IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
八章終了後、初の日刊ランクインもあり、多くの方にお気に入り、評価をいただきました。ありがとうございます。
今後とも、『天翔ける蒼い炎』をよろしくお願いいたします。
1
「うおおおおっ!」
一夏の雄叫びがアリーナに響く。それと同時に白式が唸りを上げて俺の方へと突っ込んできた。
ゆっくりとした円の動きからの、
「円の動きからの直線加速か。成長したな一夏。だが――」
俺はまず《飛燕》を使って一夏を牽制し、一夏の斬り上げに《荒鷲》を合わせて威力を殺す。
「単純な剣術で、俺に勝てると思うな」
「ぐっ!?」
逸らされた《雪片弐型》の勢いを止めきれず、一夏はいなされた方向につんのめった。その無防備な背中に、《飛燕》が次々と襲い掛かる。
「ぐあっ!」
派手に白式の背部装甲が爆ぜた。かなりのダメージが入っただろう。大振りな攻撃は、避けられれば大きな隙を作ることになる。大技と自らのピンチは紙一重なのだ。
しかし、不利状況ではリスクがあろうが大技で逆転を狙わざるを得ない。要は、細い勝ち筋を無理矢理通しに行かなければならないのだ。それが不利状況の大きな特徴と言える。
「くっそー! まだだ!」
一夏は左手の《雪羅》をカノンモードへ変形させ、荷電粒子砲を放つ。
「無駄だ」
《飛燕》が円環状にフォーメーションを取り、エネルギーフィールドを俺の前面に発生させる。荷電粒子砲のエネルギーは、エネルギーの壁に遮られて俺には届かない。
回避も可能だが、それで機体を動かせば照準がズレて命中率が落ちる。今は有利な状況なので、エネルギー消費のある行動をしても、きっちり反撃すれば状況有利を広げることができる。これが、さっきとは逆に状況有利の特徴だ。
思惑通りとばかりに、俺が撃ったライフルが一夏の白式に降り注ぎ、一夏は回避に必死になる。
さて、そろそろ《白式》のエネルギーは限界だ。もはや零落白夜の楯を使って防御することもままならない。
一夏は最初に比べれば格段に強くなった。零落白夜の使い方、戦術、機動、その他すべてが格段に上手くなっている。だが、まだ未熟そのもの。俺に勝つにはまだ早い。
――《孔雀》、キャノンモード。
蒼炎の背の光の翼が、一対の巨砲に姿を変えた。
ライフルによって《孔雀》キャノンモードの射線に誘導された一夏。その一夏を、《孔雀》はしっかり狙っている。
「出直してこい、一夏!」
砲口から放たれたエネルギーが、一夏を呑み込んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「まだまだだな、一夏」
「くっ……」
俺と一夏が模擬戦を終えた後、俺たちはいつものメンツで集まって昼食を食べていた。こてんぱんに叩きのめしたので、一夏は少しへこんでいる。やり過ぎたか。
「はぁ……。
へこむ一夏を、鈴音が慰める。
「まあ仕方ないわよ。翔のだって第二形態だし。それに翔、ここに来てからまだ無敗じゃん」
いつか引きずり降ろすけどね、と鈴音はラーメンをすすった
そうなのだ。実は俺はIS学園に入学して以降無敗である。記録上、あの学年別トーナメントでは敗北しているが、あれの決勝戦は俺は全く干渉していないので、実質負けていないことになる。
「ふん、当然だ。お兄様は最強なのだ。一夏如きで倒せるはずがなかろう。お兄様を倒すなど私を倒してから言え馬鹿者が」
「はい……」
俺には勿論、一夏は未だに一対一でラウラに勝てていない。
ただ、一夏の白式は、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンとはとことん相性が悪い。射撃能力がほとんど無い白式はシュヴァルツェア・レーゲンに近づかざるを得ないが、そうすればすぐAICに捕まる。元々一対一では反則染みた性能を持つシュヴァルツェア・レーゲンだ、勝てないのは仕方のないことかもしれない。ISの相性が悪すぎる。
「それにしても翔の蒼炎、とんでもないスペックになったよね」
シャルロットが苦笑する。確かにシャルロットの言うとおり、
新武装《孔雀》が機体の機動力を大きく増強し、《飛燕》に依存していた蒼炎の防御・攻撃両面を補完した。エネルギーを大量に使うので燃費は悪くなったが、元それは俺の側でサポートしてやればいい。無論使いすぎは禁物であるが。
「それを翔が操縦するんだから、ねえ……」
「手のつけようがないわよ。ほんと」
一通り、仲間たちとも模擬戦をしたが負ける気がしなかった。
「それに比べて、一夏の白式は……」
「とんでもない大メシ食らいになっちまった……」
一夏の白式は
神様は、初心者に極めて扱いにくい機体を授けたようである。
「せめてもうちょっと燃費が良くなればなあ……」
一夏が呟く。まだ工夫の余地はあるだろうが、難しいだろうな。
「だ、だがそれも私の紅椿と組めば問題ない! 紅椿には『絢爛舞踏』があるからな!」
箒が胸を張って主張する。
「絢爛舞踏」とは、紅椿の単一仕様能力。その効果は、「使用するとエネルギーが回復する」というとんでもないものである。
「何言ってんのよ。あんたまだそれ発現できてないじゃない」
「う、それはそうだが……」
箒の目下の課題は、「絢爛舞踏」の発動だ。確かにデータ上は発動可能なのだが、箒はまだ発動させていない。
「残念だけど、一夏と組むならあたしね。あたしの甲龍は中近距離に対応してるから白式とは相性良いのよ」
「そ、それなら僕のリヴァイヴは一夏の苦手な射撃主体だし、相性では負けてないと思う。この前のトーナメントで組んだし、コンビネーションは自信あるよ」
鈴音とシャルロットが視線で火花を散らしている。
個人的にはシャルロットが専用機持ちの中では一番一夏と相性がいいと思うが、鈴音と組んでもきっと抜群のコンビネーションを発揮させることができるだろう。
「…………」
そんな中、俺は横目でセシリアを見ていた。一言も喋らないセシリア。明らかに元気が無かった。
「あれ? セシリア? もう食べたの?」
「ええ。わたくし、今はダイエット中ですから。では、お先に失礼します」
いや、ダイエットなんてしなくても。十分細いじゃないか、と言うのはデリカシー皆無のやつがやることだな。
結局、セシリアはトレイを持ち上げて、さっさと食堂から出て行ってしまった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(どうして……応えてくれませんの、ブルー・ティアーズ……)
セシリアは今も耳にある相棒に語りかけた。
(このままでは、一夏さんに勝てませんわ……)
新学期が始まってから、セシリアは一夏と模擬戦を行い、結果、惨敗した。理由は、ブルー・ティアーズが白式との相性が最悪だからである。
セシリアのブルー・ティアーズには、BT兵器のみしか搭載されていないため、武装はミサイルのビット以外、全てがエネルギー兵器で構成されている。それに対して白式は、単一仕様の零落白夜により、エネルギーをたちまち消滅させることができる。さらに第二形態『雪羅』になって以降は、その零落白夜の盾まで手に入れた。つまり、今の白式はエネルギー攻撃主体の機体に対して絶対的なアドバンテージを持っているのだ。
これらの要素により、普通に戦った場合、ブルー・ティアーズの射撃は全て無効化され、白式の接近を容易に許す結果になってしまう。しかし、ブルー・ティアーズには特殊能力の
一度はBT兵器の稼働率が八二パーセントまで上がったはずが、今では三七パーセントまでしか上がらない。その原因は、セシリアには全く分からなかった。
「わたくしだけが、わたくしだけがっ……!」
苦虫を噛み潰したような表情で、セシリアは呟く。
あの燃費の悪い白式第二形態に自分だけが負けたとあって、セシリアのプライドはボロボロになっていた。特に、想い人である翔の前で無様な負け方をしたのは耐え難い屈辱であった。
例え心を許せる仲間といえども、戦いの場においてはライバルだ。勝ち負けはどんな相手であっても大事なことであって、また代表候補生として、国の威信を賭けて開発された機体で他国の機体に勝つことは、いわば義務なのだ。
セシリアは一度イギリス本国に実弾兵器の追加を要求しようと思ったが、それは翔の戦いを見て吹き飛んだ。
翔の専用機の射撃武装は、全てエネルギー兵器で構成されている。ということは、ブルー・ティアーズ同様白式とは相性が極めて悪いことになり、白式相手にリスキーな接近戦をせざるを得ないが、翔はそれでも負けなかった。どれほど相性が悪かろうと、翔は負けたりしない。そんな翔の姿を見て、自らの専用機の性能が引き出せずに負けたことを、相性を理由に本国に泣きつこうとする自分が酷く情けなく思えた。
「はあ……」
深いため息をついて、俯くセシリア。
「なーにしてんのよ、こんなとこで」
「!」
不意に後ろから声をかけられた。よく聞き慣れた声だったので、振り向かずとも鈴だと分かったが、振り返って確認すればやはり鈴だった。
「り、鈴さん!」
「一人で落ち込むなんて、あんたらしくないわよ。ほら、紅茶でも飲みなさい」
鈴は手に持った紅茶の缶をセシリアに放った。セシリアをそれを慌てて受け取る。
「あ、ありがとうごさいます……」
「ん」
そう言って、鈴はにっと笑う。
こういう気の利いた真似ができるのは、間違いなく鈴の美点だろう。
「……どうせ、この前一夏に負けたのを気にしてるんでしょ?」
「…………」
鈴にはお見通しのようだった。セシリアは何も言わなかったが、その沈黙は明らかに肯定を意味していた。
「どうして、ブルー・ティアーズは応えてくれないのでしょう……」
「あのレーザーが曲がるって言う、
「はい。それさえできれば、一夏さんに遅れを取ることなどありませんのに」
「ま、そーよね」
ずずず~っとコーラを飲みながら、鈴は相槌を打つ。
現在の専用機持ちの対戦成績は、上から翔、ラウラ、シャルロット、鈴、そしてセシリアと箒と一夏となっている。翔は無敗のため当然一位。そこからやや下にラウラ。その下にシャルロットと鈴がつけていて、この二人にあまり差はない。そして、セシリアが次につけていて箒、一夏がほぼ同一。
セシリアのブルー・ティアーズは
「そんなことを言っても、言い訳にしかならないのは理解していますわ。……ですが、やはり、悔しいですわ……!」
共に強くなる、と翔に約束した。だから、こんなところで遅れを取る自分自身が許せなかった。
「…………」
鈴はセシリアに何を言ってやろうかと考えた。この負けず嫌いでプライドの高い親友兼ライバルに。
「じゃあさ、あんたこのままその偏向射撃が使えないままだったとして、それならずっと負け続けるわけ?」
押し黙るセシリア。
「違うでしょ。あんたが今することは、できないことに縋ることじゃなくて、今できることを磨くことじゃないの?」
「……はい。仰る通りですわ」
「――なら、努力しなさいよ」
「!」
「別に偏向射撃だけが、あんたのISの強さじゃないでしょう? 一夏に勝てないからって、拗ねてんじゃないわよ。勝てないんなら、勝てるまで努力したらいいだけの話でしょ。――シャキッとしなさいよ、セシリア! 弱音なんて、あんたらしくないわよ!」
そう言って、鈴はセシリアの肩を叩くと、笑顔をみせた。
「鈴さん……」
とても頼もしく、厳しく、優しい言葉だった。鈴の言葉は、確かにセシリアの失くしていた自信を蘇らせた。沈んでいたセシリアの表情に、笑顔が戻る。
「そう、そうですわね! こんなところで落ち込んでいる暇があれば、努力すればいいのですわ! ありがとうございます、鈴さん。お陰で目が覚めましたわ」
「ま、いーってことよ」
二人は笑い合うと、立ち上がった。
「では、鈴さん。早速お相手願いたいのですが、構いませんこと?」
「ふふん、望むところよ。返り討ちにしてやるわ――あっ」
何かを思い出したように鈴は立ち止まる。
「そうだ、翔から伝言預かってるわよ」
「か、翔さんから?」
「そうよ。あいつ、あんたが元気無いのに気づいてたわ」
「そ、そうなんですの……」
翔にも気づかれてしまったことが恥ずかしい反面、ちゃんと自分を見てくれていたことが嬉しかった。
「あんたが何で悩んでるのかも、分かってたみたいね。伝言の意味、受け取ったときは分からなかったけど、今なら分かるわ」
「そ、それで、翔さんは何と?」
「『理解しろ。そうすれば理解してくれる』だってさ。意味深よね」
「『理解しろ』、ですか……」
言葉にして、反芻する。
「自分を分かってほしければ、相手を分からなければならない。ISは人と同じだ。独りよがりではISは心を開いてくれない」
そんな翔の声が聞えた気がした。セシリアは微笑むと、太陽のネックレスに手を添えた。
(ありがとうございます、翔さん)
心の中で翔に礼を告げて、セシリアはまた歩き出す。
「鈴さん、参りましょう!」
「はいはい」
急に元気になったセシリアに、鈴は苦笑した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その日の放課後、俺と一夏は寮までゆっくりと歩いて帰っていた。今日は特に訓練するつもりはない。時には休息も必要だ。
「……で、文化祭の出し物は決まりそうなのか?」
俺は隣を歩く一夏に尋ねた。
もうすぐIS学園の文化祭が始まる。既に各クラスで文化祭の準備が始まっている。IS学園の文化祭はただの文化祭ではない。世界各国からあらゆる人間が招待されている。それが理由であらゆる面から出し物を考えなければならない。
一夏は一組のクラス代表として、意見を集めて採決を取らねばならないのだが、それがまた難航しているらしい。まださらっと聞いているレベルのようだが。
「いや、全然。クラスの女子としては俺たちを使って何かしたいらしいんだが、どうにも候補が多すぎて絞れないんだと」
「俺たちを使って、か。嫌な予感しかしないな」
「同感だよ」
俺の言葉に、一夏がため息をつく。
それ以上は話題がふくらまないだろうから、話題を変えることにした。
「それでだな、今日の模擬戦で思ったが、お前は射撃が下手すぎる」
「あー、やっぱりか。絶対後で言われると思ってたんだよ……」
今日の模擬戦、俺が一夏に完勝したが、それで一番気になったのが今指摘した点だ。一夏にはとにかく射撃のセンスがなさすぎる。ざっと一夏の射撃を見たが、とにかく軌道予測ができていない上、火器の操作がマニュアルではないために、全く荷電粒子砲を当てられない。あれではエネルギーの無駄使いだ。荷電粒子砲のエネルギー消費もバカにならないだろうに。
「
「だよなあ……」
一夏はがっくり肩を落とす。止まって撃つならまだできるんだけどさ、と一夏は言うが、実戦で止まって撃てるタイミングなんてあるはずがない。動きながらでもターゲットに当てる技術が無ければ意味が無いのだ。
「今度シャルロットにでも教えてもらえ」
「そうする」
一夏には燃費以外にも課題がたっぷりだ。一夏は伸び代こそ多いが、如何せんスタートが遅い。俺のレベルまで来るのには大分かかるだろう。
だが、一夏は世界のトップを狙える素質を持っている。今はまだ眠っているが、一夏の潜在能力は計り知れない。それはあの福音との戦闘の際に見せた、あの戦闘力が物語っている。集中力が極限に高まった一夏は、凄まじく強い。……まあ普段は弱いが。
「これからメシまでフリーだし、どうしよっかなー」
「俺は部屋で読書でもするとしよう」
ちょうど読み始めた本があるのだ。こんな日だし、少しは読み進めておくか。
「――キミたちが、天羽翔君と、織斑一夏君だね? 初めまして」
「ッ!」
突如、後ろから声をかけられた。気配を感じ取れなかった。
俺たちが後ろを振り向くと、そこには一人の女生徒が扇子を口元にそえて立っていた。胸元のリボンを見ると、緑色なので、二年生だとは判断できた。
この人とは初対面だったが、不思議なことに、どこか見たような気がしていた。何故俺はこの人に既視感を覚えているんだ。
「……俺たちに何か用ですか?」
「もう、そんな緊張しなくてもいいのに。おねーさん傷つくよ?」
「…………」
俺の問いかけに軽い口調で答えてきた先輩。
この人は油断ならない、と俺の本能が告げていた。一見軽く振舞っているが、腹の底では何を考えているか分からない類の人だ。こういう懐の深い人間相手には、隙を見せてはならない。
「!」
ああ、そうだ思い出した。道理でこの人を見たことがあると思ったわけだ。
――俺は、この人を知っている。この人は……!
「あなたは……更識楯無……!」
「あら、私のこと知ってるのね」
二年の先輩――改め更識楯無は手に持った扇子をばっと開く。そこには「感心」と書かれていた。
まさかこんな人物がわざわざ俺たちの前に現れるとは思わなかった。予想外だ。
「せ、生徒会長?」
「そう。私の名前は、更識楯無。よろしくね」
ミステリアスな雰囲気を纏って自己紹介した生徒会長。この人こそ、裏の世界で有名な更識楯無である。俺は依然警戒を解かない。
「それで、生徒会長がどうして俺たちのところに? まさか、わざわざ挨拶をしに来たわけではないでしょう?」
「まあ、それもなくはないね。キミたちがどんな子なのか、少なからず興味はあったから。でも、本当の目的は――」
更識先輩の視線は、俺の方へ向いた。
「俺に?」
俺がそう確認すると、更識先輩は微笑んでそうよ、と答えた。どうやら本当に俺に用があるらしい。
――そして、この人は衝撃的なことを俺に告げた。
「天羽翔君。キミを、生徒会副会長に推薦します」