やあ、翔くん」

 

 教室を出るなり、会いたくない人物と遭遇してしまった。

 というか、また名前を――もう無駄か。やめたほうがよさそうである。

 

「更識先輩……」

「やん。楯無って呼んでって言ったじゃない」

「お断りします」

 

 決まり文句のように答えた。

 相手を名前で呼ぶというのは、ある程度心を許すということだと俺は思っている。だから俺は信頼する仲間たちはちゃんと名前で呼んでいる。

 故に、この人は苗字で呼ばなければならない人間だ。この人に少しでも心を許せば、一瞬で付け込まれていまいそうだから。

 

「要件は……アレでしょう? 他の生徒会役員との顔合わせですね」

「そうよ」

 

 トレードマークの扇子が開き、そこには「正解」の文字が。

 

「わざわざ迎えに来なくても、忘れていませんから大丈夫ですよ」

 

 暗に来るな、と言っておく。だが更識先輩はあまり気にした様子もなく、話を続ける。

 

「まあまあそう言わずに。じゃあ、行きましょうか」

「…………」

 

 流された。些細な抵抗は無意味だなこれは。

 更識先輩に連れられて、俺は廊下を歩いて行く。学園の最強たる生徒会長と、男性IS操縦者の副会長の組み合わせは中々に豪華なようで、俺たち二人はすれ違う人の視線をかなり集めていた。様々な人の前を通って歩いているが、本人が人気だからか、更識先輩は多くの人から挨拶をされていた。その都度必ず挨拶を返す更識先輩の後ろ姿は、生徒会長らしい堂々としたものだった。

 やはり生徒会長というのは憧れられ、慕われる存在でなければならないようだ。例え強者であっても、人格が備わっていなければ最強とはなり得ない。そういうことだろう。これは俺も心に留めておかねばならないことだな。

 

「きええええー!」

「!」

 

 柄にもなく感心していたら、突然気合のこもった大きな声が聞こえてきて、一人の生徒が襲いかかってきた。

 俺はすぐに臨戦体勢に入るが、標的は更識先輩らしく、俺の方には来ない。

 

「――ふふ、直線的ね。カウンターの餌食よ」

 

 突っ込んできた生徒の攻撃が当たる直前、更識先輩は完璧にその攻撃を見切り、掌底を顎に叩き込んだ。

 

「ぶっ!?」

 

 完璧なカウンターだった。タイミングも反撃の精度も文句のつけようがない。

 

「残念でした」

 

 ぺろっと舌を出して、余裕満々の笑みを浮かべる更識先輩に、俺は尋ねる。

 

「……誰がこんなことを?」

「大方今度の一夏くん争奪戦で勝ち目が薄い運動部の子でしょう。私を倒して一夏くんを手に入れて、おまけに何か部から要求をする、といったところかしらね」

 

 なるほど。確かに文化祭では運動部は見せ場が無いしな。

 しかし、これは助太刀したほうがいいのか?

 

「覚悟ぉぉぉぉお!」

 

 続いて、すぐ傍にあった清掃道具のロッカーからまた刺客が出現する。得物の竹刀を持っているところ見ると、どうやら剣道部なようだ。

 

「迷いの無い踏み込み、いいわね」

 

 鍛えられた肉体から放たれた素早い突きを受け流し、延髄斬りを叩き込む。

 

「が……っ!?」

 

 膝から崩れ落ちる刺客。見事に気絶させられていた。

 

「もらったぁあああ!」

 

 次は背後から現れたボクシングのグローブを装着した刺客が叫ぶ。

 

「討ち取るぅ!」

 

 そして、窓ガラスが弾け飛び、矢が飛んできた。

 

「うん。いいフットワークね」

 

 予想外の挟撃にも更識先輩を一切左手に扇子を抜いた更識先輩は、襲い来る矢を全て避けるか弾くかで拒否、その上でボクシングのジャブを見切る。

 その最中さっきの刺客が落とした竹刀を蹴り上げ、右手に握って外の弓道部らしき生徒に投擲した。

 

「ぐふっ!?」

 

 命中。顔面に一撃を受けた弓の刺客はひっくり返った。

 

「――腰が、甘い!」

 

 渾身の右ストレートを扇子で受け流し、今度はそのすらっと長い脚のハイキックを見舞った。

 がごん、と気味のいい音を立てて、刺客はロッカーに突っ込んだ。

 

「今回は違うけど、生徒会長に最強の称号をかけて決闘を申し込んでくる人もいるのよ? まあ、就任してからしばらく経って大分減ったんだけど。片っ端から倒したからね」

 

 どうやら無用な心配だったようだ。

 

「なら助太刀は無用ですね。勝手にやってください」

「うわ、酷い言い方。おねーさん傷ついたよ?」

 

 どうだか。面倒そうなので、無視した。

 

「むう。翔くん酷い!」

 

 無言を決め込む俺。

 しかし、この人は生身でも相当強そうだ。体捌き、技の威力共に素晴らしいの一言だ。――流石は「更識」出身、と言ったところか。

 

「さて、着いたわよ。ここが生徒会室。私たちの生徒会活動の拠点。基本はここに集合だから、場所は覚えておいてね」

「ご心配なく。もう覚えました」

「ん。よろしい」

 

 更識は扉にあるロックに番号を入力していく。

 

「後で番号は教えるから、安心してね?」

 

 ただの教室にしては大袈裟だ。恐らく中に機密情報でもあるのだろう。

 ピーっと音がして、ロックが解除される。

 

「ただいま~」

 

 中に入ると、三年生と思われる人が迎えてくれた。

 

「お帰りなさい、会長」

 

 高めの身長で、伸ばした髪を纏めている。真面目そうな印象を与える眼鏡が印象的である。どこかで見た顔だと思ったら、全校集会のときの司会をしていた人だと気付いた。

 

「あなたが天羽翔君ね? 私は三年整備科、生徒会書記の布仏(のほとけ)(うつほ)。よろしくね」

 

 どこかで聞いたことがあるような……。

 

「天羽翔です。これからよろしくお願いします」

「はい、よろしく」

 

 差し出された手は、握らない。怪訝そうな顔で俺を見る布仏先輩。

 

「すみません。女性には触れられない体質なんです」

 

 俺が控えめにそう言うと、布仏先輩はさも意外、といった表情をした。それでIS学園にいるのだから、まあそう思うだろう。

 

「ほとんど女性しかいないIS学園にいるのに?」

「ええ。多少はマシになりましたが」

「……大変そうね」

「……恐れ入ります」

 

 布仏先輩は苦笑した。

 ――ん? 「布仏」? まさか――。

 

「いつまで寝てるの、本音!」

「ん~。眠いよ~、お姉ちゃん……」

 

 部屋の中から間延びした声が聞こえてきた。よく知っている特徴的な話し方だ。

 

「こら、本音。いつまでも寝てないで起きなさい。天羽君来てるわよ」

「え? あもー来てるの~?」

 

 その声の持ち主は体を起こすと、俺の方を向いた。

 

「あ。あも~。生徒会にようこそ~」

 

 クラスで見慣れたダボダボの制服を揺らして、布仏本音は俺に言う。

 

「何だ、お前も生徒会役員だったのか」

 

 ご存知、こいつはクラスメイトの、のほほんさんこと布仏本音である。

 やはり、布仏先輩は布仏の姉だったようだ。

 

「うん~。生徒会会計だよー」

「そうか……」

 

 声が間延びしていて相変わらず会話のテンポが取りにくい。

 

「生徒会長は最強じゃないといけないけど、他の役員は自由に決めていいからね。だから私は幼馴染の二人を、ね」

 

 更識先輩がにこりとウインクした。この三人、幼馴染だったのか、知らなかった。

 

「生徒会長、更識楯無。副会長、天羽翔。書記、布仏虚。会計、布仏本音。以上四名が、今の生徒会役員よ。……翔くん、改めてよろしくね」

 

 自慢げに両手を広げ、更識先輩は言った。

 

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 俺は、それにしっかり答えた。

 俺がここに来たのは、更識先輩の下で行動するという意思表示だ。どんな思惑があるかはこの際はどうでもいい。俺はあなたの強さを認めた。

 だから、俺はあなたに従おう。次期生徒会長という座をもらった以上、俺はそれに応えよう。それが、俺の意思だ。

 

「よしっ。じゃあ、これからすることを言うから、翔くんは聞いておいてね。――あ、これが翔くんの席」

 

 前置きをして、更識先輩は俺の机を紹介した。ご丁寧に、もう既に名前が入っている。

 俺が席に着くと、更識先輩が本題に入る。

 

「――さて、これから言うことは生徒会の秘密だから、他言は無用よ?」

 

 役員たちは無言で頷いた。

 

「これから生徒会がすること。――それはずばり、『織斑一夏の強化と獲得』よ」

「!」

 

 他の二人は驚いたようで、目を丸くしていた。そんな中、俺だけは驚かない。

 

「ちょっと待ってください会長。全校生徒の前で争奪戦を宣言したのに、ですか?」

「そうよ」

「……勝ち取る、ということですか?」

「『勝ち取る』じゃないのよ虚ちゃん。『必ず勝ち取れる』のよ」

「…………」

 

 布仏妹に至ってはちんぷんかんぷん、といった表情だ。

 ふむ。必ず勝ち取れる、か。何か投票数を確実に集める方法があるということだろう。それなら――。

 

「出し物に何か仕込むんですか?」

「ご名答。流石翔くん」

 

「流石」の扇子が開く。……この人は一体何種類持っているのだろう。

 

「学園祭の生徒会の出し物は『観客参加型演劇』の予定よ。その参加条件として、生徒会への投票を義務付けるつもり」

「それで確実に集められるんですか?」

「ええ。――確実に、ね」

 

 意味深な笑みが怪しげである。この人はその撃に一体何を仕込むつもりなのだろうか。嫌な予感がする。

 

「これから私は、予定通り一夏くんの指導をするわ」

 

 更識先輩の言葉に役員たちが頷く。

 一夏は強力な専用機を持ちながらも、その実力は低い状態にある。一夏は世界で二人しかいない男性IS操縦者の一人だ。いつ何時身柄が狙われているとも限らない。自衛のためにも、一夏の実力を底上げするのは大切なことだ。

 

「――ということだから、劇の方は任せてもいい? 説明書を作ってあるからそれを参考にして頂戴」

 

 机から三部冊子を取り出し、俺たちに渡す。

 そのタイトルは、「観客参加型演劇『灰被り姫(シンデレラ)』」。

 ……嫌な予感が止まらん。開いて見るのが憚られるほどに。

 

「おりむーの指導は手伝わなくていーの?」

「ああ、それは気にしないで。たっぷりしごいてあげるから」

 

 いい笑顔で笑う更識先輩。

 ……一夏。これからは大変そうだぞ。


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