IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
SHRのあと、自由時間があった。女子たちは俺と一夏を常に注目しているが、お互いに牽制しあっているのか、それとも先に女子同士で友達になっておきたいのか、何にせよ俺たちに話しかけるつもりはないようだった。
あいつと話すなら今だ、と席を立ち、前方の座席に座る一夏の前に立つ。一夏は穏やかな笑顔を浮かべ、立ち上がった。
「……久しぶり。翔」
「ああ。久しぶりだな、一夏」
どちらからともなく手を出し、手を握り合った。俺も自然と笑みがこぼれた。
一夏は背が随分伸び、記憶の頃より男らしくなった印象を受ける。もっとも、俺も今は身長一七八センチまで伸びたし、俺の方が背が高いから一夏の方がもっとそう感じているのかもしれないが。
IS学園内、一年一組。休み時間、俺たちはついに再会を果たした。このときをどれほど待ち望んだことか。
「……なんか、話したいこといっぱいあるのに、出てこないな」
一夏が苦笑して言った。
「そう、だな。まあそれよりも……」
俺は教室の隅で外を見ている一人の女子に目を移す。長い黒髪をポニーテールに纏め、きりりとした顔立ちで大和撫子を体現したかのようなその女子。
名を、篠ノ之
「箒……」
一夏が歩いていって、箒に声をかけた。俺も一夏に付いていった。
「箒、久しぶり。元気してたか?」
「い、一夏……!」
「六年ぶりだな」
「翔……」
箒の顔が喜色に染まる。教室に入ったときから互いに気になっていたらしく、さっきから俺たち三人はしょっちゅう視線を交わしあっていた。
俺は昔、剣道をしていた。今でも素振りくらいはしている。一夏に誘われ、剣道を始めたのだが、そのときに通っていた道場が、束の実家の道場だった。それで一緒に練習するうちに、箒とも仲が良くなった。俺と箒が引っ越してしまうまで、ずっと三人で過ごしてきた。
しかし、箒は美人になった。顔も体つきもすっかり女性らしくなった。ただ、変わってない部分もあった。ポニーテールに結った髪の毛と、強気な印象を与えるつり目はそのままだ。
「奇遇だな。こんな場所で三人揃うなんてさ」
一夏の言葉に、箒と二人で苦笑する。しばらくは、俺たちは黙ったままだった。さっきと一緒で、言葉が出てこないのだ。話したいことは、それこそ山ほどあるのに。
「……箒」
「……何だ?」
「あとで、時間あるか? 二人で話したいことがある」
まず、箒には言わなければいけないことがある。ただ、こんな場所で言うことではないから、詳しくは言わないが。その話すことというのは――。
「……束の、ことだ」
「――!」
箒の表情がぐっと暗くなる。
箒が姉である束に複雑な感情を抱いていることは知っている。良くも悪くも、束が世界に与えた影響は計り知れないものがある。その巻き添えを食ってしまった箒が、数々の苦労をしてきたであろうこと、その原因である姉に複雑な思いを抱いていること、想像に難くない。きっと俺と束が一緒にいたことを知れば、それはより深まるだろう。だから、一度話さなければならない。
「そう、か」
一言呟いて、箒は黙ってしまった。一夏も、俺と箒の雰囲気を察してか、何も言わない。
しまった、これではせっかくの再会が台無しだ。
「まあ、そうだな……」
小っ恥ずかしいが、この雰囲気を変えるためにも、二人に本音を伝えておこう。
「二人にまた会えて、嬉しく思う」
「翔……」
一夏と、箒。二人と過ごしたあのときを、離れていても、片時も忘れたことはなかった。ずっと待ち望んでいた。照れてか、二人は少し赤くなった。そんな反応をされてはこっちがもっと恥ずかしくなってくる。
結局、「また後で」と言い合い、休み時間は終わった。焦る必要はない。今でなくても、また話せるのだから。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
それから、すぐに授業が始まった。ただ授業とは言ってもまだ導入だ。学園内でのカリキュラム、寮生活の心得等の、オリエンテーションがメインである。そして、話はついに核心――ISのことへと移った。
「それじゃあ皆さん、分からないところがあったら挙手して質問してくださいね~」
副担任である山田真耶先生が、俺たちに優しく聞いた。巨乳ロリの教師というなかなかに王道な属性の持ち主でもある。小さい背丈と穏やかな物腰がドジっ子感を見事に演出している。千冬さん改め織斑先生とはまさに両極端。
「あの、先生」
一夏がおずおずと手を挙げた。
「はい、なんですか、織斑君?」
「ぜ、全然分かんないです……」
「ええ!?」
流石の先生も驚いていた。冗談は大概にした方がいいぞ、一夏。
「え、えっと……。他に分からない人はどれくらい居ますか……?」
「…………」
誰もいないだろう、一夏以外。全員IS学園に入りたくて必死だったのだから、当然資料は読み込んでいる。と、ここで見ていた織斑先生が一夏の方へ寄ってきた。
「……織斑、入学前の参考書は読んだのか?」
正直、俺には1+1=2ぐらいの内容だが、俺たちには入学前に事前に厚い厚い参考書を配られている。分かる人にはタ○ンページと言ったら分かりやすいだろう。
「タ○ンページと間違えて捨てました」
……本当にタ○ンページじゃないんだぞ。
案の定、またも出席簿が振るわれた。
「後で渡す。しっかり読み直しておけ」
「はい……」
クラス中からくすくす笑い声が聞こえる。うな垂れる一夏。
少しボケたところが昔から何も変わっていなかった。せっかく宿題をやってきたのに、出たところとは別のページをやってきてしまい放課後に居残りさせられていたのを思い出した。
箒の方を見たら、箒も必死に笑いをこらえている。どうやら同じことを思い出していたらしい。
「…………」
――そんな俺と一夏を、じっと睨む視線が、一つ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
次の休み時間、昔話に花を咲かせていた俺と一夏。箒がどこかへ行ってしまったので二人で話しているのだが。
「……それで、一夏。お前何でIS動かせるって分かったんだ?」
「いやー、高校受験のとき、
うっかりだったぜー、と笑う一夏だが、洒落にならないレベルである。お前、
「そういや、翔ってどこにいたんだ? 引っ越した場所先生に聞いたけど、何も言ってくれなかったし」
「それはだな……」
と、身の上話をしようとしたとき、俺たちのところへ歩いてくる者がいた。
「ちょっと、よろしくて?」
綺麗な声だ。鈴を振るような、というのはこういう声を言うのだろう。身長はそれほど高くない。精々一五〇センチ半ばといったところだが、俺と一夏は座っているため、自然と見上げる形になる。
初めて視界に入ったその姿は、色白の肌に、ふわふわとロールがかかった長いブロンドの髪、長いまつげに彩られた澄んだ碧眼を持った女子。顔立ちは非常に端正と言えるだろうが、如何せんその美貌に浮かぶ人を見下したような表情が悪印象だ。
「……うん?」
「わたくし、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットと申しますわ」
一夏の気のない返事に、金髪の女子は嫌悪感むき出しにして言った。なるほど、イギリスの代表候補生だったか。容姿からして欧米人たろうとは思っていたが。
しかし、何が気に食わないんだ、この女は。女尊男卑の風潮が強まってからというもの、男だという理由だけで毛嫌いする女は一定数いると聞くが。
イギリスの代表する候補生は、俺たち二人を見下ろしながら、
「いかがですか? 男だからと周りからチヤホヤされる気分は」
……なんとも高飛車な女だな。俺はこういうタイプは苦手だ。
「まさか、男がISを動かすなんて。とんだラッキーでしたわね」
「ら、ラッキー….…?」
疑問符を山ほどつけた一夏の発言で、金髪の女子――セシリア・オルコットの額に青筋が浮かんだのを見た。
「あなた、ISを持つ意味を本当に理解していますの!? そもそも、ISというのは――!」
憤慨しながらも丁寧にISの存在意義や価値について語り続けるセシリア・オルコット。
言ってることは間違いじゃない。ただ、今の一夏にそんなことを言ったところで何の意味もない。
「……なぁ、質問いいか?」
一夏が手を挙げて質問した。オチが予想出来る。一夏のことだ、代表候補生ってなんだ、と聞きそうな気がしてならない。
「ふん、これだから男は……。いいでしょう、答えてさしあげますわ」
しぶしぶ、といった様子だ。悪いことは言わないから期待しないほうがいい。
一夏は真剣な表情でセシリア・オルコットを見ると、言い放つ。
「……代表候補生ってなんだ?」
……ほらな。周りからもずっこける音が盛大に聞こえた。
「し、信じられませんわ。男性というのは、これほど知識に乏しいものなのかしら……」
口元を抑えて恐れおののくセシリア・オルコット。いや、それは誤解だ。一緒にされては困る。
一夏に呆れかえったセシリア・オルコットは今度は俺の方を見た。やめろ、こっちを見るな。俺は女が苦手なんだ。お前のようなやつは特に。
「天羽翔さん、でしたかしら? あなた……」
「……何の用だ。そいつに言ったことをもう一度言うつもりなら、話しかけるな」
俺はそう言うと、そっぽを向いた。
「なッ!? あ、あなた……!」
オルコットは怒りで全身を振るわせた。男だから私のことに興味を持つだろう、とでも思っているのか? お門違いもいいところである。
「……は、初めてですわ、このような屈辱的な仕打ちは……!」
「そうか、それは良かった。新たな経験じゃないか」
「なっ、なななっっ!?」
俺はわざと煽るように言った。オルコットは顔を真っ赤にして絶句した。
「……もう黙ってくれ。俺はお前みたいな女は苦手なんだ」
「何ですって!?」
その後も散々オルコットは俺に噛み付いてきた。もちろんすべて無視。
参ったな。追い払ったつもりだったんだが。
「……な、なあ、代表候補生ってなんなんだよ?」
蚊帳の外だった一夏が喚くオルコットに再び聞いた。オルコットは、まるで相手にしない俺を一旦棚上げし、一夏の質問に答えることにしたらしい。
「……国家代表IS操縦者の、その候補生として選出されるエリートのことですわ。単語から想像すればお分かるになるでしょう?」
「あ、そーいえばそうだな」
「……まったく、男性のIS操縦者というからどのような方々かと思ったら、知性のかけらもない男と、無愛想な失礼男ではありませんか……」
ぶつぶつ、と文句を垂れるオルコット。それで少し落ち着いたのか、また高飛車な口調で言い始める。
「まあ、わたくしは誇りある英国貴族。あなたがたのような不出来な男性にも優しくしてあげますわよ。分からないことがあったら、泣いて頼んでいただければ、教えて差し上げますわ。なにせ、私は教官を倒した唯一の生徒なのですから」
ふふん、とセシリア・オルコット。
ほう、教官は倒したのか。なかなかじゃないか。
IS学園の教師陣は、準国家代表クラスの実力を持つと聞く。当然にハンデがあるにしても、それを倒したということはそれなりに実力がある証である。流石は代表候補生。
しかし一夏はあっけらかんと、「あ、教官なら俺も倒したぞ?」と首を傾げた。
「な、なんですって!?」
オルコットは目を見開いた。俺も驚いた。
まさか一夏も倒したのか。やるな。
「倒したっていうか……なんか、避けたら勝手に壁にぶつかって動かなくなったんだよ」
「入学時点ではわたくしだけと……」
「女子では、ってオチじゃないのか?」
悔しそうに顔をしかめるオルコット。代表候補生のことも知らない男と同等の成績というのは、プライドが踏みにじられる思いだろう。
「それでは、あなたは?」
オルコットは俺の方を見て言った。またか。話しかけるな、と言ったはずなんだが。
「……免除だ」
「は、はあ?」
「俺は篠ノ之束から直々に推薦を受けて入学したからな」
「なッ!?」
俺の言葉に、周囲がざわつき始めた。一夏もぎょっと俺を見ている。
……しまった。言わない方が良かったかもしれない。
「う、嘘ですわ!」
「事実だ。嘘だと思うなら織斑先生に聞いたらいい」
断じて嘘ではない。ちゃんと束から推薦状をもらっている。押し付けられた、と言ってもいい。ここに来る前のやり取りを思い出して束への怒りが蘇った。
それに、もし仮に教官との試験があったとしても、必ず勝てたと確信している。俺は六年も前から束と一緒に生活してきた。ISを展開できるようになってからは、ほぼ毎日のようにISを展開して、操縦してきた。IS開発者である束と一緒に生きてきたから、それなりに危険もあった。その経験があれば、IS学園の教師と言えどもハンデ付きの状態で後れを取ることはない。
「…………」
言い返す言葉も無いみたいだな。良い様だ。ここでキーンコーンと予鈴が鳴った。
「……くっ」
セシリア・オルコットは踵を返して席に戻った。一夏はその背を見て言った。
「……なんか、凄かったな、いろいろ」
「……ああ」
二度と絡んでこないでほしいが、無理だろう。まあ、次にいちゃもんつけられる前に、追い払う文句でも考えておくとしよう。