IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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 合宿二日目。

 遊び中心であった一日目とは打って変わって、今日は朝から晩までIS操作の実習、各種装備試験運用と、データ取りの一日だ。特に専用機持ちは各国から専用のパッケージが送られてきているので、大変なはずだ。

 はずだ、というのは、俺には関係のないことだからである。俺の蒼炎にパッケージなんてものは存在しない。まあこれは後で話そう。

 今俺たちは全員で集まって並んでいる。昨日までのふわふわした雰囲気は跡形も無く、今は全員が真剣な表情だ。

 

「さて、ようやく集まったか。――おい、遅刻者」

「は、はいっ」

 

 ラウラは背筋をぴっと伸ばすと、覚悟を決めたように息を飲む。

 珍しいことに、ラウラが寝坊して遅刻してきたのだ。ドイツにいた頃を思い出したのか、駆け込んできたときのラウラの表情は、まさしくこの世の終わり、と言った様子だった。織斑先生の制裁の恐ろしさは身に染みて分かっているだろう。

 

「そうだな、ISのコア・ネットワークについて説明してみせろ」

「は、はい。コア・ネットワークというのは――」

 

 ラウラの説明が続く。

 コア・ネットワークとは、広大な宇宙空間での通信システムとしてISのコア間でネットワークを形成しているシステムで、基本的に全てのISが持っているものだ。オープン・チャネルやプライベート・チャネルなどの機能もこれの一部だ。操縦者同士の意識が共鳴し、相互意識干渉(クロッシング・アクセス)――言ってしまえば二人だけの空間のようなものを作り出すこともあるという。

 このことは俺も半信半疑だったのだが、この前のVTシステムの事件のとき、身を以って体験することになった。あのラウラと二人で話したときは、恐らくこれが起こったのだと思う。

 束はこのことを把握できていないらしい、というより多分する気もないのだろう。人と人との繋がりとか、そういったことにアイツは興味を示さない。束が他人に興味を示すのは、妹の箒、織斑先生、一夏、俺のみだ。

 

「以上です」

「ふむ、流石に優秀だな。今回のことは不問にしよう」

 

 ラウラは心から胸をなでおろしたようだった。

 

「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員迅速に行え」

 

 はーい、と返事をする生徒たち。全員がさささとすぐに移動する。

 

「ああ、篠ノ之。お前はちょっとこっちに来い」

「はい」

 

 織斑先生に呼ばれて、箒は手を止めて走っていく。

 

「お前には今日から専用――」

「ちーちゃ~~~~~~~~~~~~ん!!!」

 

 こ、この声は……。

 どどどどどと斜面を凄まじい速度で駆け下りてきたのは、世界を変えた張本人にして、ISの開発者。永遠の変質者、稀代の天才、そして、俺の保護者こと――。

 

「束!!」

「やあやあ! 会いたかったよちーちゃん! さあハグハグしよう! 愛を確かめ――ぶへっ!?」

 

 束のセリフはここで終わった。俺のとび蹴りが、奴の顔面にめり込んだからである。俺の一撃を受けた束は、派手に吹っ飛んでごろごろと転がった。

 

「い、いたいよぉ~、しょーくん! 久しぶりに会ったのに、なんてことするのさぁあ~!」

「お前というやつは!! 連絡もせずにのこのこと!!」

「いやいや、今回は用事があって来たのでした~」

「だったら俺に何故言ってこない! 俺がどれほど心配したと思っている!」

 

 俺と束はコア・ネットワークのようなもので繋がっている。それが切れていなかった以上、少なくとも束は生きていることの証明にはなる。だがそれと無事かどうかは別問題だ。生きているだけで捕まっていた可能性もある。

 

「えへへ、ごめんごめん。忙しくてねぇ~」

「頼むからこれからはやめてくれ」

「了解なのだ~!」

「…………」

 

 相変わらずの真剣さが感じられない返事。イラっとした。

 

「むふふふ、それにしてもしょーくん、女にもまれていい男になったねぇ!」

 

 ぐわしっ

 

「い、痛い痛い痛いぃぃ~!? 本気のアイアンクローでシメないでぇ~!」

「黙れ! この数ヶ月俺がどれほど泣きそうになったと思っている!?」

「うーん、軽く五十回ぐらい?」

 

 メシメシメシ……

 

「いたたたたたたぁ~!? 顔が、顔が歪んじゃうよぉ! 愛すべきしょーくんによって天才の顔が歪まされているぅ~!?」

「歪め! 大体こんなことになったのもお前のせいだ! それにお前、また夜更かししていただろう! あれほどダメだと言っていたのに、まだやるかこの馬鹿保護者がっ!」

 

 ぐぐぐ、と手に込める力をさらに強める。

 

「いたたあ~!? ご、ごめんなさぁ~い!」

 

 やっと真剣に謝ってきたので、束を開放した。

 

「う、ううぅ、トラウマになるぅ……。あっ! そうだ、箒ちゃ~ん!」

「……どうも」

 

 箒は引き攣った顔で挨拶した。

 

「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが」

 

 がんっ

 

「殴りますよ」

「な、殴ってから言ったね!? もう、束さんの体が持たないよぉ~」

「安心しろ。お前がそんな簡単に死んでくれるはずがない」

「それもそうだね!」

 

 織斑先生の言うとおりである。束がもっと簡単に死んでくれたのなら楽だったのにと思う場面は多々ある。本当に何なのだろうか、こいつのこのゴキブリ並みの生命力は。

 この一連のやりとりで、周りの生徒たちは唖然としていた。無理も無い。目の前にいるのは篠ノ之束と、その束と平然と会話をして、その上束を殴る俺たちなのだから。

 

「おい、束。自己紹介くらいしろ。うちの生徒たちが困っている」

「えー、めんどくさいなぁ。私が天才の束さんだよ、はろー。終わり」

 

 極めて簡潔、というか手抜きとも言える自己紹介であった。

 束はこういうやつである。興味のある人間以外には驚くほど冷たい。俺もそれとなく避難してみたが、全く気にしていない様子だった。織斑先生も呆れを隠せない様子だ。頭を抱える仕草で簡単に分かった。

 

「ほら、お前ら。こいつのことは無視して作業を続けろ」

「うわ、そいつは酷いなぁ、ちーちゃん」

「黙れ」

 

 二人の漫才は止まることがなく、他の生徒たちは横目でちらちら様子を確認しながら作業を続けていた。

 

「そ、それで頼んでいたものは……?」

 

 躊躇いながら、箒はおずおずと束に話しかけた。

 

「うっふっふ。それはすでに準備済みだよ。大空をご覧あれ!」

 

 束の言葉と共に、空から金属の塊が飛来してきた。

 ズズーン、と派手な音を立てて砂浜に落下したそれは、形を変えると、中からあるものを出現させた。

 

「じゃじゃーん! これこそが箒ちゃん専用機こと『紅椿(あかつばき)』! 全スペックが現行ISを上回る束さんお手製ISだよ!」

 

 現れたISは、真紅のIS。『紅』の名に恥じないその色は、太陽の光を生き生きと反射させていた。

 しかし、現行ISを全スペックで上回る機体か。やりすぎじゃないのか、束。

 

「さ~て、すぐにパーソナライズとフィッティングを始めようか、箒ちゃん!」

「……お願いします」

 

 紅椿の装甲が左右に開き、操縦者を受け入れるスペースを作る。そこに箒が乗り込むと、各種装甲が箒に取り付いていく。束がコンソールに目にもとまらぬ速さで情報を入力していく。

 

「近接戦闘を基礎に万能型に調整してあるから、すぐに馴染むと思うよ。あとは自立支援装備もつけておいたからね! お姉ちゃんが!」

 

 やたらと最後の「お姉ちゃん」が強調されていた。

 

「それは、どうも」

 

 相変わらず非常にそっけない態度だ。それでも取り繕おうとしているのが俺に伝わるあたり、完璧に感情を隠せているわけではなさそうだ。

 

「ねえねえ、篠ノ之さんって、あれがもらえるの? 身内ってだけで」

「だよね、ちょっとずるいよねぇ」

 

 そんな様子を見て、女子たちからそんな声が聞えてきた。

 

「おやおや、歴史を勉強したことがないのかな? 有史以来、世界が平等であったことは一度もないよ」

「……ッ」

 

 束の言うことは残酷に見えるが、俺には身にしみる思いだった。きっと専用機持ち全員がそう思ったに違いない。

 両親との別れ、望まない離別、永遠にも思える孤独。俺たちがそれぞれが抱える過去は、もし世界が平等であったら起こりえないことだっただろう。そして箒も、世界の歪の犠牲者の一人だ。束の妹だから、それだけで気苦労は絶えなかったはずだ。だから、専用機の一つでも与えてもらっても罰は当たらないはずだ。無力を嘆く人間に与えるには最高のプレゼントだろう。だが――。

 

「それにねぇ、『私の』しょーくんだって色々あったんだよ? 今のしょーくんは信じられないほどの犠牲の上で成り立ってるのさ」

「おい、余計なことを言うな。あと、俺はお前のじゃない。訂正しろ」

「ぶ~。しょーくんのいけず!」

「…………」

 

 何かこいつを確実に黙らせる方法は無いものか……。

 再開早々束の雰囲気飲まれてしまい、俺はひとりため息をつくのだった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「……ラウラさん」

「何だ」

「翔さん、どこか生き生きしていませんか?」

「それは私も思ったところだ」

 

 束と話す翔の様子を見た二人の感想は、見事に一致した。

 

「何なのだ、あの表情は! あんなお兄様、見たことが無い!」

「そうですわ! 大体わたくしと接するときはどこか一線を引いたような態度ですのに!」

 

 翔は束のことを本当に大切に思っている。

 いつか話してもらったが、翔は束によって救われたのだと言っていた。それを本当に感謝している、とも。

 

「……私たちは、二番なのだな」

「…………」

 

 自惚れていたと認めざるを得なかった。それぞれ、IS学園で最初の友人と、義妹という関係で、自分は少なからず特別に思われている、とどこかで自惚れていた。

 ――だが、違った。翔の一番はいつだって束だったのだ。

 

「これは、史上最大、最悪の事態ですわね」

「悔しいがそのようだな……」

 

 そして理解した。束がいるときは、翔は他の存在に目もくれないことを。束がいれば、翔は束だけに接する。それがどれだけぞんざいな態度や行動であろうと、あの翔が常にある一人と一緒にいる、というのはそれだけで驚きであった。

 

「わたくしたちはまだまだ、ということでしょうか」

「……そうだな」

 

 共通の巨大な敵を前に、人はわだかまりや憎しみを超えて団結するという。それは、この二人に於いても例外ではなかったのだった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「さーて、パーソナライズとフィッティングが終わったことだし、そろそろ紅椿で飛んでみようか、箒ちゃん」

 

 箒のパーソナライズとフィッティングが終わった。それに伴い各種コード類が紅椿からパージされていく。

 

「じゃあ、行ってらっしゃーい♪」

 

 箒が意識を集中させると、紅椿は凄まじい速度で大空へと飛翔した。

 そのスピードは尋常ではなかった。こんな急上昇は見たことがない。

 

「どう? 今までの訓練機と全然違うでしょ?」

「ええ、まあ」

 

 それは当然とも言える。専用機は文字通り操縦者専用に開発された機体だ、しっくりこないはずはない。

 

「じゃあ、次は武装の確認をしておこうか~。じゃあ、データを送るよ~。腰にある二本の刀が主力武装で、右が《雨月(あまづき)》、左が《空裂(からわれ)》ね」

 

 束がコンソールを叩いたと同時に、武装データが紅椿本体へと送信された。

 束曰く、右の《雨月》には刺突に合わせてエネルギーが発射される機能があり、射程はアサルトライフル並らしい。流石にスナイパーライフルほど射程は長くないが、その分紅椿は機動性が高いので問題はないとのことだ。

 左の《空裂》は斬撃に合わせて帯状のエネルギーを発生させる機能があり、それによってミサイル等誘導兵器の迎撃や、範囲攻撃に用いるそうだ。

 

「じゃあ、試しにこれを撃ち落してみてね~」

 

 束がくいっと指を曲げると、束の側に十六連装ミサイルポッドが出現し、それが一斉に紅椿へ向かっていく。

 

「――やれる! この『紅椿』なら!」

 

 刀から放たれたエネルギーが次々にミサイルを撃墜していく。その様子はさながら花火のようであった。

 

「すげえ……」

 

 一夏は呆然とそう呟いた。

 

「…………」

 

 凄いとは思う。確かに紅椿の性能はずば抜けているだろう。機動性、攻撃性能などを見てもそれが伺える。だが、強すぎる力は良くも悪くも大きな影響を与えてしまうものだ。それに、力に呑まれてしまえば、自分を見失って、それはただの破壊へと変貌する。――この前のラウラのように。

 こんなことわざがある。過ぎたるは猶及ばざるが如し。

 世界を変える、紅椿。果たしてどう転ぶか――。

 

「お、織斑先生っ! 大変ですっ!」

 

 そんな中、山田先生が焦燥した様子で駆け寄ってきた。

 

「何があった?」

「こ、これをっ!」

 

 山田先生が織斑先生に手渡したのは、小型の情報端末だった。

 

「特務任務レベルA、現時刻より始められたし……。何?」

 

 織斑先生の顔が一気に険しくなる。何かあったのは間違いなさそうだ。

 

「――全員、よく聞け。現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼動は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内で待機すること。以上だ!」

 

 ざわざわざわ……。

 それはあまりに突然の指示だったので、全員が困惑していた。

 

「とっとと戻れ! 以後、許可無く室外へ出たものは身柄を拘束する! いいな!」

「は、はいっ!」

 

 身柄を拘束。なんとも大げさな話だが、どうやらそんなレベルの話らしい。

 

「専用機持ちは集合しろ! 織斑、天羽、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰! ――それと、篠ノ之も来い」

「はい!」

 

 いつになく元気な返事をした箒。今日から箒も専用機持ちの仲間入りだ。

 

(浮かれていなければいいが……)

 

 紅椿の出現、箒の専用機持ち入り、突然の任務……。異例尽くめな今回の臨海学校。

 どうなるか、本当に不安な俺だった。俺の嫌な予感は、消えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして、俺は予想していなかった。

 

「――翔さんッ!? 返事をしてください、翔さんッ! お願い、返事をして――!!」

 

 まさか、あんなことになるとは、夢にも思わなかったのだ。

 

 

 




本日で第五章終了となります。
第六章は12月13日投稿開始です。

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