IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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お待たせしました、本日より激動の第六章投稿開始です。


第六章 ゴスペル・ダウン
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「さて、全員集まったか」

 

 旅館の宴会用の座敷の一室には作戦本部が設置され、俺たち専用機持ちの七人は、そこに集められていた。いつもの緩んだ雰囲気はどこにもなく、専用機持ちとしての責任と誇りに満ちた表情をしていた。ただ一人を除いて。――そう、箒を除いては。

 専用機を得て初の任務だからか、どこか浮ついた印象を受ける。専用機を貰ったのが、というよりは新しい力を得たのが嬉しいのは分かるが、少し浮かれすぎではないかと思う。 

 

「では状況を説明する」

 

 そんな俺の心配を他所に、織斑先生の説明は続いていく。

 中央の大型ディスプレイに映像が現れ、そこに一機のISが表示された。

 

「二時間前、ハワイ沖で試験稼動にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの情報が入った」

 

 なるほど。軍用ISの暴走事件、か。

 

「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから二キロ先の空域を通過することが分かった。時間にして五十分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった。教員たちは学園の訓練機を使用して海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」

 

 話は分かった。要するに、軍用ISの暴走事件発生により、専用機持ちが事態の収拾に当たれということだ。

 

「質問がある者は挙手しろ」

 

 俺は真っ先に手を挙げた。続いて、セシリアと鈴音も手を挙げた。

 

「では、天羽。何だ?」

「目標の詳細なスペックデータを要求します」

 

 戦いに於いて、何より重要なことは「相手を知ること」である。見ず知らずの相手と戦うのと、情報がある相手と戦うのでは全く違う。今回の場合、敵の情報は絶対にゼロではない。開発されたISである以上、そのデータは必ず存在するからだ。もし情報があるのなら、聞いておくに越したことはない。他の二人も同じことを思っていたようで、俺の質問が上がるとすぐに手を下げた。

 織斑先生は決して口外するな、と入念に釘を刺して、データを開示した。

 

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……私や翔さんと同じオールレンジ攻撃を行えるようですわね」

「攻撃と機動の両方に特化した機体ね。厄介だわ。しかもスペックではあたしの甲龍を上回っているから、向こうの方が有利……」

「この特殊武装が曲者って感じはするね。ちょうど本国からリヴァイヴ用の防御パッケージが来てるけど、連続しての防御は難しい気がするよ」

「しかも、このデータでは格闘性能が未知数だ。持っているスキルも分からん」

「暴走してどの程度の動きをするかは分からんな。滅茶苦茶な動きをするならまだしも、しっかり訓練されている動きをするならまずいかもしれない」

 

 俺たちは意見を交し合った。現段階で言えることは、機体スペックが高く、広域殲滅型というコンセプトから、一対多が得意な機体であることだ。第三世代兵器の存在も気になる。

 一夏は話についていけないらしく、不自然に視線を泳がせていた。

 

「偵察は行えないのですか?」

「無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。アプローチは一回が限界だろう」

 

 時速は二四五〇キロを超えているそうだ。それは一度通過されたらもう二度と追撃ができないということでもある。

 

「一回きりのチャンス、ということはやはり一撃必殺の攻撃力を持った機体でなければいけませんね……」

 

 山田先生の一撃必殺、という一言で、全員が一夏の方を向いた。

 

「え……? 俺……!?」

「そうよ、一夏。あんたが零落白夜で落とすのよ」

「それしかないな。ただ、問題はそこまで一夏をどうやって運ぶか。エネルギーは全て攻撃に割らないといけないだろうから、移動に使っている余裕は無い」

「そうなれば、目標に追いつけるだけの速度が出せるISでなければいけない。さらには超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! お、俺が行くのか!?」

「当然」

 

 俺たち五人の声が重なった。

 

「一夏、これはお前が一番適任なんだ。俺たちの中で、攻撃力だけならお前は最強だからな」

 

 これは紛れも無い事実だ。単純な一撃の攻撃力なら一夏、俺、シャルル、鈴音、ラウラ、セシリアの序列になる。一応俺が一夏に次いで攻撃力が高い。俺も《鳳凰》の最大出力形態(バーストモード)があるにはあるが、あれは発動させるのに時間がかかる上、融通が利かない。しかもそれ以降反動で動けなくなるデメリットがある。

 

「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。もし覚悟がないなら、無理強いはしない」

「…………」

 

 織斑先生にそう言われた一夏は、自らを叱咤激励し、言った。

 

「――やります。俺が、やってみせます」

 

 一夏らしい、真っ直ぐな言葉。それに、良い目だ。

 

「よし、それでは作戦の具体的な内容に入る。現在、この専用機持ちの中で最高速度が出せるのは誰だ?」

 

 そこでセシリアが挙手した。

 

「それなら、私のブルーティアーズが。ちょうど本国から強襲用高機動パッケージ、『ストライク・ガンナー』が送られて来ていますし、超高感度ハイパーセンサーもついています」

 

 セシリアの説明が続く。

 通常ISはこの『パッケージ』と呼ばれる換装装備を持っている。パッケージによって、ISは様々な作戦の遂行が可能になるのだ。セシリアの場合は、機動力を強化するパッケージを装備するらしい。

 

「オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は?」

「二十時間です」

「ふむ……。それならば適任――」

「待った待ーった。ちょっと待ったなんだよ~!」

 

 織斑先生の言葉は遮られた。――束の出現によって。

 声のした上の方を見ると、束の頭が天井から生えていた。

 

「……山田先生。室外への強制退去を」

「もし無理ならコード類で首を締め上げても構いません」

「いやいや死んじゃうよ、しょーくんッ!?」

 

 織斑先生の指令に一言加えておいた。束にはやりすぎぐらいがちょうどいいのだ。

 山田先生は降りてください、とは言ったが、束はそれを無視し、とうっ、と声を上げて着地した。

 

「ちーちゃん。ちーちゃん。もっといい作戦が私の頭の中にナウ・プリンティン――」

 

 ごすっ

 

 思わず手が出る。織斑先生はともかく、俺には二秒が我慢の限界だった。

 

「いたぁい!? いきなりの拳骨!?」

 

 頭を押さえて蹲る束の首根っこを掴んで、俺は部屋の外へつまみ出す。 

 

「出て行け部外者」

「何を言ってるのさしょーくん! ISの開発者であるこの束さんが部外者なわけがないじゃないかぁ~」

「そんな屁理屈は要らん」

「ま、待って!? しょーく~~~ん!!」

 

 俺は問答無用で放り出した。さて、ゴミの処理完了。

 

「これでよろしいですか、織斑先生」

「よくやった」

 

 さて、これでもう一度ブリーフィングを――。

 

「ふ、甘いねしょーくん。この程度が私が去るとでも思っているのかなぁ?」

「…………」

 

 今度は床から現れた。俺は頭を抱えた。

 

「……どうします?」

「……話だけでも聞いてやるとしよう」

 

 つまりは諦めた、ということだ。

 

「だから、聞いて聞いて! ここは断・然! 紅椿の出番なんだよっ!」

「なに?」

「紅椿のスペックデータを見てみて! パッケージなんかなくても超高速機動ができるんだよ!」

 

 束の言葉に呼応して、ディスプレイに紅椿のスペックデータが表示された。

 

「紅椿の展開装甲(てんかいそうこう)を調整すれば、機動はばっちり!」

「展開……装甲……?」

「ふふふふふ。いっくん、驚いているね。ならば教えてあげよう! この束さんによる第四世代型IS、紅椿とは!」

 

 第四、ということばに全員が目を丸くした。

 

「第一世代っていうのは、『ISの完成』を目標にした機体。で、第二世代が『後付武装による多様化』。そして第三世代っていうのが、『操縦者のイメージ・インターフェースを利用した特殊兵器の実装』。空間圧作用兵器にBT兵器、AICなんかがそれだね。――第四世代は、『パッケージ換装を必要としない万能機』という、現在絶賛机上の空論中のもの。はい、いっくん理解した?」

「え、えっと……。はい……」

 

 頭の上にはてなが見える。一夏がちゃんと理解したかは疑問である。

 

「展開装甲というのは、束さんが開発した、第四世代兵器なのだよ! そしてその展開装甲は白式の《雪片弐型》にも使用されていまーす」

「えええーっ!?」

 

 俺と織斑先生を除いて全員が驚いた声を上げた。それも当然だ。

 

「ちなみに、展開装甲はしょーくんの蒼炎の《荒鷲》、《飛燕》にも実装されているんだよ。つまり、いっくんの白式と、しょーくんの蒼炎は第四世代機ということになるね。そして、紅椿は全身展開装甲を実現した機体なのさ」

 

 俺の蒼炎に展開装甲が装備されているのは知っていた。

 蒼炎は展開装甲を実装した初の機体だ。言うなれば、後発第四世代機体のプロトタイプとも言うべき機体。そして白式の装備された展開装甲を経て、発展させた展開装甲が紅椿に組み込まれているらしい。

 

「紅椿の展開装甲は、蒼炎、白式に装備されたそれのさらなる発展型で、攻撃・防御・機動と用途に応じて切り替えが可能。これぞ第四世代型の目標である即時万能対応機(リアルタイム・マルチロール・アクトレス)ってやつだね」

 

 全員の驚きを隠せない。当然とも言える反応だ。

 考えてもみて欲しい。今現在世界中で躍起になっているIS開発。優秀な人材を何人も登用し、あらゆる技術を高めて、そのテクノロジーの粋を集めたもの。その最先端が、第三世代型である。各国が心血を注いで作り上げたそれを、束はいとも簡単に乗り越えてしまったのだ。多少時間はかかったようだが、逆に言えば、「多少」レベルの時間さえかければ、世界の全てを上回る技術を創り出せるということだ。各国の努力が、馬鹿馬鹿しく思えてくる。

 

「紅椿の完成度は高いよ~。何故なら、同じ第四世代型で『接近戦を主とした万能型』という似たコンセプトを持つ蒼炎のデータを全面的にフィードバックしてるからね。そういう意味で言うなら、紅椿は蒼炎の発展進化させた機体とも言えるかな」

 

 束は最近紅椿の開発に没頭していたのだろう。だから俺との連絡を取る時間すら無かった、と。

 

「やりすぎだぞ、束」

「えへへ~、ついつい」

 

 本当に恐ろしいやつだ。ついつい、で世代を飛び越えてしまったのだから。普段いかにちゃらんぽらんであろうと、こいつを天才だと認めざるを得ないのはこういう部分があるからだ。

 

「……束。紅椿の調整にはどれほど時間がかかる?」

「調整時間は七分あれば全然オッケー★」

 

 七分、か。凄まじいスペックだな、紅椿。

 

「では、今回の作戦は、篠ノ之、織斑両名で行うものとする。作戦開始は三十分後。各員、直ちに準備にかかれ」

 

 はい、という返事で、全員が動き始めた。束が目にとまらぬスピードで外へ出ると、専用のラボで紅椿のメンテナンスを開始した。

 俺も、どこか浮ついた表情の箒を横目に行動を開始する。俺にもやることができた。

 

『セシリア』

「はい?」

 

 セシリアにプライベート・チャネルで通信を送り、手招きする。セシリアを全員の耳から遠ざけて、俺は話し始めた。

 

「高機動パッケージの量子変換(インストール)は終わっているのか?」

「ま、まだですわ」

「なら、急いでやろう。俺も手伝う」

「わ、分かりましたわ。ですが、何故ですの? わたくしは今回の作戦には……」

「保険だ」

「保険?」

 

 頭に疑問符を浮かべるセシリアに、俺はこう言った。

 

「――作戦が失敗したときの、な」

「え!?」

 

 しっ、とセシリアに指を立てる。良かった、周りは気づいてない。

 

「……見たか? 箒のあの様子。ふわふわして落ち着きが無い」

「た、確かにそうですが……。で、ですが失敗するだなんて」

 

 俺もそう思いたい。俺も最初はあのブリーフィングまでに箒の様子が変わっていたのなら、安心して任せられただろう。だが、どうやらそんなこともなかったらしい。

 一度決定したことを蒸し返すのも良くないからさっきは黙っていたが、あのままでは何か起こってもおかしくない。だから、セシリアの協力が必要なのだ。もし失敗したら、俺たちでもう一度叩きに行くために。

 

「セシリア、これは君にしか頼めない。協力してくれるか?」

 

 これは命令無視も承知の上でのことだ。命令無視なので、成功しても厳罰は免れない。もし、罰せられるなら俺がそれを一身に引き受けよう。

 セシリアは一瞬の逡巡ののち、大きく頷いた。

 

「――分かりました。できる限り急ぎましょう」

「ありがとう、セシリア」

 

 俺は笑って礼を告げた。セシリアが協力的であってくれるのはとても助かる。俺にはないものを、たくさん持っている彼女だから。

 

「(……もう、『君にしか頼めない』だなんて言われたら……断れるわけがないではありませんか……)」

 

 頬を赤く染めて、セシリアはぶつぶつと何かを言っていた。

 

「何か言ったか?」

「い、いいえ、何も!」

 

 なら、いいのだが。

 

「とにかく、急ごう」

「ええ、そうですわね!」

 

 俺たちは大急ぎで作業に取り掛かった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 時刻は、十一時半。よく晴れた七月のこの時間は、灼熱の太陽が一夏たちの肌を焼く。

 この炎天下で、ついに作戦が発動されようとしていた。

 

「来い、白式」

「行くぞ、紅椿」

 

 砂浜の上に立つ一夏と箒。二人の声に答えるように、白式と紅椿の装甲が二人を包み込んでいく。瞬く間に二人はそれぞれ純白と紅の装甲に包まれ、PICの作動と同時に宙に浮く。

 一夏は白式の調整が万全であることを確認すると、隣に浮遊する箒へと話しかけた。

 

「じゃあ、箒。よろしく頼む」

「本来なら女の上に男が乗るなど私のプライドが許さないが、今回だけは特別だぞ」

 

 箒は身に纏った紅の装甲の動きを確認しながらそう言った。だが、その口調がどこか上ずったものであった。

 

(大丈夫か、箒……?)

 

 一夏もそれを敏感に感じ取っており、その違和感は不安となって一夏に降り積もっていた。

 

『織斑、篠ノ之、聞えるか?』

 

 オープン・チャネルで、千冬からの通信が入った。一夏は気を引き締める。

 

『今回の作戦の要は一撃必殺(ワンアプローチ・ワンダウン)だ。短時間での決着を心がけろ』

「了解」

「織斑先生、私は状況に応じて一夏のサポートをすればよろしいですか?」

『そうだな。だが、無理はするな。お前はその専用機を使いはじめてから実戦経験は皆無だ。突然、なにかしらの問題が出るとも限らない』

「分かりました。できる範囲で支援をします」

 

 らしくない会話だった。箒は先ほどからずっと話し続けているのだ。あまり口数の多くない普段の箒を鑑みれば、箒の会話はもはや「無駄話」の域なのでは――?

 

『織斑』

「はい」

 

 千冬からプライベート・チャネルで連絡してきた。つまりは、箒に聞かれないようにということを意味する。

 

『どうやら篠ノ之は浮かれているな。あんな状態では何かをし損じるやもしれん。いざというときはサポートしてやれ』

「分かりました。ちゃんと意識しておきます」

 

 一夏はそう答えると、箒の上へ移動して、肩に掴まった。

 

『では、はじめ!』

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 作戦開始のその様子を、俺は複雑な表情で見つめていた。

 

「失敗しなければいいが……」

 

 心では願うものの、実際はどうなるか分かったものではない。

 戦いに「絶対」はない。どれだけ周到な準備をしようとも、一〇〇パーセント成功するとは限らないのだ。その上、今回は箒の集中力という不安要素と、敵ISの未知の戦闘能力という不確定要素がある。これだけの要因がある以上、油断はできない。

 

「セシリア、いつでも出撃できるように、準備しておいてくれ」

「了解ですわ」

 

 最悪の事態には絶対にしてはならない。俺には、IS学園を護るという使命があるのだ。尤も、そんな使命以上に、俺は仲間の――幼馴染の安全の方が大切だ。大切な、仲間たち。そのためになら、何でもやるつもりだ。

 何としても、護ってみせる。俺は決意を新たに、首にかかる蒼炎(相棒)をゆっくりと撫でた。


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