IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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「海、見えたぁっ!」

 

 トンネルを抜けた後、バスの窓から海が見えた瞬間、女子たちがきゃーきゃーと騒ぎ始める。

 ついに臨海学校当日がやってきた。天気は良好、夏の暑い太陽の光が砂浜に降り注いでいる。女子たちのテンションはいつもの三割増で、バス内は千冬さんがいても相当騒がしい。

 女子たちの騒ぐ様とは対照的に、俺のテンションは最悪だった。いや、本当にどうしたものか。いっそ海に一度も出なければ死なずに済むし、そうしようかと本気で悩む俺だった。

 

「わたくしたちの水着姿を見るのが、そんなに嫌なのですね」

 

 セシリアはちょっとむすっとしている。始まる前からこんな調子なので、行く先が不安である。

 俺の隣の席になったのは、セシリアだった。当然、バスの隣の席なんぞ俺には近すぎるので、できるだけ端に座るという微妙な抵抗を試みていた。

 諸君、焼け石に水とはこういうことを言うのだ。覚えておくといい。

 

「……別に何も言っていないんだが」

「翔さんが何を考えているかなんて一目瞭然ですわ。どうせどうやって水着姿を見ないようにするかを考えていらっしゃるのでしょう?」

「……………」

 

 お見通しのようだった。

 気まずいので隣の席から視線を逸らし、斜め後ろのラウラに視線を移した。何故かラウラはそわそわしていて、落ち着きがない。普段はもっと堂々としているのだが。

 

「ラウラ、お前大丈夫なのか?」

「な、何がだ?」

「何かよそよそしいというか。今日はくっついても来ないしな。いつもなら俺の方に寄ってくるというのに」

「く、くっついてほしいのかっ!? ならばっ」

「いや、そういうことではないんだ」

 

 何故ラウラは妙に視線を泳いでいるんだ。普段ならもっと俺にくっついてくるのだが。何を緊張しているのだろう。

 

「翔さんったらラウラさんのことばかり気にして……。わたくしも翔さんが好きなのは同じなのに……」

 

 ぼそっとセシリアが何かを呟いたが、聞えなかった。

 この前のレゾナンスでの尾行の件は、ラウラとセシリアには何も言っていない。別にやましいことをしていたわけではないだろうし。

 俺の席の一列前は、一夏とシャルロットである。どうやらあの日二人もレゾナンスにいたらしく、鈴音と箒は二人を尾行していたらしい。道理で鈴音のISが潜伏(ステルス)モードになっていたわけだ。シャルロットはそこでブレスレットを買ってもらったようで、今はそのブレスレットを見ては嬉しそうに微笑んでいる。

 ……しかし、プレゼントか。「アレ」はどうしようか。いつ渡したものか。

 

「あの、翔さん」

 

 隣のセシリアが話しかけてきた。

 

「なんだ?」

「あのときの、お願いを一つ聞かせる権利を行使して、お願いします」

 

 あのとき、あれか。VTシステムの事件のときのことか。

 ――ん? 待て。

 

「セシリア、ちょっと待て。それはもう既につかったんじゃないのか?」

 

 あの後、俺は「くっつきの刑」に処された。そのときにあの権利は行使したはずだが。

 

「あれはお仕置きです。なので、お願いではありませんわ」

「そ、そんなの有りか?」

「有りですわ」

「…………」

 

 権利を行使してまでやりたいこと、一体何なのか不思議でならない。

 

「……で、何をして欲しい?」

 

 まさか死ぬほどの要求でもあるまいし、いいだろう。 

 

「海に着いたら……せ、背中にサンオイルを塗って欲しいのですっ!」

 

 ――死ぬほどの要求だった。

 

「待て待てセシリア! お前はその意味を分かって言っているのか!? 別に俺じゃなくても、他の女子にやってもらえばいいだろう!?」

「翔さんにやってもらいたいから頼んでいるのではありませんか!」

「そんな馬鹿な……」

 

 何でも言うことを聞くと言った手前、断ることはできない。

 

「――分かった。その願い、受け入れよう」

 

 俺は断腸の思いで決断した。

 

「ほ、本当ですの!?」

 

 セシリアの顔がぱあっと明るくなった。

 

「あ、ああ。男に二言は無い」

 

 どん、と胸を叩いてみせる。どんな約束であっても、約束は約束だ。男ならそれをきっちり守らねば。

 諸君、これが世に言う虚勢というやつだ。試験に出るから覚えておくといい。

 

「約束ですわよ。あとからやっぱりナシは認めませんからね」

 

 セシリアは嬉しそうに言った。俺も覚悟を決めねばなるまい。セシリアの肌を触れる覚悟を。

 ――俺はこの数日、本当に生き残れるのだろうか。

 

「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」

 

 織斑先生の言葉で、全員がささっと自分の席に戻った。相変わらず素晴らしい指導力である。

 先生の言葉通り、数分後には目的地に到着し、生徒たちがバスから降りた。

 

「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

「「「よろしくおねがいしまーす」」」

 

 元気良く挨拶をするクラスメイト一同。

 

「ふふ、こちらこそ。今年の一年生も元気があっていいですね」

 

 挨拶をしてくれたのはこの旅館の女将さんである、清洲(きよす)景子(けいこ)さんだ。この旅館には毎年お世話になっているらしく、この女将さんはIS学園生をよく見てきたのだろう。

 うちの連中に元気があるのは否定しないが、ありすぎるような気がする。

 

「あら、こちらの方々が噂の……?」

 

 女将さんが俺と一夏を見て言った。俺たちは軽く会釈した。

 

「ええ、まあ。今年は男子が二人いるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」

 

 そうか、浴場分けが複雑化。それは申し訳ない。

 

「いえいえ、そんな。それにいい男の子たちじゃありませんか。しっかりしてそうな感じですし」

「感じがするだけです。無礼者共です」

 

 酷い言われようである。

 

「それじゃあみなさん、お部屋の方へどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさってくださいな。場所が分からなければいつでも従業員に訊いてくださいまし」

 

 はーい、と返事をする女子たち。女将さんは生徒たちにそう言うと、旅館の中へと戻っていった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 俺たちの部屋は織斑先生と隣の部屋になった。またも一人部屋である。織斑先生曰く、「私の部屋の隣なら多少の牽制になるだろう」とのこと。確かに隣の部屋でドタバタと騒いでいたら織斑先生も気付くだろう。俺も自衛はするつもりだ。

 だが、俺はそんなことよりも目先の危険で頭がいっぱいになっている。海へ出るときは、もう目の前に迫っている。海で泳ぐのだから、そろそろ着替えなければならないな、と考えていた頃。

 

「か、翔ッ!」

 

 そんなとき、一夏が血相を変えて俺の方へ走ってきた。何事だ。

 

「どうしたんだ一夏? そんなに慌てて」

「束さんが……束さんが現れたんだ!」

 

 ――何?

 

「一夏、今何と? 束がいた? どこに? 何故?」

「さっき廊下歩いてたら、庭に変なウサミミがあってさ、それ引っこ抜いたらにんじんが降ってきて、中から束さんが……!」

 

 常人が聞いたら意味の分からない会話だと思う。残念なことに、それがあり得てしまうのが束クオリティーというもの。

 

「で、箒を探すって言ってどっか行っちまった。あと翔によろしくって」

「ほう、なるほどな……」

 

 あのクソ変質者、連絡もよこさずにこんな場所に何の用だ。そうまでして俺に殴られたいか。

 

「そうか、分かった。まあいい。出てきたらじっくりシメてやる」

「お、おう」

「一夏、とりあえずは着替えに行こう」

「そうするか」

「ああ、そうだ一夏」

「何だよ?」

「俺の遺骨は束に渡してやってくれ」

「心配しすぎだろ!?」

 

 本気で俺の命が危ないかもしれないのだ。これぐらいは言わせて欲しい。

 俺はゆっくりとした足取りで男子の更衣室へと向かう。そのスピードは、俺のこの世への未練と思っていいのかもしれない。

 

「わ、ミカってば胸おっきー。また育ったんじゃないの~?」

「きゃあっ! も、揉まないでよぉっ!」

「ティナって水着だいたーん。すっごいね~」

「そう? アメリカでは普通だけど」

 

 ………。

 

「……急ぐか」

「……おう」

 

 更衣室に飛び込んで、そこからはすぐだった。男の着替えなんてこんなもんである。

 

「一夏、後は頼んだ」

 

 俺はそう一言言い残すと、地獄への一歩を踏み出した――。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 女、女、女。水着の女、水着の女、水着の女……!

 白い肌、胸の膨らみ、健康的な脚線美……!

 

「うぐっ!?」

 

 俺の頭をガツンと襲う衝撃。視覚が光景を捉えたと同時に、ぐらりと景色が傾いた。俺はそのまま後ろに倒れてしまう――。

 

「――だが、俺は……っ!」

 

 俺はこの三ヶ月、女性だらけの地獄で生きてきた。その経験は、確かに俺を強くしている!

 思い出せ、これまでの日々を、目の置き場さえなかった日々を。

 

「俺は……死なない!」

 

 ……気がつけば、俺は熱い砂の上で立っていた。

 

「一夏」

「何だ?」

「俺は、生きているな?」

「おう」

「そうか」

 

 そうだ、俺は生きている。暑い太陽が、青い海が、晴れ渡る空が、俺を祝福しているかのようだ。

 

「俺は、俺は今、自分に勲章をやりたい気分だ……!」

「……やったらいいんじゃねえの?」

 

 呆れてか適当な返答の一夏。

 ふっ、お前には分かるまい。この歓びが。生きているということの素晴らしさが。

 

「あ、織斑君と天羽君だ!」

「う、うそッ! 私の水着変じゃないよね!? 大丈夫だよね!?」

「わ、わ~。体かっこい~。鍛えてるね!」

「織斑く~ん。あとでビーチバレーしようよ~」

 

 女子たちはそれぞれ思うところがあるようだ。死なずに済んだと言っても、俺のレッドゾーンは確実に拡大しているので、いつもより心持ち距離は長く保つ。

 

「よ、っと」

 

 すかさず準備運動を行う一夏。怪我を防ぐためにも行うべきものだが、一夏はそれを欠かさない。健康やケガの防止に余念がないのが織斑一夏という男だ。今回は俺もそれに倣った。

 

「い、ち、か~~っ!」

 

 鈴音が走ってきて、一夏に飛びついた。ちょうど肩車みたいな構図である。どうやらバスが別だったからその分を今取り返そうとしているらしい。

 鈴音はスポーティなタンキニタイプの水着を着ていた。小柄の鈴音に良く似合っている。

 

「翔さんっ」

 

 後ろからセシリアに呼ばれた。

 し、しまった。忘れていた。サンオイルを塗らなければ……!

 

「だ、大丈夫だ。ちゃんとやるよセシリ――ぐふっ!?」

 

 振り向いた瞬間、俺の目に飛び込んできたのはセシリアの水着姿だった。

 

「ど、どうしましたの?」

「せ、セシリアストップだ!」

 

 いつもより一メートルほどレッドゾーンが拡大している。何より、セシリアの水着姿が素晴らしすぎた。

 セシリアは彼女に良く似合うブルーのビキニタイプを身に纏っていた。腰に巻かれたパレオが彼女の高貴な雰囲気を、ビキニによって強調された胸の谷間が色気を、それぞれ相反するものを際出させていて、独特な魅力で溢れていた。彼女の腰のくびれも、すらりと伸びた脚も、白い肌も惜しげもなく晒されている。

 

「翔さんったら……」

 

 くすりと笑って、何故か嬉しそうなセシリア。

 セシリアは手に持ったパラソルを砂浜に突き刺すと、そこにシートを敷いてうつ伏せになり、ブラの紐を解いた。その一連の動作は見たことのない程扇情的で、俺はごくりと生唾を飲み込む。

 

「――では、お願いしてもいいですか?」

「……わ、分かった」

 

 俺はセシリアとの距離を少しずつ詰めて、震える手でサンオイルを受け取った。

 

「うわっ、セシリア天羽君にサンオイル塗ってもらおうとしてる~」

「私サンオイル取って来る!」

「私はシートを!」

「私はパラソルを!」

「じゃあ私はサンオイル落としてくる!」

 

 敢えて無視した。

 

「さ、さあ、どうぞ?」

「あ、ああ」

 

 ボトルからサンオイルを出して、手に乗せる。

 収まることの知らない震える手をセシリアの背に近づけていく――。

 

「ひゃっ!?」

 

 触れた瞬間セシリアが悲鳴を上げ、俺は思わず後ずさった。

 

「か、翔さん、サンオイルは少し手で温めてから塗ってくださいな」

「す、すまないっ! こんなことをしたのは初めてで……」

「そ、そう。初めてなんですの。なら、仕方がないですわね」

 

 どこか嬉しそうなセシリアの言葉。どこに喜ぶ要素があったのかは不明だ。

 言われたとおり、手で揉むようにしてサンオイルを温めると、それを再びセシリアの背に塗っていく。

 

「ん……。良い感じですわ。翔さん、もっと下の方もお願いします」

 

 セシリアの肌はとてもきめ細かく、手が滑ってしまいそうなほどだった。うつ伏せになっているせいで、セシリアの乳房はわきの下から見えているし、俺の手が触れる度に悩ましい声を出すしで、今のセシリアはとんでもなく扇情的だった。

 脳髄が焼き切れる……ッ!

 

「せ、背中だけでいいんだろう?」

「……せっかくですし、手の届かないところは全部お願いします。脚と、その、お尻も……」

「何ッ!?」

 

 ダメだ。いくらなんでもそれはダメだ。サンオイルを塗るためとはいえセシリアの尻に触るなど命に関わる。だ、だがどうすれば――。

 

「せっし~、流石にそれはだ~め」

 

 そんなとき、布仏本音が現れた。

 布仏は水着、というかともはや着ぐるみと形容できるような水着を着ていた。相変わらず袖は異常に長い。

 

「ほれほれほれ~」

 

 布仏はサンオイルを両手にたっぷりつけると、セシリアの全身に塗りたくった。あろうことか温めもせず。

 

「きゃあっ!? の、布仏さんっ! 冷たっ!?」

「ほいほいほいっと」

「も、もう、いい加減に――っ!」

 

 我慢が切れたセシリアが体を起こした。解いていたブラは地面に落ちて、ふるんっ、とその豊かな胸が揺れる。

 

「あ――っ!?」

 

 俺は咄嗟に目を手で覆った。

 

「す、すまないっ!!」

「きゃああっ!?」

 

 ガツンッ

 

 セシリアは顔を真っ赤にすると、ISアーマーが形成された腕で俺を殴り飛ばした。

 

「み、見ていないのに……」

 

 俺は海へ吹っ飛びながら、理不尽に泣いていた。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「酷い目に遭った……」

 

 かなり沖の方まで吹っ飛ばされた。どこでひっかけたのか謎の海藻までまとわりつく始末。泳いで戻るのに結構かかったぞ……。

 

「あっ、翔~!」

 

 砂浜に戻ると、シャルロットが手を振っていた。

 シャルロットは鮮やかな黄色のセパレートタイプの水着を着ていた。一夏と一緒に行った際に買ったものだと聞いている。

 が、俺が気になったのはそこではなく……。

 

「だ、誰だ……?」

 

 シャルロットの左にいるタオルのミイラだ。

 

「ほら、出てきなってば。大丈夫だよ」

「だ、大丈夫かどうかは私が決める」

 

 今の声は……ラウラだな?

 

「ほーら。せっかく水着に着替えたんだから、翔にも見てもらわないと」

「ま、待て。私にも心の準備というものがあってだな……」

 

 何を緊張しているんだか。別に俺は笑ったりしないのに。

 随分打ち解けらしいラウラとシャルロットだが、学年別トーナメント以降、ラウラとシャルロットは同室になったので、仲良くなったらしい。

 

「うーん、じゃあ僕が先に翔と一夏と遊んできちゃうけど、いいのかなぁ?」

「そ、それはっ。――え、ええい、脱げばいいのだろう! 脱げば!」

 

 ばさ、と体に巻きついているバスタオルを取り払い、中からラウラが出てきた。

 

「――わ、笑いたければ、笑うがいい……!」

 

 ラウラは、黒のレースをふんだんにあしらった大人な印象を与える水着を着ていた。髪型もいつものストレートではなく、頭の左右で結ったアップテールにしている。

 正直、なかなか可愛いと思った。いつもの強気な態度ではなく、もじもじと恥ずかしがるギャップもよりそう思わせる。

 

「可愛いじゃないか、ラウラ」

「なっ……!?」

 

 ラウラは顔を真っ赤にした。

 

「似合っている。変なところなんてどこにもないぞ?」

「そ、そうか……あ、ありがとう、お兄様……」

 

 ……おかしい。可愛いぞこれは。これは俗に言うギャップ萌え、というやつなのか?

 

「お~い、翔、シャル、ラウラ。一緒にビーチバレーしないか?」

 

 ちょっと離れた場所で、一夏が俺たちを呼んだ。一夏のいる場所には既にビーチバレーのコートがセッティングされていて、布仏を含めた数人の女子もいた。

 

「お、いいね。やろうよ、翔」

「そうしようか」

 

 移動した俺たちに、一夏が手でボールを持ちながら、チーム分けの結果を報告してくれたのだが。

 

「だ、ダメだ! 私はお兄様とチームになるっ!」

 

 駄々っ子ラウラが面倒なことを言って話がこじれた。俺が諭しても頑として聞かない。

 

「わ、分かった。じゃあ俺とシャルとのほほんさんのチームで……」

 

 結局一夏が折れ、俺とラウラ、そこに女子一人を加えて、俺たちはチームになった。 

 

「お兄様、一緒のチームだぞ!」

「お前の我侭だろうが……」

 

 まあラウラが嬉しそうだし、別にいいのだが……。

 

「じゃあ、負けたほうはかき氷奢りで」

「受けてやろうじゃないか」

 

 よかろう。勝って勝利の美酒ならぬ美氷を頂くとしよう。

 

「ふっふっふ、私たち兄妹は最強だ。絶対に負けん!」

 

 ラウラは思い切り跳んで、必殺のサーブを放った――。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「お、お前ら強すぎだろ……」

 

 一夏はがっくり肩を落として言った。俺たちのチームはバレーボール対決を制し、見事にタダかき氷を手にした。途中織斑先生が登場してきたりとトラブル(?)もあったが、無事勝利した。

 女尊男卑のご時世と言えど、女子に奢らせるのは男の恥と一夏が言うので、全額一夏の負担となった。三人分となれば流石に馬鹿にならん額だが、それは敗者への手向けだ、仕方のないことである。

 

「当然だ。こんなことで負けるようでは部隊の隊長は務まらん。なっ、お兄様っ!」

「だから抱きつくな! 暑いだろうが!」

 

 夏だというのに、調子の戻ったラウラは暑さなどお構いなく俺に抱きついてくる。可愛いと言われて機嫌もいいのか、いつもよりも頻度が多い。

 それはそうと、さっきのビーチバレーでラウラの身体能力がとても高いことを思い知らされた。並の人間を軽く凌駕している。まあ俺も負けてはいないがな。あながちラウラの「最強兄妹」という表現も間違いではなさそうだ。

 見直した部分はあっても、じゃれつこうとしてくるのは変わらない。

 

「こういうことは恋人か誰かにしてやれ! 俺はお前の兄であって、彼氏ではないんだからな!?」

「恋人なんぞ不要だ、私はお兄様さえいればそれでいい!」

「それでも少しは兄離れしろ!」

「い・や・だ!」

 

 こんなに俺にべったりでは将来とても不安である。と、ラウラの将来を本気で心配しているあたり、重症だと思う俺だった。

 

「ホント、二人とも仲良いよね」

 

 シャルロットは苦笑して言った。

 

「恥ずかしいから人前ではやめろと言っているだろう!」

「いやだ!」

 

 ラウラはさっきからこれしか言わない。

 

「そういえば箒は?」

 

 一夏が辺りを見回しながら言った。

 

「そういえば見ていないな」

 

 バスで見たきりだ。今どこにいるか分からない。水着なら携帯も持っていないだろうし。

 

「まあ、そのうち出てくるだろう」

「だな」

「お兄様~!」

「いい加減離れろ!」

「いやだ!」

 

 とにかく、今はラウラを引っぺがすことが先決であった。

 


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