IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
「うらあああっ!」
一夏が吼えると同時に、白式の背部大型スラスターから爆発的な推進力が発生する。計四基に増加したスラスターが
左手の《雪羅》のビームクローが福音を掠める。大きなダメージこそ与えられなかったものの、一夏の一撃は福音を捉えていた。
(燃費は改善されてるわけじゃない。一気に決める!)
贅沢にエネルギーが使えるときに押し切ってしまおうという魂胆であった。
『敵機の情報を更新。攻撃レベルAで対処』
無骨なマシンボイスが発せられ、福音の
「そう何度も食らうかよ!」
――《雪羅》、シールドモードへ切り替え。相殺防御開始。
《雪羅》が変形し、表面から零落白夜のエネルギーシールドが発生した。福音から発射された光弾は、全てこの膜にかき消され、無力化された。
福音にはエネルギー兵器しか存在しない。一夏は既にカタログスペックで確認済みだった。零落白夜を使用するため消費は激しいが、福音の射撃を全て無効化できるのは大きなアドバンテージである。
「行くぜ、白式ッ!」
再び福音へと急接近した一夏は、即座に零落白夜を発動、《雪片弐型》で福音の左側の光翼の三本をばっさりと斬り落とした。
『キアアアアアァァアァッ……!』
福音は甲高い悲鳴を上げるが、それでも最低限の迎撃はこなしていた。一夏と徐々に距離をとりつつ、無事なほうの翼の射撃で一夏を牽制する。
「ちぃっ、外した!」
本体を斬ることができなかったが、一夏は諦めることなく再び接近していく。
「っ、この野郎ッ!」
福音はしぶとかった。福音は一夏が追うにつれて、徐々に白式のスピードに慣れていった。
十分な距離をとり、福音は翼の
「《雪羅》、シールド――ぐあッ!?」
だが、それはできなかった。一瞬で一夏の背後に回りこんだ福音が、一夏を蹴り飛ばしたのだ。これは、一夏が一度やられたやり方だった。
福音は既に射撃体勢に入っていた。この状況での大ダメージは致命的、己のミスを悟った一夏だが、時既に遅かった。
「しまっ――!?」
――だが、翼から光弾が発射されることは無かった。
(あ、あれは……!?)
福音の左翼。よく見れば、エネルギー翼から黒煙が立ち昇っている。
一夏は翔の仕業だと確信した。翔が最初に戦ったときに与えたダメージが、過度の使用による負荷で欠陥を生んだようだ。
(……俺、あいつに助けられてばっかだな)
そう心の中で苦笑すると、やっぱりお前は最高の相棒だよ、と付け加えた。
一夏は福音にできた致命的な隙を見逃さず、必殺の一撃を発動させる。その一瞬、一夏は目を閉じて集中した。
(みんな……)
一夏は、常に仲間たちの姿を追い続けていた。
剣をひたすらに極める箒のしなやかさ。祖国の誇りを胸に戦うセシリアのプライド。クールな部分とホットな部分を併せ持つ鈴のバイタリティ。器用さと柔軟性で自分に合わせてくれるシャルロットの優しさ。いつでも堂々としているラウラのメンタリティ。――強くなって帰ってきた翔の背中。
そんな仲間たちの姿を見ては、彼らの強さと優しさに甘えてきた。
でも、それは今日で終わり。もう仲間に頼りきりの自分じゃない。もう無力を嘆くだけの自分でいたくない。
(俺は、どこまでも強くなってやる! 世界最強になってやる!)
あの翔よりも、憧れて止まない千冬よりも、もっと、もっと強く。みんなと一緒にいたいから。翔の背中を預かりたいから。だから――。
「――俺は、お前なんかに負けてる暇はねえんだよ、福音!」
飛来する光弾を《雪羅》が全てかき消し、再び《雪片弐型》が展開装甲を開放し、零落白夜の白い刃が割れ目から発生する。
その刃は今までのどの刃よりも鋭く、描く曲線はどこまでも美しかった。それは間違いなく今の一夏の心を強く表現していた。強く、美しく、どこまでも鋭い、その心を。
――零落白夜、エネルギー転換率一二〇パーセントオーバー。
《雪片》だけでなく、白式全体が眩い光を放っている。スラスターから放出されたエネルギーの全てをもう一度取り込み、加速。そのエネルギーをまた取り込んでさらに加速。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
一夏は無防備な福音に肉薄すると、溢れる力と共に、大上段から振り上げた刀を一気に振り下ろした――。
『アアアアアアアアアァァァ……!?』
声にならない悲鳴を上げ、福音はその活動を停止した。
「――ふぅっ」
一夏は《雪片弐型》の展開装甲を閉じ、払って腰に納めた。
「『
それっぽくキメた一夏だったが、忘れていたことが一つ。
「――ああっ!?」
ISアーマーを失った福音の操縦者が、海に落ちていっているのだ。
「や、やべっ――!」
青ざめる一夏だったが、それは杞憂に終わった。
「――ったく、ツメが甘いのよ、ツメが」
「かっこつかないよ、一夏」
「鈴! シャル!」
ようやくダメージが回復した鈴が、ギリギリで操縦者を確保した。鈴に続いて、戦闘不能だったシャルロットも復活していた。箒はエネルギー切れを起こしているが、特に外傷は見当たらなかった。
「まだ終わったわけじゃないよ。早くセシリアたちの援護に行ってあげないと」
シャルロットの言葉に全員が頷き、一夏たちはもう一つの戦場へと飛んでいった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「はあああっ!」
俺の剣と
蒼炎の蒼と、
「機体が変わったねえ! すごいじゃないか、この
蒼炎の第二形態『煌焔』。追加されたエネルギーウィングスラスター《
「どうしたぁ? 『ちっちゃいの』は使わないのかい?」
「…………」
「……ははぁーん、なるほどねえ。使えないのか」
残念だが、やつの言っていることは本当だ。武装は換装したものの、蒼炎が深いダメージを受けたことに変わりはない。一度完全に破壊されたことで、現在《飛燕》の制御システムには異常が発生していて使用できない。
本来なら休養させるのが一番だが、今回はそうも言っていられない。相棒には申し訳ないが。
「だったらラッキーだね! それならアンタの武装は、その剣だけってことだ!」
蒼炎には、《飛燕》を破壊される、もしくは使用不可能な状態にあると、攻撃力と防御力が著しく低下する弱点がある。エネルギーフィールド、オールレンジ攻撃、《荒鷲》との合体、それら全てを《飛燕》が行っているためだ。こうなってしまうと、俺の武装は《荒鷲》のソードモード、ライフルモードの二つのみになってしまう。だから俺は普段《飛燕》の無茶な使用はしないのだが、あれは箒とセシリアを助けるためだったので仕方ないと割り切っている。
「そらぁっ! やれるもんならやってみな!」
魔女の凶悪な笑み。その余裕の顔も、そろそろ見飽きた。
「ならば、そうさせてもらう」
――《孔雀》、キャノンモード。
ウィングスラスター《孔雀》のエネルギーウィング発生器が変形を始める。光の翼を発生させていた部分が折りたたまれていき、煌く翼は一対の大砲に姿を変えた。
「何ぃッ!?」
一対の大砲が俺の両肩から覗き、その二門の砲門が
「ぐあああああっ!?」
《孔雀》の荷電粒子砲の直撃が、
この《孔雀》の砲撃は、《荒鷲》ライフルモードの二倍近い破壊力がある。流石に
第四世代兵器、多機能ウィングスラスター《孔雀》。これこそ蒼炎に加わった新たな力。《飛燕》同様に状況に応じて様々な形態に変形することが可能だ。
《孔雀》をキャノンモードからスラスターモードへと戻し、再び《荒鷲》を構える。
「ぐっ……!」
これでくたばるとは思っていないが、やはりしぶとい。だが、エネルギーもそれほど残っているわけではなさそうだ。気は抜かず、《荒鷲》を真っ直ぐ構えた。
「ちぃっ! こうなったら、使うしかないねえ……! ――
「――
「残念だったねえ!
――後ろ!
殺気を感じ取り、咄嗟に反応する。ガギィンッ、と《荒鷲》と大鎌が音を立てた。
「ほお。よく防いだねえ。でも、それが何回続くかなぁ!?」
再び視界から消える
超絶的な加速を加えた一撃が、俺の四方から繰り出され、俺は防戦一方だ。
「はははははっ! だから言っただろ、ついて来れない、ってねぇ!」
罪のない者を殺め、俺の恩人を狙い、仲間を苦しめたこの女。その笑いが、俺の中の怒りを駆り立てた。
「――ごちゃごちゃとうるさいやつだな、本当に」
――エネルギーウィング、全推力開放。
光の翼が一回り拡張し、爆発的なエネルギーが発生して、蒼炎が加速する。今まで感じたことのないようなGに身を委ね、俺は相棒の導く境地へと踏み入った。
「な、何ッ!?」
俺は再び加速して、
「っくぅ!?」
「どうした? ついてこれないのか?」
「この、ガキがぁ!」
「く、くっそぉ、何でアンタがそんな機動を……!?」
「いつ、俺が『全速力だ』などと言った?」
「ぐぅっ!」
エネルギーウィング《孔雀》は、放出するエネルギー次第で理論上はどこまでも加速することができる。つまり、上限が存在しない。
「こんなっ、こんなことがあってたまるかぁ!」
「無駄だ」
――《孔雀》、シールドモード。
俺は解放しているエネルギー翼で全身を包み、蒼い繭のようになって防御する。荷電粒子砲の衝撃すら俺に届くことはなく、俺は包む翼によってダメージ受けない。
《孔雀》はエネルギー翼で全身を包むことで全方位に対するエネルギーシールドになる。《飛燕》は面での防御しかできなかったが、これならどこからの攻撃であろうと防げる。
俺はすかさず《荒鷲》の引き金を引いて
「くそっ! くそっ! くそぉっ!」
鎌も、鎖も、機動力も、
「分かるか? これが、お前に殺されてきたものたちが味わった気分だ。どうすることもできず、ただ殺されるのに怯えていた者たちの心境が、理解できるか?」
「ぐ、ぐぅうう……!」
回転を加えた鎌の一撃は、大きく空振りし、無防備な背に逆袈裟払いを見舞う。
「クソ……なんなんだ 一体なんなんだい、アンタはッ!?」
――なんなんだ、か。愚問だ。
「そんなことは、言うまでもない……」
俺は脚部《飛燕》が付いた回し蹴りで胸部の荷電粒子砲を破壊した。反撃の鎌を《荒鷲》で受け止め、鎌を蹴り飛ばす。
「――俺は、天羽翔!」
背部の《飛燕》二本を抜き、
「束の弟子にして、一夏の親友、ラウラの義兄で、世界初の男性操縦者だ!」
これらの要素全てが、俺を形作っている。どれが俺かではない。どれも揃って俺なのだ。
「それはセシリアが、ラウラが、仲間が証明してくれる! 一夏が背中を預けてくれる! 束が愛してくれる!」
腕部の《飛燕》二本でさらに
「俺が俺であること、それは誰にも否定できない、させない! 誰が何と言おうと、俺は俺であり続ける!」
最後の脚部の《飛燕》で
――《孔雀》、エネルギー転送開始。
俺が《荒鷲》を掲げると、それに《孔雀》からエネルギーが集まっていく。力を受け取った俺の剣は強く輝き、赤い刃が雨を斬り裂く。
「――それが……俺だ!」
最後の言葉と共に、俺の必殺の袈裟斬りが
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
最後の一撃で、
「く、っそぉ……」
俺が斬った
「――ラウラ、AICで拘束してくれ」
「!」
俺は飛んできたラウラに指示した。
「ああ、分かった」
俺の意図は分かったらしく、ラウラは右手を突き出して幸せ狩りの魔女(フォーチュン・キラー)を拘束した。
「……なんで、私を殺さない……!」
「お前の犯した罪は、到底許されるものではない。だが、それを裁くのは俺ではなく、世界だ。お前は世界の前で、犯した罪を裁かれる。その結果お前が死のうと、俺が知ったことではないがな」
「くっ……!」
この女が今まで与えてきた悲しみは、裁きとなって自らに降りかかるだろう。そのとき、初めて自分の犯してきた罪を思い知る。俺は断罪者ではない。俺は、IS学園の生徒に過ぎないのだから。
『翔!』
と、ここで一夏から通信が入った。
『こっちは片付いた。その様子だと、お前も片付けたんだな』
「ああ。コンプリートだ」
『なら良かった』
俺は微笑を浮かべて、相変わらずの相棒を労った。
――これで、作戦は終わった。
「翔さん……」
「セシリア……」
セシリアはふらふらと俺のところに飛んできた。そして、俺を見るなりボロボロと大粒の涙を溢れさせた。
「せ、セシリア……!?」
「う、うあああ……!」
声を上げて、セシリアは泣いた。
「悲しかった、ですわ……! ぐすっ、あなたが、あなたが死んでしまったと…! だから、もう二度と会えないと思うと、わたくし……!」
「セシリア……」
俺は、心の赴くままセシリアを抱きしめた。
「――大丈夫だ。俺は、ここにいる」
不思議だった。セシリアが俺のために泣いてくれている。不謹慎なはずなのに、俺は本当に嬉しかった。
誰かに想われることは、こんなにも幸せなことなのだと。それがどれだけ素敵で、ありがたいことなのか、俺は理解していた。
「ありがとう。俺のために泣いてくれて」
気がついたら俺は、そう口にしていた。セシリアは俺の背にぎゅっと手を回し、泣き続けた。
きっと、俺の感謝は終わることは無い。生きている限り、俺はセシリアにありがとうと言い続けるに違いない。そう思った。
「翔ー!」
ふと横を見れば、一夏たちが俺の元へと飛んできていた。
――俺は、ここにいる。
仲間たちに呼ばれながら、セシリアの温もりを抱きしめて、俺はそれをかみ締めた。
眩しい。光が差している。激しかった雨は、いつの間にか晴れ空に変わっていた。