IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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アイム・ホーム ~シャルロット&ラウラ~

 フランスのとあるホテル。煌びやかな装飾こそ無いものの、ロビーの清潔感や廊下の広さ、内装の質からして、国内でも屈指の高級ホテルであることは間違いなかった。

 その中の一室に案内されたシャルロット・デュノアは、かばんを持ったまま部屋の中へ入った。

 

「それでは、シャルロット様。何か御用がありましたら、そちらのベルを鳴らしてください」

「――あ、は、はいっ!」

 

 ぼーっと周りを観察していたシャルロットは、デュノア社長直属の秘書の言葉に慌てて返事を返した。

 

「それでは、失礼します」

 

 秘書は恭しく一礼してドアを閉めた。パタン、という音で緊張の糸が切れたシャルロットは、ふらふらと歩きながら、ベッドに倒れ込んだ。ベッドのふわりとした感触は、移動と緊張で疲労していたシャルロットにはありがたい優しさだった。

 

「……はあー」

 

 ため息が出てしまう。

 ……帰ってきてしまった。フランスに。故郷に。

 ごろりと寝返りをうつ。首にかかった、橙のネックレスがシャルロットの眼前に落ちた。

 

「リヴァイヴ……」

 

 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。それはシャルロットがフランスの代表候補生である証であり、妾の子である自分と父、ひいては実家デュノア社との唯一の繋がりでもあった。

 明日、父と顔を合わせる。今まで一度しかあったことがない父との対面。明日の予定は、シャルロットを身構えさせるのには十分であった。

 まず歓迎はされないであろう。それは今日の対応を見ていれば分かる。シャルロットの宿泊場所を高級ホテルにしたのも、一見すれば好待遇のようだが、仮にもデュノア姓を名乗るシャルロットをデュノア家の客室ではなく離れたホテルに設定したあたり、デュノア家の人間がシャルロットのことを快く思っていないのは明白であった。ここまで案内した社長秘書にしても、先ほどまでの対応は「身内」や「家族」というよりは「要人」もしくは「依頼人(クライアント)」と表現した方がよっぽど近い。

 つまり、デュノア家にとってシャルロットは「代表候補生」以外の何者でもなく、その肩書きが無ければ赤の他人も同然だった。

 

「うぅ……」

 

 とても胃が痛い。それに日本からの長時間のフライトによる肉体的疲労、フランス到着後の心理的ストレスが重なり、シャルロットの思考は遠のいていく。

 

「シャワーと歯磨きだけはしとかないと……」

 

 年頃の乙女として最後の一線だけは守り、勝負の一日に向けて、シャルロットは目を閉じた。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 翌日。例の秘書に連れられ、社長室に出向いたシャルロットは、緊張した面持ちのまま父と対面した。

 

「……久しぶりだな、シャルロット」

「……はい、お久しぶりです」

 

 約一年ぶりに会う「娘」に、父はふんと鼻を鳴らした。

 こうして改めて父を見ると、母親似とよく言われたシャルロットだが、いくつか自分と似ていると感じる部分があった。特に、父の瞳の色――深いアメジストのような紫紺は、そのままシャルロットの両目で輝いている。

 

(……やっぱり、お父さんだよね)

 

 何度否定しようとも、その姓が、何よりその瞳が、この男性と自分との間に血の繋がりがあることを雄弁に語っていた。

 

「……報告を聞こう」

 

 数秒沈黙を守った父は、厳かな声で言った。はい、とシャルロットはポーチからメモリを取り出し、ディスプレイに表示した。

 シャルロットの報告内容は、大きく分けて二点。

 一つは、男装して男性IS操縦者のデータを奪取する任務に関すること。男装がバレてしまったのは報告済みであるものの、その経緯やその後の経過については未報告だったため、詳細な事情を含めて報告した。肝心のデータについては、帰国前に一夏と翔から直接渡してもらった。勿論本人たちが開示できる程度のものであったが、それでもシャルロットにはありがたい助力だった。男装はバレてしまったものの、男子二人とは良好な関係を維持しているのでデータ収集の任務は継続可能という結論を出した。

 もう一つは、他国のISの現状について。他国のISとの性能の比較、対戦時の印象などを事細かに記載してあるデータだ。

 

「以上が、報告です」

「ふむ、なるほど」

 

 顎に手を当て、ディスプレイを見つめる父。何を考えているかは、表情から読み取れない。インターナショナル企業の社長として、策略や陰謀渦巻く社会の中を生きてきた猛者だ、一〇代半ばの小娘に本心を悟らせるような真似はしない。

 父が視線が特に集まっていたのは、対戦成績だった。

 

「しかし、なかなか優秀な成績だな。悪くない」

「ありがとうございます」

 

 シャルロットは一礼する。

 他国の代表候補生が最新鋭の第三世代機を駆る中、シャルロットのみ第二世代のISを運用している。にも関わらず勝率がかなり高いのは、他国のISがまだ性能面で完成されておらず、第二世代機として円熟の域に達したラファール・リヴァイヴが総合力で優っているから、また、専用機がバランス型故に相手を選ばないという機体特性的な恩恵が要因ではないかというのがシャルロットの考察であった。無論、それはシャルロットの技量が、他国の代表候補生と比較してもなお優秀であるということの証左でもあるが。

 しかし、円熟とはすなわち下降の直前を意味する。やがて第三世代機が燃費や安定性といった欠点を克服し、その高い性能を遺憾なく発揮できるようになったとしたら、到底敵わないだろう……ということは分かっていた。

 

「…………」

 

 またも無言になる父。自ら話題を出すわけにもいかず、シャルロットはぐるぐると思考を巡らせる。

 

(……褒めたのは、どういう意図なんだろう)

 

 シャルロットの中で気になったのは先ほどの会話。優秀な成績、と評価したその真意だった。文面通りの意味なのか、それとも……。

 つまるところ、シャルロットが一番の任務である「男装して男性IS操縦者に近づく」という任務を遂行できなくなったのに未だ代表候補生としてIS学園に留まっているのは、IS学園特記事項が理由というより、シャルロット以上に優秀な代表候補生が国内にいないからだった。そうでなければ、妾の子で姦計の生きた証拠――言わばデュノア社にとっての「恥の塗り固め」であるシャルロットをそのままにしておくはずがない。

 

(だとすれば、今褒めたのも皮肉……?)

 

 シャルロットは、卑屈になって素直に賛辞を受け取れなくなっている自分に気づく。

 

(せっかく褒めてくれたのに――……あ、あれ?)

 

 ――せっかく褒めてくれたのに?

 おかしい。私は今、何を考えたんだろう? 一体何を期待していた?

 そう、そもそも褒めてもらったことを喜ぶ理由なんて無い。代表候補生として、成績を至極まっとうに評価してもらっただけ。代表候補生の地位も、デュノアの血というコネがあったからなれたようなもの。

 それなのに、どうして私は「褒めてもらったことを素直に喜べない自分」を残念がっているんだろう?

 

(じゃあ何? まさか私は、お父さんに――……)

 

 シャルロット自身、気づいてなかった内面に気づいてしまった。その事実から目を背けるように、シャルロットが俯いた――その瞬間。

 

「――ご苦労。もうさがってくれていい」

「え……」

 

 突き放すような声が耳を打つ。一瞬呆気にとられたシャルロットは、俯いた顔を上げて、もう一度言って欲しいとばかりに聞き返してしまった。

 

「どうした、聞こえなかったのか? さがっていいと言ったんだ」

「……あ……」

 

 さがっていい。それはつまり、もう用は無いということ。

 ようやくその意味を理解したシャルロットは、もう一度俯いてゆっくりと踵を返した。一歩、二歩と社長室のドアへ踏み出し、

 

「失礼、します……っ」

 

 逃げ出すように社長室を出たシャルロット。足早に社内の廊下を通り抜け、オフィスのロビーまで到着した。

 呆然としたまま、秘書に連れられ、タクシーに押し込まれ、気がついたときには宿泊している部屋についていた。

 

「それでは、失礼します」

 

 秘書の冷たい社交辞令ののち、バタンとドアが閉まる。部屋に戻ったシャルロットは、そのまま倒れるようにベッドに突っ伏した。

 ――ああ、デジャヴだ。昨日と、一緒。父と会っても会わなくっても、変わらなかったのだ、何も。

 誰もいない部屋で、一人膝を抱える。

 今日の一件で、思い知らされた。デュノアの人たちにとって、やっぱり自分は代表候補生でしかないこと。――そして、少なからず父との再会に期待していたことを。

 

「うぅ……」

 

 呻くような悲鳴がこぼれて、握り締めたシーツに皺が刻まれた。

 シーツも、ちゃんと新しいものに代わっている。それが今日という一日で起こったことをリセットしているようでうんざりする。

 しかし、シャルロットが何よりうんざりしたのは自分自身だ。

 

(分かってた、はずなのに……!)

 

 フランスに、私の居場所なんて無い。なのにどうして、「家族」に会うことに期待してしまったんだろう。 

 割り切ったつもりで、割り切れてなかったんだ。自分と似ているところを見つけて、血の繋がりに喜んで、本質を忘れてたんだ。家族を形作るのは、血の繋がりじゃない。愛情だ。そんな当たり前のことを忘れていた自分が恥ずかしい。

 しかし、シャルロットがどれだけ後悔をしようが、落胆しようが、現実は変わらない。

 ――故郷フランスに、シャルロットの居場所は、無い。

 

「みんな……」

 

 足元から立ち上るような恐怖を前に、ふとIS学園のことがシャルロットの脳裏によぎった。

 

「……翔、箒、鈴、セシリア、ラウラぁ……」

 

 特徴的な容姿と、強烈な個性と、そして屈指の実力を兼ね備えた、尊敬できる仲間たち。

 

「本音ちゃん、ナギちゃん、谷本さん……」

 

 女と分かっても、仲良くしてくれるクラスメイトたち。

 ふざけてスカートをめくってくるし、男の子プレイしてー、などとバカみたいなことも平然と言ってくる。でも、彼らは遠慮も何もしない。一人のクラスメイトとして、等身大の「シャルロット」として、シャルロットを見てくれる。

 そして――。

 

「一夏ぁ……」

 

 僕の居場所を作ってくれた、意中の人。その名を呟いたら、ぽろぽろと涙が落ちた。

 ――会いたい。一夏に、みんなに会いたい。

 シャルロットはその一心で、縋るようにポーチから携帯電話を取り出した。一度電話してしまえば、絶対話し込んでしまうから、と敬遠していた電話だが、シャルロットは導かれるように、登録された番号を押した。

 

「――あ……」

 

 ――繋がった。

 

「……もしもし、シャルかー? って、ど、どうしたんだよ?」

「あ、一夏……」

 

 いつも通りの口調の一夏に安堵する。ちょっと涙声なのに感づかれてしまい、シャルロットは慌てて「何でもないよ」と取り繕った。

 

「そうかあ? ならいいけどさ」

「え、えへへ。ごめんね急に。今時間大丈夫?」

「大丈夫だぜ。そっちは今夕方か?」

「う、うん」

 

 朝にも関わらず、一夏の話す声は淀みない。健康をモットーに早起きする彼らしい。その習慣には感謝の一言だ。おかげでこうやって話せるのだから。

 シャルロットと一夏の会話は続く。他愛のない話だったが、それでもシャルロットにとっては大事な時間だ。

 しばらく話していた二人だが、一夏がそろそろ予定があると言うので、電話を切ることになった。シャルロットは、最後に一つだけ、聞いてみた。

 

「あのね、一夏」

「ん?」

「僕が帰るの、待っててくれる?」

 

 少し躊躇いがちに聞いてみた。でも一夏の返事は、そんなシャルロットの不安を吹き飛ばすような言葉で。

 

「おう! お土産、楽しみにしてるぜ!」

 

 明るい声に、じわりと視界がにじんだ。

 そうだ、何を悲しんでたんだろう僕は。フランスに居場所がなくたって、他にあるならいいじゃない。

 

「じゃあ、切るな」

「……うん、ありがと」

 

 ツー、ツー、と通話終了の音が心地よく鼓膜をノックした。

 ――ありがとう、一夏。

 もう一回だけ礼を言って、シャルロットは立ち上がる。

 

「よしっ!」

 

 ぱしん、と両頬を叩く。フランスの滞在もまだ二日目だ。なのにあんなに参っていては先がもたない。

 フランスに居場所が無いことを悲しむ必要はない。帰る場所がある。家族はいないけれど、大好きな人と、素敵な仲間が「おかえり」と言って迎えてくれる……そんな素敵な場所が。

 まずは、お肌の手入れ。帰ったときにがっかりされちゃ、やだし。それに、明日お母さんと会う。やっぱり綺麗な姿を見せたい。

 シャルロットは密かな自慢の洗顔グッズを取り出し、シャワールームへと向かった。

 その表情に、陰は無かった。

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「…………」

 

 ドイツ某所。ドイツ軍のIS機動部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」……通称黒ウサギ隊の基地の前で、ラウラ・ボーデヴィッヒが突っ立っていた。

 それも無理はない。何故なら、そのドイツ国防の中核を担う大部隊の面々が、整列してラウラを待ち受けていたのだから。

 

「……な、何をしている、貴様ら」

 

 面食らったラウラが言うと、整列の中心にいた、ラウラの隊の副隊長――クラリッサ・ハルフォーフが低頭したのと同時に、一斉に列を構成する隊員がざざざっと頭を下げた。しかも軍隊仕込みの洗練された動きでするものだから、黒い津波のような迫力があった。

 

「な、ななな何だ!? 何のつもりだ!?」

 

 一歩二歩と後ずさったラウラに、「隊長!」とクラリッサから声が飛んだ。

 

「おかえりなさい!」

「「「おかえりなさい!!」」」

 

 クラリッサに続いて、並んだ全員からその言葉がかけられた。沸かんばかりの声だったが、ラウラ一瞬耳を疑った。

 ……今、何と? おかえりなさいと、そう言われたのか?

 

「お待ちしておりました」

 

 信じられないラウラに、もう一度クラリッサが言った。

 間違いない。この者たちは、私を歓迎してくれている。

 

「……ク、クラリッサ」

「はい」

「そして、我が隊の皆よ」

 

 ざっと、その列を見渡す。彼らが自分の意思で集まったのか、集められたのか、それは分からない。だが、ラウラにはどうだっていいことだ。こうやってラウラを迎えるために集まってくれたこと。それだけで十分。

 それに答えようと、「帰投したぞ」と言いかかったところで、ラウラはそれを喉から腹の中に引っ込める。

 いや、もっと、いい言葉があるはずだ。もっと身近で、軽い感じの……あれだ。

 

「……た」

 

 緊張してどもったラウラだが、言いたいことは決まっていた。

 

「……ただいま」

 

 ぎこちない笑顔でそう言ったラウラを、拍手が温かく迎えるのだった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 温かく迎えてもらったラウラ。喜びを隠せないでいたら、待っていたのは質問攻めだった。隊舎のソファに座ってフライトの疲れを落とすラウラの周りには、ずらりと黒い制服の隊員たちが。

 

「隊長! 噂のお兄様とは、どんな方なのですか!」

「とてもお料理が上手であるとか!」

「隊長、以前ドイツにいたときよりも可愛らしいです! やはりお兄様ができたのが大きいんでしょうか?」

「…………」

 

 人付き合いの苦手なラウラに、愛想良い対応などできるはずもなく。

 

「……え、ええーい! うるさーい!!」

 

 立ち上がったラウラが、ぶんぶん腕を振って追い払う。初めて話すような隊員にまで質問されるのは、人見知りのラウラには酷だった。

 緊張と焦りの反動で、ラウラは真っ赤な顔のまま腰に手を当て叫ぶ。

 

「まったく、貴様らは帰国した隊長を労わることさえできんのか!」

「し、失礼しました!」

「教官なら、拳骨ではすまんところだぞ」

 

 まったく困ったものだ、とラウラはぶつぶつ言うが、ラウラの頬は緩んでいた。無表情の裏に純粋な心を持つラウラは、ポーカーフェイスが苦手だ。本当は構ってもらえて嬉しいのがバレてしまっていて、周りの隊員はくすくす笑っていた。

 そろそろ寮に行こうか、とラウラが考えていたら、クラリッサがラウラのところまでやってくる。

 

「失礼します、隊長」

「何だ」

「……例の品々は」

「ああ。そうだったな」

 

 ラウラには忘れてはいけないお土産があるのだった。ごそごそと探すまでもなく、小柄な体躯には似合わない巨大なスーツケースの中から、紙袋が一つ二つ三つと飛び出し、ラウラをそれを掲げた。

 

「見よ! これが我が黒ウサギ隊に捧ぐ、至高の土産だ!」

 

 隊内でおおーっとどよめきが起こる。

 お土産の中身は、日本のスーパーでどこにでも売っているような菓子と、臨海学校の帰りにサービスエリアで買った和菓子。それに加えて、日本のアニメのディスクや、それに関係する同人グッズが多数。

 

「大変だったぞ、アキバとやらでの買い物は。お兄様がいなければ迷っていたところだ」

 

 ドヤ顔で自慢するラウラ。

 部隊の者たちに頼まれたから、と買い物に出かけようとしたラウラに、事情を聞いた翔が放っておけないとついていったのはほんの数日前の話。結局案内をすべて翔がすることになり、ラウラは大好きな兄に甘えられて役得、といった概観である。

 同人グッズのもとにはわらわらと隊員もといオタク女子たちが集い、クラリッサを中心に感想を交わしあっている。自分が選んだ菓子よりも人気なのが気に食わないラウラは、仕返しとばかりに土産の菓子をかじった。

 むすっとしていたラウラだが、携帯電話のメール通知が鳴ったのを聞き、目の色を変えた。

 

「お兄様からだ!」

 

 ポケットから素早く携帯を取り出し、文面をチェックする。

 

『そろそろドイツに着いた頃だな? せっかくの帰国だ、羽を伸ばしてこい。空港には迎えに行ってやる』

 

「お兄様……」

 

 文面こそ冷たく感じるが、言葉の裏にラウラへの思いやりが満ちたメール。きっと久しぶりの帰国で困ったことがないか、心配したのではないだろうか。

 一見クールだけれど、その実とてもお人好しの兄。そんな優しい兄の気遣いに、ラウラの頬が緩んだ。

 幸せな気分で携帯を見つめていたら、同人グッズに夢中になっていた隊員たちがそれに気づいた。

 

「あ、隊長。お兄様からですか!?」

「見せてくださーい!」

「なっ!?」

 

 覗き込まれて、真っ赤になって慌てて携帯を隠すラウラ。

 

「み、見るなっ! これは私へのメールだぞ、貴様らに見せる筋合いは……な、何を笑っている!?」

 

 またもくすくすと笑い出す隊員たち。

 ……おかしい、今日は何かおかしいぞ。

 ラウラはいつもと違う様子に戸惑う。やがて、一人の隊員が耐え切れないとばかりに笑い混じりで、

 

「だ、だって、隊長、お兄様の話になると、怒ったり赤くなったりとっても可愛くなるんですから!」

「んなっ!?」

 

 ぼんっ、と赤くなる。

 

(か、かか、可愛いだと!? 私が!?)

 

 混乱を極めるラウラの脳内。そもそも、今周りにいる隊員たちだって、IS学園に行くまでまともに会話すらしていなかった者たちばかりだ。それなのに、どうして可愛いと言えるのかラウラにはさっぱりだ。

 尤も、ドイツにいた頃ラウラのことを恐れていた者たちは、ラウラが兄と出会って様々な面を見せるようになってから、すっかり警戒を解いていたのだが。

 

「そうです! 隊長は可愛いです!」

「そ、そうか……!?」

「髪も綺麗ですし、赤くなったりするところがチャーミングです!」

「ほ、ほう……!」

 

 戸惑っていても、褒められていれば悪い気はしない。そうこうおだてられているうちに、単純なラウラはすっかり乗せられ、気がつけばこんなことを宣言していた。

 

「私はお前たち約束するぞ! いつかここにお兄様を招き、皆に紹介すると!」

「おおーっ!」

 

 またも歓声が上がった。中にはきゃーきゃーと騒ぎ出す者まで出る始末だ。

 ドヤ顔で大口を叩いたラウラだが、それは本心でもあった。いつか自分の生まれ育った場所を、兄に見てもらいたい。ドイツに入るだけでも一苦労かもしれないが、いつになっても構わない、それでも実現したいとラウラは思っている。

 

(それに……)

 

 兄のためだけではない。こうして温かく迎えてくれた故郷の同志たちを、兄に会わせてやりたい――。

 

『どうだ、私のお兄様は、こんなに優しくて、格好いい、素晴らしい人なのだ!』

『やめろ、恥ずかしい』

『いいではないか! 私は本当にそう思っているぞ』

『それが恥ずかしいって言ってるんだ……』

『いいではないか。さあ、皆で叫ぶぞ、せーの!』

『やめろ!!』

 

 きっとこんなやり取りがあるに違いない。そんな小漫才でさえ、楽しみだ。

 いつか兄がラウラに問うた。お前の周りに、お前を思う人たちはいなかったのか、と。

 ――いた。いたぞ、お兄様。私のことを思ってくれる者たちは、IS学園以外にも、ちゃんといた。他でもない、故郷に。

 一時は疎んでさえいた場所。そこに広がる笑顔の中、ラウラは大きな声で笑うのだった。


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