IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
「…………」
海上二〇〇メートル。
そこでは胎児のように体を抱く
翔の蒼炎の攻撃によるダメージはそれなりに深く、現在二機とも自己修復中という有様だった。携帯補給機による満足のいかない回復だが、無いよりはマシだろう。
福音の様子は先ほどとは変わっており、以前の第一形態に戻っている。恐らく、危険が迫ると
「早く帰りたいんだけどねえ、こんななーんにも無いとこ」
ベアトリスはちっ、と舌打ちをするが、命令なので仕方ないと自分を納得させた。
今ベアトリスに出ている命令は、「命令があるまで撤退するな」ということだった。翔を撃墜したにも関わらず、撤退命令は未だに出ていない。命令が出ていない以上、ベアトリスは戻ることができないのだ。
つまりは、この福音のお守りを命じられたということだ。
「……その翼だけは治らないねぇ」
ベアトリスは福音の傷ついた片方の翼を撫でてやった。蒼炎の《荒鷲》の高出力ライフルモードで撃ち抜かれたときの傷、そして剣の刺突で貫かれた傷は、自己修復を行っても完全には修復できなかった。
「しかし、バケモノかよあいつは……」
圧倒的性能を誇る福音と、この
二機による激しい攻撃からのダメージを最低限に抑え、そこからあらゆる技術を使って反撃してきた。反撃も全てが無駄なく正確であり、二対一であってもこちら側も少なからずダメージを受けてしまった。福音の翼が良い例である。結果的に撃墜したとはいえ、ベアトリスは末恐ろしいガキだと内心冷や汗をかいていた。
「まあ、終わったことか」
帰還命令が出ないなど、若干違和感が拭えないが、ベアトリスは半ば強引に自分を納得させると、命令が出るのを待った。
『警告! ロックされています!』
「!?」
突如コンソールに表示された警告。福音も即座に反応した。だが少し遅かったようだ
超音速で飛来した砲弾が、二機を直撃し、爆炎が舞い上がった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「初弾命中。続けて砲撃を行う!」
目標から五キロ離れた場所で浮遊しているラウラとその専用機『シュヴァルツェア・レーゲン』は、目標の二機が反撃するよりも早く次弾を発射した。
漆黒の雨の名を冠する機体は普段と異なった姿をしており、八〇口径レールカノン《ブリッツ》を両肩に装備、遠距離からの射撃に対する防御として、さらに四枚の実体シールドを装備していた。これこそが砲撃戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』を装備した、砲撃戦仕様のシュヴァルツェア・レーゲンであった。
(敵機接近まで、四〇〇〇……三〇〇〇……。くっ、思ったよりも速い!)
発射される砲弾を撃ち落しつつ、瞬く間に福音はラウラとの距離を詰めてきた。
「ちぃっ!」
砲撃戦用装備は、代償として機動性を大きく損なう。対して、機動力が非常に高い福音は、自慢のスピードで以ってラウラへと手を伸ばす――。
だが、ラウラはニヤっと笑った。
「セシリア!」
福音がラウラに伸ばした手は、セシリアのライフルの射撃によって弾かれる。ラウラの声に答えて、セシリアがステルスモードからの強襲攻撃をしたのだ。
『敵機Bを確認。排除行動へ移る』
「残念ですけれど、今のわたくしはあなたの相手をしている暇はありせんの。――シャルロットさん!」
「オーケー!」
セシリアの呼ぶのと同じタイミングで、前の攻撃時にセシリアの背に乗っていたシャルロットが、ステルスモードを解除して背後から両手のショットガンを福音へ浴びせる。
『敵機Cを確認。攻撃対象を変更』
シャルロットへ攻撃対象を変更した福音は、《銀の鐘
「おっと。悪いけど、この『ガーデン・カーテン』はそのくらいじゃ落ちないよ」
ラファール・リヴァイヴ専用防御特化パッケージ『ガーデン・カーテン』は、実体シールドとエネルギーシールドがそれぞれ二枚ずつ装備されており、この二つの相乗効果により高い防御能力を誇る。その計四枚のシールドが、全ての福音の射撃を防いでいた。
シャルロットは防御の合間を縫って、『
「フェーズ一終了! 続いて、フェーズ二へ移行する!」
「了解!」
ラウラの掛け声で、セシリアとラウラが福音との戦闘を切り上げて別行動を開始する。勿論目的は、
シャルロットは二人の退路を確保しつつ、牽制しながら一時離脱する二人に的を絞らせない。それでも福音の機動力は凄まじく、シャルロットの牽制をものともせずに二人へ追いすがる。
「ったく、忘れてもらっちゃ困るわねえ!」
突如、海面が膨れ上がったと思うと、箒の『紅椿』と、その背中に乗った鈴の『甲龍』が現れた。
「箒、散開!」
「了解!」
二人は二手に分かれ、それぞれが左右両面からの攻撃を行う。
鈴は福音へと突撃し、機能増幅パッケージ『崩山《ほうざん》』を装備した甲龍が肩の《龍咆》を戦闘形態へとシフトさせる。倍増し、計四つとなった衝撃砲から、赤い炎を纏った弾丸、熱殻拡散衝撃砲とも言うべき弾丸が次々に福音を襲う。
箒は《空裂》から帯状のエネルギーを放ち、福音の行動を制限する。福音は箒の攻撃に阻まれ、衝撃砲を回避することができない。福音は衝撃砲の餌食になっていく。
鈴と箒。学年別トーナメント時のコンビネーションは、この場においても見事に発揮された。
「――斬るッ!」
――そして、白が姿を現す。
一夏の『白式』が、ステルスモードを解除して、福音へと斬りかかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「みなさん、後はよろしくお願いしますわ!」
「頼んだぞ。――私たちが、必ずこの女を倒す」
セシリアとラウラはそう一言言い残すと、憎むべき仇へと照準を合わせた。その先には、凶悪な笑みを浮かべる
「おやおや、みんなして仇討ちかい。忙しいことだね」
ベアトリスは余裕の表情を崩さず、肩に担いだ大鎌をゆっくりと構えなおした。
「で、あんたらがあたしの相手か。雑魚二人で足りると判断されたのかぁ。ナメられたもんだねえ。あたしの前から逃げ出した臆病者と、作戦に参加できなかった落ちこぼれの二人がねえ――っと危ない!?」
セシリアは容赦無くライフルの引き金を引いてベアトリスを射撃した。
「酷いじゃないか。人が喋っているときに撃つだなんてさ」
「何か勘違いしているようですけれど、わたくしたちはあなたとお喋りをするために来たのではありませんわ」
セシリアは高機動パッケージをパージしてブルー・ティアーズを通常形態に戻し、ビット《ブルー・ティアーズ》を分離させて、ベアトリスの
「――わたくしたちは、あなたをこの手で撃ちに来たのです!」
セシリアは胸に滾る激情と共に、ライフルを発射する。さらにビットに意思を送り、ビットからBTレーザーを発射した。ベアトリスの
「物騒なことだねえ。あたしはもう目的果たしたからもう帰りたいんだけどなぁ」
「させるものか! 貴様は、この場から絶対に逃がさない!」
ラウラは一歩下がって肩のレール砲をどんどんと発射する。撃てるだけ撃ち切って、鈍重な砲撃戦用パッケージをパージして通常形態に戻すと、ワイヤーブレードをベアトリスへと向かわせた。
「死んだあの男のために、何をするってんだい? あいつ、何も言い残してる感じじゃなかったけどねぇ?」
「私は、私は信じない! お兄様が死んだなど、絶対に信じない!」
「お? 妹なんかいたんだねえ、あいつにも。だが、死んだんだよ、あいつは! 後欠片も無く、ずたずたにされてね!」
「信じないと言ったはずだ! 貴様のような人間の言うことなど、信じられるものかっ!」
セシリアのビットを避けつつ、ベアトリスは大鎌を大胆に振るい、ワイヤーブレードを叩き落していく。
「精度がなってないんだよ、精度が!」
「貴様などに言われる筋合いはないっ!」
「くくく、くく……っ」
「何が可笑しい!」
「あんた、あたしみたいなって言うけどさぁ、あいつだって一緒なんだよ!?」
「何だと!」
「だからぁ、あいつはあたしと一緒! 人殺して生きてきた人間さ! その上であんたらと仲間ごっこやってた、クソ野郎だって言ってんだァ!!」
「ッ!」
――その一言は、確かにラウラの逆鱗に触れた。
「――お兄様を……」
貴様が……貴様ごときが……!
ラウラは顔を強張らせると、力の限りに叫ぶ。
「……私の前で、お兄様を侮辱するなァアアアアアア!」
お兄様を語るな!
左目を覆う眼帯をむしり取り、ラウラは『
「そうだ、そんくらい殺す気で来な! じゃないと、つまんないからねぇッ!」
「黙れッ!!」
「――けど、甘いんだよぉ!」
ベアトリスは鎌をぱっと放すと、今度はプラズマ手刀を受け止めて、ラウラを蹴り飛ばした。脚部スラスターの勢いがついた蹴りで、ラウラは海中に叩き落された。
「ラウラさん! ――っこの、あなたという人はッ!」
セシリアのブルー・ティアーズからのレーザーが数発、
「やっぱり、あの男の方が、強かったねえ。あんたら二人なんて、あいつの足元にも及ばない。それなのに、あたしに挑もうだなんて、身の程知らずにも程があるってんだ!」
「イ、
「ハッハァー!」
ブルー・ティアーズは中遠距離特化型。接近戦では為すすべがない。急接近したベアトリスは、大鎌を水平に構え、セシリアを切り裂かんと肉薄する。
「セシリアッ!」
セシリアのピンチに、急浮上したラウラが二人の間に割って入った。AICでベアトリスを捕らえようと、ラウラは右腕を突き出す。
「AICか!」
ベアトリスは瞬時に判断すると、鎌をぱっと手放した。そしてそのまま鎌を持っていた右腕を振るう。ラウラのAICは、確かにベアトリスを捕らえた。――鎌のない、右腕を。
「何ッ!?」
「隙だらけだよぉ!!」
ラウラに、襲い掛かってくる。
慣性で大きく弧を描いた鎌が、ラウラの左肩を横に切り裂いた。
「ぐああっ!」
「ラウラさんっ!」
ラウラの肩がばっくりと切り裂かれ、傷からは鮮血があふれ出る。セシリアはビットからレーザーを連射して、復讐の女神(ネメシス)を遠ざけた。
「ぐぅうっ……」
「ラウラさん、大丈夫ですか!?」
「も、問題、無い。痛みをコントロールする方法は心得ている。操縦者保護機能でそのうち血も止まる……!」
苦悶の表情を浮かべ、ラウラは左腕をだらりと垂らす。
「ああ、いいねえ、血の赤。血を見ると興奮するよ、世界で一番綺麗な色だと思わないかい?」
セシリアはベアトリスをきっと睨みつけた。
「この、外道ッ……!」
「外道? ああ、さっきあいつにも言われたねえ、外道って。でもさぁ、外道で何が悪い! あたしは人を殺すことが堪らなく好きだ! あの幸せに満ちた顔が、絶望に歪む様は、何度見ても格別だ! それをして、好きなことをして、何が悪いってんだい!?」
ベアトリスは、鎌についたラウラの血をなめた。
セシリアは、あまりの狂気に背筋に凍らせた。まさか、このような人間がこの世に存在しているとは。それが信じられない。
「天羽翔はあたしを傷つけた。痛かったよ、死んだほうがマシだって思えるぐらい、苦しんだ。だから、あいつにも味わわせてやったんだ! あたしのあの苦しみをねえ!」
セシリアは震える拳を握りしめた。もう怒りでどうにかなってしまいそうだった。
この女だけは、絶対に許してはならない。心が、体が、理性が、本能が、全てがそう叫んでいた。
「……あなたは、あなただけはっ!!」
セシリアは全ての怒りを力に変えて、ベアトリスに銃口を向けた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「――斬る!」
一夏が急接近し、零落白夜の刃が福音へと向かっていく。福音は、間一髪でそれをかわした。
『敵機確認。迎撃行動に移る』
前回の戦闘を覚えているのか、福音は白式を正面から迎撃はせず、距離を取りながら白式をいなした。初撃を回避された一夏は一旦鈴たちと合流し、陣形を整えた。
「悪い。外した」
「ちゃんと当てなさいよ! こちとら隙を作るだけで精一杯だってのに!」
「悪い。――次は当てるから」
「…………」
鈴はどこかいつもと雰囲気が違う一夏に困惑していた。普段の朗らかな雰囲気はどこかに失せて、今は鋭いオーラを放っていた。そして、その理由は簡単に推測できた。
理由は、間違いなく翔の不在である。一夏本来の優しげな雰囲気は、鋭気へと代わっており、敵を切り裂かんとする姿はまるで日本刀のようであった。
――怖い。
幼馴染の鈴が思わずそう感じてしまうほど、今の一夏は集中していた。その一夏の変化は、箒とシャルロットも敏感に感じ取っていた。
「みんな」
一夏から他の三人へ通信が入った。
「外して悪い。さっきと同じ要領で頼む。今度は、絶対に当てるから」
三人は了解、と応答すると、再び攻撃を開始した。
流石の福音と言えど、専用機三機を相手にしては分が悪く、次々と仕掛けられる攻撃にどんどんと追い詰められていく。離脱しようにも、とても背を向けて逃げ出せるような状況ではなかった。
シャルロットが砲弾を防御し、箒が《雨月》、《空裂》のエネルギーで、鈴が《双天牙月》を連結、投擲して攻撃する。激しい攻撃によって、福音の行動が回避にのみ制限される。そこから、福音が反撃へと移る。
――ついに一夏から完全に注意が逸れた瞬間ができた。
(今度は、当てる――!)
先の作戦では失敗した。だからこそ、今度は必ず斬る。一夏はそう翔に誓った。
(翔、俺は二度と同じ失敗はしない。じゃないと、俺はお前の相棒失格だもんな!)
一夏の溢れる気に呼応して、《雪片弐型》が展開装甲を開き、中から零落白夜が出現する。
「おおおおおおおおおおっ!」
一夏の袈裟斬りが、福音を一刀両断し、福音は力を失って海へ落下した。シュウゥン、と一夏の手の《雪片弐型》が展開装甲を閉じる。
「これで、フェーズ二終了。まだ終わってないよ、一夏」
「ああ、分かってる」
セシリアの情報によると、福音は一度倒したにも関わらず、
これからが、フェーズ三。正念場だ。
(残りのエネルギーは……)
まだエネルギーには余裕があった。第一形態との戦闘でエネルギーをあまり無駄にせずに済んだのは、かなりありがたかった。
――ポッ、ポッ、サァアアアアア………。
空が曇ってきて、雨が降り出してきた。雲はどこまでも黒く、厚い。このまま嵐になりそうだった。
突如、海面が光によって明るく発光する。
「来るぞ!」
箒の声で、全員が再び戦闘態勢に入る。
蒸発した海の中から現れた福音は、蛹が蝶に羽化するように、その三対の翼をゆっくりと広げた。