IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
「さて、フェーズ一終了……と。しかし、あの小娘までがいるのは予想外だった。まあ厄介だねえ……」
海辺の廃工場で、一人の金髪女が映像を見ながら呟いた。その表情は、仮面の上からではまるで見えない。
「出撃なさるのですね?」
そこにもう一人、女が現れた。女、というよりは少女、と言ったほうが適切かもしれない。腰まで届くような長い黒髪と、端正な美貌。だが、その表情は無い。
「ああ」
金髪の女はそれだけ答えると、腕のブレスレットに意識を集中させる。
ブレスレットが光の粒子に変わり装甲となり、女の体を包んでいく。紛れもなく、ISであった。
「お気をつけて」
少女は恭しく頭を下げた。
「ふん、頭を上げなよ、気持ち悪い。あたしはあの男に借りがあるから行くだけで、あんたたちのためなんかじゃないからな。それは忘れるんじゃないよ」
「利害の一致、ということでしょうか」
「そうなるね」
あくまで事務的に。金髪の女の言葉は続く。
「……あんたもタイミングをしくじるんじゃないよ」
「承知しています」
二人の会話からその関係性を伺うことはできない。ただ共通の目的で組んでいる、ということだけが明らかであった。
金髪の女はそろそろ時間だ、と出撃に備えた。
「――『
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺とセシリアは、息の合ったコンビネーションで、福音を追い詰めていく。
「セシリア右だっ!」
「了解ですわ!」
《荒鷲》の射撃で動かされた福音は、セシリアの《スターダストシューター》の射線へと追い込まれ、そこでレーザーの雨を浴びる。俺はそこに容赦なく追撃を与える。
福音の砲撃には、丁寧に対応する。《飛燕》のエネルギーフィールドが使えず、蒼炎の防御能力は低下している状態だ。エネルギーフィールドが使えないということは味方も守れないということなので、セシリアとの足並みは揃えて位置取りを行っている。
俺たちの攻撃に対し、福音は一旦距離を離してきた。
「逃がすか!」
福音の後退に合わせて、
「はあああああっ!」
俺の斬撃が福音を切り裂き、福音は悲鳴のような声を上げた。
機動力で劣る俺が福音に追いついて接近戦ができるのは、セシリアの援護があるからだ。セシリアが正確な射撃で福音を足止めして行動を制限してくれるお陰で、俺は福音と得意な接近戦で戦える。
福音の砲撃武装《
「きゃあっ!」
「セシリア!」
《荒鷲》で牽制しつつ、俺はセシリアの方へと向かう。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですわ。シールドエネルギーを180ほど削られて、装甲が一部損傷を受けましたが、機体制御には問題ありません」
「そうか、良かった」
セシリアが戦闘不能になったら一気にこちらが不利だ。なんとしてもそれは避けたい。
「セシリアは若干下がってくれ。前に出すぎて回避しきれていない。反応して回避、迎撃できるギリギリの位置だ」
「わ、分かりましたわ」
その分俺の負担は増大するが、それはなんとかする。ただ、思った以上に《飛燕》が無いのが痛い。福音を相手取るならエネルギーフィールドは欲しかった。いくら消費がやや激しいとはいえ、直撃を免れるのと、離れていてもセシリアを守れるのは大きい。無いものねだりをしても仕方がないが。
「福音のシールドエネルギーもそろそろ少なくなっている。一気に決めよう」
「はいっ」
俺の残りのエネルギーは約六割。今度は機動と攻撃に全てのエネルギーを割って、決着をつける。
「行くぞ!」
スラスターを全開にし、旋回しながら福音に接近していく。
『迎撃開始』
襲い来る射撃の雨を、
「これで!」
セシリアの大型ライフルの射撃も加わって、福音へダメージを与えていく。
『攻撃対象を変更。目標Bへ』
プログラムが変更されたのか、福音は俺への攻撃を止めて、今度はセシリアへと攻撃を開始する。
まずい! 今の俺の援護能力の低さに気付かれた!
恐らく操縦技術の高い俺を狙うよりもセシリアを狙った方がいいと判断したのだろう。憎らしいぐらいに賢いプログラムだ。
「くそっ! 待て!」
福音の光弾が一斉にセシリアに発射された。
「くぅうっ!?」
セシリアは急上昇、急降下、急旋回など複雑な三次元機動を組み合わせて回避するが、福音の制度が勝った。
「あっ――」
「セシリア!」
俺は残った二基の《飛燕》で光弾を相殺した。間一髪だ。だがセシリアは爆風で吹き飛ばされ、俺と分断されてしまった。
『攻撃対象を再変更。目標Aへ修正』
セシリアから俺に攻撃対象を変更した福音は、後退しながら俺に射撃してきた。
セシリアと連携が取れないこの数秒、俺は一人でこの猛攻に耐えつつ戦わねばならない。
(こうなったら……!)
この戦いを終わらせるため、特攻する!
「おおおおおっ!!」
福音の砲撃を実体シールドで受け止めて、俺は止まることなく突っ込んでいく。シールドは数回で破壊され、後は全て俺がこの身を以って受ける。激しい爆発に襲われ、視界が揺れた。
「ぐうぅっ!?」
だが、俺は止まらない。福音の射撃を凌いで、俺は福音に肉薄した。
「――くらえっ!」
『キアアアアァァァッ!』
甲高い悲鳴が轟く。それでも福音は無事なもう片方の羽を俺に向けてきた。
『目標への砲撃開始』
逃げられない。シールドもない。
――だが俺には、頼もしいパートナーがいる。
「させませんわ!」
ブルー・ティアーズの《スターダスト・シューター》の狙い澄ました一撃が、福音を穿った。翼の射線がずれ、俺への攻撃は空を切る。
信じていた。必ず、セシリアが援護してくれると。だから、迷わず突撃できた。
そして――。
「――これで、最後だ!!」
俺は渾身の力を込めた袈裟斬りを放ち、福音を斬り捨てた。
『ア、アア……』
澄んだ歌声はかすれ、ヒュウウゥン、とスラスターの出力が低下して落下していく。
「……終わったな」
俺は海へと落ちていく福音を見て呟いた。セシリアはええ、と答えると、さっと俺の傍へ飛んできた。
「早く福音を回収しに行きましょう」
「そうだな」
パイロットも無事だろうが意識は無いだろうからな。回収するなら早いほうがいい。
「――ほぉ~、仲のいいことで。あんたらできてんの?」
突如、オープン・チャネルから響いてきた謎の女の声。同時に、『危険、ロックされています』と、コンソールに警報が表示された。
「セシリア!」
「はいっ!」
俺たちはその場から飛び退き、飛んできた砲弾を回避した。
砲撃してきたのは、ここから二時の方向。飛行する人型の兵器――。
「――IS!? ISだと!?」
ハイパーセンサーを通して、禍々しい「紫」が見えた。その「紫」は鮮やかというにはほど遠く、見方によっては黒に見える。装甲は鋭角的な印象をまるで与えず、どこか生物的なデザインなのがやけに不気味であった。そして、何より禍々しさを醸し出しているのは、そのISが構えている、二メートル以上はあろうかという巨大な大鎌だった。
「な、何ですの、あのISは……」
「いや、分からない。見たこともない」
「――嘘言うんじゃないよ、天羽翔!」
「何!?」
何故だ? 何故俺の名を知っている?
距離が縮まるにつれて、正体不明な女の顔が見えてきた。女は、白い不気味な仮面をつけていた。――鎌と、装甲と、仮面は……まるで人の命を刈り取る死神のように見えた。
紫のISは俺たちの前で停滞すると、鎌を肩に担いだ。
「……何者だ」
「ん? 分からない? 確かに仮面つけてるし、分からなくてもしょうがないかねえ。――けど、この顔を見れば、嫌でも思い出すだろうね」
女は、仮面を外した。
「お、お前は――!?」
「ふん、ようやく思い出したか、クソガキ」
流れる金髪に、すらりとした鼻筋の通った美貌の女。――ただ、その女の顔の右側は醜く焼け爛れていて、見るも無残な様であった。それは、俺の記憶に蘇るある一人の敵と一致した。
かつて殺し合い、俺が葬ったはずの女。束へと送り込まれた刺客――。
「……お前は、『
その女は、醜くなった表情を隠すこともしなかった。