IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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コイスルオトメ・後編

「……では、篠ノ之神社で直接会いましょう」

 

 セシリアは俺にそう言って、おやすみと付け加えた。その会話ももう一昨日の話だ。今日はついにセシリアと夏祭りに行く日である。既に時刻は七時。日はそろそろ暮れかかっていて、深い夕焼けがなんとも夏を感じさせる。

 しかし、直接落ち合う約束をするということは、何かあるということなのか。とびきりのお洒落などをしてくるつもりなのかもしれない。俺相手だから、そんなに気を使わなくていいのに。

 今回俺の服装は至って普通である。タンクトップにシャツを羽織って、それに半パン。つまり、夏の一般的な服装だ。まあセシリアのことだから、何か派手なことでもするんだろう。セシリアは貴族だしな。

 そんなことを考えながら、待ち合わせ場所である篠ノ之神社の前に立っていた。

 

「篠ノ之神社か……」

 

 掛けられている立派な文字を見て、昔を思い出した。

「篠ノ之」という名前で分かると思うが、篠ノ之神社は箒の親戚の家である。確か今は箒の叔母である雪子(ゆきこ)さんが管理しているはずだ。

 篠ノ之神社では、毎年この季節に夏祭りが行われる。露店や、巫女の神楽舞、締めの花火……、とやることも豪華なので、この夏祭りは毎年大勢の人で賑わうのだ。俺も束に拾われるまでは一夏と箒と一緒に毎年来ていた。その都度金魚すくいで白熱し、露店のやきそばを食べながら花火を見て笑っていたものである。懐かしいな。

 箒は、今年神楽舞をするらしいらしい。是非観ようと思う。ただ、今年は一夏と箒は別行動だ。一夏も来ると言っていたが、会うかどうかは分からない。箒の神楽舞は見るだろうから、そこで会うかもしれない。

 

「一〇分前……そろそろだな」

 

 外国人は日本人と違ってルーズなところがあるが、律儀なセシリアはそろそろ来るだろう。俺がそれより前に来ていたのは、緊張していたからという理由に尽きる。これでもいっぱいいっぱいなんだ、察して欲しい。

 

「――あっ! 翔さんっ!」

 

 後ろからセシリアの声がした。来たようだ。

 

「ああ、セシリア――」

 

 振り返る。

 ――度肝を抜かれた。

 セシリアは、浴衣を着てやって来た。濃紺の布に蒼い花をあしらった浴衣を身に纏い、煌く金髪を団子に束ねて簪で留め、下駄の音をカランコロンと響かせながら俺に手を振っている。その姿は元来彼女が持つ英国の貴族らしい華やかさと、日本女性ような淑やかさが絶妙なバランスで同居していて、不思議な魅力に溢れていた。

 

「すみません、お待たせしましたわ」

 

 そういってぺこりとお辞儀するセシリア。

 

「い、いやっ、そんなことはないっ! 俺もやや少々それなりに早く来てしまったから……」

 

 緊張してしどろもどろになりながら、俺は何かをぶつぶつ言っていた。そんな様子が変だったのか、セシリアはくすりと微笑んだ。

 

「どうでしょう? 浴衣を着るのは初めてなものですから、少し似合っているか不安なのですけれど……」

「い、いや、とても似合っている。正直、驚いた」

「ふふっ。それでしたら、成功ですわね」

 

 いたずらっぽく笑うセシリア。思わず心拍するが上がる。

 ……やられた。

 

「翔さん」

「何だ?」

「今日はデートに誘っていただき、ありがとうございます。わたくし、とても嬉しいですわ」

 

 にっこり笑って、セシリアはそう言った。その笑顔にまたどきりとして、答えを用意するのに数秒かかった。

 

「……ど、どういたしまして」

 

 この簡単な一言を搾り出すのに数秒もかかるとは。俺もやられすぎである。

 セシリアはにこにこ笑って、俺に右手を差し出した。

 こ、これはまさか、俺に手を繋げ、と……?

 

「あ、あのだなセシリア、よく知ってるとは思うが――」

「わたくし、浴衣も下駄も初めてですので、慣れていませんわ。ああ、こけたらどうしましょう。今日は人も多いようですし、翔さんとはぐれてしまうかもしれませんのに……」

「…………」

 

 わざとらしくセシリアが言う。その圧力に無言で耐える俺に、すっと目を細めたセシリアからとどめの一言が。

 

「――それに、殿方がお誘いになったデートなのですから、殿方がレディーをエスコートするのは当然ではなくって?」

「ぐっ……」

 

 正論である。ド正論である。確実に退路を塞がれ、「手を繋ぐ」以外の選択肢は消え去った。

 諦めてため息をつくと、覚悟を決めて、セシリアに差し出された白い右手を恐る恐る触れた。柔らかい掌の感触を感じて、俺の体温はまた上がってしまう。多分真っ赤になっているはずだ。

 

「――ふふっ。ありがとうございます、翔さんっ」

 

 セシリアは嬉しそうに笑った。

 

「い、行こうか」

「はいっ」

 

 セシリアは照れ隠しに歩き出した俺にしっかりついてきた。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 セシリアの手を引きながら、箒の神楽舞が行われるであろう場所へと向かう俺。セシリアは初めて見る露店や浴衣を来た人々を珍しそうに見ていた。緊張のあまり早足になってしまい、何度かセシリアを転ばせそうになったのはご愛嬌……ということにしてもらいたい。

 

「日本の文化というのは近年希薄になってきたと聞いたのですが、やはりこういったところで生きているのですね」

「そうだな。地に深く根付いた文化というのは、他の文化と交わって希薄になっても、消えたりしないものだ」

 

 アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、アジア――世界中を旅してきたとき、俺はそう感じた。

 それぞれの大陸のそれぞれの国に、しっかりした文化や風習が残っている。日本も明治維新以降西洋化が進んだが、それでも古き良き日本文化は無くならない。今も、そしてこれからも。

 学校に通ってこなかった俺は友達を作れなかったが、その代わり世界のいろいろなものを見てきた。その経験は、誇るべき経験である。

 セシリアは初めての夏祭りの景色に目を奪われていた。特に金魚すくいや射的などの露店に興味があるようだった。

 

「後でいろいろ教えてやるから、楽しみにしていてくれ」

 

 俺がそう言うと、セシリアはそうですわね、と俺に相槌を打った。

 

「――ほら、あそこだ」

 

 歩いているうちに、箒の舞台が目の前に見えた。

 箒は左手に鉄扇を、右手に宝剣を持ち、巫女の衣装を着て舞台に立っていた。その姿は、神楽舞の巫女に相応しい荘厳さと、華やかさを兼ね備えていた。

 

「……綺麗ですわね、箒さん」

 

 知り合いが綺麗に着飾っていたからか、セシリアは羨ましげに漏らした。

 箒は俺たちが見に来たのに気付いたのか、俺たちと一瞬目を合わせると、顔を赤らめてすぐに真っ直ぐ前を向いた。しかし別の場所にいる一夏の姿には気づかなかったらしい。俺とセシリアがいるのが舞台から見て左側の手前。一夏がいるのは反対の右側の奥だ。俺たちが右側にいるから、左側にはあまり注意がいかなったとしても不思議ではない。

 

「――」

 

 ――そして、訪れる静寂。始まる音楽と共に、箒が舞を踊る。右手の宝剣と左手の鉄扇が舞い、それに合わせて鈴の音が響く。巫女の装束と、鈴の音。それらが箒の美しくなった成長した姿と調和していた。

 

「綺麗……」

「すっげえ美人……」

 

 観客が口々に感想を漏らしている。

 ――昔は鉄扇しか持てなかったのに。今では宝剣と、大人用の巫女の装束を着て箒は踊っている。

 

「い、今に見ていろっ。来年には宝剣も持てるようになって、立派な巫女になるんだからな!」

 

 そう言っては、毎年鉄扇だけで踊っていた。結局、箒の立派な巫女姿は、俺たちがばらばらになるまでには見ることができなかったのだ。

 だが今、俺は……いや、俺と一夏は、こうして成長した箒の舞を見ることができている。別れてしまった俺たちは、また会うことができた。

 

「…………」

 

 感想なんて、ありすぎて口からは出ない。俺は何も言わずに、箒の晴れ姿を見ていたのだった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「お疲れ様。よかったぞ」

「あ、ありがとう、翔」

 

 俺が労うと、箒は嬉しそうに微笑んだ。

 舞が終わった後、俺とセシリアは着替えた箒を茶化しに裏方まで来た。観客から絶賛の声をもらい、箒もどこかご機嫌だ。

 

「……昔は鉄扇しか持てなかったのにな」

「翔ッ!」

 

 箒が赤くなって声を上げた。まあ恥ずかしい記憶だ。当然である。

 

「箒さん、お疲れ様です」

 

 セシリアがにっこり笑って言った。

 

「セシリアか。――想像以上に似合っているではないか」

「ええ。それも箒さんのお陰ですわ」

 

 ……なるほど。箒に選んでもらったわけか。

 普段セシリアと箒がいがみ合っているのをよく見るだけに、二人が穏やかに会話しているのはどこか新鮮さを感じる。

 

「あ、あのだな、翔。一夏は、来ているのか……?」

 

 おずおずと、箒が尋ねる。何だ、やっぱり気になってるじゃないか。

 

「一夏か? ああ、来ていたぞ」

「な、何ッ!?」

「何をそんなに驚く? 一夏は毎年来ていたらしいぞ。今年も勿論来ると言っていた。……それに、一夏には見て欲しかったんじゃないのか?」

「そ、そんなわけがあるかっ! み、巫女姿を見られて、もし一夏に『女らしい格好は似合わない』などと言われたら、私は……!」

「…………」

 

 えらく必死だが、その心配は無いだろう。確かに一夏にデリカシーは無いが、あの天然ジゴロのことだから、どうせストレートに「綺麗だ」などと言うに決まっている。決めるところでしっかり決めてくるあたり、ヤツはプロフェッショナルなのだ。

 

「よっ」

 

 ついに、噂のプロフェッショナルは出現した。

 

「い、一夏ぁッ!?」

 

 みるみるうちに赤くなる箒。

 

「……お疲れさん、箒」

「あ、あああ、ありがとうっ!」

「昔は鉄扇しか持てなかったのにな。びっくりしたぜ」

「い、一夏っ!」

 

 ははは、冗談だよ、と一夏は笑う。

 これは鉄板のイジリである。打ち合わせなしだが、やることがわかっている俺たち。流石幼馴染だ。

 

「――そ、その、なんだ、綺麗だった。正直、見惚れた」

「……!」

 

 そら見たことか。予想通りだ。

 そろそろだな。セシリアも同じことを思っていたらしく、俺の服をちょいちょいと引っ張って合図をする。

 

「ああ、分かっているさ。やはり、ここは二人きりにしてあげないといけないな」

「ええ。箒さんもがんばったことですし」

 

 俺はセシリアの手を引くと、裏方を後にした。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 花火が打ち上げられるまで、まだ一時間はある。何もせずに待っているのも勿体無いし、ここらでセシリアと露店を回ることにした。

 

「何かしたいこととか、食べたいものはあるか?」

 

 俺がセシリアに尋ねると、セシリアは首を横に振る。お任せします、ということだろうか。

 

「……じゃあ、あれなんかはどうだ? 金魚すくい」

「き、金魚すくい、ですか?」

「ああ。やったことないだろう?」

「ええ。見たこともありませんわ……」

 

 戸惑うセシリアの手を引いて、俺の前まで行って二人分の代金を渡した。

 

「いらっしゃい! ――おっ、兄ちゃん、彼女かい?」

 

 屋台を出している中年の男性は気さくな態度話しかけてきた。

 

「か、彼女ッ!?」

 

 彼女という一言に反応して、セシリアが真っ赤になる。

 

「……ち、違いますわ……」

「照れんなって、手だって繋いでるくせによ」

「!」

 

 俺も赤くなって、繋いでいた手をぱっと離した。

 

「わははは! ……ま、何でもいいけどな。ほれ、がんばりな」

 

 男性は二人分のポイとアルミのボウルを取り出すと、俺たちに手渡す。俺は受け取ったポイの一つをセシリアに渡した。

 

「え? こ、こんなもので掬いますの?」

「そうだ」

「すぐに破れてしまいそうですけれど……」

「コツがあるんだ。まあ見ていてくれ」

 

 俺は水槽の傍に座ると、狙う金魚を決めた。

 できるだけ水平にポイを降ろして、じっくり確実に金魚に近づけていく。そして、さっと素早く金魚の下にポイを滑り込ませ、金魚をすくい上げた。

 

「す、すごいですわ!」

「おっ、兄ちゃん上手いねえ!」

 

 パチパチと拍手でセシリアと男性が褒める。

 一夏と箒と競っていたときの感覚は、まだ体に染みついている。俺にかかれば一匹くらい造作もない。

 

「コツは水につける時間を少なくすることだ。そうすればポイが湿る時間も短くなるからな」

 

 なるほど、と顎に手を当てて、セシリアは俺の話に聞き入っていた。

 

「では、わたくしも」

 

 セシリアは袖をまくって、ポイを片手に金魚たちと向かい合った。

 えいっとセシリアがポイを突っ込むと、泳いでいた金魚たちはさっと逃げる。

 

「うっ……! に、逃げられましたわ……!」

「激しく突っ込みすぎだ。そっと近づけて、さっとすくえばいい」

 

 俺のアドバイスを受け、セシリアは再び水槽へ。

 そして――。

 

「やりましたわ! 一匹ゲットですわ!」

 

 左手のボウルに一匹金魚をすくい上げたセシリアは、まるで子供のように喜んだ。

 あまり見かけない幼さを出すセシリアに俺は少し驚きながら、嬉しそうに金魚すくいを再開するセシリアに習って、俺もポイを持って金魚と格闘することにした。

 俺とセシリアはその後何匹か金魚をすくい、すくった金魚を逃がして、親父に礼を言って金魚すくい屋を出た。

 

「翔さん、次はあれをやりませんこと?」

 

 金魚すくいから近い射的屋を指してセシリアが言う。

 

「……射的か。得意分野じゃないか?」

「それはもちろん。射撃成績学年トップのわたくしですから」

 

 ふふん、とセシリアは得意げに鼻を鳴らした。久しぶりに見た気がするな、こんなセシリアは。初めてあったとき以来じゃないか?

 よし、セシリアが随分やる気だし、ここは一つ、勝負といこう。

 

「せっかくだし、二人で勝負するか?」

 

 俺の提案を聞いたセシリアは、「わたくしに勝つつもりですの?」とにやりと笑った。

 

「当然だ。勝負を挑んだからには勝つつもりだ」

 

 俺もにやり顔で返す。

 

「その勝負、受けますわ」

 

 セシリアは堂々と宣言した。流石は英国貴族の令嬢。プライドは譲らない。その意気だ、と軽口を飛ばしつつ、射的屋のオヤジに硬貨を渡して銃を受け取った。

 余談だが、セシリアの分は「お嬢ちゃんは綺麗だからサービス」ということで返還された。美人は得である。

 セシリアがウインクで愛想を振り撒いたら、射的屋のオヤジはすっかりメロメロになった。

 ……美人は得だな、本当に。

 

「翔さん、今回は勝たせていただきますわ」

 

 銃にコルクを詰めて構え、片目を瞑ったセシリアが言った。

 

「……えらく強気だな」

「ええ。そもそもわたくし、クラス代表を決めるときに味わった屈辱をまだ晴らしていませんから」

 

 ……そうだったな。

 罪悪感が蘇る。衆人環視の下セシリアを泣かせたのを思い出した。結局その後も公式戦模擬戦で負けてないから、その分の貸しはそのままなわけだ。

 

「今日、その分の屈辱をお返ししますわ」

「ああ、望むところだ」

 

 ――で、結果はと言うと。

 

「……ブルーハワイ、一つ」

「はいよ!」

 

 かき氷屋のオヤジから注文の品を受け取り、セシリアに渡す。

 

「ありがとうございます、翔さんっ」

「……ああ」

 

 結果、完敗。かき氷を奢るハメになった。

 いい勝負をするつもりが、初めてとは思えない順応を見せたセシリアにこてんぱんにされた。報酬としてかき氷を奢るハメになった。……ちくしょう。

 

「そうだセシリア、美味いかき氷の食べ方、知ってるか?」

「食べ方?」

 

 スプーンで食べようとしていたセシリアが首をかしげる。

 何、ちょっと悪戯したくなっただけだ。

 

「スプーンで大きくすくって、一気に食べるんだ」

「こう、ですの?」

 

 がばっと大きく青い氷をすくうセシリア。俺が頷くと、それを一気に口に持っていく。

 そう、その調子だ。

 

「~~っ!?」

 

 案の定頭がきーんとして悶絶するセシリア。それを見た俺がくくくと笑う。

 セシリアがぷーっと膨れた。

 

「だ、騙しましたわね翔さん!」

「はは、騙される方が悪いんだ」

「詐欺師みたいなセリフ! ――あっ!? に、逃げないでくださいな! わたくし下駄ですのよ、走れませんわ……もうっ!」

 

 そんな他愛のない追いかけっこの後、五反田兄妹とばったり遭遇したこともあったのだが、割愛したいと思う。

 ――ただ。セシリアが、ずっと楽しそうに笑っていたということ。それだけは、伝えておきたいと思う。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「…………」

 

 二人は何の会話もないまま、歩いている。目的地は、翔が知っているという、花火を見るのに絶好の場所。

 

「…………」

 

 そんな中、セシリアは今の翔と自分の距離感にドキドキしながら歩いていた。

 密着しているわけではないが、遠いわけでもない。緊張からか(それでもまだ最初に比べれば大分マシになったが)翔はまだ早足で、それに合わせて少し早めに歩く。――手は、ちゃんと繋がったまま。この微妙な距離感が、かえってセシリアをドキドキさせる。

 ふと横を見ると、翔の横顔が映る。今日という短い時間の中で、端正なつくりの顔に赤みを帯びさせた翔の横顔を見ながら歩くのが、セシリアはとても好きになった。

 

「――元々、必要以上に誰かと関わるつもりはなかったんだ」

 

 歩きながら、翔がぼそりと呟いた。セシリアが「え?」と聞き返すと、翔は続けた。

 

「IS学園に入学しても、女性が苦手な俺は誰とも関わることはないだろうと思っていた。一夏と箒がいるとは聞いていたが、同じクラスになるとも限らないし、常に一緒にいるわけじゃない。そもそもIS学園に入学したのだって、本当は束が計らってくれたからで、俺が自分の意思で入学したわけじゃなかった」

 

 翔の独白は続く。翔が自分の話をするのは、珍しいことだった。

 

「実は、一度死にかけたあの時、束に迫られたんだ。『束との生活を蹴ってまで、IS学園にいたいのか』って」

「えっ!?」

 

 福音の暴走事件――一部では堕ちた福音(ゴスペル・ダウン)事件と呼ばれているあの事件で、翔は一度撃墜された。そのときは篠ノ之束が『蒼炎』に組み込んだシステムのおかげで翔は一命を取り留めた、とセシリアは聞いていた。しかし、助けられたそのときにした会話までは聞いていない。

 

「当然葛藤はあった。束は俺の恩人だ。家族のようにも思っている。その束がまた一緒に暮らそうといってくれたのに、俺はその申し出も断ってまで、IS学園に残る意味があるのか、と」

「翔さん……」

 

 翔は歩き続けた。止まらず、前を向いたまま。

 

「――でも、思い出したんだ。君が、ラウラが、皆が俺を認めて、信じてくれたこと。それを思い出したとき……俺には、仲間たちのことを忘れて生きていくなんて、できないと思った。だから、俺は束と蒼炎(こいつ)に、改めて誓った。絶対に帰ってくると」

 

 蒼炎の第二形態移行(セカンド・シフト)。それは翔の覚悟に呼応したものだった。

 仲間の元へ――その想いが具現化したのが『第二形態・煌焔(きらのほむら)』である。

 

「こんなこと、今までの俺じゃ考えられない。今まで束至上主義だったはずの俺が、束の提案を断ってまで何かをしようとするなんて。だが、それが間違いだとは思っていない。ここに戻ってきたことを、俺は後悔していない」

 

 翔の表情は、仲間たちへの確かな思いを感じさせた。どくん、と心臓が大きく跳ねる。

 

「今思えば、俺がこうしてここにいるのは君のお陰かもしれないな」

「わたくしの?」

「ああ。セシリアと出会えたから、俺は女性と話すきっかけを作れたし、友人を持つことができるようになった。だから鈴音とも話せたし、シャルロットが女でも友達でいれるし、ラウラを……家族を救うことができた」

 

 前を向いていた翔が、隣を歩くセシリアの方を向く。

 

「――ありがとう、セシリア。君にはどんなに感謝してもしきれない」

 

 翔は、そう言って笑った。

 その瞬間、セシリアの心臓の鼓動が最高潮になって、胸の中が翔への想いでいっぱいになった。

 そしてセシリアは、諦めた。これ以上、自分の想いを隠すことを。

 ――ああ、わたくしは、きっとこの方のことが好きで好きで仕方がないのだ。この想いに、歯止めなんてきかない。もう後戻りできないくらい、この方のことを愛してしまったのだ、と。

 

「――翔さん、わたくし、プレゼントがあるのです」

 

 気づけば、セシリアは言葉を紡いでいた。

 

「プレゼント?」

「はい。臨海学校のときにこのネックレスを頂いてから、ずっと翔さんに何をお返ししようか考えていましたの」

 

 セシリアは首にかけた太陽のネックレスを撫でて言う。

 このネックレスを貰った日以来、セシリアは肌身離さずこれを身につけている。増して今日は翔とのデート。つけてこないはずがなかった。

 

「別に構わないぞ、お返しなんて」

「いえ。それは当然の礼儀ですわ。ですから、渡させて下さいな。――わたくしにしか渡すことのできない、とても大切なものですので」

「…………」

 

 翔は何だろうな、と呟く。セシリアのバッグはそんなに大きなものではないし、中に入っていたとしても、小さいものだろう。そう、きっと明晰な翔のことだからすぐに思い至るはず。

 ――でも、違う。これからセシリアが渡すものは、バッグに入っていても分からないけれど、バッグなんかには入らない、もっともっと大きなもの。

「あの……見られては困りますので、目を閉じていただけますか?」

「あ、ああ。分かった」

 

 セシリアに言われるまま、翔は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ヒュゥゥゥー……ドォーン――……!

 

 打ち上がる花火の音。それと同時に俺が感じたのは、唇の柔らかい感触だった。

 目を開いた俺の目の前には、かつてないほど近くにある、セシリアの目を閉じた顔だった。

 セシリアはそっと唇を離して、翔の目を真っ直ぐ見つめた。

 

「……セシ……リ……ア……?」

 

 俺が呆然とした声で言うと、セシリアは高貴な美しい笑顔を見せた。まるで、万物を照らす太陽のような、温かい、柔らかい笑顔。

 ――そして、セシリアはその一言を紡ぐ。

 

「――翔さん、好きです。大好きです。……愛しています」

 

 ――俺の時が止まる。

 

「え……」

 

 花火の音が小さく聞こえてしまうほど、セシリアの言葉の衝撃は大きかった。

 

「……ずっと、好きでしたわ。いつも一生懸命に生きる翔さん。いつも強く導いてくれる翔さん。女性が苦手な可愛らしい翔さん。……そして、わたくしの危機を救ってくれた、王子様のような翔さんが。わたくしはそんなあなたが……あなたのすべてが、大好きですわ」

 

 セシリアの告白は、全力の肯定だった。俺のすべてが大好きだと、彼女は言った。

 白い頬を赤く染めて、潤んだ碧眼で、上目遣いに自分を見つめるセシリアが、今までにないくらい魅力的に映って、俺は思わず言葉を失った。

 

「会えなかった一週間、本当に会いたかった……。あなたの声が聞きたくて、お話がしたくて、仕方がありませんでしたわ」

 

 電話でもすればよかったかしら。そう言って、セシリアは俺の胸に飛び込んできた。

 どうしていいのか分からなかったが、とにかく優しく受け止めて、抱きしめた。セシリアが触れたところで、もう変わらない。体温は上がっているし、思考は停止している。

 

「どうして……俺のことを……?」

 

 俺がやっと搾り出した言葉は、こんなチンケな疑問だった。

 

「どうして? 人が恋をするのに、理由が必要ですの? でも、理由だってたくさんあるではありませんか。代表を決めた後、二人でお話したとき。一緒に訓練をしたとき――」

 

 俺とセシリアの思い出が、まだ出会って三ヶ月しか経っていないのに、些細な会話でさえも、止むことなく出てくる。それだけが俺との記憶を大切にしてきたということでもある。

 

「セシリア……その、プレゼントというのは、まさか……」

「……わたくしの、ファーストキスですわ。ご不満でしたか?」

 

 恥らうその表情に、どきりとする。

 

「そ、そんなことは、ない……」

 

 しどろもどろになって、呟く。

 

 ――ヒュゥゥゥウ……ドドドォンッ……!

 

 どれほどの時間、抱き合っていたかは分からない。ただ、花火が一つ、また一つと空に炎の花を咲かせる間、俺は……いや、俺たちはお互いの体温だけを感じていた。

 

「……お返事は、いただけませんの?」

 

 胸の中で、セシリアが呟く。

 

「お、俺は……」

 

 俺は正直なところ、困惑していた。セシリアから告白されるなんて、考えもしなかった。

 今できることは、今の想いをただ口にすることだけ。だから、心のまま、セシリアに答えることにした。

 

「その……すまない……」

「!」

 

 そう言った瞬間、セシリアの顔が一気に悲しみの色に変わる。

 要らない誤解を与えてしまった。慌ててそれを否定した。

 

「い、いや、そういう意味ではないんだ! その、だな。お、俺は、告白を受けたことがないし、したこともない。だから今、なんて答えればいいのか分からない。決して君のことが嫌いなわけではないんだ。ただ……」

 

 自分が何を言おうとしているかさえ分からない。口下手な自分がもどかしかった。

 

「――ただ俺は、自分がセシリアのことをどう思っているのか分からない。好きかと聞かれれば、好きだ。迷わず言える。だが、それが果たして恋愛のそれなのかは分からない。とにかく、どうしていいか分からないんだ……。だから、返事をするのは、難しい。すまない……」

 

 俺は自分の心を整理することができないでいた。好きなのか、そうではないのか。セシリアはへの想いは、それは本当に愛情なのか。ごちゃごちゃした頭の中の疑問と、考えたことのない感情のために、今自分の感情を持て余している。

 

「……分かりましたわ」

 

 何か納得した様子で、セシリアは言った。

 

「……どうやらわたくしは、急ぎ過ぎたようですわね」

 

 そう苦笑して、セシリアは俺から離れる。

 

「……待って、くれるのか?」

「当然ですわ。だって、わたくしのこの想いは、変わりませんもの」

「…………」

 

 セシリアの一言に、かっと顔が熱を持つのが分かった。

 

「――ですから、いつかお返事を頂けますか? それまで、わたくしはお待ちしています。そのとき、翔さんがどのような答えを出されて……わたくしはそれを受け入れますわ。そして、それがどのような結論であっても、わたくしがあなたを想う心は、変わりません。ずっと、あなたのことをお慕いしていますわ」

 

 言葉と共に、セシリアの笑顔がこぼれる。セシリアがもう一度身を預けてくるのを、ゆっくり受け止めた。

 

(俺は――)

 

 これから、セシリアにちゃんと向き合っていかなければならない。こんなに真っ直ぐ、純粋に好意を向けてくれる女性《ひと》がいるのだから。だから、ちゃんと向き合っていこう。その想いに答えられるように。いつか、必ず――。

 そう、自らに誓いを立てたのだった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

(やっと言えた……)

 

 返事はもらえなかったが、それでも告白ができたことでセシリアはすっきりしていた。

 大胆な行動をしたと思う。だって、いきなり翔にキスして、その上告白までしてしまったのだから。

 でも、この気持ちに嘘はない。自信を持ってそう言える。

 

(待っていますわ、翔さん……)

 

 恥ずかしくても、自分を偽らずに想いを告げたことを誇ろう。翔が自分の想いに答えてくれてもそうでなくても、ずっと自分は恋する乙女でいたい。

 翔の腕に抱かれながら、セシリアは心からそう思った。

 

 

 

 ――ドドォォン……ドンドンッ……!

 

 花火は、そんな二人の影を、鮮やかに彩っていた。

 




またして投稿が遅れて申し訳ありません。
前編でも書きましたが、今回のサブタイはいきものがかかりの同名曲よりいただきました。今回に雰囲気ぴったりでしたので。

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