IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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「…………」

 

 現在、部屋には主である千冬と、そこに専用機持ちの面々が揃っていた。

 

「おいおい、急に黙り込んでどうした? いつもはあれだけ騒いでいるというのに」

「は、はあ……」

 

 全員ぎこちない様子である。無理もない。彼女は世界最強の戦士であり、織斑一夏の実の姉なのだから。

 

「お、織斑先生と話すのは、初めてですし……」

「やれやれ。しょうがないやつらだな。私が飲み物でも奢ってやろう」

 

 千冬は冷蔵庫から次々と飲み物を取り出すと、全員に一つずつ放り投げた。それぞれラムネ、オレンジジュース、スポーツドリンク、コーヒー、紅茶である。アメニティとしてそのようなものが置いてあるわけはなく、どう考えても「仕込んであった」と捉えるべきだ。

 ……大丈夫かな、これ。

 五人の思考は見事にシンクロしていた。

 

「何をしている? 遠慮するな」

「い、頂きます……」

 

 女子たちはおずおずと缶に口をつけた。

 

「飲んだな?」

「はい?」

 

 千冬はニヤリと笑った。千冬の言葉が理解できなかった一同だったが、それはすぐに驚愕へと変わった。

 あろうことか、千冬はビールを取り出し、勢い良くプルタブを引いて、ごくごくと飲み始めたのである。

 

「…………」

 

 そのあまりのギャップに、一同は絶句した。

 

「くぅ〜!やはり仕事後の一杯は最高だな!」

「…………」

 

 普段のバリバリ仕事人間なイメージだった織斑千冬の、意外な一面を垣間見た気がした。

 

「何だ? 私がビールを飲むことがそんなにおかしいか? それとも、私が作業用オイルか何かを飲むような人間だと?」

「い、いえ、そういうわけでは……。――で、ですが、仕事中なのでは?」

 

 箒の質問は尤もであった。仮にも教師が仕事中に飲酒というのは道徳的にアウトである。

 

「軽いことを言うな。それに、口止め料はもう払ったぞ?」

 

 全員があっ、と漏らした。一口でも飲み始めてしまった以上、返却は不可能だ。千冬のこの行動は見逃すほかない。

 

「……と、まあ前座はこんなものでいいだろう。そろそろ肝心な話をするか」

 

 早くも一本目のビール缶を空にして、次のビールの缶へ手を伸ばす千冬。

 

「――で、お前ら。あいつらのどこがいいんだ?」

 

 五人は思わず飲み物を噴き出した。

 千冬の言う「あいつら」とは間違いなく一夏と翔のことであり、それは全員寸分の狂い無く理解した。

 

「わ、私は……以前より実力が落ちているのが腹立たしいだけですので」

 

 箒が言うが、どう見ても本心ではない。

 

「わ、私は……腐れ縁なだけだし……」

 

 鈴音の言葉も、本心ではない。素直でない二人。

 

「そうか。ならそうあいつに伝えておこう」

「「言わなくていいです!」」

 

 慌てる二人を笑うと、今度は視線をシャルロットに移す。

 

「……で、デュノア。お前は?」

「わ、私は……かっこいい、ところです……」

 

 俯きながら、ぼそっと呟いたシャルロット。顔がかーっと赤くなる。

 

「ほう、『かっこいい』か。確かに見た目は悪くない」

「た、確かに、かっこいいですけど、でもそうじゃなくって、こう……心が……」

 

 シャルロットはもはや真っ赤。千冬はニヤニヤと興味深そうにしている。

 

「まあ、まだ未熟だがな」

「そ、そうですね。でもちょっと、楽しみ、かな……」

 

 真っ直ぐな心。それが一夏の魅力の一つだった。女子だとバレてしまったとき、誰よりも先に味方になってくれたのは一夏だった。シャルロットはあのときの感謝を、ずっと胸に抱いている。

 今度は千冬はラウラに視線を移した。

 

「……ラウラ、お前はあいつのことはそういう風には見ていないんだろう?」

「わ、分かるんですか?」

「分かるさ。何年あいつの姉をやってきたと思っている。だから分かるんだよ、どの女があいつを好いているか」

 

 それは暗に箒と鈴音とシャルロット三人に、「お見通しだぞ?」と言っていた。三人は案の定赤くなった。

 

「で、どうなんだ? 天羽が兄になって?」

「…………」

 

 ひと月ほど前の出来事をなぞるように、穏やかな表情のまま、ラウラはゆっくりと語り出す。

 

「……世界が、変わりました。お兄様は、心から私を思い、私を救ってくれたのです」

 

 兄は、一人だった私に一人ではないと教えてくれた。本当の「強さ」を教えてくれた。そして、同じ痛みを知る家族だと、優しく髪を撫でて言ってくれた。

 それが、ラウラにとってどれほど嬉しかったか。大きすぎて言葉にできないくらい、ラウラの中で価値のある瞬間だった。

 

「いつか恩返しがしたいのです。全てを賭けて私を救ってくれた、お兄様に」

 

 そう語るラウラの表情は真剣そのものだった。千冬はそれに茶々を入れることなく、ただビールの缶を傾けていた。

 ラウラにとって、この数週間は、今まで生きてきたどの時間よりも楽しく、歓びに満ち溢れた時間だった。傍にいてくれる兄がいて、その仲間たちに囲まれて、学園で過ごすことができる、それは全て、翔のお陰だと信じて疑わない。

 いつか、兄へ恩返しできるように。いつか、ラウラがいて良かったと言ってもらえるように。ラウラは、そのために生きていくことを決めたのだ。

 

「ら、ラウラさん、あなたはそこまで……」

「当然だ。私はお兄様を心から尊敬し、愛している」

「なッ!?」

「だから、お前にはやらないぞ。お、お兄様は、ずっと、私のお兄様でいてもらうのだからなっ!」

「な、ななな……!?」

 

 そのあまりにストレートなその言葉は、セシリアを動揺させた。

 

「で、最後は、オルコットか。……で、お前は天羽のことが好きなのだろう?」

「ふえっ!?」

 

 不意をつかれて一気に赤くなるセシリア。

 

「バレてないとでも思っていたのか? あんなに分かりやすい態度をしていたのにか? 気づいていないのはそれこそあの二人だけだと思うがな」

 

 くっくっくと千冬は笑った。顔から湯気が出そうなほどにセシリアは赤くなる。

まさか織斑先生にまでバレていたなんて。

 

「うぅ……。恥ずかしい……」

「まあ、いいものだろう。他人にも分かるくらい人を好きになるというのは」

「……はい」

 

 そう答えたセシリアに、千冬は天羽のどこが好きなんだ、と問うた。

 

「――全てですわ」

 

 セシリアは迷うことなくそう告げた。ラウラがあれだけ堂々と言ったのだから、セシリアも負けてはいられない。

 

「ほう。全て、とは?」

「文字通り、『全て』。翔さんの、強さも、弱さも、優しさも。翔さんが持っている全てですわ」

 

 彼女のその断定的な口調からは、意志の強さが滲み出ている。

 

「なるほど。……聞いたんだな」

「――はい」

 

 翔が普段見せる、揺るぎない強さ。だがそれは、自らの存在の希薄さ故に、アイデンティティを必死に追い求めた結果である。この場でそれを知っているのは、千冬、セシリア、そして付き合いが長い箒のみだ。

 他の二人、厳密に言えば鈴とシャルロットは何を言っているのか分からなかった。ラウラだけは、薄々理解できた。似たような境遇で、通じ合うものが多いラウラだからである。

 

「……誰にも譲るつもりはない、と?」

「はい」

 

 セシリアはきっぱりとそう答えたのだった。ラウラは引き攣った顔でほう、とセシリアを睨む

 

「……はっきり言うではないか、セシリア」

「と、当然ですわ。わたくしも、その、翔さんのことが……好き、ですし」

「ふん、お兄様に触れることもできないくせにか?」

「そ、それは、翔さんが女性が苦手だから……」

「そんなことは知っている。だが私は抱きついても大丈夫だ」

「それはあなたが妹だからでしょう!」

 

 そう、何故か翔はラウラには触れられた。理由はよく分からないが、セシリアは悔しくてしょうがない。

 

「……私も触れられるが?」

「何!? 箒もだと!? き、貴様は何故……!」

「幼馴染だからではないのか?」

「ふ、不公平ですわ!」

「知るか!」

 

 ぎゃーぎゃーと、いつもの調子が戻ってきた三人に、千冬のイライラは少しずつ溜まっていく。

 

「おい、お前ら。ここは私の部屋だ。これ以上騒ぐなら――」

「「「すみませんでした!!」」」

 

 マッハで謝る三人。

 千冬は空になった缶を床に置くと、話し出す。

 

「……まあ、確かにあいつらと付き合える女は得だな。家事は出来るし、容姿だって悪くない。――どうだ、欲しいか?」

「「「「「く、くれるんですか?」」」」」

 

 反射的に、全員がそう聞いてしまった。

 

「やるか馬鹿」

 

 全員からえ~、という避難の声が上がった。

 

「大体、天羽のことは私に聞いてもしょうがないぞ。あいつのことは束に聞け」

「し、篠ノ之博士ですか?」

「そうだ。今では一応束があいつの保護者だからな。――骨が折れるぞ? あいつはああ見えて案外独占欲の強い女だからな」

「…………」

 

 千冬は三本目のビールを口に付け、それにだ、と続ける。

 

「女ならな、奪うくらいの気持ちで行かなくてどうする。自分を磨けよ、ガキども」

 

 はあ~、と全員がため息をついた。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 この旅館の浴場は露天風呂もあって、中の篭った熱気は好きではない俺は、外の露天風呂に行った。

 

「ふぅ~。やっぱ風呂はいいなあ。極楽極楽」

 

 にへら〜、と緩みきった顔で、風呂に浸かるなり一夏は爺さんくさいセリフを吐いた。つい吹き出してしまう。

 

「お前、本当に爺さんみたいだな」

「う、うるせえな。好きなもんは好きなんだから仕方ねえじゃん」

「今のセリフだけじゃないぞ。全体的に見てお前は年寄り感が出すぎだ。その癖無茶なこともするんだから、良く分からないんだよ」

「そ、そうなのか……」

 

 一夏は色々普通じゃなさすぎる。孤立してた俺に、わざわざ話しかけるぐらい変なやつなのだから。

 ま、ラウラの一件があるから俺も人のことは言えないがな。俺がふっと微笑むと、一夏が「どうした?」と怪訝そうに聞いてきた。

 

「いや、こんな穏やかな夜は久しぶりだと思ってな」

「まあ、そうだよなー。毎日毎日、女子校通いみたいなもんだしなー」

 

一夏が苦笑する。俺も一夏も、いつも騒がしい連中に囲まれている。決して迷惑だとかじゃないが、やはり男子だけというのも落ち着く。

 

「なーんか昔思い出すよなー、翔と道場の帰りとかによく銭湯行ってたもんな」

「あーあ、そんなこともあったな」

 

 剣道でかいた汗を流そうと、ちょうど帰り道銭湯があって、そこによく寄っていた。実家が道場なのだからそこで風呂に入ればいいのに、箒もよくついてきた。男用の脱衣所までついてきてしまい、脱衣所内が騒然としていたのを思い出した。

一夏も同じことを思い出しているようで、小さく笑いながら空を見上げていた。

 

「いろいろあったよなあ、あれから」

「――そうだな」

 

 一夏と出会ってから今までの八年は、いろいろなことがあり過ぎて一言で言い表すことができない。

 そう、世界は変わった。ISが開発され、その後の「白騎士事件」により、世界は女尊男卑となった。

 俺たちはそれぞれの道を歩み、こうして再び巡り会った。それがどういう意味を持つのか、俺には分からない。ただ今は、仲間との再会に、そして新しい仲間との出会いに、感謝するのみだ。

 

「翔」

「何だ?」

「これからも、大変だよな」

「そうだな」

「……がんばっていこうぜ」

「ああ」

 

 俺たちは軽く拳を合わせた。

 俺たちを、夜空は優しく見つめていた。


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