IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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「――天羽翔くん、キミを、生徒会副会長に推薦します」

 

 生徒会長の更識楯無先輩は、そのミステリアスの笑顔はそのままに、扇子をビシッと俺に向けてそう言った。

 

「せ、生徒会?」

「そう、生徒会。より良い学園作りのために組織している組織」

「別に生徒会の意味が分からなかったわけではないのですが……」

 

 とにかく、答えることは一つだ。

 

「お断りします」

 

 俺がきっぱりそう答えると、更識先輩はむっと顔をしかめる。

 

「どうして?」

「生徒会に入るということは、選挙も有るんでしょう? 今の俺にそんなことをしている余裕はありません」

 

 入りたいわけでもない生徒会に入るために、その生徒会に入りたいと思っている候補たちと選挙で勝負するのは気が引ける。正直な話、面倒な選挙をしてまでわざわざ得体の知れない組織に入りたいとは思わない。

 

「あら、知らないのね。この学園の生徒会は生徒会長が推薦したメンバーで役員を構成することになっているんだよね~。勿論選挙なんて必要なし!」

 

 先輩の言葉と共に開かれる扇子。そこには「不要」と書かれていた。

 この人が言うには、生徒会長は定員数までなら自分が推薦した人物を誰でも役員に入れていいそうだ。

 というか、あの扇子はいつの間に変えたのだろう。とても気になったが、今はどうでもいいことなのでその疑問は頭の隅に追いやった。

 

「……それで、どうして俺を?」

「理由? そんなの簡単よ。君のその能力は、私たちにとってとても魅力的なの。入学以降の模擬戦は全戦無敗、整備科にも劣らないのIS整備技術、優秀な学業の成績、ハッカー並の素晴らしいハッキング能力――これだけの逸材だもの、仕事があんまり好きじゃない私でも、君と一緒に仕事したいと思うわけ」

「…………」

 

 どうやら俺のことは非常に高く買ってくれているようだ。

 しかし、「更識」、か――。

 

「(なあ、翔。受けるのか、この話?)」

「…………」

 

 一夏が横で耳打ちをした。

 どうしたものか。別に受けても構わないんだろうが。

 

「それで、どうする? 入る? 入らない?」

「お断りします」

「え~!? どうして~」

 

 理由は、ただ一つ。クラス代表を一夏に譲ったのと同じ理由。それは――。

 

「……面倒だからです」

 

 これに尽きる。

 

「……ついに本音が出たわね」

 

 呆れる更識先輩。

 

「そう言わずに、やろうよ!」

「嫌です」

「もう~! じゃあ、せめて生徒会室に来るだけでも!」

「お断りします」

「むぅ……! 翔くんのいけず!」

 

 いきなり名前で呼ばれた。せっかく警戒して距離を保っているのに。馴れ馴れしい真似は困る。

 

「お願い~!」

「…………」

 

 これだけ断ってまだ言うのなら、それだけ俺に入って欲しいと思っているということだろう。確かに、面倒という理由だけで断るのは軽率か。

 ここは一つ、駆け引きといこう。

 

「なら、こういう条件でどうですか? 明日俺と戦って、貴女が勝てば、俺は生徒会に入るというのは」

 

 俺がそう言うと、更識先輩はぷっと吹き出した。

 

「あ、あはははっ!」

 

 声を上げて笑う更識先輩。何が可笑しい。

 

「……何か?」

「あはは。ごめんごめん。そっか、君は知らないんだね」

「何を?」

「――この学園の生徒会長っていうのはね、学園最強の称号なのよ」

「ほう……」

「つまり君は、この学校最強の生徒に喧嘩を売ったわけだ。まあ、知らなかったみたいだけど。……で、それを聞いてもなお、君は私に喧嘩を売るのかな?」

 

 先輩は笑顔のまま、俺に問うた。

 

「…………」

 

 この人が最強である、と聞いてもそれほど驚かなかった。初めて見たときから、どこか只者ではない雰囲気を纏ったこの人は、絶対に強いと思っていた。まさか学園最強とまでは思わなかったが。だが、これは願ってもないことだ。

 

「――なら尚更、俺はあなたと戦いたい」

「……へえ。まさかこの私に勝てるとでも? それは自信満々を通り越して傲慢だね」

 

 自信満々に言う更識先輩。イラっときた。

 

「傲慢というならお互い様です」

 

 あんたも人のことは言えないだろう、とは言わないでおく。

 

「大体あなたは俺の実力を知らないはずだ。あなたが絶対に勝つ保障はない」

「…………」

「それに、俺が勝てば、俺は実質この学園最強――と言っても『学園最強』、それはただの通過点にしか過ぎませんが」

「通過点?」

「そう。――『世界最強』を目指す俺にとっては、『学園最強』なんてただの通過点にしか過ぎない……そう言っているんですよ、更識先輩」

 

 俺は不敵に笑った。

 

「……言ってくれるじゃない」

 

 流石の更識先輩も、驚いたようだ。顔が引きつっている。

 

「じゃあ君の望みどおり、明日の放課後に手合わせしようか。時間は四時半。場所は第二アリーナ。これでいい?」

「構いません」

 

 更識先輩は満足とまではいかないが、一応は納得した様子だった。

 

「じゃあ、また明日ね」

 

 そう言って、先輩は俺たちの前から去っていった。

 

「あ、あんなこと言ってよかったのか?」

 

 すっかり蚊帳の外であった一夏が口を開いた。

 

「ああ。……やることは、決まったしな」

「?」

「何でもない。早く戻ろう」

「お、おう」

 

 ――学園最強の生徒会長、か。お手並み拝見といこうではないか。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 そして、翌日の放課後。アリーナで行うが、俺たち以外には非公開ということで行われた。アリーナの外で観戦しているのは、誰もいない。つまり、これは記録に残らない非公式戦である。

 ……まあ、本当にそうかは知らないがな。

 

「――展開」

 

 蒼炎を展開し、ピットから飛び出した俺。機体の調整は問題無し。いつも通り、いい状態で稼動している。

 更識先輩はまだ来ていないようで、まだアリーナ内には出て来ていない。

 さて、当然専用機持ちだろうから、まずは機体特性の分析からだな。量産機で戦おうとはしないだろう。

 

「お待たせ」

 

 更識先輩の声が聞えて、聞えたほうを見ると、水色の装甲をした機体がピットから飛び出してきた。

 

「それがあなたの専用機ですか?」

「そう。これが私の専用機、『ミステリアス・レイディ』よ」

 

 水色の装甲をしたその機体の外見は、特にこれと言った特徴は見当たらない。強いて言うなら、全体的な装甲の面積が少なめなことと、両肩の上に浮かんでいる不固定浮遊部位(アンロック・ユニット)ぐらいだ。ただ、こういう外見的に特徴が少ない機体は、展開した武装に特徴があったりするため、油断はしない。

 

「じゃあ、始めましょう」

「望むところです」

 

 数秒の沈黙。

 

 ブーッ!

 

 そして、試合開始のブザーが鳴った。

 

(まずは小手調べだな)

 

 開幕直後、一瞬で右手に《荒鷲》をコールした俺は、即座にライフルモードに変形して牽制の射撃をミステリアス・レイディへ送る。

 

「早いね。さっすが」

 

 あくまで牽制。甘く狙っているため、簡単に避けられても不思議でないはずの弾。だが先輩は、それを避けようともしなかった。

 

「何……!?」

 

 パシィン、と弾かれるような音がして、俺が放ったライフルのエネルギー弾は、ミステリアス・レイディの不固定浮遊部位(アンロック・ユニット)から発生した水のヴェールに阻まれ霧散した。

 

「水……?」

 

 ただの水にエネルギー弾を受け止められるはずはないが……。

 笑みを崩さない更識先輩。その表情は余裕に満ちている。

 

「…………」

 

 何とも得体の知れない能力だが、仮説は既に頭の中に立った。念のため、俺はもう一度《荒鷲》のライフル射撃を数発見舞う。前よりも出力を高めた高威力のエネルギー弾だ。

 

「無駄よ」

 

 再び水の壁が立ちふさがり、ライフルの弾は掻き消えた。

 

(――なるほど。やはり……)

 

 思った通り、あの水はただの水ではない。不固定浮遊部位(アンロック・ユニット)から発生している水は、恐らくISのエネルギーを伝導するナノマシンによって制御されている。その水で壁を作り、それで俺の射撃を無効化したわけだ。

 

「射撃は無効、ですか」

「正解。鋭いね」

「……どうも」

 

 再三、褒めてもらっているが全く嬉しくない。

 能力が未知数な以上、リスクのある接近戦はしたくないが、ライフルが使えないとあっては仕方がない。接近して、さらに分析する。

 スラスターを吹かしてやや距離を詰めつつ、《飛燕》を飛ばす。肩、背、脚のそれぞれの装甲から分離した刃の欠片は、次々とミステリアス・レイディに襲い掛かっていく。

 

「わお。自立機動兵器? そんなのまで装備してたんだ」

 

 更識先輩はわざとらしくそう言うと、右手に大型のランスを展開した。得物はランス。つまり、俺の剣は単純なリーチでは負けていることになる。

 更識先輩はついに動き出した。四方八方から飛んでくるソードビットを無駄の無い動きで回避、もしくは手に持ったランスで受け流していく。初見ながら見事という他ない動きだ。

 

「甘い甘い。飛ばしてくるだけの攻撃なんて、当たんないわよ?」

「分かっていますよ」

 

 だが、光は見えた。更識先輩は《飛燕》を水のヴェールで受け止めなかった。いや、恐らく受け止められなかった。巨大な実体である《飛燕》は受け止められないと見ていいだろう。つまり、近接格闘ならあの水のヴェールを突破できるということだ。

《飛燕》を再び俺の近くに戻らせて、《荒鷲》をソードモードへ変形する。《飛燕》に突撃指令を出した俺は、ビットを布石に徐々に更識先輩との距離を詰める。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)――ッ!)

 

 急激な前方への加速。その加速の勢いをそのままに、両手に構えた剣を振り下ろす。同時に、更識先輩は手のランスを突き出す。

 ガギィンッ、とお互いの得物が音を立ててぶつかる。空中で切り結んだ俺たちは、振り返り様に再び剣とランスを合わせる。

 

「……やはり、格闘攻撃はヴェールでは防げないようですね」

 

 俺がニヤリと笑うと、更識先輩は能力が見破られたにも関わらず嬉しそうな顔をした。

 

「ふふ、正解よ。本当に鋭いんだね、翔君。おねーさん賢い子は好きよ?」

 

 からかうような口調の更識先輩。

 ……というか、また名前で呼んだな、この人。

 

「冗談ばかり言っていると――!」

「冗談じゃないわよ?」

「嘘が好きな人だ!」

 

 全身では高速で格闘戦を行っていながら、傍らで軽口を飛ばし合う俺と更識先輩。

 鋭い突きを回避し、反撃の薙ぎを放つが、それはバックステップで避けられた。開いた間合いを再び詰めて斬りかかるものの、それはランスで受け流される。

 

(ちっ! 巧い……!)

 

 巧みな槍捌きに阻まれて、剣の間合いまで踏み込めない。俺が攻めあぐねる隙に、ミステリアス・レイディの攻撃は確実に入ってくる。俺が一発入れる頃には、俺は五発はくらっている。このままではジリ貧だ。

 ランスと剣のリーチでは、当然ランスに分がある。踏み込まないことには不利なままだが、ここから一歩踏み込むには、ランスでの攻撃が終わった後の隙、つまり「後の先」の攻撃しかない。

 しかし、更識先輩は攻撃した後のカバーが非常に巧く、隙が無い。その隙を作るためにフェイントを混ぜながらけん制をしているものの、更識先輩はまったく崩れない。

 

(どうするか……)

 

 このままではシールドエネルギーが削られるだけだ。体勢を立て直そうと、一度後退して大きく距離をとる。

 

「逃がさないよ」

 

 更識先輩のセリフと共に、ランスの穂先がこちらに向けられ、ランスに内臓されたガトリング砲が火を噴いた。

 

「くっ……!? 隠し武装か!」

 

 後ろに下がった状態では軸をずらせない。やむを得ず周囲の《飛燕》を集めてエネルギーフィールドを展開、壁を作って防御した。

 

「へえ。そのビット、そんなこともできるのね。多芸~」

「…………」

 

 エネルギー消費の大きいアレを使わされたのは、あまり褒められたものではない。苦肉の策だったのだから。

 とにかく、これで装備を変えられる。

 

「《飛燕》」

 

 左腕の実体シールドをパージ。手持ちの《荒鷲》を収納(クローズ)し、周囲に停滞している《飛燕》一ノ型、二ノ型を一つずつ掴んで、両手で握る。 

 ここは戦術を切り替え、手数重視の戦闘スタイルへ変更することを決めた。武装の取り回しをさらに良くし、ランスの懐へ突っ込む作戦だ。ただ、距離を詰められなければ一方的に攻撃されることになる。それでも、この状況ならハイリスクハイリターンのこちらの戦術の方が可能性がある。

 両手に《飛燕》を構えて、突撃に備える。それほどシールドエネルギーは残っていない。これから逆転するには、当たらずに当てるしかない。

 

「――行きますよ、更識先輩」

「来なさい」

 

 更識先輩の表情は、依然余裕のまま。その余裕の表情、絶対に崩してやる。

 

「――行くぞ、蒼炎!」

 

 スラスターを吹かし、前方へと加速する。

 

「はあっ!」

 

 俺の両手の小剣から繰り出される、素早く激しい剣戟。さらに追撃を行うソードビット。攻撃回数は格段に増えている。

 

「引き出しが多いのね!」

 

 加速したこちらの攻撃に、先輩は少し防御に集中し始めた。

 

「それがこいつの取り柄なので」

 

 攻撃バリエーションの豊富さが、この蒼炎の売りだ。

 左手の《飛燕》で防御、小剣で止め切きれない衝撃を機体制御で逸らしていなし、右の《飛燕》での斬り上げ。さらに飛行させた《飛燕》による背後から攻撃。これらの連携で、更識先輩は徐々に後退していく。

 あまり入らなかったこちらの攻撃も、確実にヒットする回数が増えてきた。この間合いに入るまでにいくつか突きをもらったが、構わない。

 ――ここでもう一つ、揺さぶりをかける!

 俺は応酬の最中、宙返りと同時に両手に持っていた《飛燕》を投擲した。

 

「!」

 

 虚を突く攻撃に、更識先輩は手に持ったランスを横に構えて咄嗟にガードした。

 いい反応だが、それこそが俺の狙いだった。俺はフリーになった手に《荒鷲》を展開。さらにミステリアス・レイディ周辺に停滞させた《飛燕》を特攻させる。更識先輩はそこからランスを大きく薙ぎ払ってソードビットを全て叩き落した。

 これも見事だ。だが、大きく薙ぎ払ったランスでは、次の行動へは素早く移れない。

 俺は更識先輩がソードビットを処理している間に、瞬時加速(イグニッション・ブースト)をチャージして一気に間合いを詰め、ミステリアス・レイディへと肉薄した。

 ついに作り出した決定機。俺は、すかさず《荒鷲》を振りかぶり、必殺の一撃を叩き込む――!

 

「――ふふっ」

 

 ――だが、更識先輩は、笑った。

 

「惜しかったけど―――」

 

 その言葉と共に、更識先輩はランスを放り、左手に異形の剣のようなものを召喚した。更識先輩が左手を振ると、剣がしなり、俺の右の脚部装甲へと巻きついた。

 この独特の動きは……蛇腹剣!? 

 

「ツメが甘いね」

 

 更識先輩が再び蛇腹剣を振ると、刀身の巻きついた右脚にぐん、と力がかかる。

 

(な、投げられる――ッ!?)

 

 案の定、俺は投げ飛ばされ、地面へ叩きつけられた。

 

「ぐああっ!?」

「残念だけど、君には生徒会に入ってもらいたいから、倒すよ!」

 

 地面に沈んだ俺に、蛇腹剣が次々に襲い掛かり、蒼炎のシールドエネルギーをごっそり持っていく。

 

「これで――」

「まだだ!」

 

 とどめを刺される寸前、ようやく弾き飛ばされた《飛燕》が戻ってきた。残ったエネルギーで《飛燕》のエネルギーフィールドを緊急展開、蛇腹剣を攻撃を凌ぐ。

 どうにか間に合った。もう既に瀕死だが、まだ終わったわけではない。これから体勢を立て直して――。

 

「そこら辺が、ツメが甘いって言ってるのよ」

 

 そう考えて上を見ると、更識先輩の声が聞えた。

 

「!」

 

 更識先輩はさっき放ったランスを再び握り、投擲の姿勢に入っていた。手に持ったランスの穂先の部分では水が螺旋状に高速回転しており、大型のランスがさらに巨大になっていた。

 そして、更識先輩は反撃の姿勢の入りかけた俺に投擲した。ミステリアス・レイディから放たれた剛槍は、唸りを上げて俺に迫ってくる。

 

(早い!)

 

 これでは回避が間に合わない。咄嗟に判断した俺は、叩きつけられて仰向けのまま防御体勢をとった。

 再びソードビットを円環状に配置して防御指令を出す。ガガガガ、投擲された大型ランスがエネルギーフィールドに接触し、激しく音を立てている。そして、エネルギーフィールドに亀裂が入った。

 

(う、受け止めきれない!?)

 

 まずい。このまま貫通されたら――!

 

「無駄よ。この《蒼流旋》は、先端に超高周波振動する水のナノマシンを纏っているからね」

 

 ガガガガ、という接触音は、フィールドの悲鳴のようにも聞こえた。

 蒼炎の目玉であるこのエネルギーフィールド。これの防御力には大きな信頼を置いていた。だが、このランスには適わなかったらしい。ライフルのように高速回転する大型ランス。その貫通力を前に、今壁は破られようとしていた。

 

「――惜しかったね、翔くん。君との勝負、おねーさんは楽しかったよ」

 

 ――くそ。俺の負けか。

 そう悟った直後、ランスがフィールドを貫通し、俺に突き刺さった。

 

 ビーーーッ!!

 

 ――ここで、試合終了のブザーが鳴った。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「――ありがとうございました、更識先輩。いい経験になりました」

「ふふ、こちらこそ」

 

 そう言って差し出された差し出した手に、顔をしかめる。更識先輩はあそっか、とニヤニヤ笑い出した。

 

「そうだったねー、君、女の子に触れないんだっけ?」

 

 やはりバレている。握手を迫ったのもわざとだろう。ケラケラ笑う先輩を睨む。

 

「ごめんごめん、だからそんなに睨まないの」

「…………」

 

 これからずっとこんな調子でからかわれるのだろうか。何という苦行。

 

「それじゃ、明日の放課後に生徒会室に来てね。他の生徒会役員を君に紹介して、ちゃんと君の紹介をするから」

「了解しました」

 

 ん、よろしいと更識先輩が笑った。

 

「――あっ」

 

 何か思い出したように言う更識先輩。

 

「……どうかしたんですか?」

「いや、大事なことを忘れててね。そこに立ってくれる?」

 

 言われる通り、更識先輩の前に立つ俺。

 

「――ここに生徒会長の名において、君を正式に生徒会副会長に任命します」

 

 なるほど、認証式か。

 厳かに更識先輩が言うと、さらにこれからよろしくね、と付け加えた。俺はこちらこそよろしくお願いします、と返して、踵を返してアリーナから出て行こうとする。

 

「ちょっと待った」

 

 また更識先輩が俺を引き止める。

 

「……今度は何ですか?」

「こら、そんなにイライラしないの。おねーさん短気な子は嫌いよ?」

「…………」

 

 痛感する。この人は、俺の苦手なタイプだと。

 

「で、用件は何ですか?」

「なーに、簡単なことよ。――これからは私のことは、『楯無』って呼んでね♪」

 

 にこっと笑う先輩。

 やはり、この人は苦手なタイプだ。

 

「お断りします」

 

 俺はきっぱり答えた。

 

「え~。もう、翔くんのいけず!」

 

 前も聞いたな、そのセリフ。面倒なことになりそうなので、俺は足を速めて立ち去った。

 まあ、苦手な人間かも知れないが、この人の実力は本物であることは分かった。それだけでも十分な収穫だ。

 ――お互いに腹の探りあいはやめましょう。

 背後から、そんな更識先輩の声が聞えた気がした。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「ただいまー」

 

 翔との勝負が終わり、楯無は生徒会室に戻ってきた。

 

「おかえりなさい、会長」

 

 入ってきた楯無を迎えたのは、布仏(のほとけ)(うつほ)。三年の生徒であり、布仏という苗字が示すとおり、翔と一夏のクラスメイトである布仏本音の姉である。

 楯無が「生徒会長」と書かれた机に座ると、虚は手に持った盆から紅茶の入ったカップを持ち上げ、それを楯無の机の上に置いた。

 

「ありがと虚ちゃん」

 

 楯無が笑顔で礼を言うと、虚は何も言わずに微笑み返した。 

 二人は幼馴染である。日本屈指の名家である更識家のメイドとして、虚の一家は昔から仕えてきた。そのため、二人は気心知れた幼馴染なのであった。その関係は、セシリアとチェルシーの関係にも似ていた。

 楯無は淹れたての紅茶をゆっくり味わった。

 

「――うん、おいしい」

 

 一言の賞賛だったが、虚の紅茶は世界一だと、楯無は本気でそう思っている。

 

「見事な勝利でしたよ」

「あら、ありがとう」

「――それで、彼は如何でした?」

 

 言わずもがな、彼とは翔のことである。実際のところ、楯無は虚に試合の内容を見せていた。バレないようにさせたつもりだったが、翔も気づいていた様子。それでも何も言わなかったあたり、他の人間の有無は関係なかったのだろう。

 

「噂通り、凄い子だったわよ。びっくりしたもの。とても一年生とは思えないわね」

 

 虚を前に、楯無は嘘を言わない。その口ぶりからも、それが真実であることが伺えた。そして、楯無は世辞も言わない。駄目ならはっきり駄目という楯無だけに、楯無がここまで褒める天羽翔という人物は本当の見どころのある人間だと虚は判断した。

 

「これから彼と一緒に仕事ができると思うと、楽しみね」

 

 心底嬉しそうに、楯無は言う。

 

「天羽君のことを随分と気に入られたようですね?」

「勿論。翔くん、結構タイプだし」

「お嬢様、冗談はお止めください」

「あら、そーんなことないわよ~?」

「…………」

 

 楯無はどこまで本気なのかは、言わなかった。

 

「でも、気になることはあったかな」

「気になること、ですか?」

「そう」

 

 楯無は翔との戦闘中、ある事実に気がついた。

 

「――彼、全力じゃなかった」

「!」

 

 虚は驚きを隠せなかった。

 

「て、手を抜いていたということですか? 生徒会に入るかを賭けて戦っていたというのに?」

 

 確かに、翔は生徒会への入会を賭けて楯無と戦った。学園最強である楯無相手に、手加減して勝てるとでも思っていたとでもいうのか。それならば、彼の行動は矛盾している。

 だが、楯無は首を振って否定した。

 

「違う。多分翔くんは、ただ私と戦ってみたかっただけだったのよ。翔くんにとって、生徒会への入会を賭けて、なんていうのは口実。もし私と戦って、私が勝ったなら素直に入るし、私が負けるようなら所詮その程度と見限ったでしょうね。その上で、きっちり本当の実力は隠してた。自分の『底』を、知られないようにね」

「…………」

 

 楯無は話を止めないまま、紅茶を持った右手を口に持っていく。

 

「そして多分、『更識』の裏の意味も知っていた。だから私が学園最強って言っても驚かなかったんでしょう」

 

 そのとき隣のいた一夏が目を丸くしていたにも関わらず、だ。翔は全く驚いた様子を見せなかった。

 恐らく、一晩のうちに持ち前のハッキング能力でこちらの情報もある程度入手してきたはず。「更識」がどのような組織か、もう分かっているはずだ。

 

「――では、こちらの真意にも気づいていた、と?」

「そう思ったほうがいいでしょうね」

 

 楯無はまた紅茶を一口飲んで、窓の外を見る。九月といえど、時刻は六時になっていないため、まだ空は明るい。

 

「……試そうと思っていたら、こっちが試されていたわけだ。――私としたことが、一本取られたよ」

 

 楯無は悔しそうに、だがどこか嬉しそうに呟いた。

 恐らく勝負を持ちかけられた時点で翔の思惑通りに事が進んでいた。そう楯無は分析する。敢えて傲岸不遜な態度を取ることで、楯無との試合に臨むのを自然に思わせて。

 

(一見傲慢で野心家に見えて、その実冷静で思慮深い切れ者、ね……)

 

 楯無は心の中で翔のイメージをまとめた。

 

「ふふふ……」

 

 溢れる笑みをそのままに、楯無はまた窓の外の空を見た。

 どうやら、あの天羽翔という男は思った以上に楽しませてくれそうな人物なようだ。織斑一夏もそれなりに見所がありそうだが、楯無としては、天羽翔の方がより興味深い。

 ――本当に、これからが楽しみだ。

 

「――これからよろしくね…翔くん…」

 

 楯無は、笑顔でそう言った。


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