IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
派手な金属音が鳴り響き、俺の《荒鷲》と大鎌が打ち合った。
「ハッハァッ!」
「ぐぅっ!?」
遠心力を利用した大振りの攻撃を放ってきた。その勢いに押されて一度下がった。
「ISなど、どこからっ」
「あたしに共感してくれる人間が与えてくれたのさ! 全ては、あんたを殺すため! そのための、この力……『
『
「お嬢ちゃんもやるのかい、この私と!」
「当然ですわ! あなたのような人間は、裁かれなければなりません!」
「正義感の強い子だね、できるならやってみなよ! ――おっと、そろそろ時間だ」
「何だ……?」
今まで穏やかに波打つだけだった海の一部が大きく盛り上がり、球体状の光が現れた。それは徐々に宙に浮き、
「ふ、福音だと!? 何故!?」
そして、福音を包む光が、徐々に福音の姿を変えていく。
「あれは、まさか……『
光によって姿を変えた福音は、全身から光の翼を生やしていた。そう、それはまるで、今まで人が空想上のものとして描いた大天使が、人の世に降臨したかのように。
一度倒したあとに復活する。以前もそのようなことがあった。ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンに仕込まれていたVTシステムもそうだった。
「いいタイミングだぁ!」
まるで何が起こるか分かっていたような言い方だ。福音を意のままに動かしているかのように……。
「ま、まさか……!」
「仕組まれていたのか……!」
つまりこの事件、福音の暴走は事故ではなく、計画……!
「よく分かっているじゃないか。そうさ、あんたには勝ちなんてあり得ない――」
「――福音と、この
「ぐああああっ……!!」
福音の射撃が俺に命中し、蒼炎の装甲が爆発してどんどんと削られていく。くそっ、このままでは……!
激しい攻撃に晒されているが、冷静さは失っていない。セシリアの状況も把握できる。俺が前線で耐えている甲斐もあってか、幸いセシリアへの損傷は少ない。
だが、このまま無事で済む確証がどこにある。俺が倒れれば、二機の猛攻はすべてセシリアに行くのだ。そうなれば、セシリアは――!
「――セシリア、撤退しろ!」
「そ、そんなっ!」
二機からの猛攻に耐えながら、セシリアに叫んだ。
セシリアが撃墜される……それだけは回避しなければならない。セシリアは俺の我儘に付き合ってこんなところに来たのだ。それなのに、つまらない俺への復讐劇の犠牲になるなど、あってはならない。
「で、ですがっ、このままでは翔さんが!」
「安心しろ、必ず帰る。約束も果たさないまま、俺は死んだりしない」
「嫌です、嫌ですわ、そんなことっ! こんなところであなたを置いて戻るなんて――!」
「いいから行けッ!!」
俺は怒鳴った。セシリアはびくっと怯えた。セシリアにここまで強く怒鳴ったのは初めてだ。
「――これは、俺の問題だ。お前には、関係ない」
「っ……」
突き放すように、敢えて冷たい声で言った。
「分かり、ましたわ……。一旦離脱しますっ。絶対、無事でいてくださいな!」
セシリアは震える声でそう告げると、戦場から背を向けて全速力で離脱した。蒼い機体が小さくなるのを見送りながら、《荒鷲》で向かい来るエネルギー弾を叩き落としていく。セシリアに向かった攻撃を防ぎきり、ついに俺は一人になった。
(これでいい……)
セシリアは、こんなつまらない復讐劇の犠牲になっていいような存在ではないではないのだ。俺が死ぬのと、代表候補生のセシリアが死ぬのでは重みが違う。男性IS操縦者? それがどうした。一夏がいる。
セシリアが去り際に、その目から大粒の涙を溢していたのを見た。セシリアを泣かせてしまったのは、これで三回目。前の二回と違って、今回は最低な泣かせ方だ。あれだけ信じてついてきてくれたセシリアを、半分恫喝したようなものだ。
だが、それでもいい。あの笑顔が守れたなら、それでいい。いつも俺の隣にあったあの笑顔を、消させはしない。
「嬢ちゃんは帰らせたか……。まあ、正解だね。生きて帰れる見込みなんてない」
「…………」
凶悪な表情の
「俺は、死ぬためにここにいるんじゃない――」
勘違いするなよ、
これは、けじめだ。俺の不始末と、命令違反と、見込みの甘さの結果がこれだ。だから――。
「お前を、斬るためにここにいる!」
その落とし前は、自分でつける。
「そうかい、だがどこまでそう言ってられるかな!?」
爆発的な機動力で、福音は俺との距離を詰めて射撃を行ってきた。軍用、という一面を差し引いても、異常な機体性能だ。それに加えてあの復讐の女神《ネメシス》という機体も相手にしなければならない。
「おおおおおおおおっ!」
エネルギーも心許ないが、
「はあっ!」
俺の斬撃は福音を確かに捉えて、一部の装甲にダメージを与える。
だが、
「がああああああああっ!」
「はははははっ! いい気味だ、天羽翔! 痛いか、痛いだろ! 苦しめ! 苦しんで詫びろ!」
「ぐ、う……!」
高圧電流が俺のシールドエネルギーを貫通して俺にダメージを与えている。シールドエネルギーはもう一〇パーセントほど。敵のダメージは小。絶望的な状況だ。だが、俺は諦めたりしない。
「断ち切るっ!」
《荒鷲》で強引に高圧電流のチェーンを断ち切ると、即座に《荒鷲》を変形させて
「くっ!? 粘るねぇ! 福音っ!」
福音の光の翼が開き、エネルギーが発射される。第一形態の攻撃より、遥かに範囲が広がっている。俺は宙返りして急降下、急速旋回して、福音へ高出力ライフルを放つ。
「キィアアアアアアアッ」
ライフルのエネルギー弾は、福音の光の翼の一つを貫いた。だがその隙を狙われ、俺は
「ぐあっ!」
PICを調整し、体勢を立て直した俺はまたライフルを放つ。
避けて、撃たれて、反撃する。これは間違っても試合などではない。これは、殺し合いだ。
「ははははは! 最高だ! 最高だねえ、あんたとまた殺し合いができるなんて!」
狂っている。今のような殺し合いが楽しいだと?
――ふざけるなよ、
「――貴様が……」
心の底から怒りがふつふつと湧き上がる。
「貴様のような人間がいるから、悲しい子供が生まれるんだ!」
こいつが殺してきた夫婦の間に生まれた子供はどうなったのか? きっと……いや間違いなく、孤独に暮らしているはずだ。俺やラウラのように、親の愛情を知らず、ただただ耐え難い孤独に苦しみ続ける。それは俺のように、彼らに親がいなかったからじゃない。
――いた。ちゃんといたんだ。彼らを愛し、尊重してくれる親は。
「それを、お前は奪った! 幸せな人生を生きていけるはずの、何人もの人間の未来を!」
肉親のいない人間が、どれほど辛いか。俺には死ぬほど分かる。だからこそ許せない。
それでも、この女には何一つ伝わらない。
「知ったこっちゃないねえ! そんなこと、あたしには関係のないことだ!」
「…………!」
その一言で、俺の怒りは頂点へ達した。
「――このッ、外道がァあああああ!」
この女は、絶対に許してはならない。こんな人間が、生きていてはいけない!
「貴様のような人間がいるから、世界から悲しみは消えないんだ!」
激昂する俺は、《荒鷲》の照準を合わせて、最大出力のライフルを構えた。
そうだ、俺は斬る! 悲しみを、憎しみを生み出し、あまつさえそれを楽しむこの悪魔を……もう一度、葬ってやる!
「ぐッ!?」
――その瞬間、福音の光弾が、右腕の《荒鷲》を破壊した。
「――万事休す、ってやつだねえ!」
俺の手には、武器が何もなかった。つまり、戦う術がもう、無い。ふと前を見れば、福音の翼が、復讐の女神(ネメシス)の荷電粒子砲が、俺を狙っていた。
――ここまでなのか、俺は。このまま、死ぬのか。
――……楽しみにしていますわ、翔さん。
「ああ……」
ふと脳裏に蘇る、セシリアの笑顔と声。それを皮切りに、仲間たちの様子が目に浮かんでくる。
最後に見た一夏の顔は、驚いた顔だったか。箒の顔は、呆然としていたな。幼馴染二人が、あまりいい表情でなかったのは残念だ。
ラウラはすっかり甘えん坊になってしまったから、大丈夫だろうか。シャルロットは勝手に命令違反した俺を心配しているに違いない。鈴音は、とにかく怒っているだろうな、仲間思いなやつだし。セシリアには……まだ、プレゼントを渡せていない。
束、すまない。俺は――。
「――死にな、天羽翔!」
二つの光線が同時に発射され、俺は光に呑みこまれた――。
ピーッ。
司令室で、残酷な音が鳴り響いた。
「――蒼炎のシグナル、ロスト……」
真耶が、蒼白な顔で呟いた。その声が、部屋にいた全員の表情を凍りつかせる。
「お、お兄様……?」
ラウラが、頭を抱えた。起こった現実が、理解できない。
「嘘だ、そんなこと……! お兄様が、いなくなるなんて……! お兄様、お兄様ぁああああっ!」
「翔、さん……?」
セシリアは、何かが「切れた」感覚がした。その正体を、セシリアはすぐに理解した。――「切れた」のは、翔との「繋がり」だということに。
「そんな、まさか……!?」
翔とプライベート・チャネルで通信を行うが、繋がらない。繋がらないというより、見つからない。ISのコア・ネットワークで把握できないということは、それはすなわち、蒼炎の「消滅」を意味している。
嘘だ、そんなことがあり得るはずがない。頭ではそう言い聞かせるが、事実はそれを許さなかった。目から涙は溢れ出して、信じたくないことを信じさせようとしていた。
「――翔さんッ!? 返事をしてください、翔さんッ! お願い、返事をして――!!」
呼びかけても、返事は返ってこない。
「嫌、嫌ですっ! 翔さん――っ」
セシリアには受け入れられなかった。――愛した人が、死ぬことなど。
「――いやぁぁぁああああッッ!」
虚空に、セシリアの慟哭が木霊した。
本日で第六章終了となります。第七章は12月21日(月)投稿開始です。