IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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第七章エピローグです。


ユア・ネーム・イズ……

「はぁ~。紅椿の稼働率はたったの三〇パーセントかぁ。まだ絢爛舞踏(けんらんぶとう)も発動してないし、こんなものかな」

 

 篠ノ之束は、空中に投影されたディスプレイを見ながら呟いた。ディスプレイに表示するデータを変えて、それを見てまたため息をついた。

 

「蒼炎に至っては第二形態移行(セカンド・シフト)を含めても二五パーセント未満ねえ。操縦者との相性は最高の一言だし、もうこれは蒼炎の潜在能力ってことだろうね。こっちも単一仕様の発動はまだだし」

 

 つまらなそうに微笑む表情はそのままに、束は次のデータを表示する。

 今束が座っているのは、岩の岬の先っぽである。高さは数十メートルあり、落ちたらただでは済まないが、束がそんなことを気にしている様子はまるでない。

 

「それにしても白式には驚くなぁ。思った以上の数値だよ。零落白夜のエネルギー転換率も跳ね上がってるし。――しかも、操縦者の生体再生まで可能だなんて」

 

 白式が叩き出した数値はどれも高く、束が予想した以上のものであった。

 特に、最後に福音を攻撃した瞬間は、機体の稼働率、出力、その他全てが今までの白式の全てを上回っていた。

 

「さすがいっくんだよねぇ~。まるで――」

「まるで、『白騎士』のようだな。――コアナンバー〇〇一にして初の実戦投入機、お前が心血を注いだ一番目の機体にな」

 

 後ろから、織斑千冬が姿を現した。

 

「やあ、ちーちゃん」

「おう」

 

 束は海の方を見つめたまま。千冬は別の方を見つめたまま。どちらも目を合わせようとはしない。

 必要無いからだ。そんなことをせずとも、互いがいることは分かる。そんな確かな信頼が、二人の間にはあった。

 

「束。おもしろいたとえ話があるんだが、聞きたいか?」

「へえ。ちーちゃんがたとえ話ねえ……。珍しいねぇ」

「例えば、とある天才が二人の少年に目をつけた。あるとき、捨てられていた一人の少年を拾い、ISに触れさせ、その瞬間にだけISが動くように設定したとする。そうすれば、その少年はあたかもISを動かせるように見える。もう一人についても同様だ。何らかの手段で意図的に受験する高校を間違えさせたあと、先ほどと同じように設定したとすれば、こちらも少年も同じようにISが動かせることができるように見える」

「ふふ~、でもそれだと継続的には動かないよねぇ」

「そうだな。お前は、そこまで長い間同じものに手を加えることをしないからな。……で、どうなんだ? とある天才」

「どうなんだろうねー。うふふ、実のところ、一人はともかくもう一人が何でISを動かせるか、私にも分からないんだよね。二人はIS開発に関わってないはずなのにね」

「ふん……。まあいい、次のたとえ話だ」

「あれ? まだあるの? 多いねえ」

 

 まあいいや、と言って、束は千冬に次を促した。

 

「とある天才が、大事な妹を晴れ舞台でデビューさせたいと考える。そこで用意するのは専用機と、そしてどこかのISの暴走事件だ」

「…………」

「暴走事件に際して、新型の高性能機を作戦に加える。そこで天才の妹は華々しく専用機持ちデビューというわけだ」

「それは、違うとだけ言っておくよ」

 

 束はそれを即座に否定した。

 

「ほう、何故だ?」

「――私の大切なものが、傷つくからだよ」

「大切なもの? お前にか?」

 

 束は飽きやすい。故に千冬は大切なもの、すなわち恒久的に価値のあるもの、という言葉が、しっくりこなかった。

 

「そうだよ。大切なもの。世界で、一番大切なものだよ。……言わなくてもわかるでしょ、ちーちゃんなら」

「…………」

 

 束は目を伏せて、波の音に耳を澄ませた。表情は今までと変わらない、つまらそうに微笑んでいるだけだ。

 

「私は、絶対にそんなことしないよ。――大切なものを危険にさらすような真似は、絶対にね」

「……そうか」

 

 適当な束らしくもない、どこまでも断定的な言葉だった。

 

「――ねえちーちゃん、今の世界は楽しい?」

「そこそこにな」

「そうなんだ」

 

 風が、強く吹いた。

 

「私は――」

 

 束が呟いた言葉は、風に消えた。

 

「…………」

 

 千冬は、夜空を見上げた。月と星は、変わらずそこにあった。

 

「『今の世界は楽しいか』か……」

 

 千冬ですら、束の本心は理解できない。あの狡猾な天才は、腹の底で何を思っているのかは分からないのだ。

 ただ、一つだけ分かったことがあった。

 束には、無かったはずの感情が生まれている。それは、きっと――。

 そう考えたところで、千冬は思考を止めた。思いつめるのは本来彼女の性分ではない。これ以上こんな場所に用もないので、千冬は旅館に戻ることにした。

 それは、束の幼馴染から、IS学園への教師に戻ることと同義であった。

 

「――イレギュラー、か……」

 

 最後に呟いた千冬の言葉を聞いた者は、いない。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 臨海学校最終日、とは言っても、実質片付けと移動のみなので、カウントするほどでもないかもしれない。

 使用したISと専用装備の撤収作業を行った後、荷物をまとめて、クラス毎に用意されたバスに乗り込む手はずであった。

 

「あああ~……」

 

 作業を終えた俺の隣で、一夏が情けない声を出した。

 昨日なんとこいつは無断で旅館を抜け出していて、偶然会った箒と二人きりで話していたらしいのだ。その途中他の一夏ラバーズに見つかり、一夏は鈴とシャルロットに小一時間ほど追い掛け回された後、旅館に戻って織斑先生の雷に打たれ、盛大にシバかれた……らしい。

 らしい、というのもこの情報は恨み全開で訴えてきた鈴音から聞いたものなので、多少誇張されているかもしれないからだ。まあ一夏のあの様子を見れば真実だろうとは思うが。

 

「眠いし、だるい……。俺、三時間ぐらいしか寝てねえよ……」

 

 自業自得とはまさにこのことである。

 アホだな。リスクを考えずに行動するからそうなるのだ。

 

「知らん」

 

 俺は冷徹に言い放った。そんなアホに、俺が同情する余地は無い。

 

「翔の薄情者……」

「何とでも言え。自業自得だ」

 

 大体、俺が一夏に変に優しくすれば、怒り狂っている例のヤツらから反感を買うだろう。今のあいつらを相手にするのは絶対に嫌だ。俺に飛び火するのは勘弁願いたい。

 

「すまん……だれか飲み物持ってないか……?」

「あげられませんわね」

「嫌だ」

「……ツバでも飲んだら?」

 

 セシリア、ラウラ、シャルロットの順である。シャルロットのが一番エグい。これは相当怒っている証拠だ。

 くわばらくわばら。

 

「箒……」

「なっ、何を見ているっ!」

 

 頼みの綱の箒は真っ赤になってそっぽを向いた。誰も一夏に飲み物はやらないようだ。勿論俺もだ。

 

「ふ、ふんっ……!」

 

 トレードマークのポニーテールを揺らした箒の頭には、新しい白い布が巻かれている。

 昨日一夏からもらったようなのだが、箒はとてもそれを気に入ったようで、無意識にそれを手で撫でている様子も見られた。

 嬉しそうだな。一夏からのプレゼントだから、当然か。

 

「…………」

 

 ふと、セシリアの方に目を移すと、作業を行っているセシリアの首にはしっかり俺の贈った太陽のネックレスが輝いていた。

 そんなに高級なものでもないのに、セシリアが身につけるだけでとても高貴なものに見えるのだから、不思議なものである。

 

「ど、どうかしましたの?」

 

 俺の視線に気付いたセシリアが、ちょっと顔を赤くして俺に尋ねた。

 

「――いや、何でもないんだ」

 

 俺は少し嘘をついて、誤魔化した。セシリアは不思議そうに首を傾げたが、すぐに作業へと手を戻した。

 ――しかし、嬉しいものだな。自分が贈ったものを気に入ってくれるのは。

 俺は微笑を漏らして、またセシリアを見ているのだった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「うー……」

 

 一夏がこれで何度目になるか分からないうめき声を上げる。

 俺たちは帰りのバスに乗り込み、俺たちを乗せたバスは高速道路を走っていた。一回目のトイレ休憩が次のサービスエリアであるので、そろそろ降りる準備をしているところだ。

 

「お兄様は次のサービスエリアで土産を買わないのか?」

 

 俺の隣でラウラが俺に聞いてきたので、俺はああ、と答えた。

 現在、俺の隣の席には行きとは違ってラウラが座っている。出発の際何かラウラとセシリアの間で揉め事があったらしく、その結果こうなったのだろうが……。セシリアは悔しそうな表情で後ろの席に座った。今もセシリアの強烈な視線を後ろから感じる。

 俺が何をしたというのか。そんなに睨まなくても……。

 

「もう向こうの旅館で買ってあるからな。ラウラはまだ部隊の人に買ってないんだろう?」

「……まだだ」

 

 どこかしょんぼりするラウラ。俺はあまりに分かりやすいラウラの態度にくつくつ笑いがこぼれる。

 多分、一緒に買い物がしたいんだろう。分かりやすいやつめ。

 

「仕方ないな、一緒に買い物してやる」

「ほ、本当か!? ありがとうお兄様っ!」

 

 そう言ってラウラは俺に抱きついた。

 

「お兄様、大好きだ!」

 

 その一言に俺はちょっと嬉しくなって、ラウラの頭を撫でてやった。

 この臨海学校が終わってから、ラウラと本当の意味で家族になれたような気がする。血が繋がっていなくても、国籍が違っても、何かが俺たちの間にあると確信している。多少甘え過ぎている感は拭えないが。

 

「…………」

 

 セシリアの睨む視線が非常に痛い。そんなに怒らんでも……。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 そんなこんなで、サービスエリアについた生徒たち。翔はラウラを連れて中の売店へと歩いていった。

 

「うー、しんど……」

 

 一夏は降りるなり、よろよろとよろめいて歩き出した。

 

「「い、一夏っ」」

「はい?」

 

 そんな一夏に、箒とシャルロットが同時に話しかけ、一夏が振り向いた。さしずめ、のどが渇いて死にそうな一夏に水でもやって好感度アップを狙っているのだろう。

 だが、それはある女性が一夏に近づいてきたことで中断された。

 

「ねえ、織斑一夏君って、あなたよね?」

 

 見たことの無い外国人女性だった。サングラスに金髪、さらに着崩したカジュアルスーツ。年齢は多分二十歳ほどだろう。

 その女性はサングラスを外すと、一夏をまじまじと見つめた。

 

「へぇ、君がそうなのね~」

「あの、あなたは……?」

「――私はナターシャ・ファイルス。『銀の福音《シルバリオ・ゴスペル》』の操縦者よ」

「え……」

 

 一夏は驚いて困惑していた。

 ――ちゅっ。

 ナターシャと名乗る女性は、一夏の頬にキスした。

 

「これはお礼。ありがとうね、白い騎士《ナイト》さん」

「え? えぇっ!?」

「じゃあ、またね。バーイ」

 

 そういって、ナターシャは一夏のところから離れていった。

 

「ひいっ!?」

 

 ぞくっと突然走る悪寒。一夏は嫌な予感がして、後ろを振り向いた。

 

「…………」

 

 案の定、箒とシャルロットが非常にいい表情で笑っている。

 

「一夏ってモテるねえ」

「はっはっは」

 

 あ、やばい。

 

「「はい、どーぞ!」」

 

 一リットルのペットボトル二本が、一夏の顔面めがけて飛んできた。正直、死ねる。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「…………」

 

 一夏から遠ざかったナターシャは、目的の人物を発見して近づいていく。

 

「おいおい、余計な火種を残してくれるなよ。ガキの相手は大変なんだ」

 

 千冬はやってきたナターシャに語りかける。

 

「思っていたよりもずっと素敵な男性だったから、つい」 「全く……。それより、昨日の今日で動いて大丈夫なのか?」

「ええ、それは問題無いわ。――私は、『あの子』に守られていたから」

 

 言うまでもなく、『あの子』とは福音のことである。

 

「――どうするんだ?」

「今回の事件を起こした人間を、私は許しません。あの子の判断能力を奪い、全てのISの敵に見せかけた元凶――それを追って、必ず報いを受けさせる」

「おいおい、査問委員会もいるんだから、もう少し大人しくしていたほうがいいんじゃないのか?」

「……それは、忠告ですか? 『ブリュンヒルデ』」

「…………」

 

 千冬は顔をしかめた。

 モンド・グロッソの総合優勝者に与えられる称号、『ブリュンヒルデ』。本来は誇り高い称号であるが、千冬はこの名を嫌悪している。

 

「アドバイスだよ、ただのな」

「……それでは、仰るとおり大人しくしていましょう。――しばらくは、ね……」

 

 意味深な言葉を残して、ナターシャは千冬の元を去っていく。しかし、ああそうだ、と何かを思い出したように振り向いて、千冬に尋ねる。

 

「天羽翔君が見当たりませんでしたが?」

「あいつは中にいる」

「……そうですか」

「……会うのか?」

 

 千冬の質問に、ナターシャは首を横に振る。

 

「いえ、そんなことをせずとも会えるでしょう。――いずれ、必ず」

「…………」

 

 最後に視線を交わした二人は、もうそれ以上話すことはなかった。

 

 バスは渋滞に見舞われることもなく、学園へと向かっていき、波乱に満ちた臨海学校は終わりを告げようとしている。

 

「お兄様っ、そのたこ焼きとやらを、一つ私にくれ!」

「これか? 熱いから気をつけて食べろよ」

「あーん――……ふぐっ、あ、あふい!?」

「そら、言わんこっちゃない……。ほら、ノリが口についてるぞ。これで拭け」

あひはほうほひいはは(ありがとうお兄様)! もぐもぐ……うむ!なかなか美味だな、たこ焼き!」

「……翔さん。またそうやってラウラさんを甘やかして……」

「ん?何だセシリア?羨ましいのか?」

「う、羨ましくなんてありませんわ!オ、オクトパスを食べるなんてありえませんもの。日本人の方はどうかしていますわ、本当に!」

 

 ある者たちは、その思いを新たに前を見据え。

 

「……あれ、鈴から電話?はい、もしもし?」

『もしもしシャルロットー?あんた、帰国の日程決まった?』

「……そうだった、夏休み中帰国しなきゃいけないんだった……。鈴は決まったの?」

「決めたわ。夏休み始まってすぐ、帰ることにしたのよ」

「そっか。……両親とは、会えそう?」

「さあね。まあ、会えたらでいいわよ。そう言うあんたは、例のオヤジとの対面があるんじゃないの?」

「うん。……憂鬱だよ」

「ご愁傷サマ……」

 

 ある者たちは、故郷への確執を胸に。

 

「帰ったら、もっかい剣道の練習しなきゃなー。剣の扱いもまだまだだし」

 

 ある者は、今までの自分と決別し。

 

「練習相手も必要だな。なあ箒ー、稽古――……って、どうしたんだよ、また難しい顔して」

「……何でもない」

「そうかあ?箒がそんな顔してるときは、大体何か悩んでるときだろ?」

「う、うるさいっ! 一夏には、関係ないことだっ!」

 

 ある者は、過去を振り返ったまま。

 それぞれが決意や後悔を抱えながら、夏の海から、学び舎へと舞台は戻る。

 彼らを何が待つのか――それは、神のみぞ知る。




これで第七章終了となります。第八章は1月3日投稿開始です。皆様良いお年を。

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