IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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 週末の土曜日。俺は買い物をするために外出している。

 目的地は、大型ショッピングモール「レゾナンス」。衣服、家具、アクセサリーなど一通りの専門店が立ち並ぶ駅と一体化しているショッピングモールで、欲しいものはほとんどここで揃うと言われるほど、店の幅の広い場所だ。週末の今日もたくさんの人でにぎわっている。

 今日の買い物は、持っていない水着と、後は日用品を少し。

 

「おーい、翔ー!」

「おはよう、弾」

 

 ここに来るのは初めてなので、弾に案内してもらうことにした。ファッションセンスに自信はないし。

 一夏と一緒に来ればよかったのに、と思うかも知れないが、最初に一夏を誘ったところ、一夏にも予定があるらしく、無理だと言われた。残念である。

 

「こんにちは、天羽さん」

 

 弾だけではなく、今日は妹の蘭も一緒だ。

 

「翔も来たことだし、行くか」

「そうだな」

 

 俺たちは店へと歩き出した。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「……おい」

「……何ですの?」

「あの女は誰だ?」

「知りませんわ」

 

 翔と五反田兄妹の後を追う二人の女の影があった。一人は翔のクラスメイト、セシリア・オルコット。もう一人は翔の義妹、ラウラ・ボーデヴィッヒである。

 

「大体、わたくしが何故あなたと行動を共にしなければならないんですの……!」

 

 セシリアは二週間ほど前にラウラによってISを破壊された苦い思い出がある。二対一で勝てなかったのも悔しいことこの上ない。

 

「――ああ、あのことか。あれは、すまなかった」

「!?」

 

 ラウラが頭を下げた。ラウラが予想外の行動にセシリアは面食らう。

 

「お兄様に諭されて、私は気付いた。お前にした行為は、ただの暴力であったと。そんなことも分からず力を振るった私は未熟だった」

「翔さんが……」

「だから、すまなかった」

 

 翔の言葉が、ラウラの世界を変えた。強さとは何か、ラウラはもうそれを見誤ることは無い。

 セシリアは少しラウラが羨ましかった。翔がラウラを自身の全てを賭けて救ったということが。私もそこまで想われたいと思ってしまったのだ。

 もし、翔はラウラが自分だったら同じことをしてくれただろうか、と思うと悔しい。

 

 今、ラウラは頭を下げている。自らの非を認め、セシリアに謝罪している。ならば、セシリアがすることは一つ。

 

「――次は、負けませんわ」

 

 セシリアは笑顔で言った。

 

「安心しろ。――返り討ちにしてやる」

 

 ラウラも不敵に笑った。二人の戦いは、これからも続くだろう。ISのことでも、翔のことでも、きっと二人は互いに譲らないに違いない。

 

「だが、とりあえず今は……」

「ええ」

 

 二人は手を差し出して取り合った。一時休戦である。

 

「「追跡ですわね(だな)」」

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「…………」

 

 同時刻、「レゾナンス」にて。そこには一夏と、頬を膨らませたシャルロットがいた。

 

「なあ、シャル。機嫌直せよ」

「……知らない」

 

 シャルロットはぷいっと横を向いた。一夏はその原因が分からず、ため息をつくばかりであった。

 

(そんなことだろうとは思ったけどさ……言われたこっちの身にもなってよね!)

 

 そういえば前にもこんなことがあった気がする。大体、好きな男から「付き合ってくれ」と言われれば誤解するではないか。それなのにこの唐変木ときたら買い物に付き合えというニュアンスでこう言うのだ。言われたほうはたまったものではない。

 

(でも……)

 

 今自分は一夏と二人でデートしている。そのことを思い出したシャルロットは、一夏の方へ手を差し出した。

 

「……お手?」

「違うよ!」

 

 犬か、とツッコむところであった。

 

「……て、手を繋いでくれたら、いいよ」

 

 シャルロットは真っ赤になって視線をそらしながら言った。

 

「何だ、そんなことか」

「うえっ!?」

 

 一夏は何の躊躇いもなく、シャルロットの手を握った。

 

「い、いい一夏っ……!?」

「そうだよな~。知らない場所ではぐれたら危ないもんな」

「………」

 

 ――唐変木・オブ・唐変木ズここにあり。

 

「もう、唐変木……」

「ん? 何か言ったか?」

「何でもない……」

 

 複雑な心境のシャルロットだった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆ 

 

 

 

 手を繋いで歩く一夏とシャルロット。その二人を物陰から見つめる二対の目があった。揺れるポニーテールとツインテール。つまりはIS学園の武士と猫、こと箒と鈴音であった。

 

「……あのさあ」

「……なんだ?」

「……あれ、手ぇ握ってない?」

「……握っているな」

 

 それは誰が見ても明らかな光景であったが、鈴音は箒に確認をとった。一応、である。

 

「そっか、やっぱりそっか。あたしの見間違いでもなく、白昼夢でもなく、やっぱりそっか。―――よし、殺そう」

 

 鈴音が掲げた拳は既にIS化されており、彼女の専用機の象徴とも言える衝撃砲は既に発射可能であった。

 

「――いや、待て鈴」

 

 今すぐ一夏を殺さんとする鈴音を箒が手で制した。

 

「何でよ箒。今すぐにでもやっちゃえば……」

「成敗するのはまだ後の方がいいのではないか? まずは二人の出方を見つつ、尾行すべきでは?」

「……一理あるわね」

 

 鈴音はISアーマーを解除した。

 

「それじゃあ、そうしましょうか」

「ああ」

 

 こうして、奇妙な二組の追跡コンビが生まれた。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「ぬぅ……! 何故こんなものを女性は着たがるというんだ……!?」

 

 俺は女性の水着売り場で自問していた。色鮮やかな数々の水着が目に入り、俺の精神をガシガシ攻撃してくる。

 今日の買い物は蘭の買い物に合わせたものでもあるので、今俺と弾は蘭の買い物に付き合っている。ちなみに、俺の買い物はさっさと終わった。

 

「あり得ない……。あり得ないぞ……」

 

 もしかしたら俺には一生理解できない問題なのかもしれない。女性というのは本当に謎な存在である。

 

「弾、お前はこんなものを見ていて平気なのか……?」

「そ、そりゃ、少しは恥ずかしいけどよ。お前みたいに頭痛がするとかはねえよ、流石に」

「そうか……」

 

 さっきから本当に頭痛が酷い。熱でもあるのではないかと思ってしまうほどだ。

 ところで、今俺には一つ気になることがあった。

 

(――尾けられている)

 

 何者かが背後から俺たち三人を尾行している。束との生活で培った第六感が告げているのだ、間違いなさそうだ。多分俺の関係者だろうから、手始めに仲間たちの位置情報を確認することにした。 

 ISというのは「コア・ネットワーク」という情報網で繋がっている。ISである以上、必ず存在しているものだ。これによって、ISは互いの位置情報を確認することができる。正確な情報を割り出すためには互いに登録が必要なのだが、大体の位置は分かる。このネットワークによって位置の特定を避ける場合には潜伏(ステルス)モードにする必要がある。

 

(なるほどな。一夏、俺、シャルロット以外が潜伏(ステルス)モードか……)

 

 しかし、潜伏ステルスモードにしているということは、裏を返せば「分かられたくない状況にある」ということを示している。今の場合、それは尾行だ。だとすれば、今通常モードになっている人間以外、つまりセシリアか鈴音かラウラが俺たちを尾行していることになる。

 これらを鑑みるに、恐らくつけているのは二人、セシリアとラウラだ。理由は、鈴音は良く分からないが、セシリアとラウラは俺が珍しく外出するからどんなことをするか気になったのだろう。

 まあ後ろから刺すつもりなんてないだろうから、放っておこう。別に摘発する理由もないしな。

 

「お兄。こんなのどう?」

 

 蘭が気に入った水着を持ってきた。

 

「おー。いいんじゃねえの? 派手だけど」

「いいのよ。あたし、今年は攻めるの」

 

 俺は蘭を見ていない。会話だけ聞かせてもらっている。

 考えてもみればこんな場所にいる以上、どこを向いても変わらない。それならいっそ目を閉じてみようか。

 

「……あの、天羽さん」

 

 弾との会話を止めて、蘭が俺に話しかけてきた。

 

「何だ?」

「天羽さんは、女性が苦手なんですよね?」

「……そうだ」

 

 俺は正直に答えた。順調にバレていっているのが微妙に不安な部分だが。

 

「それは、いつから?」

「いつからだったか。確か小学校のときまではそんなことを思ったことはなかったんだが、少し前から女性に触れるのが苦手になっていたな……」

「そ、そうなんですか……」

 

 俺も正確には覚えていないが、束と生活しだした頃からダメになったのは間違いない。

 

「……もし、私がIS学園に入学できたら、天羽さんは先輩になるんですよね?」

「まあ、そうなるな」

「お兄から聞いたんですけど、天羽さんってISの操縦凄い上手なんですよね。もしよければですけど、来年、入学できたらいろいろ教えてくれませんか?」

「ああ、待ってるよ。……一夏も一緒にな」

「ッ!?」

 

 蘭は真っ赤になった。

 

「い、一夏さんは関係ないですっ!」

「そうか?」

「そうですっっ!」

 

 俺は受験がんばれ、と付け加えて、バッグからペットボトルの水を取り出して飲んだ。

 

「……あ、そういえば翔。お前、義妹ができたんだって?」

「ごふっ!?」

 

 唐突な質問に水を噴き出した。

 

「な、何故それを……」

「一夏が言ってたんだよ。『翔に可愛い義妹ができた』ってな」

「一夏……」

 

 余計なことをしてくれたな。あいつ、もしかして言いふらしているのではなかろうか。それならば一度シメる必要がある。

 

「で、どんな子なんだよ? できれば紹介してくれ!」

「どんな子と言われても……」

 

 ラウラを弾に紹介したらどうなるだろうか。ラウラのことだから、冷たい言葉で一蹴しそうな気がするのだが。

 まあいい、この際尾行しているラウラにも聞えるように言ってやろうじゃないか。俺がお前をどう思っているのかを。面と向かっては言うのはとても無理だが、この場を借りて俺の気持ちを伝えておこう。

 

「一言で言うなら、変人だな」

「……は?」

 

 弾はぽかん、と言った表情だ。

 

「常識は欠如しているし、無愛想なくせに俺には異常に甘えてくるし」

 

 その弊害は主に俺に降りかかっている。ラウラの常識外れな行動でどれほど苦労したことか。

 

「ただ、可愛いのは本当だ。あいつのことが嫌いだなんてことは絶対にない。俺にとっては、一応ただ一人の妹だからな」

 

 誤解しないで欲しい。俺はラウラの行動を迷惑だとは少しも思っていない。ラウラの常識外れな行動は、世間知らずだからであって、それは俺たちが直してやればいいだけのことだ。何より、俺を真っ直ぐ慕ってくれるラウラが迷惑だなんてことは絶対にない。

 

「まあ、機会があったら紹介してくれよ」

「ああ、ちゃんと言っておこう」

 

 果たしてそんな機会があるかどうかは分からんがな。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

(わ、私が、私が可愛い……だと!?)

 

 ラウラは翔の言葉をしっかり聞いていた。ラウラの頬は一気に赤くなり、頭が混乱し始めた。

 大好きな兄が、そんな風に私のことを思ってくれていたなんて!

 

「ら、ラウラさん。どうかしましたの?」

 

 一緒に尾行していたセシリアが、怪訝そうに尋ねた。

 

「……わ、私は一旦離脱するっ!」

「ラウラさん!?」

 

 ラウラはセシリアを置き去りにぴゅーっとその場から駆け出すと、近くのトイレに飛び込んだ。

 混乱する頭と、鳴り止まない動悸を抑えて、冷静に考える。

 

(落ち着け、ラウラ・ボーデヴィッヒ)

 

 一度自分に語りかけると、ISのプライベート・チャネルを開いた。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 同時刻、ドイツ国内軍施設。IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』――通称『黒ウサギ隊』が訓練を行っていた。まだ早朝であったが、厳しい軍規に則って生活する彼らにとっては眠い時間でも何でもなかった。

 そんなときであった。副隊長であるクラリッサ・ハルフォーフの専用機、『シュヴァルツェア・ツヴァイク』に緊急暗号通信と同義のプライベート・チャネルに通信が入ったのは。そしてその発信者は、現在IS学園に在学中のこの部隊の隊長であるラウラ・ボーデヴィッヒであった。

 

「――受諾。クラリッサ・ハルフォーフ大尉であります」

『わ、私だ――』

「ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長。何か問題が起きたのですか?」

『そ、そうだ。だが別に軍事的なことではない。た、ただ、大変なことが起こったのだ』

 

 冷淡とも言われる彼女にしては珍しく歯切れの悪い言葉だった。とにかくにもクラリッサは訓練を中止させ、緊急会議を開くため全隊員を招集した。

 突然の召集に、隊員たちに緊張が走る。

 

『その、だな……。わ、私は、可愛いのだな……!』

「……はい?」

 

 隊長の意味不明な言葉に、クラリッサはついこう言ってしまった。本来なら失礼極まる返答である。

 

『お、お兄様が、そう言ってくれて、だな……』

「ああ、隊長が兄と慕うあの彼にですか」

 

 先月ラウラに「家族ができた」と報告されたときはひっくり返るほどの衝撃だった。まさかIS学園に入学してそんな出会いがあるとは、ラウラ自身思っていなかったに違いない。

 そのときは部隊中が盛り上がった。あのラウラに兄ができて、その兄はイケメンである。いくら部隊の兵士といえども、こういった話は大好物であった。

 

「良かったではありませんか。隊長が幸せそうで何よりです」

『あ、ありがとう……。そ、それでだな、相談があるのだ』

「何なりと。一体どのようなお悩みが?」

『……その、水着が必要なのだが、どのようなものを選んだらいいのか分からない。お、お兄様に見せるのだから、できるだけ似合うものを着たいのだが……。とにかく、クラリッサの意見を聞きたい』

「なるほど。……隊長、手持ちの装備は?」

 

 装備、要は水着である。

 

『学校指定のものが一着のみだ』

「IS学園の水着は旧型のスクール水着でしたね。隊長はそれを着ていこうと思っていたのですか?』

『そ、そのつもりだったが』

「――それはダメです!」

 

 クラリッサの言葉には非常に迫力があった。びくり、と隊員全体が揺れる。

 

『な、何故だ!?』

「確かにそれも選択肢としてはアリでしょう。ですがそれは――」

『そ、それは?』

「――色物の域を出ない!!」

『なっ……!?』

  

 クラリッサ・ハルフォーフ。伊達に日本のアニメや漫画を愛好しているわけではなかった。

 ラウラに日本に関する間違った知識を教えているのも彼女である。翔の悩みの根源はここにあったのだが、翔が知ろうはずもない。ちなみに、クラリッサは俗に「兄妹モノ」と呼ばれるジャンルにも精通している。彼女がいる限り翔の身の危険はなくならない。

 

「隊長は確かに豊満でボディで男を篭絡というタイプではありません。ですが、そこで際物に逃げるようでは、女としての誇りを捨てるも同然です」

『ならば……どうする?』

「ふっ。私に考えがあります」

 

 

 

 臨海学校まで、残り一週間。


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