IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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「――君を護る。そのために、戻ってきたんだ」

 

 俺はゆっくりとセシリアを放す。ブルー・ティアーズはボロボロだが、まだ辛うじて浮遊は可能なようだ。それなら充分だ。セシリアを抱いたまま戦うわけにはいかない。

 

「本当に、翔さん、なのですね……?」

 

 頭の整理がついたのか、セシリアは真っ赤な目で俺の存在を確かめるように見つめた。

 

「すまない。心配をかけた」

 

 俺がそう言うと、セシリアは俺の胸に額を当てた。

 

「し、心配をかけたどころの話ではありませんわっ! わたくし達がどれほど悲しんだとお思いですのっ! わたくしたちが、どれほど……!」

「すまない……」

 

 返す言葉もない。コア・ネットワークも切れてしまっていたので、死んだと思われていても仕方がないのだ。

 

「お兄様……お兄様ぁッ!」

 

 ふらふらと俺の元まで飛んできたのは、これまたボロボロのシュヴァルツェア・レーゲンを纏ったラウラだ。二人ともこっぴどくやられたようだ。

 

「ら、ラウラ?」

「お、お兄様の馬鹿者ォっ! わ、私が、どれほど……! 撃墜されたと聞いて、それでも信じたくなくて……!」

「ラウラ……」

「でも、でも、生きていて、よかった……!」

 

 ラウラはぼろぼろと泣き出した。あまりに拙い言葉。言いたいことがまとまらないのだろう。だがそんな言葉でも、いや、だからこそ、俺にはラウラの思いがしっかり伝わってきた。

 

「ありがとう、ラウラ」

 

 俺はどうして気付けなかったのだろう。ラウラの体はこんなに華奢で、すぐに折れてしまいそうなのに。小さな体で毎日俺に本気でぶつかってくるラウラが、どれほど俺を慕ってくれていたかなんて分かっていたはずなのに。

 

「二人共、すまない」

 

 俺は皆を悲しませた。それを忘れてはならない。

 

「――セシリア、ラウラ」

 

 だからこそ、俺はその落とし前をつけなければならない。

 確かに俺は一度幸せ狩りの魔女(フォーチュン・キラー)と福音に敗れた。だが、俺は約束したのだ、束に。絶対に死なない、と。また帰ってくると。

 その覚悟を胸に、俺は二人に問いかけた。

 

「――こんな俺でも、信じてくれるか?」

 

 いつものように信じろ、とは言わなかった。信じろ、と強く迫るのではなくて、二人の意思のもと、信じているという言葉を欲した。

 俺には力が必要だ。束との約束を守るため、仲間を護るために。そして、その力は仲間たちがくれる。仲間たちが信じてくれれば、俺はどこまでも強くなれる。

 俺の質問に、二人はこくりと頷いた。言葉にできない歓びが、俺の胸を走る。温かい思いが満ちる。

 

「……ありがとう」

 

 万感の思いを込めて、二人に言った。二人が信じてくれる。なら俺は負ける気がしない。

 ――俺は、ここにいる。俺は、天羽翔だ。

 確かにそう思える。そう思えるから、俺は強く在れる。

 

「二人は退がっていてくれ。色々言いたいこともあるだろうが、それは後で聞くから今は待っていてほしい。あいつは俺が倒す」

 

 俺が言うと、セシリアとラウラは首を縦に振った。二人を後退させて、俺は斬るべき敵へ視線を移す。

 

「……なんで、なんで生きてるんだよ、天羽翔!?」

 

 何故生きている、か。

 

「それをお前に説明する必要は無い。言っても、理解できないだろうからな」

 

 一度死に掛けて、俺は理解した。ずっと束は俺を護ってくれていたのだということを。何もしなくても、蒼炎を通していつも俺を護ってくれていた。俺を愛してくれていた。

 俺は、束の愛に救われた。人の心を顧みないどころか、それを奪ってきたこの女に、理解できるはずもない。

 幸せ狩りの魔女(フォーチュン・キラー)は凶悪な笑顔を見せた。

 

「まあ、いい。この際それはどうでもいい。また殺せばいいだけの話だからねぇ!」

 

 復讐の女神(ネメシス)の鎌をぐるぐると回している姿を見て、殺意を隠す気さえないのを理解した。

 死を与え、誰かを悲しませることしかできない、死神のような女。この女の人生はどこかで狂ってしまったのだろうか。こんな生き方しかできないこの女が、哀れに思えてくる。

 

「残念だが、そうはならない。今の俺は、誰にも負けない」

 

 俺は右手に《荒鷲》をコールし、手に握って構え、その切っ先を幸せ狩りの魔女(フォーチュン・キラー)へと向ける。

 

「お前を許すことはできない。お前のしてきたことは、到底許されることではないからだ」

 

 この女が、どれほどの人間を悲しませてきたのか。どれだけの幸せを奪ってきたのか。それを思えば、世界のためにも、俺はここでこの女を討たねばならない。

 

「だがそれ以上に、お前は許しがたいことをした。――お前は、俺の仲間を傷つけた!」

 

 強い感情のうねりを感じる。俺の中に確かに躍動する、力の奔流を。俺の心の高ぶりを、ISは受け止めてくれる。それを力に変えて、俺を強くしてくれる。

 俺の、怒りが、歓びが、心に渦巻く全ての感情が、俺の力になる!

 蒼炎の輝く翼からより一層強い光が溢れ、俺は蒼いオーラに包まれる。

 

「――俺は、お前を斬る! 俺の仲間たちを傷つけたお前を、絶対に許しはしない!」

 

 蒼炎が煌く翼を広げ、俺は剣を向けて幸せ狩りの魔女(フォーチュン・キラー)へ斬りかかった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

『おいガキ共、聞えるかい? 今から、あんたたちの大事な仲間を一人、首をちょん切って処刑するよ』

 

 一夏の耳から伝わってくる幸せ狩りの魔女(フォーチュン・キラー)の声。

 一夏は戦慄した。セシリアが、危ない。

 

(そんなこと、絶対にさせねぇ……! みんなは、俺が守る。俺が守るんだ……!)

 

 強くなりたい。もっと、強く……!

 

 

 

 

 

 

 ――ザザァン、ザザァアン……。

 気が付けば、一夏は海辺にいた。

 

「~♪」

 

 歌が、聞える。歌っているのは、白いワンピースを着た少女。

 何かに惹かれて、一夏は全てを忘れたようにその少女のもとへと歩いていく。一夏がじっと見つめても、その少女は何も反応せず、ただ空を見つめているだけだ。

 

「呼んでる……行かなきゃ」

「え?」

 

 少女はそう一言呟いて、一夏の隣から姿を消した。一夏はどこに行ったのだろうと周囲を探すが、少女はどこにも見つからなかった。

 

「力を欲しますか……?」

「え……」

 

 後ろから声をかけられた一夏は、咄嗟に後ろを振り向いた。すると、そこには白い甲冑で身を包んだ女性が、体を半分ほど海に沈めて佇んでいた。彼女の手には身長ほどもある大剣が握られており、顔はバイザーに覆われていて下半分しか見えない。

 そして、その女性はもう一度一夏に問うた。

 

「力を欲しますか……? 何のために……?」

「……何のために、か……」

 

 翔がいなくなって、一夏はまた自らの無力を嘆いた。自分がしっかりしていれば、あのときちゃんと決めていれば、と何度も何度も悔やんだ。箒と同じように、完全に自信を喪失していた。

 だが、セシリアは一夏に言った。「あなたが俯いていることを、翔さんが望んでいるのですか」と。セシリアのその一言は、一夏を再起させた。どれだけ翔が強くなろうと、翔はいつも一夏を無二の相棒として背中を預けてくれた。そんな翔が、相棒の自失した姿など見たいと思うだろうか。答えは否である。

 それから、一夏は誰よりも強くなることを誓った。比類なき強さで仲間たちの前に立っていた翔よりも、絶対的な強さを持つ姉の千冬よりも、もっと強く。そう誓った。これ以上大切な仲間たちを失わないように。

 

「……だけど、俺は弱いままだ。このままじゃ、俺は失ってばかりだ。もう、そんなのは嫌なんだよ……!」

 

 一夏は拳を握りしめた。翔を失ったときの絶望を、二度と味わいたくない。だから、一夏は強くならねばならないのだ。誰も失わないように、誰よりも強く、強く。

 

「強さが欲しい。強くなりたい。あのVTシステムみたいな破壊しか生まない力じゃない。ただ、理不尽な暴力や、不条理な悲劇から仲間たちを救いたい。そのための力が欲しいんだ。……弱いのは分かってる。だから俺は、力が欲しい」

「そう……」

 

 一夏の独白に、女性は静かに相槌を打った。

 

「それが、あなたの覚悟ですか?」

 

 女性は一夏に尋ねた。

 

「ああ」

 

 一夏は、しっかり頷いた。

 

「だったら、行かなきゃ」

「あっ?」

 

 一夏はまた後ろから声をかけられた。今度は、あの少女に。

 

「ほら、ね?」

 

 人懐っこい笑顔に魅せられ、一夏の表情は明るくなっていく。

 

「織斑、一夏……」

「はい?」

 

 海から、あの白甲冑の女性にまた話しかけられた。

 

「――忘れないでください。あなたの強い想いに、世界はちゃんと応えてくれますよ……」

 

 女性の最後の一言を機に、世界がどんどんと姿を変えていく。

 

「――ありがとう」

 

 何故かは分からない。だが一夏はそう言いたかった。

 そして、目を閉じた。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「ぐ……うっ……!?」

 

 福音に再び首を掴まれ、絶体絶命の箒。

 

「諦めるものか……! この身が朽ち果てるまで、戦い続けてやる……!」

 

 例えISのエネルギーが尽きようと、箒の闘志はまだ潰えていなかった。

 

「もう、逃げたりはしないと誓ったのだ……!」

 

 箒の言葉も虚しく、無情にも福音は光の翼で箒を包み込もうとしていた。

 

「く、そぉっ……!」

 

 光が、箒を包んでいく――。

 

「な、何が……!?」

 

 瞬間、激しい爆発音と共に、箒を掴んでいた福音が、荷電粒子砲で吹き飛ばされた。

 

「――俺の仲間は、誰一人としてやらせねえ!」

 

 その先には、左手に荷電粒子砲を構え、進化した白式を纏った一夏の姿があった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

(これが、白式の第二形態『雪羅(せつら)』……)

 

 一夏は武装が発現した左腕を二、三度握ったりしながら、その感覚を確かめた。

 

「い、一夏ッ!? どうして……」

「白式が力を貸してくれた」

 

 理由は分からないが、白式のエネルギーが全快し、全ての物理ダメージが回復、一夏本人のダメージまでもが回復していた。さらに第二形態移行(セカンド・シフト)に伴い、白式のウィングスラスターが二対に増加している。

 

「!」

 

 二人は、ある違和感に気付いた。反応がある。ちょうどセシリアとラウラの戦闘区域のあたりだ。

 忘れるはずはない。この感覚は――。

 

「なぁ、箒、これって……!」

「ああ……!」

 

 ISが感知したのは、蒼炎の存在。ISのコア・ネットワークが、確実に蒼炎の反応を捉えていた。

 ――つまり、翔は生きている。何故かは分からない。だが、翔は生きている。その事実が、二人の心を優しいぬくもりで包んでいく。

 

「う、ぅ……翔……! 翔……!」

 

 生きていて良かった、と箒はポロポロ涙を落とした。セシリアの反応も健在なところを見ると、危険な状況だったセシリアも無事なのだろう。

 だが、今はそれをかみ締めている余裕はない。倒すべき敵が目の前にいるのだから。

 

「――箒」

「……何だ?」

「ここからは、俺がやる」

「…………」

 

 一夏の言葉の頼もしさを感じてか、箒は何も言わず、ただ一夏の隣から一歩下がった。

 一夏はそれに微笑むと、すぐに表情を引き締めて、《雪片弐型》を握りなおした。

 

「ありがとう、白式。まだ俺たちは戦える!」

 

 右手に《雪片弐型》を、新武装《雪羅》を変形させ、零落白夜の爪を発生させた。

 第二形態移行(セカンド・シフト)した白式の新武装《雪羅》は第四世代武装で、様々なモードに変形できる。先ほどの荷電粒子砲もその一つだ。

 

「行くぜ!」

 

 一夏は強化されたスラスターの出力を上げて、福音へと斬りかかった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「翔!」

「一夏……」

「よかった。生きてたんだな!」

「ああ。束が助けてくれたんだ」

「セシリアは!?」

「ちゃんと助けたから無事だ。ラウラと一緒にいる」

「……そっか」

 

「翔、ごめんな」

「……何のことだ?」

「俺がしっかりしてれば、こんなことには……」

「それはお前のせいじゃないだろう?」

「け、けど、俺は……!」

「違う。そうじゃない。俺が首をつっこんだのは、自分の意思だ。お前が気に病むことはない。そもそも、あの幸せ狩りの魔女(フォーチュン・キラー)とはどの道戦う結果になっていただろうしな」

「…………」

「それに、俺は今生きている。それだけで十分だろう?」

「……それもそうだな」

 

「……ははっ」

「どうかしたのか?」

「いや、こうやってさ、昔二人で戦ったよなって思って。上級生に絡まれてたのを、お互い背中預けてさ」

「あったな、そんなことも」

「ああ。だからさ、不謹慎だけど、俺ちょっと嬉しいんだ。こうやって翔と二人で、背中合わせで戦うの」

「ほう、奇遇だな。俺もだ」

「マジで?」

「マジだ」

「ははははは」

「くくく」

 

 

 

「一夏」

「ん?」

「頼んだぞ?」

「おう。――翔」

「何だ?」

「任せたぜ?」

「了解した」

 

 


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