IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
ハワイで試験運転中の機体、『
以上が、今回の事件の概要である。
だが、事件はまだ終わっていなかった。俺たちには、後始末という名の悲劇が待ち構えていたのである。
「…………」
現在の状況を掻い摘んで簡単に説明しよう。俺たち専用機持ち一同は、旅館の一室で正座させられている。以上。
「作戦完了――と言いたいところだが、お前たちは独自行動により重大な違反を犯した。帰ったらすぐ反省文の提出と懲罰用の特別トレーニングを用意してやるから、そのつもりでいろ」
「……はい」
作戦を完遂したにも関わらず、俺たちの表情は重く暗い。既に三〇分以上は続いているであろうこの正座地獄に、全員の目が虚ろになってきていた。慣れている俺や箒はまだいいのだが、慣れていない他国の専用機持ちは顔面蒼白だ。セシリアに至っては気を失いそうになっている。
「特に……天羽! お前は命令違反した挙句に独断先行して撃墜されるとはどういうことだ!」
スパァンッ!
軽快な音が部屋に鳴り響く。これは俺の頭が竹刀で打たれた音だ。面がないので、痛くて死ねる。
「……すみませんでした」
「重々反省しろ。お前は自分の肩書きを理解しているのか? お前の死が、世界にどれほどの影響を与えると思っている」
「……はい」
返す言葉も無い。
ここのところ十五分ほどは、俺の個人的な説教が続いていた。こうして織斑先生から言葉が出る度に竹刀が振るわれるので、俺の叩かれた回数は十回を軽く超える。脳に異常をきたしそうだ。
ちなみに、セシリアの命令違反はお咎め無しである。それは俺が「全責任は俺にある」と言ったからだが、今では少なからず後悔している。お陰で俺は二倍怒られているのだから。
……俺は生きてここを出られるのだろうか?
「あ、あの、織斑先生。もうそろそろそのへんで……。怪我人もいますし、ね?」
「ふん……」
烈火の如く怒る織斑先生を、山田先生がなだめた。びびっているのか、山田先生は落ち着かない様子で色々と持ってきた。
「じゃ、じゃあ、一度休憩してから診断しましょうか。ちゃんと服を脱いで全身見せてくださいね。――あっ! だ、男女別ですよ! 分かってますか、織斑君、天羽君!?」
……当然です。そんなことをした暁には不可避の死が待っている。恐らく見た瞬間に意識が飛んで、目が覚めたら三途の川を超えているに違いない。
女性陣の視線が痛い。だから出て行くに決まっているだろうが!
俺たちは山田先生からスポーツドリンクのパックを受け取ると、それぞれ口につけて飲んでいった。水分補給をしてようやく生きていることを実感できた。
「…………」
何故だろうか。織斑先生がじーっとこちらを睨んでいる。
「な、何ですか? 織斑先生」
それに耐え切れなかったのか、一夏がそう聞いた。
「……しかしまあ、よくやった。全員よく無事に帰ってきたな」
「え?」
どこか照れくさそうに、織斑先生が言った。一夏は呆然としていたが、少ししたらすぐ笑顔になった。
しかし、あの人も素直じゃないな。きっと死ぬほど心配してくれたのだろう。だからこそ怒ったのだ。天邪鬼な織斑先生に微笑をもらしつつ、スポーツドリンクの最後の一口を飲んだ。
「あの、織斑君、天羽君? みんなの診察をしますから、ええと――」
「とっとと出てけ!」
五人に怒鳴られ、俺たちはそそくさと部屋を出た。千鳥足なのは、長かった正座の影響であるので、勘弁してほしかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
別室に移動して、俺たちは腰を下ろした。
「くはあぁー。まだ足がヘンだ」
よろよろと倒れこむようにして一夏が言う。俺は頭も割れそうだ。
「本当、千冬姉も素直じゃねえよな」
「全くだ」
一夏が苦笑した。一夏も同じことを思っていたようだ。
「……なぁ、翔」
「ん?」
「俺、甘かった」
一夏は憂いを帯びた表情で、そう俺に告げた。
「俺は甘かった、何もかも。誘拐されたときから、無力なのが嫌で、強くなりたかった。だから俺、ISを動かせたときは戸惑ったけど、嬉しかったんだ。そんで、専用機を貰ったときに思ったんだ。『これで俺も強くなれる』って」
「…………」
「でも、分かったんだ。強さの源は力だけじゃないんだって。たとえ専用機を使ってても、甘えた心で使ってたら、刀は鈍る、って」
今までの一夏とは、雰囲気が少しだが、確実に違っていた。
「だから、俺は覚悟を決めた。俺は、世界最強になってやる」
「ほう……」
世界、最強か……。
「もう誰も失いたくない。そのために、俺は強くなる。いつか、翔よりも、千冬姉よりも強くなって見せる!」
「…………」
そっと、首のリングとチェーンを撫でる。
――おい、聞いたか相棒。俺の親友は、同じ目標があるらしいぞ?
「そうか、お前もか」
「え?」
「残念だが、それは無理だ。俺が、世界最強になる」
不適に笑ってやる。宣戦布告だ。
「そう束に、約束したからな」
「……そっか」
一夏は、どこか嬉しそうに呟いた。
「じゃあ、これからも俺たちはライバルってことだな。今までの俺なら、翔には絶対勝てないって諦めてたけど、今の俺は違うぜ。いつか翔にだって、絶対勝ってみせる!」
「……それは楽しみだな」
俺はニヤリと笑って、一夏の差し出した拳にこつんと自分のそれを合わせた。
きっと、一夏はもっと強くなる。その確信が、俺にはあった。だからこそ、俺はもっと強くなりたい。一夏に負けないように、俺はどこまでも、どこまでも強くなりたい。
いつか、世界最強の座をかけて、一夏と戦うその日が来ると信じて。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「で、何故こうなる」
食後、俺は自分の部屋でラウラに抱きつかれていた。戦闘中に負った肩の怪我も軽くはないはずなのに、ラウラはなりふり構わず俺にくっついている。
「ラウラ、俺にも予定というものがあってだな」
「嫌だ」
「あのだな、正直言って暑いんだが。離れて――」
「嫌だ」
「…………」
さっきから「嫌だ」の一点張りで全然退こうとしない。困ったものである。
「お兄様」
「何だ?」
「私が怒っていないとでも思っているのか?」
「…………」
ラウラは口を尖らせた。この顔は間違いなく不機嫌な顔だった。
「私に相談もせずに勝手に命令違反をして、セシリアだけを連れて撃墜されて。どれだけ私が歯がゆい思いをしたと思っているのだ!」
「……すまん」
どんとラウラが胸を叩く。俺も皆に相談せず行動したことはとても反省しているので、素直に謝った。
「お兄様……」
ラウラは俺に寄りかかると、俺の胸に顔を埋めた。
「お兄様は分かってくれてない。私にとって、お兄様はたった一人の家族なのだ。そのお兄様を失うことが、どれだけ怖いことなのか……」
俺の反応が消えたときのことを思い出しているのか、俺の背に回った手はふるふると震えていた。
「だから、もう消えたりしないでくれ……。私は、お兄様を失うことが一番怖い……」
「ラウラ……」
子供のように俺にすがりつくラウラを見て、とても申し訳ない気持ちになった。少しでも気が紛れるようにと、ラウラの銀髪を撫でてやった。効果があったのか、ラウラは徐々に落ち着きを取り戻していく。
「すまない、ラウラ。心配をかけた」
「…………」
「約束する。俺は絶対に、ラウラを置いて、死んだりしない」
「……約束だぞ?」
ラウラは不安げな目で俺を見上げる。
「ああ」
俺は微笑んでそう答えた。ラウラは破顔した。
その瞬間、俺は気づいた。妹だ兄だと言いながら、結局俺の中ではラウラは「赤の他人」のままだったことに。そして、それが大きな過ちであったことに。
血は繋がっていなくても、ラウラは俺の妹で、俺はラウラの兄だ。ラウラが俺をお兄様と呼ぶのは、俺がラウラの家族になり得る唯一の存在だったからだ。それなのに、俺は心のどこかでラウラとの間に境界線を引いていた。
たとえ俺がそう思っていなくても、ラウラは俺を兄だと……家族だと思ってくれていた。なら、俺も応えてあげなければ。ラウラの言った通り、たった一人の兄として、この一途な妹の不安が、少しでも晴れるように。
「大丈夫だ。俺は、ここにいる」
俺が強くそう言ってやると、ラウラは俺にぎゅーっと抱きついた。力は強くても、ラウラは小柄で華奢だ。それでも、俺への愛情表現は全力そのもの。それを考えれば、ラウラがどれだけ俺のことを大切に想ってくれているかなんてすぐ分かる。そして、ラウラの内には、繊細な心があることを、俺は知っていたはずなのに……。
すまない、ともう一度ラウラの耳元で呟いた。ラウラは胸の中で、ううん、と首を横に振った。
「お兄様」
「何だ?」
「また今度でいいから、どこかに連れて行って欲しい!」
相変わらず真っ直ぐなおねだりだ。まあ散々心配かけたし、聞いてあげよう。
「……どこがいい?」
「どこでもいい。お兄様と一緒に行けるなら、どこでもいい……」
ラウラはまた俺にぎゅーっと抱きつく。
――可愛いやつ。
柄にも無く、そう思ってしまった。
死ねない理由が、もう一つ増えた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(ど、どうしましょう……)
セシリアは自分の部屋で焦りまくっていた。作戦が終わってからというもの、セシリアは翔と一言も話していないのだ。
(わ、わたくし、抱きしめられていましたのね……)
とにかく、そんなことがあったものだから、セシリアは恥ずかしくて、自分から翔に話しかけられなかった。それに、帰ってきた翔の表情はとても柔らかくて、優しげに微笑んでいることが増えた。その笑顔に毎度毎度心臓を鷲掴みにされるセシリアは、ドキドキしてまともに翔を見ることすらできなかった。
(あの約束は、覚えてくださっているでしょうか……)
セシリアは福音との戦闘前に翔が言っていた贈り物のことが気になっていた。
今のところ何も言われていないので、セシリアは口にしない。自分から「ください」などと言うのはどう考えても非常識な行為だ。それでも、期待する気持ちは抑えられない。まさか翔からプレゼントを貰うなんて、考えたこともなかったからだ。
要は、今セシリアはただ翔に恋焦がれているだけのことである。
だがそれも仕方のないことかもしれない。死んだと思っていた翔が生きていて、颯爽と現れてセシリアのピンチを救ってくれたという、まるで御伽噺のような体験をしたのだ。それが翔を四割増で美化していて、もうセシリアには翔が王子様にしか見えないのであった。
今でも、セシリアはあの瞬間を思い出しては頬を赤らめる。
(――ああ、会いたい。あなたに会いたいですわ……)
セシリアの気持ちに、歯止めはきかなかった。
「……電話?」
不意に、ピリリリリッ、と携帯電話が鳴った。どこか夢心地のセシリアは、誰からかかってきたかも確認せずに通話ボタンを押した。
『もしもし? セシリア?』
「――か、翔さんッ!?」
突然の翔から電話に、セシリアは慌てふためいて携帯を落としそうになる。
『……だ、大丈夫か? 随分と慌てているが』
「だ、大丈夫ですわッ! 全く、微塵も、慌てていませんわ! そ、それより、どのようなご用件で?」
『その、非常に言いにくいんだが――』
「はい?」
『今から、俺の部屋に来てくれないか?』
「っ!?」
がつん、とセシリアの脳に強い衝撃が走った。
『い、いやっ、そういういかがわしい意味で言ったんじゃないんだ! 下心とか、そんなものは、一切、これっぽっちも、微塵も無い!』
「は、はいっ、分かっていますから、大丈夫ですわッ! 落ち着いてくださいなっ!」
そう言うセシリアも全く落ち着いていなかった。
『あ、あれだ、君に渡したいものがあるから、部屋に来て欲しいと思ってだな……』
「は、はいっ、分かりましたわ! すぐに参りますっ」
話し終えると、セシリアは通話を切った。携帯電話を握りしめて、セシリアは胸に手を当てた。
どくんっ、どくんっ。
心臓の音が、やけにうるさい。
(ど、どどどうしましょうッ……!?)
セシリアは、自分の体温の上昇と、頬の紅潮と、胸の動悸を止められそうになかった。
数秒前に翔に言われたことを思い出して、セシリアは頬に手を当てて困惑していた。
「へ、部屋に来いだなんて……」
頬を染めて、嬉しそうに表情を緩ませるセシリア。肝心の渡したいものがある、という部分は忘れてしまっていたのであった。
そして、名家に生まれた英国淑女のはずのセシリアの脳内では、既に果てしない妄想が展開されていた。
『ま、参りました』
『待っていたよ』
『あ、あの……翔さん、わたくし――』
『何も言わなくていい。――その唇は、俺が塞いでしまうんだからな……』
『あぁっ……!』
「きゃあっ! 翔さんったら……!」
妄想は止まることを知らず、セシリアはいやんいやんと首を振って悶えていた。
「――はっ!? こ、こんなことをしている場合ではありませんわっ!」
悶えること三分、正気に戻ったセシリアは、急いで自分のスーツケースからあるものをごそごそと取り出した。
そのあるものとは――。
(もしかしたら……もしかしたらと用意していた甲斐がありましたわっ!)
心の中でガッツポーズをして、セシリアは「それ」の準備を始めた。
「ふふっ」
これからのことを想像すると、頬が綻ぶセシリアだった。
「ただいま~」
「!?」
別の部屋に行っていたルームメイトが戻ってきた。セシリアは最後の作業を全速力で済ませると、慌てて証拠隠滅を図った。
「あれ? セシリア何してるの?」
「い、いえ、何もっ」
何とか間に合ったようだ。
(あ、危なかったですわ……)
危機一髪である。もしバレていたら、根掘り葉掘り尋問されるところであった。セシリアはほう、と安堵のため息をついた。
だが、その安心は脆くも崩れ去った。
「あ~~。せっしーがえっちぃ下着つけてる~」
「え!?」
という、布仏本音の一言によって。
そう、セシリアが取り出したあるものとは、下着である。それも、かなりキワドイやつ。
ちなみにこの布仏本音という少女、普段はぼけーっとしているが、洞察力や観察力など、非常に侮れないものを持っているのだった。一夏や翔もそれを痛感する場面があったのだが、それは割愛する。
思わずギクリとしてしまったセシリアは、恐る恐る後ろを振り返った。
――そしてそこには、人類としての何かを失った者たちがいた。
「「「セ~シ~リ~ア~……!」」」
「あ、あはははは……」
じりじりと近づいてくる彼らに、恐れ慄き、セシリアはじりじりと後ずさる。だが、狩人たち(ハンター)相手に、逃げる術などあろうはずがなかった。
「脱がせ脱がせ~!」
「剥けー! 身包み置いていけ~!」
「きゃああああーっ!?」
なす術もなく、セシリアは女子たちの餌食となった。浴衣を剥かれ下着を露出させられたセシリアを、クラスメイトたちが視姦する。
「わ。ほんとにエロい下着つけてる」
「えろ~、えろ~」
「まぁまぁ~。セシリアったらおませさん★」
「でも意外よね~。セシリアってこう、お堅いイメージあったのに」
「顔もキレイだしね。……羨ましい……」
口々に感想を漏らす女子たち。そんな中、セシリアはただ自分が翔の部屋に行くことがバレませんようにと願っていた。
「でもさ、なんかあやしくない? 勝負下着つけてるなんて」
ぎくっ。
「あ、怪しくなんてありませんっ! こ、これは、その、身だしなみ……そう! 身だしなみですわ!」
「あ、そういえばさっき誰かと電話してたよね?」
ぎくぎくっ。
「――もしかして、天羽様じゃないの!?」
「ま、まさかの密会ッ!?」
ぎくぎくぎくっ。
「「「セ~シ~リ~ア~……!」」」
まずい。非常にまずい。セシリアの中の何かが、絶えず警報を発していた。
人はそれを「生存本能」と呼ぶ。
「い、いやああああああああああああっ!?」
再び、餌食になるセシリアだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ぐああ……」
俺はセシリアとの通話を終えて、自室で悶絶していた。
やってしまった。何も最初から「部屋に来てくれ」なんて言わなくてもよかった。他の言い方もあったのに、何故俺はああもストレートに言ってしまったんだ。話していた感じではそこまで引いた様子ではなかったが、内心ではどうか……。
とにかく、頭を冷やそう。考えすぎてハツカネズミになっているようでは、これから先の試練を乗り越えられない。そこで、ベランダで涼んでくることに。
外は海風が
「まぁ、なるようになるか……」
半ば強引に自分を納得させるが、俺の懐にあるセシリアへのプレゼントが熱を持っているような気がして、落ち着こうにも落ち着けない。
「しかし遅いな……」
電話してから既に三〇分弱経ったが、セシリアはまだ来ない。すぐ来ると言っていたのだが。真面目なセシリアにしては変だ。
コンコンと、扉がノックされた。来たようだ。
「あ、あの……翔さん……参りました……」
緊張した声が扉の奥から聞こえてきた。
当然か。普通に考えて年頃の女性が男性の部屋に入るというのは緊張するに違いない。過去二回俺の部屋に来たときもこんな感じだったか。
失礼します、と言って入ってきたセシリアは、酷く疲れた様子だった。伏し目がちで、俺と真っ直ぐ目を合わそうとしない。
「すみません、来るのが遅れてしまって……」
「それはいいんだ。それより、何か疲れてないか?」
「さ、先ほどいろいろありまして……」
「そうか……」
恐らく遅くなってしまったのも同じ理由だろう。
「それよりセシリア、こっちに来てくれないか?」
「ベ、ベベベランダでですの!?」
何をそんなに慌てているのだろう。
「ベランダで渡すのはそんなに変なことか?」
「――あっ!」
セシリアはまるで何かを思い出したかのように言った。そして、みるみるうちに顔が赤くなっていく。
「あ、あぅう……わ、わたくしったら、何を……」
先ほどからセシリアの様子が非常に変だ。急に真っ赤になったり焦りだしたりどうしたというのか。
「な、何でもありませんわ。お、おほほほ……」
「笑顔が引き攣っているが」
「お、お気になさらずに……」
本人がそう言うので、これ以上は何も言わなかったが。
「…………」
少しばかりお互いに無言の時間が訪れた。
俺は一つ深呼吸をした。
「セシリア。セシリアに渡したかったのは、これだ」
俺は懐からプレゼントの入った小さな箱を取り出して、セシリアに手渡した。
「あ、ありがとうございますっ」
セシリアは顔をほころばせて言うと、開けてもよろしいですか、と尋ねる。俺は勿論だと微笑んだ。
「まあっ!」
箱に入っているのは、太陽の形を模して作ったネックレス。
「この前出かけたときに買ったんだ。きっと君に似合うと思って。そんなに高いものじゃないが」
セシリアは、俺を太陽みたいに照らしてくれた。いつも俺の傍で、にこにこ微笑んでいてくれた。
このネックレスの金の太陽は、俺のセシリアの印象がそのまま形になったようなものだった。シンプルだが、だからこそセシリアに似合うと思って、これを選んだ。
「とても、綺麗ですわ。――ありがとうございます、翔さん。これは今日からわたくしの宝物ですわ」
嬉しそうに、セシリアは言った。
「そんなに喜んでもらえたら、俺も嬉しい」
俺もその笑顔につられるように嬉しくなる。セシリアは一転して赤くなると、もじもじと上目遣いに俺を見る。
「その、つ、つけていただけませんか?」
「ああ。構わない」
普通にオーケーした俺だが、そのことをすぐ後悔するハメになった。
「ぬあっ!?」
後ろを向いて、髪を持ち上げたセシリアの白いうなじが目に飛び込んできたからである。
しまった、忘れていた。一体どこのどいつがネックレスを正面からつけてもらうのだ、後ろからに決まっているではないか。
古来から日本の男は女性のうなじに魅力を感じてきたらしいが、納得だ。こ、これは確かに目に毒だ……。
「つ、つけるぞ?」
「はい……」
どうしようもなく緊張しながら、俺はネックレスをセシリアの首につけた。
「ふぅ……」
深い深いため息をついて、俺はミッションをコンプリートした。
ああ、俺は何故女性が苦手なのだろう。原因さえ分かれば治す方法もあるというのに。こんな状態ではいつか心臓が爆発するぞ……。
「どうですか?」
さっと振り返ったセシリアを見て、俺は自分のセンスが正しかったことを再確認した。素朴な金のネックレスだが、セシリアがつけることで、眩い光で万物を照らす、暖かい太陽になった。
「ああ、よく似合っている」
「――ふふっ」
首に収まったネックレスを、セシリアは愛でるように優しく撫でた。
その仕草に思わず見とれてしてしまって、恥ずかしくなった俺はついつい視線を夜空へ逃がす。
「翔さん」
「ん?」
そんな俺にセシリアは真剣な口調で語りだす。
「翔さんは『世界最強になる』とおっしゃっていらしたでしょう?」
「ああ」
「だから、わたくしも決めましたわ。――あなたを支えられるように、強くなると」
俺を見上げて、セシリアは強く俺に告げた。
「翔さんが撃墜されたとき、目の前が真っ暗になりましたわ。わたくしが逃げ出したから翔さんが、とラウラさんにもそう言われましたの。……その通りです」
俺は何も言わず、ただセシリアの話を聞いていた。
「きっとわたくしが強ければ、あんなことにはならなかった。翔さんに戻れと言われても、戻らなくてもいいほど強ければよかった。――でも、わたくしは逃げ出しました。翔さんは強いから、ISには絶対防御があるから大丈夫、と言い訳をして」
あのときセシリアに怒鳴ったことを思い出した。
「すまなかった。何もあんなにきつく言う必要は無かった」
別の言い方もできたのに、と俺は続けるが、セシリアは首を横に振った。
「それは翔さんのせいではありませんわ。わたくしが、弱かったからですわ。二度目も、あんな無様な姿をさらしてしまいましたし。――だから、決めましたの。強くなると」
あなたの傍で戦うに相応しい強さが欲しいから。セシリアはそう締めくくった。
「――分かった」
セシリアの思いはよく分かった。
俺は、セシリアや、一夏……仲間のために戦いたい。セシリアは、皆は、かけがえの無い存在だ。仲間のためなら、命さえ惜しくないとさえ思える。だが俺は、束と約束した。絶対死なないと。必ず束のところへ帰ってくると。だから――。
「俺も、強くなる。――一緒に強くなろう。どこまでも」
俺の言葉に、セシリアはしっかり頷いた。
「あの、翔さん」
「何だ?」
「……もう少し、お話しませんこと?」
「ああ、構わない」
ざざぁん、ざぁああ……。
夜の波が、海岸に流れ着く。波の音が聞える部屋のベランダには、それに気付いたラウラが俺の部屋に突入してくるまで、俺たちが談笑する声が響いていた――。