IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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あけましておめでとうございます。大変お待たせしました、本日より第八章投稿開始です。また、本章は番号ではなくサブタイで投稿していきます。
ついでにと言っては何ですが、Twitter始めました。詳しくは活動報告をご覧ください。


第八章 ウェルカム・サマーデイズ
「蒼」と「紅」


 終業式も迫った七月中旬。一人の少女が竹刀を握って悩んでいた。

 

(やはり、やるしかないな……)

 

 朝、日課の剣の稽古を終えて、篠ノ之箒はある一つの作戦の決行に踏み切った。

 

(――翔……)

 

 具体的には、彼女の幼馴染である天羽翔のことについてである。

 臨海学校を終えて、箒と翔はどこかぎくしゃくしていて、きちんと向き合えない状態にあった。臨海学校を通じて、翔がセシリアやラウラとさらに親密になっていたのも相まってか、今の二人の関係は周囲の人間から見ても明らかに複雑に映ったことだろう。

 無論それは当事者二人が一番感じていることであり、箒は何とかしたいと思いつつ、何もできないでいたのだが、やはりこれではいけない、と思い直し、決着をつけよう、と事を起こす覚悟を決めたのだった。

 

(――待っていろ、翔)

 

 それは、最も彼女らしいやり方で行われようとしていた。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 終業式ももう目前に迫った火曜日の朝。俺は遅刻するでもなく、いつも通りに登校してきた。

 一夏たちはまだ来ていない。俺は別に用事があったので早く来ているだけだ。

 

「天羽君おはよー」

「ああ、おはよう」

 

 話しかけてきた女生徒(俺と一夏以外は全員そうだが)にあいさつを返す俺。

 入学当初は全く話せなかったのだが、今の俺なら話せる。成長したものだな、と自分の成長をまるで老人のようにしみじみと感じた。

 いつも通りの風景……臨海学校で俺はその大切さを再確認した。この平凡な毎日の中にこそ、俺の求めていたものはあるのだと。そう、特に変わったことはない。

 

「――ん?」

 

 ――はずだったのだが、いつもと違うことを一つ発見した。

 ロッカーに、見慣れない一通の手紙が入っている。そして表には、こう書かれていた。

 ――『果たし状』と。

 

「は、果たし状……?」

 

 誰から? 何故? そして今時果たし状?

 様々な疑問が頭をよぎるが、俺はとりあえず差出人を確認することにした。差出人は……

 

「ほ、箒!?」

 

 俺は思わず目を疑った。もう一度名前を確認するが、やはり箒だ。中身を開いて文面を確認すると、そこには『天羽翔へ 放課後に剣道場で待つ』とだけ。

 

「これだけか……」

 

 これで何をするというのだろう。まさか、本気で決闘する気なのか。しかも何を賭けて戦うというのだ。

 

「翔さん、おはようございますっ」

 

 俺の後ろからセシリアがひょっこり現れた。笑顔で俺にあいさつをする。

 

「セシリア。おはよう」

「……あら? 何をお持ちになっていますの?」

「いや、それがだな……」

 

 かくかくしかじかで……と俺が話し終えると、セシリアも怪訝そうな顔で問題の果たし状を見つめる。

 

「これは何かありますわね……」

「だろうな」

 

 とにかく教室で会うだろうし、聞いてみようか。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「箒」

 

 登校してきた箒に、俺は尋ねた。

 

「何だ?」

「あの果たし状、確かにお前が入れたものなのか?」

「そうだ」

「…………」

 

 ……ダメだ。箒の真意が全くつかめない。

 

「翔。私はお前と戦いたいのだ。――私らしく、一本の剣で」

 

 箒は間違っても戦闘狂ではない。剣を握ることに確固たる意思があり、それで勝負を申し込むということは、剣を通じて何かしたいことがあるはずだ。ならば、その想いを正々堂々受け止めるのが剣を握る者の務め。

 

「――分かった。その勝負、受けよう」

「感謝する」

 

 深々と頭を下げてお辞儀する箒は、幼馴染ではなく、一人の剣士だった。異様な雰囲気な俺と箒を見てざわつくクラスメイトたち。それに構わず、俺は席に着く。

 何も語らずとも、剣を通して箒の思いは自ずと分かる。なら俺がすべきは、そのときに備えること。これ以上の葉は無粋だ。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

(箒さん、何をなさるおつもりかしら……)

 

 先ほどの教室のやり取りを見た後、セシリアはその美しい線を描く顎に手を当てて、思考していた。

 

(思えば、箒さんは一度も翔さんと一対一でお話していませんわね……)

 

 実は入学してすぐ二人で話していたのだが、それはセシリアが知らないことである。ただ、セシリアが翔と仲良くなってから、セシリアは翔と箒が二人きりという状況は見たことがない。

 それが、今になって行動を起こしてきたのだから、何かあるに違いないとセシリアは確信した。

 

(――ま、まさかっ、告白をっ!?)

 

 その結論に至った瞬間、セシリアは焦り始める。

 

(そういえば、あのときもおっしゃっていましたわ。『好きかどうかは分からない』と!)

 

 あのとき、とはセシリアがクラス代表決定戦の後箒と面と向かって話したときである。あのとき、箒は翔が好きなのかというセシリアの質問に対し、分からないと答えた。

 セシリアは考える。もし、あの臨海学校で箒が奥深くに根付いていた翔への恋情に気付いたとしたら? それが原因で翔とぎくしゃくしていたとしたら? ついに決着をつけるべく行動を起こしたとしたら?

 

(こ、これは、大問題ですわッ!)

 

 心の中で叫んだセシリアは、すぐに解決策を講じる。

 

(まずは、ラウラさんですわね)

 

 まず仲間を増やして、考える脳を倍にする。あの超絶ブラコンなら、必ず味方になってくれるはず。普段は翔を奪い合う仲だが、今回は話が別だ。「昨日の敵は今日の友」とは言ったものである。

 思い立ったら即行動派のセシリアは、さっそくラウラのいる場所へ向かった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 授業はあっという間に過ぎ、すぐに放課後になった。箒は既に約束の剣道場に来ており、正座して防具をつけようとしていた。

 

(翔は来てくれるだろうか)

 

 箒の心の中ではこんな疑問が渦巻いていたが、それも翔なら大丈夫、と押さえつけた。そんな余計な心配よりも、今はこれから始まるであろう戦いに集中すべきだ。

 がらっと剣道場の戸が開く音がした。翔が来てくれたのか、と目を開いた箒だったが、目の前にいたのは金と銀の髪の二人の少女だった。

 

「――させませんわよ、箒さん」

「勝手な真似は許さん」

「……セシリア、ラウラ」

 

 何故か眉を吊り上げた二人が、入り口にいた。

 

「何の用だ」

「わたくしたちはあなたの暴挙を許すわけにはいきませんわ!」

「暴挙? 今回の勝負のことか?」

 

 確かに強引だったかもしれないが、それは言われるとしたら翔からだ。少なくともセシリアとラウラに言われことではない。

 

「勝負とは建前に過ぎませんわッ! あ、あなたは、そうやって翔さんを呼び出して告白をなさるつもりなのでしょう!?」

「…………」

 

 箒は呆気にとられた。

 

「こ、告白? 何の話だ?」

「とぼけても無駄だ! お前は、ずっと前からお兄様のことが好きだったのだろう! あたかも一夏を好いているように見せかけておきながら、本命はお兄様だったのだな!」

「…………」

 

 話が噛み合わない。どうやら二人は勘違いをしているようだった。

 

「あの、だな。わ、私は……愛の告白をする気などないぞ。ただ、純粋に翔と戦ってみたかっただけだ」

 

 誤解を解くため、箒は一つ一つ正直に話出す。

 

「私は不器用だから……だから、翔とはこういった形でしか向き合えないと思ったのだ。た、確かに、やり方は他にもあったと思う。でも、これが私らしい、一番のやり方なんだ。それに、私は……一夏が……その……」

 

 もじもじと話す箒。納得していない表情の二人。

 

「ほ、本当だ。私は……正真正銘、一夏のことが好きだ……!」

 

 恥ずかしい。こうやって自分の思いを赤裸々に打ち明けるのがこんなに恥ずかしいことだったなんて。

 

「……嘘は、ありませんわね?」

「ああ。誓って、嘘は無い」

「信じましょう。今のあなたが嘘をついているとは思えませんし」

 

 セシリアはラウラを促すと、道場の端に座った。

 

「観戦くらい、してもよろしいでしょう?」

「――ああ、構わない」

 

 そういったのを最後に、箒は再び集中を高めていった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 箒と試合か。いつ以来だろうか。

 竹刀を持つと思い出す。かつて、箒と一夏と毎日のように剣を握っていたこと。

 ちなみに、俺は箒相手には負け越している。最初の頃負け過ぎて、少し上手くなって勝てるようになってからも勝ち越せなかったのだ。何回も戦って、悉く俺は返り討ちにあってきた。最初の方は箒に全く勝てず、俺は悩んだ。剣の振り方、体捌き、攻めの型、守りの型、それぞれを本気で見つめなおした。それで初めて箒に勝ったとき、俺はダッシュしてトイレに駆け込み、嬉しくて少し泣いたのを覚えている。まあ、その後機嫌を損ねた箒を、一夏と二人してなだめるハメになった、というオチがつくのだが。

 そんな、幼かった頃の、俺。束と出会う前の、俺。

 

「失礼します」

 

 武人らしく、道場に一礼して入った。

 中には、既に防具をつけて正座している箒、それを観ている専用機持ちの面々が脇にいた。俺が入ると同時に、全員の視線が俺を向く。

 

「翔。今回の勝負を受けてくれたことを感謝する」

「こちらこそ、このような機会をどうもありがとう」

 

 親しんだ幼馴染ではなく、今は誇りある剣士として、こう言った。

 

「一夏、審判を頼む」

「――分かった」

 

 一夏も予想していたのか、すんなり引き受けてくれた。

 俺は慣れた手つきで防具を解いていき、数分で装着し終えた。面一つ着けるのにも、精神を集中させて行った。乱れることのないように、慎重に、素早く。

 周りで観ている人間は、言葉一つ発しない。この真剣な雰囲気によるものかもしれない。とにかく、ひそひそと話す声すら聞えない。

 

「…………」

 

 俺と箒は、共に礼をすると、場内に入っていく。場内に入ったら、そこで提刀しながら立礼。帯刀して、お互いに三歩前へ出て、蹲踞の体勢。

 

「始め」

 

 一夏の声が響くと同時に、俺と箒の剣が振るわれた。

 

 

 

 

 

 

「翔」

「箒」

「……私たちは、ようやく向き合えたのだな」

「そうみたいだな」

 

「……すまなかった。臨海学校のときは、翔には助けられてばかりで、何もできなかった」

「謝らなくていい。別に箒が悪かったわけじゃない」

「違うんだ。私は……一度戦うことから逃げた。翔のことを言い訳にして、戦うのが怖くなったんだ。責任をISに押し付けて、私は一人沈んで、泣いていた」

「…………」

「翔が私のせいで死んでしまっていたら、きっと私は潰れていた。だから翔が生きていてくれて、私は本当に良かったと思っている。……でも、私は弱くて、翔と向き合うのが怖かった。このことを謝ろうと思っても、心のどこかで責められることを恐れて……」

「…………」

「許して欲しい。こんな形でしか、翔と向き合えない、弱い私を」

 

「――ありがとう、箒」

「え……?」

「逃げずに、俺と向き合ってくれてありがとう。だから俺もこうして、お前と向き合える」

「…………」

「そもそも、許すも何もない。俺たちは幼馴染なんだ。好きなだけ迷惑をかければいい。お互いがお互いを助けて、前に進むのが俺たちだろう?」

「翔……」

 

「こうやって二人で話すのも、試合をするのも久しぶりだな」

「……手加減はしていないだろうな?」

「してない。それはお前が一番分かるだろう?」

「……はは、そうだな」

「悪いが、勝たせてもらうぞ」

「それは私のセリフだ」

 

「なあ、翔」

「何だ?」

「……好きだ」

「な、何っ!?」

「幼馴染の天羽翔が、私は大好きだ」

「……一夏以上にか?」

「翔と一夏は、違う。一夏は、その、一人の男として好きだ。翔は、幼馴染として好きだ」

「ややこしいな……」

「や、ややこしいとは何だ! 恥ずかしいんだからな!」

「恥ずかしいなら言わなくてもよかったと思うんだが……」

「なッ!? せ、せっかく勇気を出して言ったのに! こ、こら、笑うな翔ッ!」

 

「……翔」

「何だ?」

「これからも、よろしく頼む」

「……くく。それは一夏のことか?」

「い、いろいろだ!」

「まあ、そういうことにしておこう」

「……むぅ」

「箒」

「何だ?」

「……俺も、お前が好きだぞ」

「……ッ!」

「一夏も、お前も。昔も、今も。大好きだ」

「翔……」

「こちらこそ、よろしく頼む」

「ああ。――ありがとう、翔……」

 

 

 

 

 

 

「――面ッ!」

 

 バシッと俺の竹刀が箒の面を打ち、試合が終わった。

 

「――ありがとうございました」

 

 最後に一礼して、俺たちの試合は終わった。

 

「……強いな、翔は」

 

 試合には負けたが、箒の顔はとても晴れ晴れとしていた。

 

「お前もな」

 

 俺もすっきりとした気分で、箒に微笑んだ。

 男だとか女だとか、そんなことはどうだっていい。俺たちは俺たちだ。そう、何の遠慮もいらない、気心の知れた幼馴染なのだ。

 ――彼女は、篠ノ之箒。かけがえない、俺の幼馴染。それを今日、改めて感じた。

 この試合以降、俺たちの関係は元に戻った。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 試合が終わった後、俺はセシリアとラウラと三人で寮に戻っていた。

 

「嫌だったぞ」

 

 ラウラの一言に、セシリアもそうですわ、と乗っかる。いや、何がだ?

 

「箒とお兄様の、二人だけの空間だった」

「…………」

 

 それに関しては何も言えない。事実だ。確かに俺たちは二人だけで向き合ったのだから。

 

「仕方がないだろう? 俺にとって、箒は幼馴染なんだからな」

「……幼馴染、ですか」

 

 納得していない様子の二人。

 

「お兄様、幼馴染というのは、そんなに親しいものなのか?」

 

 ラウラが尋ねる。

 

「いや、知らないが。ただ俺たちがそうなだけで」

「……ふぅーん」

 

 ジト目で睨んでくる妹とクラスメイト。このまま機嫌は直りそうもないので、話を変えることにした。

 

「そういえば、セシリアはもうすぐ一時帰国だったな?」

「ええ。データ収集と報告が義務とはいえ……面倒ですわ」

 

 はあ、と困ったように言うセシリア。セシリアはあと一週間ほどで一時帰国せねばならない。これは代表候補生全員に当てはまることである。ラウラや他の面々も一度帰国しなければならない。時期的に、セシリアと鈴音が同じなので、二人とは少しお別れということになる。その後、ラウラとシャルロットが帰国するという予定らしい。

 

「(……抜けがけは禁止ですわよ)」

「(貴様もな)」

 

 何故か二人で睨み合っていた。俺を挟んでやらないでほしい。

 

「翔さんは?」

「何もない。俺には専用機持ちの義務がないからな」

「何、そうなのか? ならお兄様、私と一緒にドイツへ行こう!」

「なっ!? だ、ダメですわラウラさん! 翔さん、ドイツへ行くなら先に我がイギリスへと参りましょう?」

「い、いや待て。俺は行かないからな? 俺が勝手にどこかに行ったりすると、問題になる」

 

 ――こうして、俺たちの夏休みが始まろうとしていた。

 

 


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