IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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『では、はじめ!』

 

 千冬の言葉と共に、紅椿のPICが作動し、紅椿はスラスターを開放して大空へと飛び出していく。

 最新鋭の第四世代機。その加速は脅威的な速度だった。あっという間に目標高度へと達したのち、さらに速度を上げていく。

 

「暫時衛星リンク確立……情報照合完了。目標の現在位置を確認。――一夏、一気に行くぞ!」

「お、おう!」

 

 現在、紅椿は脚部及び背部の展開装甲を機動モードにしている。まだ他の部分は開放していない。この圧倒的なスピードには、さらに上があるというのだ。

 

(なんてスピードだ……)

 

 背に掴まっている一夏は、そのスピードを肌で感じている。驚くと同時に、恐ろしくもあった。第四世代型の性能とは、ここまで凄まじいものなのか、と。

 

「見えたぞ、一夏!」

 

 ISのハイパーセンサーが、目標を捉えた。煌く銀を放つ目標、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が数キロ先に見えた。頭部から生えている銀の翼が特徴的な銀の機体、その姿は福音の名に恥じない荘厳とも言えるものであった。

 

(敵の能力は未知数だ。だからこそ、一撃で決める!)

 

 戦闘が長引くのは、敵機の性能、白式のエネルギー効率など、あらゆる面でメリットが無い。理想は、最大の零落白夜の一撃で以って、一刀両断することだ。

 

「一夏、あと十秒で接触する」

「了解。――集中する」

 

 一夏は意識を研ぎ澄ましていく。

 

「ふぅー」

 

 一度深呼吸して、目を閉じて意識をクリアにする。そこからイメージするのは、細く、鋭い日本刀。力を放出するだけではなく、溢れる力を凝縮し、鍛錬していく。

 

(――そうだ。鋭く、どこまでも鋭く。全てを切り裂く、鋭い刃を……)

 

 一夏の集中が極限まで達したとき、白式の《雪片弐型》の展開装甲が開放し、中から零落白夜の刃が発現する。

 機体と同色の純白の刃は、鋭い刀身へと洗練されていった。学年別トーナメントの際に見せたもののように、その刃は細身の日本刀のような姿になっていた。

 目標との接触まで、十、九、八、七、六、五、四、三、二……一――。

 

「はあああああああっ!」

 

 一夏は瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動し、『銀の福音』との距離を詰めると、刀を上段から振り下ろした。

 

(当てる!)

 

 一夏の刀が、福音に迫る――!

 

『反転。敵機確認。迎撃モードへ移行。《銀の鐘(シルバー・ベル)》稼動開始』

 

 マシンボイスがオープンチャネルで入ってきた。福音は機体を急反転させると、一夏の太刀筋を見て、スラスターを全力で吹かした。

 一夏の放った斬撃は、僅か数ミリの差で回避された。

 

「なッ!?」

 

 驚異的な機動を見せる銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)。最高速度は維持したまま、速度を全く落とすことなく、百八十度機体を反転させたのだ。

 

「くそっ!? ――箒!」

「分かっている!」

 

 通過した箒もすぐに反転し、福音を挟撃した。

 

「このまま落とすぞ、一夏!」

「了解!」

 

 一夏も作戦内容を切り替えて、福音へ斬りかかっていった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「初撃を外した……!」

 

 司令室で状況を見ていた俺は、その結果に歯軋りした。

 今回の任務、一撃必殺(ワンアプローチ・ワンダウン)は失敗に終わった。初撃を外した以上、ここからは正面から撃破しなければならないが……。

 

(どうする……?)

 

 このまま二人が倒せるか、それが心配だ。一夏は零落白夜で大量のシールドエネルギーを失い、最大出力の瞬時加速(イグニッション・ブースト)で機動用のエネルギーをかなり消費した上、箒はあの様子だ。

 

(行くなら、今しかない……)

 

 何かあってからでは遅い。そうなる前に、行くしかない!

 俺はセシリアに事前に説明しておいたサインを送ると、一気に司令室から飛び出した。

 

「天羽、オルコット!? 何をしている!」

 

 織斑先生が事態に気づいたらしく、俺たちを呼び止めようとするが、俺たちは止まらない。すぐに中庭に飛び出すと、蒼炎を展開する。

 

「セシリア!」

「了解ですわ!」

 

 セシリアがブルー・ティアーズを展開した。

 

「行くぞ!」

「はい!」

 

 高機動パッケージに換装したブルー・ティアーズに乗って、俺は空へ飛翔した。

 

『天羽、オルコット! お前ら何をしている! すぐに戻れ、でなければ――』

 

 飛行中、織斑先生から通信が入った。

 

「申し訳ありません。これは俺の独断です。全ての責任は俺にありますので、後で好きなように処罰して下さい」

『そういうことでは――』

 

 織斑先生との通信を無理矢理切ると、俺はセシリアに視線を移した。

 セシリアのブルー・ティアーズは今、高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備している。この高機動パッケージは、普段攻撃に使用するビットを全て封印してスラスターに転用して機動力を高めている。ビットを封印したことによる火力を補うため、通常のライフルよりさらに大型のライフル《スターダスト・シューター》を装備、さらに高機動モードでの補助として、超高感度ハイパーセンサー《ブリリアント・クリアランス》を装備している。 

 

「すまない、セシリア。俺の我侭に付き合って命令違反までさせて」

 

 俺がそう言うと、セシリアはにこっと笑った。

 

「いいえ、これは私の意志ですわ。謝られるようなことはありません。それに、いつも言っているでしょう? ――わたくしはいつもあなたを信じています、と」

「セシリア……」

 

 いつもと同じ、しかし何度聞いても嬉しいこの言葉。セシリアの、俺への絶対の信頼。

 

「本当に、ありがとう」

「はいっ」

 

 いくら礼を言っても、足りることなんてないのだろう。だが、言わずにはいれなかった。

 ――ああ、そうだ。言い忘れていたことがあった。

 

「セシリア」

「何ですの?」

「これが終わったら、セシリアに渡したいものがあるんだ。受け取ってくれるか?」

「ええっ!?」

 

 セシリアは驚いた様子で、俺の方へ振り向いた。

 

「そ、それは、その、わたくしへの、プレゼントということですの……?」

「そうだ。――それが何かは秘密だがな」

 

 俺はニヤリと笑った。

 普段からお世話になっているわけだし、その感謝を何か形にしてもいいと考えて、以前レゾナンスで買い物をしたときに買っておいたのだ。

 

「ま、まあ。そんな、殿方からプレゼントだなんて。そんなこと、初めてですわ……」

 

 セシリアは頬を染めて、俯いた。俺は意外だな、と返した。

 

「セシリアのことだから、プレゼントなんて山ほど貰っていると思ってたんだが」

「と、殿方からのプレゼントは、ですわ! 本国の有象無象の男からのプレゼントなんて、受け取ったことはありませんもの!」

 

 そうだったか。そういえばセシリアは男嫌いだったな。最近では全然そんなこと感じていなかったことに気づく。それだけ、セシリアが俺たちと過ごしたということだ。

 変わったな。セシリアも、俺も。出会ったときは、こんな風にセシリアと命令違反するなんて思いも寄らなかった。

 

「……楽しみにしていますわ」

「そうか、楽しみにしていてくれ」

 

 だがそれも、この任務が終わってからだ。今は、この任務を終わらせることが最優先である。

 

「急ごう」

「ええ」

 

 セシリアはもう一段階出力を上げると、目的地へと急いだ。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 白、銀、紅――。

 それぞれの色が空で交錯し、離れていく。

 

「くっ、この野郎!」

 

 一夏は接近して《雪片弐型》を振るうものの、福音にはかすりもせず、福音は依然空を飛び続ける。ひらり、ひらりと優雅に攻撃をかわす様子は、空を舞う銀の蝶々のようにも見えた。

 

(なんて機動力だ……! 速いだけじゃなくて、細かいっ……!)

 

 通常、速い機動をすればするほど細かい機動は難しくなるもの。だが福音はそんな常識をも無視して、今も一夏の攻撃を避け続けている。

 その秘訣は、特徴的な巨大な翼であった。これは特殊射撃兵器と高出力の多方向推進装置(マルチ・スラスター)を兼ねており、それがこの高い機動力を支えている。「軍事機密」の意味を思い知らせる一夏だった。

 

「一夏っ!」

 

 距離を離された一夏に代わって、今度は箒が攻撃を仕掛けた。二つの刀によるエネルギー攻撃。帯状の光と真っ直ぐ伸びる光が福音を襲うが、それでも当たることはなかった。

 

(時間が無い……!)

 

 このままではジリ貧である。このまま持久戦になって白式のエネルギーが尽きれば、それは作戦失敗も同義だ。それだけは回避せねばならない。

 

(――いや、焦るな、待て。チャンスは必ずやってくる。その瞬間に一撃で落とせばいいんだ)

 

 「耐える」。それは翔との最初の特訓で教えられたことだ。

 何もできないことに焦れるな。何かできる一瞬のために、すべてを賭けろ――。

 翔の言葉が脳裏に蘇る。落ち着きを取り戻した一夏は、もう一度《雪片》を構えた。

 

(そうだ、今はただ避けろ。狙うんだ、その一瞬を)

 

『発射準備完了。《銀の鐘(シルバー・ベル)》開放』

 

 ついに、今まで避けるだけだった福音の行動に変化が起きた。銀色の翼の装甲の一部が開き、中から砲口らしきものが現れた。

 

『砲撃開始』

 

 そして、その砲口からエネルギーの弾丸が撃ち出された。

 

「ぐぅっ!?」

 

 高密度に圧縮されたエネルギーは、着弾すると同時に突き刺さって爆ぜた。

 

(なんて、密度……!?)

 

 福音の攻撃の特筆すべきは、威力でも命中精度でも、その発射速度だった。まるで雨のように降り注ぐそれを回避するのは困難を極めた。ダメージを受けつつも、一夏は反撃へと転じる。

 

「箒、左右から同時に攻めるぞ。左は頼んだ!」

「了解した!」

 

 二人は散開すると、それぞれの方向から攻撃を仕掛ける。

 

「一夏、こいつの動きは私が止める!」

「分かった!」

 

 箒は両手に《雨月》と《空裂》を構えると、背部スラスターを全開にして一気に加速する。刺突と斬撃と連動して発射される光線とエネルギー刃、さらに腕部展開装甲のエネルギー刃を駆使して攻撃を仕掛けた。さしもの福音も、ついに防御し始めた。

 

「La……♪」

 

 歌うようなマシンボイス。それに合わせて全ての砲門が開いた。全方位を向いた計三十六もの砲門が、発射される。

 

「やるな! だが、押し切る!!」

 

 箒はその砲撃すらも全て回避し、距離を詰め、福音を蹴り飛ばした。

 ついに出来た、明確な隙。斬り込むなら、今しかない。

 

(あれは――!?)

 

 一夏の目に、あるものが映った。

 

「うおおおおおっ!」

「一夏!?」

 

 ――反射的に、一夏はそれと真逆の方向に飛んでいた。一夏は瞬時加速(イグニッション・ブースト)と零落白夜を使って、一つの光へ向かい、それをかき消した。

 

「何をしている!? せっかくのチャンスを――」

「船だ! 船がいるんだ! くそっ、海は先生たちが封鎖しているはずなのに――!」

 

 何故封鎖を無視してこんな場所にいるのかは分からない。だが、一夏にはその一隻を見捨てることができなかった。

《雪片弐型》の光の刃が消えて、展開装甲が閉じた。つまり、エネルギー切れである。

 白式のエネルギー切れ。それは作戦の失敗と同義であった。

 

「馬鹿者! そんなくだらん船などを庇って! そんなやつらを―――」

「違う!!」

 

 一夏は怒鳴った。箒はびくっと身を震わせた。

 

「違う、違うぜ箒! そんなやつら? 違う。そんな言葉で片付けちゃダメだ。そんな悲しいこと言うな。力を手にした途端に、弱いやつらのことが見えなくなっちまうなんて、お前らしくもねえ、全然らしくねえ!」

「ッ――!!」

 

 箒の動きが、止まった。その表情は動揺で蒼白になり、目の前にいる福音に焦点が合っていない。

 

「わ、私は、私は――」

 

 何か言葉を呟く箒。手から刀が滑り落ち、それが光の粒子となって消えた。

 

(今のは……具現維持限界(リミット・ダウン)!? まずいっ!!)

 

 武装の維持が限界に達したということは、それはエネルギー切れを意味する。そして、エネルギーの無いISアーマーは、恐ろしく脆い。

 

「くっ、間に合え――!」

 

 無情にも、福音のウィングスラスターは全て箒へと向けられていた。一夏は最後のエネルギーを振り絞り、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動――できなかった。

 

(エ、エネルギーが、足りない!?)

 

 白式のエネルギーも限界を迎えていた。

 一夏の目に前に広がる、絶望的な状況。福音を倒すことも、箒を助けることも、身代わりになることもできない。ただ、箒が撃たれるのを待つのみ。

 

「箒いいいいーっ!!」

 

 幼馴染福音の砲門から光が放たれ、それが紅椿を襲った。

 ドドドドド、凄まじい爆発が、起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふぅっ」

 

 煙が晴れたとき、箒と福音の間には巨大な「壁」が立ちはだかっていた。

 

「こ、これは……!?」

 

 その壁の後ろには、蒼と赤の機体があった。

 

「ギリギリ間に合ったな」

「ええ」

 

 現れたのは、エネルギーフィールドを展開した翔と、その後ろでライフルを構えるセシリアだった。

 

「か、翔、セシリア!? どうして……っ!?」

「話は後だ。お前たちはとにかく戻れ。エネルギーはほぼゼロだろう?」

 

 一夏と箒には既に戦闘できるほどのエネルギーは残っていない。

 

「いいから、早く離脱しろ。狙い撃ちにされるぞ?」

「あ、ああ……」

 

 一夏は、まだぼーっとする箒の手を引いて、徐々に戦闘区域から離れていく。二人が安全な距離に退くまで、翔は無言で福音と正対して牽制していた。

 

「さて、選手交代だな。――連携は?」

「完璧でしょう? 何のために訓練してきたと思っていますの?」

 

 二人は笑い合うと、気を引き締めて福音を睨む。

 

「すまないが、《飛燕》は二基までしか使えない。さっきの一撃でかなり深刻なダメージを受けたようだ」

 

 《飛燕》は刃が欠けていたり、中には完全に破壊されたものもあった。だが、福音の一斉射撃の直撃を受けて、それを防ぎきったのだから、《飛燕》の防御力の高さが伺える。

 

「問題ありませんわ。それは寧ろ、お互いに動きやすくなったということではなくて?」

「それもそうか」

 

 自信に満ちたセシリアの返答が、翔にはとても頼もしかった。

 

『新たな敵機確認。迎撃行動を継続』

 

 福音はついに翼を開いて、二人へと向かってきた。

 

「来るぞ、セシリア!」

「はいっ!」

 

 二つの蒼と銀が空で激突した。


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