IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
これは年末を前にリアルが多忙を極めておりまして、予約投稿できずに投稿しているためです。今後も少々投稿が遅れるかもしれません、ご了承ください。
ザァアアアアアア――。
雨はその激しさを徐々に増し、どんどんと視界は灰色になってくる。降り続く雨の中、福音は海上で身を抱いて浮かんでいた。
『キアアアアアアア……!』
獣のような咆哮と共に、福音の頭部、背部、胴部から翼が装甲を突き破って出現した。
「これが……
一夏が驚嘆の声を上げる。再び三対の翼を生やした福音。一枚の翼がボロボロに見えるのは気のせいではなく、それは翔が破壊したからである。顔の全てを隠しているバイザーのせいで、表情を見ることはできない。
だが、一夏は思った。どこか悲しそうである、と。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あ、あれは……!」
「へぇ、あいつら『あそこ』までは行ったのか。やるじゃないか」
これより、作戦はフェーズ三に移行した。ここからが本番である。
作戦の立案段階では、このフェーズ三到達前、もしくは到達後すぐに幸せ狩りの魔女《フォーチュン・キラー》を撃破、
だが、こちらもあちらも思った以上に苦戦しているようだ。こちらが幸せ狩りの魔女(フォーチュン・キラー)を倒す見通しはないし、そもそもあちらの福音の
セシリアとラウラの考えることは同じであった。とにかく、今は全力で目の前の幸せ狩りの
「言っとくけど、ああなった福音は桁違いに強いよ? あいつらじゃあ、絶対に足りない。いいのかい、それで?」
「答える気などない!」
ラウラは残ったワイヤーブレードでベアトリスを狙った。
損傷の状況は、明らかにセシリアとラウラが大きい。二対一という圧倒的な不利にも関わらず、ベアトリス・スタットフォールドという女は互角以上の戦いを見せるのだ。
この
「は~、飽きたな」
「飽きた、だと!?」
斬り結ぶラウラが、ベアトリスの言葉に噛み付く。
「言葉通りだよ。飽きた、って言ったんだ。――そろそろ、本気出すかねぇ」
「!?」
二人の顔が驚愕の色に変わる。
「ん? 今まで本気だと思ってたのかい? そいつは、残念だったねえ」
ベアトリスの『
「な、なんですの、あの姿は!?」
『
この機体は秘密裏に開発されたISで、行方不明のコアを使って開発された。そのコンセプトは、『高機動』。そのために装備されたのが、この可変大型ウィングスラスターであり、状況に応じて段階的な出力調整が可能になっている。そして、今のウイングスラスターが第二段階だ。
「――さあ、ここからが本番だよ、嬢ちゃんたち!」
加速した
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「来るよ!」
シャルロットが警報を発するより先に、既に全員が戦闘態勢に入っていた。
『キァアアアアアッ!』
咆哮は甲高い咆哮と同時に、鈴へと飛び掛っていた。
「なっ!?」
ただの直線の加速だったが、その速度は段違いであった。第三世代相応のスペックを持つ甲龍がいとも容易く体を掴まれてしまう。身動きの取れない鈴を、福音が三対の翼で鈴を包み込む。
「り、鈴ーっ!!」
エネルギー弾の零距離射撃を浴びた鈴は、ボロボロの機体と共に海へと墜ちていった。
福音は急速に機体の方向を変えて、今度はシャルロットの方へと向かう。
「させない!」
シャルロットは両手のショットガンのトリガーを引き迎撃する。だが福音はその厚い弾幕を横方向への加速で回避すると、再び急速に方向転換を行ってシャルロットの背後に回りこんだ。
「そ、そんな――!?」
そして、シャルロットに翼からの一斉射撃を見舞った。シールドが全く存在しない背面からの攻撃には対処のしようがなかった。鈴に続き、シャルロットも波の唸る海へと墜落していく。
「シャルーッ! てめえぇえ!」
鈴と、シャルロット。立て続けに二人も仲間が沈められた。その心が、怒りが赴くまま、一夏は
「よくもっ、俺の仲間を!」
零落白夜も発動させ、迫る光弾を打ち消しつつ、《雪片弐型》を福音へと近づけていく。
「おおおおおおおおおっ!」
一夏の逆袈裟払いが福音を狙うが、刀は空を切った。
機動力がさらに強化された福音を前に、一夏の白式では追いすがるのは不可能なことだった。そして、距離を離された白式はまさしく無力である。
「くそっ、くそっ、くっそおおお!」
どれだけ追いかけようと、福音との距離を詰めることはできない。それほどまでの福音の性能と、一夏の技量不足だった。
「一夏、どけ!」
一夏に代わり、箒が福音を攻撃する。
各部展開装甲を機動モードへ切り替え、機動力を増強した紅椿は、持味の機動力で福音との距離を詰めていく。福音の射撃は急速停止などのアクロバットな飛行で避けつつ、ついに福音へ肉薄する。
「紅椿っ!」
両手の二刀に加えて、両足の展開装甲からエネルギーソードを発生させ、両手両足の四刀で福音との格闘戦を行う箒。怒涛の連続斬撃で、徐々に福音の体勢を崩していく。
(いける!)
ついに決定機と見て、箒は《雨月》の突きを放つが――
シュゥゥウン……。
「何っ!? ここでエネルギー切れだと!?」
展開装甲を全力で使用し、その上エネルギーソードまで使用した。エネルギーが急速に減っていたとしても、不自然ではなかった。
「ぐあっ!?」
その隙を見逃さず、福音は紅椿を完全に捉えた。
「箒を、放せェェ!」
ようやく追いついた一夏が福音に突っ込み、箒から強引に注意を逸らした。福音は箒を投げ飛ばし、一夏と正対する。
「ぜあああああああっ!!」
零落白夜を過度に使用した反動で、もう零落白夜を発動するほどシールドエネルギーは残っていなかった。故に、一夏はただの物理ダメージだけという期待値の低いものでしか攻撃できない。
福音はそんな一夏の攻撃は適当にいなしつつ、反撃の機会を的確に突いて、一夏の無防備な背中をフルパワーで蹴り飛ばした。
「ぐぼあッ!?」
「い、一夏っ!」
肺が圧迫され、一夏は呼吸ができなくなった。さらに遥か前方へと蹴り飛ばされ、受身を取れない。そこに、福音の光弾が次々と降り注いだ。防御することもできず、白式の装甲がどんどんと爆ぜる。
「ぐああああああああっ!」
激しい爆発に見舞われ、その熱が一夏を焼く。それに伴って一夏の意識は急速に薄れていった。
エネルギーはゼロ。装甲維持が限界。その上絶対防御を抜けられて一夏本人にダメージが及んでいた。
(くそっ、俺は、俺はっ……)
消えそうになる視界の中、福音が箒の首を掴んだのが見えた。
(箒が、危ねえんだ……このままじゃ、危ねえんだよ……)
前のように箒を守ってくれる翔はいない。あの後姿は、もう消えてしまった。
(俺が、守るんだ。箒は、みんなは、俺が護る。俺が――)
必死に右手を伸ばすも、一夏の意識は消えていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「はあっ、はあっ……!」
セシリアは息を乱して、必死にベアトリスの猛攻を凌いでいた。
「……うっ、くぅ……!」
ふらふらと空を漂っているラウラ。肩のレール砲は潰され、ワイヤーブレードも残り一本。前衛のラウラは、肩の傷とエネルギーがもう既に限界に達しており、今はセシリアと前後を交代している。
一方のブルー・ティアーズは高機動パッケージを装備していたため、迎撃用のショートブレード《インターセプター》は装備していない。つまり、現在できるのはビットとライフルで凌ぐことだけであった。
「もういい加減諦めたらどうだい? もう分かったろ? あたしには敵わない、って」
それでも、とセシリアは言い返した。
「わたくしは負けられないのです! あなたのような人間に屈することは、祖国の誇りを、今戦っている仲間の決意を、翔さんの思いを汚すことと同義ですわ!」
諦めることは、絶対に許せることではなかった。例えこの身が果てようと、セシリアは戦い抜く覚悟を決めたのだから。そうさせるのは、国家を背負う代表候補生としてのプライドと、ただ一人の女としての、翔への想いだった。
「全く、諦めが悪いねえ……あたしはさあ、あんたみたいなヤツが、一番嫌いなんだよ!」
突撃してくる
(このままでは、勝てませんわ……!)
実力は明らかに相手が上。ラウラはほぼ戦闘不能。恐らくこの状態で戦っても、勝てる見込みはない。じわじわとシールドを削られた挙句、最後に待っているのは、死である。
(それでも、このまま負けるわけにはいきませんもの!)
セシリアは、翔の意思を継いでここに来た。だから、セシリアは負けるわけにはいかないのだ。
(だから――)
一度目を閉じて、相棒に語りかけた。
(わたくしに力をお貸しなさい、『ブルー・ティアーズ』!)
「そらぁあああ!」
大鎌を振り上げたベアトリスが、セシリアの目前にまで迫った。
――だがここで、信じられない現象が起きる。
「ぐあっ!?」
ベアトリスの背に、レーザーが突き刺さった。
「こ、これは……」
「――ありがとう、ブルー・ティアーズ!」
それはBTレーザーを意のまま自在に操る能力、『
セシリアは相棒から受け取った力の感覚を掴むと、狙いも定めずに次々とライフルを連射した。放たれた全てのBTレーザーは、セシリアに制御されて、尽くベアトリスへと向かっていく。一度二度避けようと、それでも振り切ることはできない。
「くっ!?」
ブルー・ティアーズのレーザーは、
「小娘がぁ!」
ベアトリスは体勢を立て直し、腹部の荷電粒子砲を発射した。セシリアは狙いの甘い荷電粒子砲はさっと避け、ビットとライフルでひたすらに狙い撃った。
「このっ、野郎ぉぉお!」
雨空を縦横無尽に駆け抜ける蒼いレーザーが、
「あなたは、わたくしが討ちますわ! このセシリア・オルコットと、『ブルー・ティアーズ』が!」
これなら戦える。そうセシリアが強く確信した瞬間だった。
カチッ
「え――!?」
そんな、絶望を告げる音が響いたのは。
「ど、どうして!?」
トリガーを引いても、レーザーが出ない。回収したビットが射出できない。
「ま、まさか……!?」
――エネルギー切れ。それはあまりに残酷な結末だった。
「おーっと、エネルギー切れかい。それは運が悪かったねぇ、セシリア・オルコット!」
ベアトリスがブルー・ティアーズに起こった異変を悟り、薄っすら笑いを浮かべて動き出した。
「セシリアッ!」
後ろからラウラの声が聞えるが、セシリアは避けない、否避けられなかった。
「これでも、くらいなぁ!」
「あああああああああッ!」
「ははははははは! いい様だねぇ!」
振り払う力も残っていないセシリアとブルー・ティアーズは、ただ流れる電流に身を焼かれるのみであった。
「セシリア!」
セシリアを助けるべく、ラウラがボロボロの体で特攻した。
「あんたは、いらないんだよぉ!」
「ぐぅ……!?」
ラウラの捨て身の攻撃も見切られ、ベアトリスはラウラの首を掴むと、また海へと投げ捨てる。そこに荷電粒子砲も撃ち込み、海面を爆発させた。ラウラは爆流に呑まれて行動ができなくなる。
――そこから、暴虐の時間が始まった。
「そら、そらぁ!」
「あああッ! あああああッ!」
「ヒャハハハハ! どうだ、痛いか!? 痛いだろ!」
「う、くぅぅう……ッ!」
鎖から何度も高圧電流を流して、セシリアをいたぶった。嗜虐の限りを尽くす彼女の顔は、快感に大きく歪んだ。
「はあ……はぁ……ッ!」
「ふうん、案外打たれ強いねぇ」
ベアトリスは「そうだ、いいこと思いついた」とニヤリ笑う。
「ちょうどいいや、全員に教えてやろうじゃないか。あたしに楯突くとどうなるか。――その手始めは、アンタだよ、セシリア・オルコット!」
ベアトリスはセシリアに巻きついた高圧電流鎖《ボルティック・チェーン》をセシリアの体に巻き直すと、鎌を首に沿わせた。
「おい、ガキ共、聞えるかい?」
ベアトリスはわざわざオープン・チャネルで戦闘中であるはずの一夏たちに話しかけた。
「今から、あんたたちの大事な仲間を一人、首をちょん切って処刑するよ」
ISには絶対防御が存在するが、それはエネルギーが有ればの話。無ければ、絶対防御は働かない。エネルギーが尽きた状態で、全力で振るわれた鎌がセシリアの首を襲った場合、結果は勿論――。
「残念だねえ、せっかくこーんな美人に生まれてきたのに、こんな惨い死に方するなんてさぁ。まあ、助けたいんなら来なよ。……できるもんなら、ね」
セシリアの首に当てられていた大鎌が、ゆっくりと遠ざかっていく。
「さぁて、何か言い残すことはあるかな? あるんなら言ってもいいよ。最後に、大好きな翔様への愛でも叫ぶかい? 伝わるかどうかは知らないけどねぇ」
ベアトリスはニヤニヤとしながら言った。
「……わたくしは、あなたを絶対に許しませんわ……! 例えここで死んだとしても、来世であなたを討ちに参りますから、覚悟していなさい……!」
セシリアはベアトリスを強烈な目線で睨みつけた。この状況でもなお、セシリアは命乞いはおろか弱音すら吐かなかった。セシリアの最後の一言に機嫌を悪くしたベアトリスは顔をしかめ、そうかい、とだけ言うと、鎌を握る手に力を込めた。
「セシリアーッ!」
ラウラが叫ぶが、それは遅すぎた。
「もう遅い! ――じゃあ、さよならだ……セシリア・オルコットォ!」
(ごめんなさい……)
セシリアは、心の中で謝罪した。この世に産み落としてくれた両親へ、いつも支えてくれたメイドのチェルシーへ、今も共に戦ってくれている仲間たちへ……そして、翔へ。生きて関わった全ての人に対して、セシリアは謝罪した。
(ごめんなさい……。わたくしは、あなたの仇も取れなかった……)
志半ばで死ぬのが、セシリアはこの上なく悔しい。あれだけの強い意思を持って、作戦に臨んだはずなのに、結果はこの様だ。完全な力不足だったと言わざるを得ない。
新しい力を掴んだにも関わらず、こんな結果になったのも悔しさを際立たせた。
(わたくしは、ここまでのようですわね……)
セシリアの脳裏に蘇ったのは、この十五年間の日々だった。両親と死に別れ、チェルシーと過ごし、代表候補生に選ばれ、IS学園に入学して――そして、翔と出逢った。楽しいことばかり、とは到底言えないけれど、それでも愛おしい日々だった。
そして、翔への想いが胸に満ちる。
(もう、あなたのことを想う事さえできない……)
そう思ったとき、セシリアの目からは涙が流れる。ずっと気丈に振舞っていたが、もう耐えられなかった。
脳裏から、色々な翔が蘇ってきた。初めて戦ったとき、セシリアが描いた理想の強さを見せた翔。いつも信じろと言っては無茶をした翔。女性が苦手な可愛い翔。存在意義を問い続けて苦悩する翔。食べることが好きだった翔。彼と過ごした日々が、堪らなく愛おしい。
まだ、三ヶ月しか過ごしていない。もっとお話したかった。もっと触れ合いたかった。
(――翔さん、あなたに逢えてよかった……)
出逢えたことへの感謝を。そして、ずっと告げられなかった、恋心を。せめて、最期くらいは。
――愛していますわ。
そう告げると、セシリアは目を閉じた。涙が、頬をすーっと伝って落ちた。
ガギンッ
「な、何ぃっ!?」
セシリアの体を覆うチェーンが切り裂かれ、首を狙っていた復讐の女神《ネメシス》の大鎌は、蒼い光で防がれた。
「間に合ってよかった……」
――声が聞えてきた。
セシリアは、蒼い繭のようなものに包まれていることに気づく。
――そして、その蒼い繭が開かれる。開いた繭は燐光を散らしながら、翼へと変わった。
「何で……何であんたがここにいるんだいっ!?」
ベアトリスが動揺した表情を見せる。
蒼い翼を広げて自分を抱くこの人は……この腕は……「彼」の――。
セシリアは感覚の全てを疑った。
「どう、して……?」
ぽろぽろと涙がこぼれる。
セシリアがどれだけ否定しようと、この広い胸板が、暖かい温もりが、優しい感触が、五感全てがそうだと叫んでいた。
「どうして? 君を助けるのに、理由が要るのか?」
そう、目の前にいるのは――。
「翔、さん……!」
愛して止まない、あの人。天羽翔が、目の前にいた。
「――君を護る。そのために、戻ってきたんだ」
そこには、セシリアを抱く、蒼い翼の『蒼炎』の姿があった。