IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
「ほら、ちゃんと覚えているじゃないか」
「生きていたのかっ!」
「何のことだい? 誰が死んだなんて決めたんだ?」
《荒鷲》を構えて牽制していると、後ろでライフルの照準を向けるセシリアが俺に尋ねる。
「誰ですの、この人は……」
「――もう十年ほどになるが、覚えていないか? かつて全米を震撼させた、七人もの人間が連続して殺された凶悪な殺人事件を」
「……『幸せ狩り事件』、ですわね?」
狙われた被害者は新婚の男女など、幸せの絶頂にあった人々で、その被害者全員が首を切られて発見された事件だ」
犯人は不明だったが、後に凶器から指紋が検出され、それで犯人が割れた。
「――この女、
「そ、そんなっ! その事件の犯人は既に死んだはずですわ!」
「……表向きでは、な。ヤツは包囲されて逮捕される寸前、自ら首を切って死んだとされているが、実は生きていて、殺し屋稼業をしていた」
「そんな殺人犯が、何故翔さんと面識がありますの?」
「――あいつは一度、束を殺しにきた。そして、俺が殺した」
セシリアの表情が驚愕に染まった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
あれは三年ほど前になる。束と移動しながら、ロシアで生活していたとき。
「はあ、はあ、はあ……!」
息を切らしながら、廃工場を走る俺。 どこにいても束が狙われるのはいつものことで、ロシアでも同じような目に遭っている。既に束は安全な場所へ避難させているが、正体不明のISを操る不審人物――俺の姿を見られた以上、このまま帰すわけにはいかない。
奴ら、誰に雇われたかは知らなかったが、とにかく束を本気で殺しにきた。敵のほとんどは蒼炎を展開して行動不能へ追い込んだが、一人逃がしてしまった。
(残エネルギーはほぼゼロか……)
この分だと一度展開できたら御の字だろう。舌打ちが出る。
迎撃に時間をかけすぎた。敵もISが来たと見るや時間稼ぎに徹していたが、うまく策にはめられたようだ。
「くそっ、どこだ……!?」
ここに逃げ込んだのは間違いないんだ。一体どこに――。
突如、背をぞくりと悪寒が走った。
(殺気……!?)
咄嗟にISのハイパーセンサーを起動し、一時的に視野を拡大した。後ろに、俺を捉える銃口が見えた。
放たれる銃弾の射線を避け、逆に銃を向ける。
「そこか!」
「……!?」
踵を返して逃走する敵。逃がさん!
俺の撃った銃弾は、敵の腕と頭を掠めた。腕から血が飛び、敵を覆っていたマスクが外れ、金の長い髪が広がった。
女か……!
「くっ……!」
女が脱兎のごとく走るのを追撃した。
ついに、開けた場所に出る。もう逃げ場はない。
「そこまでだ。手を上げろ!」
女は両手を上げた。その肩は震えている。束を殺しにくるような人間だ。恐怖で震えているわけではないはず。なら何故――
「……ふ、ふふ……! ははは……!」
「……!」
すぐに気づいた。女は、笑っていた。
「何が可笑しい……!?」
「いんやあ、別に」
女がゆっくり振り返る。
長い金の髪が揺れる。端正な美貌が、凶悪な目つきによって冷徹な印象に見せる。その顔には見覚えがあった。何年か前、新聞で何度も目にした顔だ。
「フォ、
「――正解」
にい、と
「何故生きている……!」
「さあ? 悪運が強いんだろうね」
銃を構えたまま、この女を睨みつける。
敵の正体には驚きを隠せないが、それはこの際どうでもいい。この女は、このまま帰すわけにはいかない。トリガーにぐっと力を込めた。
「クソガキ、そのまま撃っていいのかなあ?」
「どういう意味だ」
「この廃工場、あたしらの仕掛けた爆弾が山ほどあるんだけどなあ」
「そのトリガーを引いたら、あんたも木っ端微塵だ」
「…………」
なるほど、そういうことか。安心した。束に何かあるかと思っていたが、そんなこともないらしい。
ぐっと指にもう一度力を込めた。
「な!?」
本当に撃つと思っていなかったのだろう、
「……命は惜しかったか」
避けようとしなければスイッチを押せたはずだが、それをしなかった。
「あ、あんた、正気か……!?」
「正気だ。俺は、束のためなら俺の命なんて惜しくない」
張り付いた苦悶の表情が、その痛みを物語る。
俺は胸のポケットから束特製の拘束具を取り出す。ネット型のコンパクトなものだが、一度取り付くと一人では脱出できない優れもの。それを放り投げようとした瞬間だった。
「このまま、終われるかってんだ!」
ベアトリス・スタッドフォールドは奥歯をかちりと鳴らした。
――仕込みか!
爆弾が起動し、奥の景色が爆ぜる。ドドドドド、と連続して他の爆弾が誘爆、俺の周囲は爆炎に包まれた。
「蒼炎!!」
咄嗟に蒼炎を一極限定モードで起動、残ってエネルギーすべてを使って《飛燕》のフィールドを展開した。これで爆風は防げる。
「ひゃははは!!」
狂気的な笑い声と共に、爆炎の合間を縫って
俺は――撃った。容赦なく、迷わず。
「っか……!?」
衝撃で飛んでいく
やつを撃って、俺は誓いを新たにしたのだ。
俺の大切なものを――束を傷つけようとするものは、容赦しないことを――……。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「俺は、確かにこの手で葬り去ったはずだ」
あのときの俺のライフルは確実にこの女を射抜いたはずだ。もしそれが直撃でなくてもその後の爆発で助かったとは思えない。
「ああ、そうさ。確かにあんたの弾はあたしの体を見事に貫いてくれたからね……。しかもその後の爆発で体の半分は吹き飛んじまったんだ。それがこの顔の痕になったんだ」
「それでも、生きていたというのか!」
「さあ、何でだろうねえ、自分でも分からないよ」
理解できない。何故、こんな人間ばかり世に留まるというんだ。
「ふふ、ふふふ……!」
「な、何が可笑しいくて、そんな!」
「はは、はははははっ! 笑うに決まってるじゃないか! あたしは、あたしは今日という日を待っていたんだ! 天羽翔、あんたに復讐できる日をねえ!」
復讐――。
「あたしがあのとき味わった苦痛、あんたにも味わわせてあげる! あたしという人間と出会ってしまったことを後悔しながら、あんたは死んでいくんだよ!」
「――それじゃあ、殺し合いと行こうじゃないか。天羽翔ッ!!」
紫色の機体が唸り、死神を思わせる巨大な鎌を振りかぶって俺に斬りかかった。