IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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「なあ……」

「…………」

「なあって、いつまで怒ってるんだよ」

「……怒ってなどいない」

「不機嫌そうじゃん」

「生まれつきだ」

 

 翌日の朝、俺と一夏、箒は朝食を摂っていた。昨日盛大に寝落ちをかました俺だが、そのおかげか今朝は幾分調子が良い。

 一夏に昨夜あったことを尋ねると、部屋に入ったら風呂あがりの箒がいて、相当揉めたらしい。一夏の方も部屋割りを無理矢理変えたらしく、男と女が同室というあるまじき状況が生まれてしまったのだという。ご愁傷様としか言いようがない。俺は個室で本当に良かったと思う。

 ちなみに俺の今日の朝食は和食である。白米と味噌汁、鮭の切り身におひたしとオーソドックスな構成だが、とても美味い。素晴らしいぞ、流石は国立IS学園。国家予算をアホほどもらっているだけはある。これで飯が不味かったら本気で退学もあり得た。

 

「……ねえねえ、あれが噂の男の子二人だよ……」

「なんでも、千冬お姉様の弟と、篠ノ之博士の弟子らしいよ」

「きゃー、二人ともイケメンじゃない! クール系と、明るい系!?」

 

 ふと耳に入る女子たちの会話。昨日からずっとこんな調子だ。突然動物園のパンダになった気分だ。どこにいても視線を感じるのは何とも気持ちが悪い。

 

「……そういえばさ、織斑君と天羽君ってずっと一緒よね?」

「幼馴染らしいよ」

「もしかして、まさかの!?」

「禁断の関係!?」

 

 おい、やめろ。断じてそんな趣味は無い。

 

「じゃあ天羽君が攻めで、織斑君が受けね!」

「いや、逆も捨てがたいっ!」

 

 おぞましい会話を聞いているだけで、飯がマズくなりそうだった。ずっと聞いていたら精神が崩壊しそうなので耳を塞いだ。

 しかしこの学校には猛者が多いな。女子高みたいなものだから、何人かはいるのも仕方がないだろうが。

 

「……ね、ねえ、織斑君、天羽君、隣、いいかなっ!?」

 

 そんな中、トレーを持った女子三人が俺たちのところへやって来た。三人は俺たちの答えを待っている。

 

「ああ、別にいいけど」

 

 一夏は笑顔であっさり許可をしたが、俺は正直迷っていた。向かいならともかく隣となるとハードルが高い。

 

「……好きにしてくれ」

 

 結局は許可することにした。目は合わせられなかったが。IS学園に来た以上、女性と接触するのは避けられない。苦手なものを苦手なままにしておくのは好きではないし、この際徐々にでも慣れていこうかと考えている。

 俺たちが承諾した後、話しかけてきた女の子は安堵のため息。後ろの二人は思わず小さくガッツポーズ。

 

「ああ~っ、私も話かければよかった……」

「大丈夫、まだ二日目。まだ焦る必要はない」

「でも、昨日のうちに部屋に押しかけた子もいるらしいよ」

「なんですって!?」

 

 どうやら本当の話らしい。俺は一人たりとも部屋に近寄せなかったが、一夏の部屋には何人か押しかけたらしい。一夏と女子たちは談笑しているが、俺は入らない。

 

「…………」

 

 その一夏を見つめる、箒。不機嫌さは解消されるどころか増している。

 

「一夏、俺は先に行くからな」

 

 食べ終わったので、早めに席を立つことにした。

 

「いつまで食べている! 食事は迅速に効率よく摂れ! もし遅刻したらグラウンド十周させるぞ!」

 

 食堂に織斑先生の怒号が響き渡った。危ない危ない。早く出ておいてよかった。

 ちなみに、IS学園のグラウンドは一周約五キロ。十周では五十キロなので、なんとフルマラソン以上の距離になる計算だ。つまり、死にたくなければ早く食べろということだ。

 

「……あ」

 

 しまった。さっき一度も女子と会話しなかったな、俺。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「ダメだ、死にそうだ……」

 

 二時間目までの授業で、一夏は早速グロッキーになっていた。

 さっきまでの授業の内容は簡単な話で、ISの基本知識。ISは、操縦者を理解しようとすること。現在、世界にはISは四六七機しか存在せず、その理由はISを構成する際に必要不可欠なコアという部品が束にしか作れないからであること。ただし、ISが全部で四六七機というのは、少し情報が古い。正しくは四六八機だ。実は俺のISがそれなのだが、まあ後で教えればいいか。

 

「翔~、頼むから教えてくれー! 束さんの弟子なんだろ?」

「別に構わないが……」

 

 はっきり言って、俺がこの授業を受ける意味は無い。ただ、心のどこかで「授業を受ける」という行為自体に喜びを感じてはいる。

 

「全員、席に着け。休み時間は終わりだ」

 

 チャイムが鳴り、織斑先生の言葉で俺たちは教室へ戻った。

 

「さて、これから再来週に行われるクラス代表戦に出場する生徒を決めなければならないな」

 

 クラス代表か。まあこのクラスならあのセシリア・オルコットが適任だろう。仮にもこのクラス唯一の代表候補生だ。どうせあいつ以外のやつが代表になったとしても、オルコットは文句を言ってくるだろうしな。

 

「自薦、他薦は問わないぞ」

 

 織斑先生がそう言ったら、一人の女子が挙手した。

 

「織斑君を推薦します」

「はぁっ!?」

 

 一夏が驚く。続いて、もう一人。

 

「私は天羽君を推薦します!」

 

……何? 一夏はまだしも、俺だと? 褒められたことではないが、俺にリーダーシップなんぞまるで無いというのに。

 

「織斑、天羽の二人だな。他にはいないのか?」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、俺は別に――」

「自薦、他薦は問わないと言った。推薦された者に拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」

 

 冗談であって欲しいが……。これでは俺と一夏の決戦投票に――

 

「待ってください! 納得がいきませんわ!」

 

 ここでオルコットが机をバンッと勢いよく叩いて立ち上がった。

 

「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ! このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

 いかにも女尊男卑を象徴するような発言だ。

 

「実力から言えばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからなどという理由で極東の猿にされては困ります! わたくしはこのような島国にIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ありませんわ!」

 

 周りの生徒たちも、オルコットの発言に反感を覚えているようだ。「イギリスもれっきとした島国だが?」とはツッコまなかった。俺は別に日本を貶されていることが気に食わないのではない。

 しかし、本当に、うるさい女だ。昨日の今日で俺も正直イラついている。これ以上続くのは我慢ならない。

 

「いいですか!? クラス代表には実力トップになるのが道理、それはわたくしで――!」

「……いい加減にしろ。大人気ない」

 

 俺はオルコットの言葉を遮って言った。クラスではほとんど口を開かない俺が発言したからか、クラスの全員が俺の方を向いた。

 

「さっきから言わせておけば。大した実力も無い癖に、口だけは達者だな」

「なっ、なんですって!?」

 

 顔を真っ赤にして怒りを露にするオルコット。

 

「大体なんだ? さっきお前は他人から推薦されなかった。それはこのクラスの人間がお前は代表に相応しくない、と思っているからだ。まあ、前の会話を聞いている人間ならそう思うだろうな。確かに俺たちが選ばれたのは、物珍しいからだというのも間違いじゃない。だが、お前は自分が選ばれなかったのを、ああだこうだと理由をつけては俺たちのせいにする。代表候補生として恥ずかしくないのか? 反吐が出る」

「……あ、あ、あなた、このわたくしを侮辱しますの!?」

「馬鹿か。俺は周囲の人間の気持ちを代弁したまでだ。それにだ、俺はお前の最後の一言が気に入らない」

 

 こいつが最後に言った一言、俺はそれが気に入らないのだ。俺はぴっと親指で自分を指し、言ってのける。

 

「――このクラスの実力トップはお前じゃない。俺だ」

「なッ!?」

 

 俺のこの一言で、周囲はざわめき始めた。代表候補生相手に真正面から喧嘩を売ったのだから、驚きもするだろう。普通ならISを動かしたばかりの男性が、女性に、しかも代表候補生に勝てるとは思わない。だが、俺は違う。この首にかかったチェーンとリングは、飾りじゃない。

 オルコットは怒りにわなわなと震え、きっと俺を睨みつけた。

 

「決闘ですわ!」

「そうだな。そのほうが手っ取り早くていい」

 

 せいぜい、覚悟しているんだな。ねじ伏せてやる。せっかくなので、挑発がてら最後に一言付け加えておくことにした。

 

「……で、ハンデはどうする?」

「な、何をおっしゃっていますの!?」

「当然の話だろう? 決闘とは対等な者同士が行うものだ。だが俺はお前より強い。ならハンデでも付けないと決闘にならないだろうが」

「……!?」

「なんだ、今の日本語が分からなかったか? なら英語で言ってやろう。『ハンデはどれ程お付けいたしましょうか? お嬢様?』……これで分かったか?」

「!!」

 

 俺は流暢な英語で見事に言ってやった。この挑発で、完全にセシリア・オルコットはキレた。拳をぎりぎり握りしめ、視線にありったけの憎しみを込めて俺にぶつけてきた。

 

「……ふ、ふふふ……! あなたは一度叩きのめさなければないようですね……!」

「やってみろ、できるならな」

 

 まさに一触即発。俺たちは今にでも殴り掛かりそうな雰囲気を醸し出していた。

 

「話はまとまったようだな。それでは勝負は次の月曜とする。織斑、天羽、オルコットの各名は、それぞれ準備をしておくように」

「え!? お、俺も!?」

 

 しまった。一夏のことを忘れていた。

 

「ちょ、翔、マジかよ」

「すまないな、一夏。巻き込んでしまって」

 

 セシリア・オルコットを挑発したのは俺だし、俺だけでいいんだが。

 かくして、俺、一夏、セシリア・オルコット三名によるクラス代表決定戦が行われることになったのであった。

 


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