IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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 学園最強の生徒会長、更識楯無との試合。翌日、朝食の際に専用機持ちが集まった。ちょうどいい頃合いだと考えた俺は、専用機持ちの面々に昨日の一件を話すことにした。

 

「……と、昨日こんなことがあって、俺は生徒会副会長になった。生徒会所属になったから、業務などでいないときもあるかもしれないが、そこのところは留意してほしい」

 

 要点をまとめて皆に話した俺は、そう締めくくった。

 

「なんだ、結局入ったんだな」

 

 推薦された際に隣にいた一夏は、事の顛末を聞いて少し驚いたようだ。

 

「ああ。勝負で負けたんだ、当然のことだ」

「まあ、別に悪い話じゃないし、いいんじゃないか?」

「……そうだな」

 

 どこか他人事のように話す一夏。だが、俺の予想が正しければ、一夏もそのうち生徒会に誘われるはずだ。それは俺が推薦された背景を考えれば当然の流れだからである。

 

「一夏、お前も関係ない話じゃないと思うがな」

「え、マジで?」

 

 ああ、と答える。

 間違いなく、生徒会、というより更識先輩が俺を誘った、もっと言えば「確保」した理由は、特異ケースである俺の護衛だろう。狙われやすい俺を極力近くに置いて、いざというときは護衛をし、しっかり俺を守る。俺に興味があるというのも嘘ではなかろうが、それはただの建前に過ぎない。

 だが、俺に関しては護衛さえ建前なはずだ。その理由は、同じ男性操縦者である一夏がいるにも関わらず、一夏より先に、俺にあの話を持ちかけてきたことにヒントが隠されている。

 何故俺だけがすぐに生徒会に誘われたのか。俺と一夏には、男性操縦者、束手製の専用機持ち、専用機が第二形態以降済、といった共通点があるが、それら以外にある明確な相違点がある。

 それは、束との関係だ。束に拾われ、束と過ごした六年間。あるいは束との親密さ、と言い換えてもいいだろう。つまり、束の弟子であること。それが、俺と一夏の最大の相違点。話をまとめると、更識先輩は、束にとても近い存在である俺をより重要視したことになる。

 そして、このことを加味するに、更識先輩の本当の目的は、恐らく――。

 

「しかし、あの翔が負けるとはね~。びっくりしたわ」

「あっ、僕も。翔は冗談抜きで学園最強だと思ってたんだけど……。その生徒会長の人、本当に強いんだね」

 

 鈴音とシャルロットが意外だと言わんばかりに言う。どうやら俺の実力はえらく買ってもらっているらしい。

 確かに、更識先輩は強かった。俺が今まで戦ってきた中でも、屈指の実力者なことは間違いない。だが皆には手を抜いたことは言っていない。もし仲間たちが試合を見ていたら、新武装《孔雀》を使わなかった俺に違和感を覚えたはずだ。その仲間たちに手を抜いたのが分からないように、わざわざ非公開にしてもらったのだから。

 それでも、更識先輩にバレてしまった可能性はある。あの人は一見ふざけていても、中身は極めて聡明だ。隠し通せた確証はない。それに、更識先輩も絶対に本気ではなかった。あの人には、まだ上がある。そう戦っていて感じた。結局、俺と更識先輩は表では激闘を演じながら、裏では腹の探り合いをしていたわけだ。

 まあ、とにかく更識先輩の実力が学園最強に相応しいものだということは分かったので、あの生徒会長の下で働くのも不満はない。むしろ楽しみですらある。どんな目的があるにせよ、俺にとってあの生徒会長には興味を感じさせるには十分だ。尤もそれはあの人も同じであろうが。

 

「…………」

 

 見た感じ皆大体は分かってくれたようだが、約一名納得していない者がいた。ラウラである。

 ラウラはばんっ、とテーブルを叩いて立ち上がると、俺に抗議し始めた。

 

「な、納得できないぞお兄様! 負けてそんな女の軍門に下るなど!」

「ラウラ、何故納得できない?」

「当たり前だ! わ、私は、お兄様と一緒に……!」

 

 ああ、なるほど。一緒に部活がしたかった、と。そういうことか。

 この学園では部活動の掛け持ちは無理だ。そのため、俺が生徒会に入った以上、ラウラの所属する茶道部には入れなくなったわけだ。

 で、ラウラは生徒会に入る前に、茶道部に入って欲しかったそうだが、だがそれはできない。それにはきちんと理由がある。

 

「ラウラ、すまないがそれは無理だ」

「な、何故だ!?」

「学園に二人しかいない男子の一人である俺が、特定の部活に入れると思うか? 答えは否だ。何故なら、今のラウラのようになるからな」

 

 もし、俺か一夏がどこかの部活に入ったとしよう。俺たちは二人しかいないのだから、全ての部活に入ることは不可能だ。そうすればどうなるか? 答えは簡単だ。さっきのラウラのような不満が噴出する。

 誰かが言っていたが、現在IS学園では、俺と一夏が一年生としかつるまないのを良く思っていない人間が一定数いるそうだ。そういう人たちにとって、部活動というのは俺たちと接することのできる数少ない要素のため、俺たちが部活に入らないことに苦情も多いというわけだ。そして当然、どの部活も俺たちに入ってもらいたいと思っているはず。

 

「そういや、入学した頃、すげえ真剣に勧誘されたっけ?」

「……そうだな」

 

 一夏がそう言うように、実は入学した頃は途轍もない数の人が俺たちの勧誘に来た。

 特に部活をしたいとも思わなかった俺たちは、全て丁寧にお断りした。もし適当に一つの部活に決めてしまえば、最早他の部活の人に闇討ちされそうだったので、中途半端に決めることもしなかった。

 

「そんなことがあったから、今更一度断った部活に入るなんて、無理だ。殺される」

「し、しかし、それは生徒会でも同じことではないか?」

 

 箒が聞くが、俺はそれを否定した。

 

「いや、そんなことはない。生徒会なら、納得せざるを得ないからな」

 

 ご存知の通り、生徒会長は学園最強の代名詞だ。

 この学園には、学園最強である生徒会長には、学園の問題解決を円滑に進めるために、会長権限なるものがある。会長の意思のまま、物事を決定できる権限だ。普段はあまり使用されないらしいが、それを行使すれば、全員を黙らせることができる。この権限があればそうそう文句を言うことはできない。

 そもそも、更識先輩の人気自体も非常に高いようだ。その更識先輩の意思ならば、と納得する人が大半なはずだ。

 ついでに言っておくが、生徒会に自ら入ることも無理だそうだ。役員になるには生徒会長の推薦を受けるしかない。

 

「ぐ、う……! お、お兄様が言うなら、仕方ないな……」

 

 しぶしぶだが、ラウラは納得したようだ。

 

「そういうわけだから一夏、お前も覚悟しておけよ? お前もそろそろ声がかかってもおかしくない」

「お、おう……」

 

 ようやく、自分の置かれている状況がようやく理解できたらしい一夏だった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 その日の全校集会。この時間は朝のSHと一限目の半分を使って行われた。

 

「ねえねえ、昨日のテレビ見た?」

「あ、見た見た!」

 

 辺りからは女子たち話し声が止まない。この騒々しさはどうにかならないものか、姦しいことこの上ない。まあ、慣れてしまった部分はあるけれども。

 問題はそれだけではない。

 

「ねえ、ほらあそこに天羽君と織斑君がいる!」

「わっ、ほんとだ~!」

 

 どこどこ、と俺と一夏捜索隊が活動し始める。

 

「……翔」

「……ああ、分かっている。一夏、耐えろ。俺も耐える」

 

 そう、俺と一夏は、常に見られているのだ。それも、全校生徒から。いくら俺たちが物珍しいとはいえ、見すぎだ。もしや、どいつもこいつも男に飢えているのか? だとしたら非常に危険である。食われてしまう。

 

「皆さん、静粛に願います」

 

 恐らく、生徒会の役員の一人であろう三年生の生徒が、マイクを持って俺たちに言う。

 ざわついていた生徒たちも徐々に静まり始めて、三十秒ほど経つともうひそひそと話す声しか聞えなくなっていた。

 

「それでは、生徒会長から説明をさせていただきます」

 

 ちなみに、説明というのは文化祭についてである。

 三年生の生徒がそう言うと、ある一人の生徒が壇上に上がっていく。

 

「やあみんな。おはよう」

 

 その人はこう気さくに挨拶すると、にこりと笑顔を見せた。言わずと知れた、生徒会長更識楯無である。

 気のせいかも知れないが、更識先輩は俺の方を向いてふふっと笑いかけたような気がした。体が強ばったのがわかった。

 俺は更識先輩のあの笑みが嫌いだ。まるで「何もかも知っているけど、何も言わないであげる」とでも言いたげな表情。人を食ったようなあの笑みが、俺はとても苦手なのだ。

 

「さてさて、今年は色々と立て込んでいてちゃんとした挨拶がまだだったね。私の名前は更識楯無。君たち生徒の長よ。以後よろしく」

 

 俺は気に食わないが、どうやらあの人の笑みはどうやら同姓異性関係なく人を魅了するらしく、周囲からは熱っぽいため息が漏れた。一夏も例外ではなく、少しどきりとしたのか少し顔が赤い。そんな中顔をしかめてじっと壇上を睨みつける俺は、上から見れば浮いて見えていただろう。

 

「では、今月の一大イベントである文化祭だけど、今回に限り特別ルールを導入するわ。その内容というのは――」

 

 言葉と共に取り出された扇子。それをばっと空中に投影されたディスプレイに向けると、ディスプレイに特大の一夏の写真が映された。

 ……何だこれは?

 

「名づけて、『各部対抗織斑一夏争奪戦』!」

 

 びしっと扇子を向けて、更識先輩は言った。

 

「え……」

「「「ええええええええええええええええ~~~!?」」」

 

 全校生徒の叫びに、冗談ではなくホール全体が揺れた。一夏はというと、状況が把握できないのかぽかんとしている。

 

「静かに。学園祭では毎年各部活動ごとに催し物を出し、それに対して投票を行って、上位組には部費に特別助成金が出る仕組みでした。しかし、今回はそれではつまらないと思い――」

 

 今度は一夏を扇子で指す更識先輩。

 

「織斑一夏を、一位の部活に強制入部させましょう!」

「うおおおおおおおおおおっ!」

 

 再び、雄叫びが上がった。獣のような叫びであった。

 しかし、女子が雄叫びを上げるというのは、あまり見たくないものだな。色々と欠けている気がする。主に恥じらいが。

 

「素晴らしい、素晴らしいわ会長!」

「こうなったらやってやる! やぁあってやるわよぉおおおお!」

「すぐに準備を始めるわよ! 秋季大会? ほっとけそんなの!」

 

 秋季大会をそんなの呼ばわりするか。恐ろしいかぎりである。

 

「……あれ? 翔様は?」

 

 誰かが言った。

 こ、この流れはまずい。

 

「本当だ!」

「翔様はどうなるの!?」

「そうよ! どうして翔様は景品じゃないの!?」

 

 今度はざわめき始めた生徒たち。その矛先は、壇上の生徒会長と俺に向いていた。あと翔様とは何だ。

 ちゃんと説明してくれるんだろうな、あの人は。

 

「静かに。みんなも気になっている、一年一組の天羽翔君は……昨日をもって、生徒会副会長に就任しました!」

「!」

 

 今度は、叫び声が上がらなかった。全員驚いた様子はあれど、騒ぐ様子はない。どこか真剣な雰囲気が、周囲を包む。

 

「……何があった?」

 

 理由が気になったので、事情を知っているらしい隣の生徒に話しかけた。

 

「あれ? 天羽君は知らずに副会長になったの?」

「何のことだ?」

「あのね、生徒会副会長っていうのはね、現生徒会長が選んだ、次期生徒会長の第一候補なんだよ」

「!」

 

 知らなかった事実に、俺は驚く。

 

「――なるほどな」

 

 生徒会副会長、か。その意味までは理解していなかった。

 

「あはっ」

 

 壇上から、更識先輩が俺に笑いかけた。

 

「…………」

 

 次期生徒会長候補。まさかそこまで俺を俺を買っていてくれたとはな。

 生徒会に誘われたとき、更識先輩がどれほど俺に興味を持っているか、量りかねていたところはあったが、今はっきりした。――あの人は、俺にこれ以上なく期待している。

 

「ふ、ふふ」

 

 そう思った瞬間、つい笑い声が漏れてしまった。

 これほどわくわくしたのはいつ以来のことだろう。本当に、久しぶりだ。この、気分が高揚して、どこへでも行けるような感覚。俺は認められている、そう確かに思える感覚。

 しかし、何と思い切ったことをする人だろうか、更識楯無。ただの噂だけを聞いて俺に接触してきて、一度手合わせをしただけでここまで俺に期待するとはな。

 俺はもう一度壇上を見上げて、ミステリアスな笑みを浮かべた更識先輩に、不敵に笑ってやった。

 ――いいだろう、更識楯無。あんたの器の大きさを認めてやる。その器に免じて、力を貸してやろうではないか。あんたが望むまま、存分に力を振るってやる。

 あんたはまだ知らないだろうが、俺は期待には応える性質だからな。

 

「翔様は諦めるけど、織斑君は頂くわよ!」

「よしよしよしっ、盛り上がってきたぁああ!」

「最高で一位、最低でも一位よ!」

 

 再び盛り上がりを見せる生徒一同。

 

「ちょ、ちょっと待て!? 俺、何も知らないんだけど!?」

 

 戸惑う一夏には目もくれず、女子たちの叫び声が止むことは無かった。


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