IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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 ところで、俺には両親がいない。物心がついたときからそうで、俺は孤児院で育てられた。孤児院から小学校に通い、そこで一夏と友達になり、箒と仲良くなった。しかし小学校三年生になったとき、俺は引っ越した。仲の良かった一夏と箒と別れるのが本当に苦痛で、俺は離れるのを嫌がった。それを「親」が無理矢理に封じ込め、どこかも分からない、別の場所へ移動した。もはや引っ越した、というよりは連れて行かれたという方が正しいかもしれない。何故そうしなければならなかったのか、それは覚えていない。実は、そのあと約一年間の記憶が無いのだ。

 ……と、それはさておき。

 

「わざわざすまないな、箒」

「いや、いい。きっとここの方が落ち着いて話せる」

 

 夕日の沈む、放課後。俺は箒を屋上に呼び出していた。周りには誰もいない。今屋上には俺たち二人だけだ。

 二人で話さなければいけないことは、束のことに他ならない。誰かを交えて話すのはふさわしくないと思ったから、こうして屋上で話すのだ。

 

「いや、箒とも一度話すべきだと考えていたんだ。俺と、束のことを」

「翔と姉さんは、何かあったのか?」

「……ああ」

 

 束と一緒だった六年間。何かあった、というには長すぎる時間だ。

 

「俺は、束の弟子と表向きはそういうことになっている。が、実際は違う。本当はそうじゃない。俺は、束に拾われたんだ。あのときに」

「拾われた? 姉さんに?」

「ああ。……俺はな、引っ越したんじゃない。連れて行かれたんだ。そしてそのあと、捨てられた」

「!」

 

 俺を連行した「親」は、俺を捨てた。やはり何故かは覚えていない。だが、俺が捨てられていたところを、束に救われたことだけは鮮明に覚えている。その後束に付き添い、世界中を転々と旅をしてきた。そして、一夏と箒に会いに、ここに来た。それをきちんと話した。

 

「なるほど。そういうことだったのか……」

 

 箒は納得してくれた様子だ。

 まあ、身の上話はこの辺にしよう。そのあとの話など、結局束の世話が大変だったことで終始する。本題はむしろこれからだ。

 

「箒」

「なんだ?」

「束と、仲直りできないか?」

「…………」

「束は、お前とまた仲良くできることを望んでいる」

 

 誰にも言わないが、俺には分かる。箒のことを話す束は、とても楽しそうだった。世界中のどこにいても、束は箒のことを気にかけていた。 

 束は天才ゆえか人付き合いが嫌いで、気に入った相手以外とはほとんど話さない。束が普通に接する人間は、はっきり言って俺、一夏、箒、千冬さんの四人だけだ。自分の親でさえ入っていない。その中で、俺は千冬さんの次に束と過ごしてきた時間が長い。これでも俺は、少なからず束のことを理解しているつもりだ。束がしばしば箒のことを気にかけていたのは、よく知っている。

 箒は複雑な表情をしながら、ぽつぽつと語り始めた。

 

「尊敬はしている。世界的に優秀な科学者で、ISを作った人だからな」

 

 だが、と箒は続けた。

 

「――姉として好きになるのは、無理だ」

「……そうか」

 

 肉親への消せない情と、それ故の憎しみ。それへの戸惑い。箒の言葉からは、それらがにじみ出ていた。箒の束に対するわだかまりは深いことは、よく分かる。だが、それでも構わない。徐々にでいい。少しずつ、近づいていくことができれば。

 

「まあ、とにかくこれからもよろしくな」

「……ああ」

 

 この六年、いろいろあったが、俺たちは偶然この場所に集まった。きっと、何かが巡り合わせてくれたのだろう。

 

「俺も協力は惜しまないつもりだ」

「な、何にだ?」

「決まっている。一夏のことだ。今でも好きなんだろう?」

 

 俺の言葉を聞いた瞬間、箒の顔がボンッと真っ赤に染まる。

 

「な、なななな、何のことだッ!? わ、私は、別にっ!」

 

 動揺しまくっている箒。図星なのがバレバレではないか。

 

「それに、バレてないとでも思ってたのか?」

「……な、何のことだ」

「ここの教室に入ってから、何度も一夏のことを見ていただろ」

「!!」

 

 箒の顔が、ぷしゅー、と湯気が出そうほど赤い。

 

「それで、お前がまだ一夏を好きだと確信した。まあ安心しろ、出会ったときから、お前が一夏にずっとホの字なのは良く知ってる」

「うぅ……」

 

 照れる箒。可愛いじゃないか。

 小学生のころ、一夏のことを好きな箒は一夏の気を引こうと一生懸命になっていた。そのために俺がいろいろ手を焼いていたのだ。その初恋がどうなっているのか、気になってはいたのだが。箒は想いを捨てず、健気にちゃんと温めていたようだ。

 

「じゃ、じゃあ、翔は、私の味方なのか?」

 

 箒は赤い顔を手で隠しつつ、俺に聞く。その答えは決まっていた。

 

「当たり前だろう? 俺はお前の幼馴染なんだからな。できることは協力しよう」

「あ、ありがとう」

 

 まあ、箒の健気な想いが成就することを願おう。そのための協力は惜しまないつもりだ。

 女性が苦手な俺を、束は女性だらけのIS学園に放り込んだ。そのことに対する文句は山ほどあるが、一夏と箒に会わせてくれたことにだけは感謝している。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 箒と別れ、一夏と合流した俺はせっかくなので学校を見て回ることにした。その間、俺たちは他の生徒からの何百何千という視線を浴び続けたわけだが、女性が苦手な俺はじんましんが出そうな思いだった。一夏はそういうことに基本的に鈍いので「うわあ、すっげー見られてんなあ、困っちゃうなー」ぐらいの反応だったが。

 時間も遅くなったので、寮に行くことになった。当然、女しかいないはずのIS学園に男子寮など存在するはずもなく、女子生徒(というのがそもそもおかしい表現なのだが)と同じ寮である。

 HRでもらった鍵に書いてある番号、一〇三一号室。これが俺の部屋になる。

 

「一夏は何号室なんだ?」

「俺は……一〇二五室」

 

 別の部屋だった。おかしい。寮の部屋は二人一組と聞いたのに。普通なら俺と一夏が同室になるのが道理だ。それなのに何故別の部屋なのだろうか。

 

「じゃあ、ここでお別れってことだな」

「そうなるな」

 

 一夏は奥の部屋へと歩いていった。若干の不可解さを残しつつも、俺も自分の部屋へ向かう。

……さて、どうなるか。俺はロックを解除し、ドアを開いた。

 

「……一人、か」

 

 俺は個室か。どうやら二人で使う部屋を無理矢理個室にしたらしい、ベットが置いてあったおかげか色が違う床など、その名残が随所に見られる。一人で使うには十分すぎるスペース、トイレとシャワールームがセパレート、簡易キッチン付き。ふむ、いい部屋だ。なかなか気に入った。

 惜しむらくは俺の荷物が非常に少ないことだ。俺がここに来るにあたって持ってきたものと言えば、愛用の鍋やフライパン、包丁などの調理器具、読書用の文庫本、最低限の服と靴、それくらいである。料理以外の趣味が特にないのが問題だった。このままでは元二人部屋の広さは持て余してしまうだろう。

 

「まあ、それはまたあとでいいか……」

 

 想像以上に疲れていたらしく、ベッドに寝転がると一気に眠気が襲ってきた。ああ、慣れない。こんなに女性が大量にいるなんて。鳥肌が引いたと思えばすぐ出る。鳥肌も疲れきっているに違いない。

 改めて言うが、俺は女性が苦手だ。それがどういうことかと言えば、具体的に言うと触れないのだ。触った途端に体温が急上昇し、電流が全身を流れるような感覚が襲い、思考が止まる。誤解が無いように言っておくが、昔はそんなことはなかった。束と生活し始めた頃だろうか、買い物でつり銭を受け取ったとき、売り場の女性の手のひらに触れたときに嫌な違和感を覚えたのが始まりだ。以降段々と酷くなり、今では数人に囲まれるだけで悪寒が走るようになってしまった。ちなみに、束は問題ない。恐らく俺のセンサーがヤツを女性と判別しないのだろう。確かに、束はもはや性別という枠程度では計れない存在である。まあ嬉しい限りだ。俺が容赦なく殴れるのだから。

 IS学園。女好きの男からすれば天国に等しいだろうが、生憎俺は女性が苦手である。俺にとってはこんな環境、地獄以外の何物でもない。あのセシリア・オルコットとかいう面倒な女の存在もあり、とにかく神経のすり減った一日だった。案の定、穏やかな生活とは程遠い毎日になりそうだ。

 と、思ったら廊下の方から何やらどたばたと物騒な音が聞こえる。

 

「ご、誤解だってぇー!」

「このっ、逃げるな一夏ぁあ!」

「…………」

 

 箒の怒声と、一夏の悲鳴だった。これは俺の勝手な推測だが、多分一夏が箒と同室になって何かやらかしたのだろう。一夏は昔からトラブルメーカーだった。そうなったとしても何ら不思議ではない。

 しかし、先生もなかなか際どい組み合わせをするものだ。箒は昔からずっと一夏に好意を抱いているというのに。突然好きな男が自分と同室になったら取り乱しもするだろう。落ち着けないに違いない。

 

「こんばんはー」

 

 コンコン、とドアがノックされた。山田先生の声だ。副担任の山田先生が様子を見に来たらしい。ベッドから起きてドアを開いた。

 

「あ、天羽君~。どうですか、部屋は」

「いい部屋ですね。気に入りました」

「そうですか。それは何よりです」

 

 にこにこして山田先生が言った。しかし、こうして目の前にいると本当に小さいな。俺との身長差、三〇センチはあるのでは。

 

「それで、俺が一人部屋の理由は?」

「ああ、それはですね~」

 

 山田先生に事情を聞いたところ、俺が個室になった理由は、俺の入学が突然過ぎたため、部屋が同じになるパートナーがいなかったかららしい。で、仕方なく俺に個室を与えた、とのことである。

 えらく恣意的だな。部屋割りなんぞデータをいじればすぐ終わることだ。もっと別の理由があるんじゃないのか? まあ、いい。今は追求するタイミングではないし、何より俺が疲れていて思考するのがだるい。

 

「それじゃあ、お休みなさい」

「はい」

 

 山田先生が出て行ってすぐ、俺は倒れこむようにベッドに沈んだ。何もする気にならなかった。普段なら料理をしているところだが、今日は材料もない。寝ろと体が訴えてくるのに、疲れた脳は逆らえなかった。結局、寝落ちしてしまった俺だった。


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