IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
ついに、月曜がやってきた。
俺がそれまでの数日間してきたことはISの調整と、一通り武装を『
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「織斑、お前の使うISだが、準備に時間がかかる」
「へ?」
授業で織斑先生が一夏に言った。
「予備機がない。だから、少し待て。学校で専用機を用意するそうだ」
一夏は頭にクエスチョンマークを浮かべている。織斑先生の言葉にクラスメイトたちがざわつく。
良かったな一夏。専用機を用意してもらえるなんて。
「せ、専用機!? 一年のこの時期に!?」
「つまりそれって政府からの支援が出るってことで……」
「いいな~! 私も早く専用機ほしいな~」
羨ましそうなクラスメイトたちとは対照的に、右も左も分からんといった表情の一夏。織斑先生も呆れを隠せない。
「教科書六ページ。音読しろ」
織斑先生に従い、一夏は音読を始めた。
話をまとめると「ISは世界で四六七機せず、そのコアは我が保護者たる篠ノ之束しか作れない。で、その内一個を与えてやるから、代わりに実験台になりなさい」とこんな感じだ。所詮世の中ギブアンドテイク。決して善意で動いているわけではない。虫のいい話は裏を疑え、というのが処世術の常識だ。
「あの、天羽くんって、篠ノ之束博士の関係者なんですか?」
突然、一人の女子が挙手して織斑先生に聞いた。篠ノ之束の名が出たから、ついでに束に推薦されて入学した俺のことも聞く気らしい。
織斑先生がジロっと俺を見る。何故言った、と目線で責められる。いや、仕方ないでしょう。いつかはバレたことだろうに。
「そうだ。天羽は、篠ノ之束の弟子として、この学園に入学している」
クラス中からどっと歓声が上がった。
「きゃー、すごーい!!」
「あの篠ノ之博士の弟子!? じゃ、じゃあ、専用機も……?」
「あ、あの、そういえば天羽君は専用機に乗るんですか?」
さっき聞いた生徒が、また織斑先生に尋ねた。知りたがりめ。
聞かれてしまった以上、織斑先生は答えるしかない。
「ああ、そうだったな。天羽も専用機持ちだ」
きゃーきゃーとまた歓声が大きくなる。い、いや、何が嬉しい?
「ねえ、どんなISなの天羽くん!」
「すごーい! もしかして、篠ノ之博士が作ったの!?」
わらわら、と俺の周りに集まるクラスメイトたち。や、やめろ、近寄るな!
「ひ、秘密だっ! 月曜にも見せることになるから、待っていろ!」
断固拒否の姿勢でクラスメイトを遠ざけ、生命の危険を回避した。くそ、毎日こんなでは身が保たん……!
「まあまあ、ちやほやされて嬉しそうですわね」
「……オルコット」
嫌な笑顔で嫌味をぶつけてくるあたり、本当にいい性格をしている。うるさかったクラスメイトも、一触即発の雰囲気を感じ取ってか急に静かになった。
「専用機持ちで安心しましたわ。まさか訓練機で対戦してくるとは思っていませんでしたけれど。結果は見えていますが流石にフェアではありませんものね」
「俺は訓練機でも勝つ自信はあるが? まあ安心してくれ。専用機を使うさ」
「……ふんっ」
敢えて訓練機を使っても良かったのだが、ここは専用機を使わせてもらう。相手が誰で、何を使おうが、俺は負けるつもりはない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
さて。俺は今、アリーナのピットに立っている。まだISは展開していない。織斑先生の声が、ピットのスピーカーから聞こえる。
「天羽。今回はくじの結果、お前対オルコットの試合の後、その勝者と織斑が対戦する。いいな?」
「分かりました」
一夏の専用機は今さっき来たらしい。どんな機体なのか少し楽しみだが、それはオルコットを倒して試合で拝むことにする。本人の方は……まあ箒のことだ、しっかり鍛えてくれただろう。
「――さあ、行こうか。『
俺のIS学園での初陣だ。気を引き締める。
待機形態であるリングとチェーンに意思を伝え、俺はISを展開した。慣れ親しんだ「乗る」というより「一体になる」ような感覚。視覚、聴覚、触覚すべてがハイパーセンサーによって鋭敏化された。調整は完璧だ。スラスターを吹かし、ピットを飛び出した。
大空の下、煌く蒼がアリーナを裂く。俺の専用機、第三世代IS『
「あら、逃げずに来ましたのね」
オルコットは既にISを展開してアリーナに浮遊していた。その手にはかなり大型のライフルが握られている。
あの機体は『ブルー・ティアーズ』というらしい。皮肉なことに、似たような名前ではないか。タイプは中距離射撃型。特殊武装あり、か――。
俺は不敵な笑みを浮かべて、答える。
「当たり前だろう。あれだけ言って、逃げたら笑いものだ」
誰が逃げるものか。勝つ気でいるのだから。
「それがあなたのIS、『蒼炎』……。皮肉ですわね、これから戦うあなたのISが、わたくしと同じ『蒼』とは」
どうやらオルコットも同じ印象らしい。
「それは仕方がないことだな。同じ『蒼』でも『炎』と『雫』は相反する」
たとえ色は同じであっても、炎と水は相容れないものだ。水が多ければ炎はよって消え、炎が強ければ水は消えてなくなる。どちらが強いか、それだけだ。
「では、最後のチャンスを差し上げましょう。もし今、あのときの非礼を詫びて跪くのなら、許してあげないこともなくってよ?」
――まったく、この期に及んでまだ言うか。プライドと減らず口は一丁前だ。しかし俺とて一歩も引かない。
「それは、こっちのセリフだな」
俺がしっかり言い返すと、オルコットは心底嫌そうな顔をした。舌戦で言い負かせないのが腹立たしいんだろう。生憎、口喧嘩は苦手じゃない。
「……まあ、あれだけ言ったあなたのことですから、素直に謝ることなど最初から期待していませんでしたけど。それでは――」
オルコットが戦闘モードに入った。さて、無駄話もこの辺にして、そろそろ戦闘態勢に入るとしようか。
「――お別れですわね!」
ブルー・ティアーズの大型ライフル、《スターライトmkⅢ》からレーザーが放たれた。
――狙いが鋭い!
俺はとっさに反応、これを回避した。最近戦闘を行っていなかったせいか、蒼炎の反応が少し鈍い。
「あら、いい動きですこと!」
「当たり前だ!」
次々と高速レーザー弾が俺を捉え、掠めていく。しかし、存外良い射撃だ。ライフルの射程もあり、遠距離ではこちらが不利。
俺も武装を展開する。開いた右手に光が集まり、剣の形をなして固定された。俺が展開するのは、大型剣《
「剣、ですか。中距離射撃型のこのブルー・ティアーズに、近距離格闘用の武装で挑むなどっ!」
「ただの剣じゃないぞ?」
俺は襲いくるレーザーを回避し、《荒鷲》を変形させる。刀身が根元から回転、倒れて銃口が露になった。
この武装の正式名称は、可変式大型剣《荒鷲》。大型の剣がエネルギーライフルにも変形するこの機体の主武装である。エネルギー兵器なので、自在に出力を変えることができるのが利点だ。
ライフルモードになった《荒鷲》を構え、オルコットを撃つ。
「ら、ライフルですって!?」
オルコットは、驚きながらも《荒鷲》の射撃を回避する。俺の射撃が予想外だったからか、オルコットの回避は少し甘くなった。まだ射角内だ。追撃の手を休めることなくライフルのトリガーを引く。オルコットはすべてを回避することができず、何発かは命中した。
「くっ!? それならッ!」
今度は、ブルー・ティアーズの後方に浮かんでいる
(しかし自立機動兵器か、厄介だな……)
とにかく手数が多い。これを回避しつつ攻撃するのは難しい。
「さあ踊りなさい! このセシリア・オルコットと『ブルー・ティアーズ』の奏でる
得体の知れない相手には、まずは分析だ。本調子ではない
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「――十一分。本当に良く避けますわね。褒めて差し上げますわ」
「……必要無い」
残シールドエネルギー的な戦況は五分。この何分間か、俺は襲い来るレーザーをひたすらに回避、左肩のシールドで防御することに専念し、オルコットの行動を見ていた。
シールドエネルギーへのダメージは軽微、装甲ダメージゼロ。攻撃など、余計なことを考えずに避けていたお陰で、あまり被弾はしていない。避けきれずに多少被弾した部分はあったが、まあ大したことはない。被弾覚悟で力ずく、という戦術も取れないことはなかったが、好きではないのでやめた。
「このブルー・ティアーズを前にして、初見でここまで粘られたのは初めてですわね」
オルコットのブルー・ティアーズの特徴である第三世代兵器、あの自立機動兵器は、機体と同じく《ブルー・ティアーズ》という名前らしい。ややこしい限りだ。武装の方はビットと呼ぶことにする。
「ですが、避けているだけでは勝つことなど不可能!」
またもブルー・ティアーズからビットが放たれた。
俺もこの十一分間、ただただ回避していたわけではない。相手の機体の特徴、武装から弱点を探し、それを確かなものにしていた。蒼炎もようやく慣れてきたようで、反応は鋭くなっている。
攻略の糸口は見えた。あとはそれを突くだけだ。
「一つ、教えておいてやる」
俺はそう言うと、俺の周囲に飛んできたビットの一つを《荒鷲》で撃ち抜き、ビットを爆散させた。
「なんですって!?」
驚くオルコット。おそらく今まで一度もビットを撃墜されたことがなかったのだろう。
「この手の武装の利点は、型にはまらない柔軟が使い方ができることにある」
「知ったような口を!」
「『知っている』んだよ、俺はな。これみたいな武装は、発想次第で柔軟な運用ができる、だが――」
続いて、俺はスラスターの出力を上げて、ビットの一つに急接近。《荒鷲》のソードモードで一閃する。これで残るビットは二基だ。
「お前の使い方は一つだけ。『俺の反応が一番遅れる角度を狙う』。それだけだ」
その角度というのは、真後ろや真下、真上などがそうだ。それを狙うのは別に悪い戦術ではない。むしろ理に適っていると言ってもいいだろう。だが、ワンパターンな攻撃だけでは、読まれやすい。来る場所が分かっているなら、そこを狙えばいいだけの話だからだ。
「つまり、軌道を読むのは容易い!」
《荒鷲》の銃口からの光が、また一基のビットを撃ちぬく。残り一基。
それにこの兵器にはもう一つ、弱点がある。それは、この兵器オルコットが命令しなければ動かないこと。そして、そのときオルコットは別の攻撃を行うことができない。つまり、この武装を使用するときには何らかのサインがあり、しかも攻撃中は本体が無防備になる欠点があるということだ。
前述の特徴二つを鑑みると、オルコットの戦術はこうだ。ビット展開中はいくつかを牽制に使いつつ、本命のビットを一番反応の遅れる場所に配置、攻撃。その後尽きたビットのエネルギーの最充填中はライフルで攻撃。
俺は最後のビットを撃ち落とすと、《荒鷲》のトリガーを引いて、本体を攻撃する。ビットの操作をしていたオルコットは、避けることができない。
「くっ!?」
そこまで威力を高くしてはいないが、そこそこダメージを受けただろう。
これで、厄介なビットは無くなった。俺はスラスターを全開にし、《荒鷲》で牽制しながらオルコットとの距離を一気につめた。大型ライフルならば、俺が接近して戦ってしまえば取り回しの悪さが目立つ。接近戦ならこちらが有利だ。
バレルロールでライフルの弾丸を回避、オルコットに肉薄する。
「もらった!」
ライフルは間に合わない。確実に一撃が入ることを確信し、俺は《荒鷲》をソードモードへ変形し、振りかぶった。
しかしこの不利な状況で、オルコットは笑った。
「――かかりましたわね」
オルコットの言葉と共に、外れる腰のスカート状のアーマー。その砲口が、俺を正面に捉えた。
しまった――!?
「お生憎様。《ブルー・ティアーズ》は六基あってよ!」
回避は間に合わない。振りかぶっているからシールドでの防御もできない。しかも、発射されたのは今までのレーザーではなく、「
爆音と共に、俺は炸裂した弾の光に呑まれた――。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……あっけない
爆煙に包まれた天羽翔と蒼炎にレーザーとミサイルで追撃しつつセシリア・オルコットは呟いた。手応えあり。直撃だった。
正直な話、セシリアはギリギリであった。ビットを全て撃墜され、なおかつ近接戦の間合いまで接近を許すことなど、セシリアには初めてことだった。天羽翔が最後の最後で油断していなかったら、負けていたのはこちらだっただろう。
そしてあの天羽翔という男の実力は、思っていた以上に高かった。ビットの攻撃にも反応し、避けきる回避力。剣とライフルを兼ね備えるという特殊な武装を使いこなす状況判断力。ブルー・ティアーズの激しい攻撃を受けつつも、冷静に分析、反撃してきた洞察力――。篠ノ之博士の弟子を名乗るだけの実力はある。只者ではないと思い知らされた。少なくとも、自分が想像していた何倍も強かった。
(IS操縦の実力に関しては認識を改めなければなりませんわね……)
しかし、それでもセシリアが勝ち、翔が負けた。それが事実だ。
何故だろう。少し、残念な気持ちもする。あそこまで自分に突っかかってきた男は初めてだったから? 傲慢な物言いと挑発に腹立ってはいたが、どこかそれに喜んでいた。男という存在を毛嫌いしながら、どこか期待していた自分もいたのではないか……。
でも、とセシリアは首を振る。
(すべて、終わったことですもの。やはり男は弱い存在――)
きっと、セシリアは男という存在に一層失望していただろう。
「……勝手に終わらすな」
――という、翔の声がなければ。
「なっ!? あ、あなた、どうして!? 直撃だったはず!」
「ああ。直撃だった。これがなければ、な」
そう言って剣を構えた翔の前には、「壁」があった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
まったく、俺としたことが。説教に集中しすぎて油断するなんてな。汚点だ。
「なっ!? あ、あなた、どうして!? 直撃だったはず!」
困惑した表情のオルコット。
「ああ。直撃だった。これがなければ、な」
俺の前には、円形のエネルギーの盾、エネルギーフィールドが存在していた。それがオルコットの射撃をすべて防いだのだ。その六基のフィールド発振基を、腕部、背部、脚部、それぞれの装甲に戻した。
「じ、自立機動兵器ですって!?」
「そうだ」
この武装は、第三世代兵器、自立機動多機能端末《
「だから言っただろう? 知っている、と」
自分の武装の活用法くらい、知っている。対処法もしかりだ。まあ、あの程度の戦術なら簡単に見破ることもできただろうが。
「本当は使うつもりはなかったんだが、使ってしまったものは仕方がない――」
俺は《荒鷲》を構え、《飛燕》を展開する。格納されていた刃の欠片が弾け、俺の周囲を旋回する。
「――全力で、お前を倒す!」
「臨むところですわ!」
俺は全武装を展開した蒼炎とともに、オルコットへ最後の攻撃を仕掛けた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(なんて、攻撃っ!)
セシリアは《飛燕》を展開した蒼炎の力に圧倒されていた。
縦横無尽に襲い来るソードビットを必死で回避するも、そこにはライフルでの射撃が、ライフルの射撃を回避したと思ったら今度はソードビットが、次は本体が斬りこんできて、と攻撃は苛烈かつ正確無比であった。それに対し、セシリアの武装は大型ライフルとミサイルのビット二基のみ。セシリアの攻撃は全てビットのフィールドに防がれるか、回避されるかするだけだ。
既に装甲がかなりのダメージを受けており、シールドエネルギーはもう僅かである。蒼炎の攻撃は、その名の如く、全てを焼き尽くす業火のような破壊力があった。
「はあっ!」
翔の叫び声と共に、《荒鷲》の斬撃が大型ライフル《スターライトmkⅢ》を、直後にソードビットが残った二基の《ブルー・ティアーズ》を破壊した。これで、ブルー・ティアーズは完全に丸裸になった。
(負け、ですわね……)
完全な敗北だった。自分の全てをぶつけ、そしてこの男はそのすべてを破壊した。
(――ああ、どうして……)
翔が《荒鷲》を構えた。必殺の一撃を放とうとしている。だが、セシリアにそれを防ぐ術はない。
「――これで、終わりだ!」
《荒鷲》が振るわれ、渾身の斬撃が放たれた。
(どうしてこの方は、こんなにもお強いのでしょう……)
瞬間、セシリアは試合終了のブザーに包まれた。