IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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「ふっふふ~ん♪」

 

 夜。誰もいない浜辺で一人、ただひたすらに機械を操る怪しげな女性がいた。

 顔だちは美人と言えるだろう。だがそれは目の下のクマと、頭の上の謎のウサミミが台無しにしていた。背はそれほど高いわけではないが、何より目を惹くのは彼女の豊満な胸である。細い体には不釣合いなほどの大きさのそれは、着ているワンピースを押し上げて、その存在感を誇示していた。

 どことなくメルヘンな印象を与える見た目と、辺りを取り囲む機械の数々。その姿は、一言で言うなら「異様」であった。

 彼女の名は、篠ノ之束。世界を変えた張本人。

 

「しっかし、箒ちゃんは素直じゃないなぁ~。素直に『専用機が欲しい』って頼んだらいいのに、わざわざ私に言わせるなんてねぇ」

 

 そう言う束の顔は嬉しそうである。

 

「ま、いつかは言ってくると思っていたよ。いっくんやしょーくんを見てたら、そう思っちゃうよね~」

 

 独り言を呟きながらでも、その手が止まることはない。作業は滞りなく進んでいる。

 あの箒が、翔や一夏の姿に感化されないはずがない。強き「力」を持つ翔と、強き「心」を持つ一夏。成長したくましくなった幼馴染二人は、箒に必ず影響を与えるはず。

 

「むふふ、しょーくん元気かな~。IS学園で楽しそうにしてるみたいだし、きっと元気だよねぇー。またカッコよくなってるんじゃないのかぁー、あの色男~」

 

 彼女の手によって形作られているのは、IS。その装甲は紅く、見たものに強烈な印象を与える。

 

「……心配しなくても大丈夫さ、箒ちゃん。ちゃ~んと用意してあるよ。代用無きもの(オルタナティブ・ゼロ)、君だけの専用機。最高性能(ハイエンド)にして規格外仕様(オーバースペック)。そして、『蒼』を継ぎ、『白』と並び立つもの。――世界を変える三本柱の、最後の一つ。その名も――紅椿(あかつばき)――」

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「う、うまい……!」

 

 刺身を咀嚼しながら、俺はじーんと感動していた。現在七時三十分。俺たちは夕食を摂っている。

 

「ほんと、昼も夜もお刺身が食べられるなんて豪勢だよね」

 

 一夏の隣でシャルルが相槌を打った。

 

「素晴らしい。素晴らしいぞ。まさかカワハギがキモつきで食べれるとは」

「カワハギなんて久しぶりだな~」

「荒波を乗り越えてきた魚の身はしっかり引き締まっていて、その身はこりこりとした素晴らしい食感を出しつつも、さらに醤油とこの本わさびによってその質が高められている……」

 

 何も刺身だけが美味いわけではない。他の料理、味噌汁や山菜の和え物なども絶品の一言である。こんな食事を一介の高校生ごときが食べて良いのだろうか。

 新鮮な海の幸の香りと味を楽しみながら、俺は幸せをかみ締めた。食バカでよかった。

 

「本わさび?」

 

 シャルロットが首をかしげる。流石のシャルロットもわさびの種類までは知らなかったか。 

 

「本わさびってのは、本物のわさびをおろしたやつのことを言うんだ。最近は練りわさびが多くなってきたから、結構珍しいんだぜ? 学校の定食についてるやつは、練りわさびだな。原料は、ワサビダイコンとかセイヨウワサビとかだったっけか?」

「そうだ、合っている」

 

 一夏も料理に関してはかなり博識である。伊達に織斑家の主夫をしていたわけではない。

 

「へえ~」

 

 一夏の解説に感心しながら、シャルロットは箸でわさびを取ると、そのまま口に入れた。

 お、おいシャルロット、それは……。

 

「~~~~~~!!」

 

 そら、言わんこっちゃない。

 

「だ、大丈夫?」

「ら、らいひょうふ……」

 

 シャルロットは涙目になって鼻を押さえている。それでも笑顔を見せようとするあたり、本当に優等生だと感心を通り越して呆れてしまった。

 

「……っ……ぅ……」

 

 俺の左隣のセシリアは、初めての正座に慣れないのか、さっきからずっとこうして唸っている。せっかくの食事も全く進んでいない。

 

「大丈夫か? 顔色も悪いぞ?」

「……だ、だぃじょぅぶ……ですわ……」

 

 絶対に大丈夫ではない。笑顔が引き攣っている。

 

「正座が無理ならテーブル席に行ったらいいんじゃないのか? 別にそこまでしてここで食べなくても……」

 

 様々な国出身の生徒を抱えての修学旅行だ。当然に箸をナイフフォークに変えられるようにしたり、別にテーブル席が用意されたりと配慮はなされている。

 

「へ、平気ですわ。この席を獲得するのにかかった労力に比べれば、このくらい……」

 

 この席は入った者順ではなかったか? この席に座るまでにセシリアに一体何があったのだろうか。 

 

「翔、女の子にはいろいろあるんだよ」

「そういうものなのか」

「そうなの」

 

 なるほど、そうなのか。ならこれは男の俺にはよく分からない問題ということで片付けよう。

 

「おいしいね~」

「ね~」

 

 今、生徒たちは全員浴衣である。この旅館では暗黙のルールらしいが、とにもかくにも、全員浴衣なのである。つまり、セシリアも当然浴衣だ。

 しかし、美人というのは何を着ても似合うものだと感心してしまった。金髪に浴衣は似合うのかと最初は半信半疑だったのだが、やっぱり似合っていた。金髪に浴衣というミスマッチがそれはそれで乙だと感じさせた。普段一緒にいる時間が長いだけに、こうした瞬間にふと美人だと思ってしまう。

 

「……う、っくぅ……」

 

 やはりセシリアは辛そうだ。平気というのも強がりで間違いない。

 こういうのを見るとついどうにかしてやりたいと思ってしまう。

 

「セシリア、そんなに辛いなら食べさせてやろうか?」

「えっ!?」

 

 セシリアが凄まじい反応でばっと振り向く。

 

「か、翔さん、今のは本当ですのっ!? その、食事を、食べさせてくれるというのは!」

 

 辛そうだったのが一転、セシリアは急に目を輝かせて俺に迫ってきた。言わなければ良かったと早速後悔するハメになった。

 

「りょ、料理が冷めたらもったいないし、せっかくカワハギの刺身なんだから、鮮度が落ちたらいけないしな」

「そ、そうですわね! せっかく作っていただいたのに、失礼ですものね!」

 

 にこにこ笑って、セシリアは俺に箸を差し出した。非常に嬉しそうである。

 こうなった以上、やるしかないか……。

 

「わさびは?」

「少量でお願いしますわ」

 

 やっぱり英国人には慣れない辛さかもしれない。

 ……だがな、近い! 近いんだセシリア!

 

「あ、あーん……」

 

 恐る恐る、俺はセシリアの口に箸を近づけていく――。

 ぱくり、とセシリアは刺身を食べた。

 

「お、おいしいですわね!」

「そ、そうか……」

 

 本当に緊張した。まあ何にせよセシリアが元気になったようでよかった。

 

「ああーっ! セシリアずる~い! 卑怯者!」

「ほんとだ! 天羽君に食べさせてもらってるー!」

「こ、これは、隣の席の特権ですわ!」

「それがずるいって言ってるの!」

「勝者の当然の権利ですわ!」

 

 食事の前に何があったのだろうか。本当に気になる。

 

「やっぱりずるいわよ! 私も食べさせてもらいたい~!」

 

 クラスメイトの一人が強引に迫ってきた。

 まずい。これはまずい予感がする。

 

「天羽君っ! 私にも食べさせてよー」

「私も私も!」

 

 案の定わらわらと群がる女子たち。

 

「や、やめてくれ、離れろぉぉお!」

 

 俺の必死の叫びも虚しく、女子たちの進撃は止まらない。口を空けて寄ってくる女子がワニに見える。

 これはもしかして自業自得なのか!? 俺が何をしたというんだ……!?

 

「うるさいぞ!」

 

 織斑先生が怒鳴った。覇王の一喝に全員がすくみ上がり、慌てて自分の席に戻った。

 

「静かに食事をすることもできんのか、お前らは」

 

 いつもは頭を叩かれ続け、鬼だ鬼だと言い続けていましたが、今はあなたが救世主に見える――。

 

 バシンッ

 

「馬鹿者。原因はお前だぞ、天羽。自覚を持て」

 

 前言撤回。やはり鬼は鬼だった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

(思い通りには行かないものですわね……)

 

 食後、セシリアは部屋でさっきの出来事を思い出していた。

 足がしびれて辛かったのは嘘ではない。事実座っているだけで辛かったものだ。そんなときに、翔から食べさせてやろうかと言ってきてくれたのは純粋に嬉しかった。翔が食べさせてくれるなら、足のしびれなんぞ物の数ではなかったのに。本当ならあのまま最後まで食べさせて欲しかったのだが、あんなことになってしまった。

 

(公共の場でしてもらったのがミスだったのかも……)

 

 次にこんな機会があったなら、是非お願いしようと決めたセシリアだった。

 

「……あら?」

 

 廊下を歩いていると、扉に聞き耳を立てている箒、鈴音を発見した。

 

「みなさん何を――むぐっ!?」

「(ちょっ、静かにしなさいよ……! 今大変なんだから!)」

「(た、大変?)」

「(いいから聞いてみなさいって!)」

 

 鈴音に言われるまま、セシリアは扉に耳を当てた。中からは一夏と千冬の声が聞えてくる。

 

『千冬姉、久しぶりだからちょっと緊張してる?』

『そんな訳あるか、馬鹿者。――んっ! す、少しは加減をしろ……』

『はいはい。そんじゃあここは……と』

『くあっ! そ、そこは……やめっ、つぅっ!』

 

 セシリアの脳内でいかがわしい想像が膨らんでいく。

 

「い、いいいい一夏さんは一体何を……?」

「「…………」」

 

 二人の表情はひどく沈んだ様子である。そういえばシャルロットが、「一夏が海で織斑先生に見とれていた」と言っていたような気がする。

 

(も、もしや、あの二人は……き、禁断の関係なのではッ!?)

 

 それはいけないと思いつつも、セシリアは中の様子が気になってしょうがない。見たい、見てはいけないと相反する二つの感情がせめぎあい、心の中で天使と悪魔が葛藤している。

 

(や、やはり、ここは事実の確認を――)

 

 そこで、バンッと勢い良く扉が開かれ、三人が転がった。

 

「……何をしているか、馬鹿共」

「す、すみません……」

「こ、これは……たまたまで」

「そ、そうっ! た、たまたまですわ!」

 

 見つかった途端、三人は一気に逃げ腰になった。さっきまでの好奇心と落胆は、一瞬で恐怖へと変わる。

 だが、セシリアも鈴も箒も良く分かっていた。千冬相手に逃げ切れるはずもないことを。世界最強を前に、逃げる術などあろうはずがない。

 三人は覚悟を決めたが、千冬の言葉は以外なものだった。

 

「盗み聞きとは感心しないが、ちょうどいい。入っていけ」

「「「……へ?」」」

 

 揃って間抜けな声を出した三人。

 絶対に制裁(ころ)されると思っていたのに、まさか不問になるとは。恐る恐るセシリアたちは部屋に入る。そこにいたのは、軽く汗を流していた一夏だった。想像していたような衣服に乱れはない。

 

「ふう、流石に連続でやると疲れるな」

「手を抜かないからだ」

 

 てっきり口では言えないことをしていたと思っていた三人は、二人がしていたのはマッサージであったと悟り、拍子抜けをしたと同時に心から安心した。もし本当にそんなことをしてたらショックで立ち直れないところであった。

 

「ああ、そうだ。――篠ノ之、ついでにデュノアとボーデヴィッヒも呼んで来い」

「は、はいっ!」

 

 箒は駆け足で二人の部屋へと二人を呼びに行った。

 

「一夏」

「ん?」

「そろそろ風呂の時間だろう? 天羽と一緒に入って来い」

「おっ、そうだな。んじゃ、風呂上がったらまたやるよ」

 

 一夏は入浴セットを持って、翔を誘いに行った。

 

「……さて、邪魔者はいなくなったな」

 

 千冬はニヤリと笑い、入り口に立ったままのセシリアと鈴に声をかける。

 

「何をしている?入ってさっさと座れ」

「は、はいっ!?」

 

 慌てて座る二人。自然と正座になる。

 一夏を追い出し、シャルロットとラウラを呼び、これから何をするのだろう。千冬の真意がまったく掴めない。

 

「あ、あの、織斑先生? これから一体何を……?」

「ん? 決まっているだろう。ガールズトークだ」

「「が、ガールズトーク!?」」

「そうだ。十代女子は皆好きだろう? 私も混ぜろ」

 

 笑顔の千冬を前に、「織斑先生はガールズなのか?」という疑問を引っ込めるセシリアと鈴。言ったら最後、命は無いであろうということは理解していた。

 

 


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