IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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 今、俺の目には異形の物体へと変貌を遂げた、シュヴァルツェア・レーゲン「だった」ものが存在している。そのフォルムは少女の姿をしていた。だが、どう見てもボーデヴィッヒではない。

 何より目を惹くのは、その武器。プラズマ手刀でもワイヤーブレードでもなく、その手に握られているのは、「刀」だった。それも――。

 

「ゆ、《雪片》……!?」

 

 そう、あの「ブリュンヒルデ」の愛刀だった。

 一夏は呆然としたまま、動かない。その一夏に、黒いISは素早い動き一夏へと接近する――まずい!

 

「一夏!」

 

 俺は一夏と黒いISの間に割り入った。黒いISは、その刀を腰に当て、居合いに見立てた構えをとり、下段から一気に刀を振り上げた。咄嗟に展開した《荒鷲》で防御する。

 ガギインッ、と高い金属音が鳴り響いた。

 

「ぐ、うっ!?」

 

 お、重いッ!?

 余りに重いその一撃。押し負けて、剣を上へ払われた。そのISは振り上げたまま上段の構えで、俺に力強く振り下ろす――。

 

「させるか!」

 

 俺は《飛燕》のエネルギーフィールドを展開、これでの防御を図った。

 黒い刀はエネルギーフィールドにぶつかり、バチバチ音を立てている。

 

(このままでは突破されてしまう……!)

 

 そう判断した俺は、この防御でできた僅かな時間で、エネルギーフィールドの下に実体シールドも重ねて防御した。蒼炎の防御能力全てを使った防御。

 しかし、斬撃を正面からもろに受け止めた上、無理矢理に割り込んだせいで体勢の悪かったのが災いし、俺を守る壁はギシギシと軋む音を上げていた。

 

「なんて、一撃だ……!」

 

 ついにエネルギーフィールドが維持限界に達し、実体シールドにもヒビが入った。や、破られるッ!?

 

「ぐ……がああっ!」

 

 バリン、と激しい音と共にフィールドとシールドが破られ、衝撃で俺は吹き飛ばされた。二転三転として壁に激突する。

 

「がっ!?」

「か、翔っ!」

 

 シャルルが吹き飛んだ俺に駆け寄ってきた。ズキズキと痛む肩を見たら、絶対防御を抜けられて浅くない切り傷が入っていた。

 

「だ、大丈夫!?」

「あ、ああ。だが、絶対防御を抜けられた……」

 

 シールドエネルギーの大幅減少に加えて、装甲の一部に実体ダメージ。絶対防御を抜けられ、左肩の辺りを斬られた。致命的というほど傷は深くないが、今日は左腕が使い物にならないかもしれない。

 俺が睨みつけた先に、ドロドロした表皮に包まれた異形はあった。刀を構えたまま、じっと立っている。その場の皆が得体の知れない物体へ恐怖している中、一夏だけは状況が違っていた。

 一夏は――怒りに、震えていた。

 

「――この野郎ォオ!! 許さねえッ!!」

 

 一夏は《雪片弐型》を振り上げ、一気に接近する。

 

「ダメだ、やめろ一夏!」

 

 そんな状態で突っ込んで何になる! 返り討ちに遭うだけだ!

 

「うおおおおおおおっ!」

 

 しかし完全にキレた一夏は全く聞く耳を持たず、ただ突進するのみだ。一夏の斬撃はいとも簡単にかわされ、横から強烈な払いが一夏を襲った。一夏はきりもみ状態で派手に吹っ飛び、地面で何度も転がった。

 

「一夏っ!」

 

 俺とシャルルが一夏の方へ行くと、一夏はなおも立ち上がると、向かっていこうとした。もう一度向かっていったところで同じ結果になるのは目に見えている。シャルルが敵に睨みを効かせている間、俺が一夏を羽交い絞めにして止めた。

 

「放せ! あ、あいつ、ふざけやがってえ! ぶっ飛ばしてやる!」

「やめろ一夏! お前がもう一度斬りかかって何になる!」

「うるせえ! どけよ、翔! もし邪魔するってんならお前も――」

「この、馬鹿野郎がッ!!」

 

 俺は一夏を殴り飛ばした。IS越しだ、そこまでダメージは無い。

 

「一度冷静になれ! そしてちゃんと分かるように説明しろ!」

 

 俺に殴られて少し頭が冷めたのか、一夏は大人しくなった。

 

「……あれは、千冬姉の技だ。それは千冬姉のものだ。千冬姉だけのものなんだよっ!」

「…………」

 

 唇を噛み、一夏は憤怒に満ちた目でヤツに向かって叫んだ。

 普通、それだけで怒るかと思うだろう。常人には理解し難いはずだ。だが、俺はよく知っている。一夏が千冬さんをどれほど尊敬しているか――いや、もはや崇拝と言ってもいいかもしれない。それほど、一夏は千冬さんを心から尊敬していた。

 

「それだけじゃねえよ。あんなわけわかんねえ力に振り回されてるラウラも気にいらねえ。ISとラウラ、どっちも一発ぶっ叩いてやらねえと気が済まねえ」

「ならお前がそのまま突っ込んで、ぶっ叩けたのか? あの調子で突っ込んで、お前が勝てたのか?」

 

 一夏は黙り込んだ。無理だと一夏も分かっているのだ。一夏の我侭だけで戦ったところで、勝てる相手ではない。それでも一夏は向かっていった。

 理性で理解していてもなお、収まらない怒り。それが一夏を突き動かした。ならば俺は、一夏を強引にでも止めてやらねばならない。

 

「それに、よく考えろ」

 

 俺は放送用のスピーカーを指差して言った。

 

『非常事態発生! トーナメントの全試合を中止! 状況をレベルDと認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む! 来賓、生徒はすぐに避難すること! 繰り返す!』

 

 先生が激しい口調で放送している。そう、事態は既に動いている。

 

「……分かっただろう? 俺たちがやらなくても、教師部隊が到着すれば事態は鎮圧される」

「……だから、無理に危ない場所に飛び込む必要はない、か?」

「そうだ」

 

 こんな状況でわざわざ危険を冒してまでするようなことではない。その意見は正論だった。決して間違っていない。

 だが、まだ話は終わっていない。

 

「……と、いうのは一般論であって、俺の意見じゃない」

「……え?」

 

 一夏が聞き返した。

 今までの話は、一夏を一旦落ち着かせるために話したこと。俺自身、そのような結末は納得できない。

 当然だ。正論が必ず納得できるわけではない。

 

「――やるぞ、一夏」

 

 俺は座り込んでいる一夏に手を伸ばした。

 

「一人では無理かもしれない。だがお前には、俺がいる」

 

 一夏の怒りは理解できる。だが、一人でそれを撒き散らしたところで何も変わらない。せっかく近くに使える力があるのだ、それに頼って何が悪い?

 

「それに、俺にもやらなければならない理由がある。ボーデヴィッヒは、俺のペアだ。あいつの失態は、俺の責任でもある」

 

 俺とボーデヴィッヒは仮にもペアを組んだ者同士。あいつの監視を名目に、あいつの心に寄り添ってやるつもりだった。しかし、力に呑まれたあいつを説得しきれなかった。間違いを正してやれなかった。

 それに、予感もする。これがボーデヴィッヒの心に触れる最後のチャンスなのではないか、と。

 

「だから、一夏。やろう。俺たちは『やらなきゃならない』んじゃない。『やりたい』からやるんだ」

「翔……」

 

 一夏が俺の手を掴んだ。その手を引き上げ、さて、俺と一夏のやることは決まった。

 あとは……

 

「……シャルル」

「何?」

「シャルルには、見守っていて欲しい。もし俺たちが成し遂げられなかったとき、止めを頼む」

「……分かったよ」

 

 シャルルは何か言うだろうと思っていたが、特に文句も言わなかった。彼、いや彼女か、彼女は俺たちを信頼してくれているのだ。

 

「けど、約束して。絶対に負けないって」

「当たり前だ」

「……じゃあ、負けたら女子の制服で通ってね」

「ぐ……っ! い、いいだろう」

「……一夏もだよ」

「う……!」

 

 これは辛い。男子二人揃って女装とか、恥ずすぎる。

 シャルルの粋なジョーク(であることを祈る)で少し緊張が解けた俺たち。一夏もさっきまでのような頭に血を上らせた様子は微塵も見当たらない。いい感じだ。

 

「――さて、一夏。そろそろ行こう」

「……そうだな」

 

 俺たちはそれぞれの刀を持って、黒いISと対峙する。不気味な見た目のそれは、観察するように俺たちを見ている。

 

『翔さんっ!』

『セシリア?』

 

 急に通信が入り、セシリアがプライベート・チャネルで俺に話しかけてきた。

 

『また無茶をするおつもりですのね! 酷い怪我もなさっているのに!』

 

 無茶、か。もしかしてこの前のことを言っているのだろうか。

 

『心配するな。この肩の傷だって大したことはない』

『嘘ですわ!』

『…………』

 

 秒でバレた。正直肩の傷は結構痛い。

 

『セシリア、これは無茶じゃない。無茶というのはできないことをするから無茶というのであって――』

『そういう屁理屈のことを言っているのではありません! あなたがまたそうやって自分から危険に飛び込んで行くからわたくしは……!』

 

 セシリアが必死に俺に訴えてくる。だが、俺の覚悟は揺るがない。皆に頭を下げ、ボーデヴィッヒと組んだのだ。あいつの不始末は、俺がつけてやらねばならない。

 

『……きっと、あなたはまた信じろ、と言うのでしょうね』

 

 その通りだった。今彼女を納得させるだけの理由は無く、俺はこう言うしかない。

 

『そうだ。だから、敢えて言う。俺を信じろ』

 

 相変わらずの、身勝手な要求。だが以前セシリアは頷いてくれて、終わったあとに微笑みかけてくれた。セシリアが信じてくれるなら、俺は絶対に皆のところへ帰って来られる。

 

『分かりましたわ。あなたを信じます』

『……ありがとう』

 

 俺は心の中でまた頭を下げた。セシリアには低頭してばかりなような気がする。

 

『……はあ、惚れた弱みですわね……』

「ん? 何か言ったか……?」

『いいえ、何も。……では翔さん、一つだけ約束して下さいまし』

「何だ?」

『これが終わったら、一つだけわたくしのお願いを聞いてくださいな』

 

 セシリアは何を要求するつもりなのだろうか。

 

『……分かったよ。約束する』

『ふふ、よかった。――翔さん、一つ、よろしいですか?』

『ん?』

『――翔さんは、翔さんですわ。誰が何と言おうと、わたくしはそう信じていますわ』

 

 その言葉を最後に、セシリアは俺との通信を切った。セシリアの言葉は、この前部屋で話したときの続きだった。セシリアの言葉が、俺の心の奥底――俺の弱さを暖かいもので満たす。

 

「俺は俺、か……」

 

 嬉しいものだな、俺のことを認めてくれる人がいるというのは。

 ――本当にありがとう、セシリア。

 怪我をしていてコンディションが悪いはずなのに、不思議と普段より強くなれる気がする。

 

 ――助けて……。

 

 脳内に直接響く泣き声。

 ああ、聞こえているよ、ボーデヴィッヒ。もう剣を交えなくても分かるほど、お前が叫んでいるのが分かる。

 だから、今から俺はお前に手を伸ばす。それが同時に、IS学園を護ることになるのだ。

 

「行くぞ、一夏!」

「おう!」

 

 俺は《荒鷲》に《飛燕》を合体させ、黒い機体へ突っ込んだ。

 

「はああっ!」

 

 《荒鷲・鳳凰》と「もどき」の黒い刀が火花を散らして接触する。流石に《鳳凰》ならパワー負けはしないが、相変わらず黒いISの攻撃は重い。打ち込んでいる俺の剣が折れそうだ。

 だが、斬り合っていて一つ分かったことがある。あのシステムがコピーしているのは、「ブリュンヒルデ」の「刀」のみだということだ。

 剣を振る者にとって最も大切なものは「心」だ。それが無ければ刀はただの鉄の塊でしかない。ブリュンヒルデこと千冬さんが最強足りえたのは、刀でもISの能力でもなく、千冬さんのどこまでも研ぎ澄まされたその心があったからだ。その鋼の心をコピーできていない以上、このシステムは所詮もどきであって、それ以上には絶対になれない。

 俺には俺を認めてくれる仲間がいる。そして、やりたいことがある。今俺の心は強い輝きを放っている。その俺が、こんな偽物に負けるはずがない。

 

「…………」

 

 一夏は、腰に《雪片弐型》を構え、瞑目して集中している。その刀からは零落白夜の刃が出現しているが、それは今までのただエネルギーを放出していただけの姿と違っていた。

 その刃は、細く、どこまでも鋭く、研ぎ澄まされている。実体の部分はほとんど消えて、鍔の部分にだけ残っている。洗練された《雪片弐型》は、まるで日本刀のようだった。

 一夏が集中力を極限まで高め、必殺の一撃を放つ。そのための時間を稼ぎ、そしてその一撃をできる限り当てやすいようにする。それが俺の役割だ。

 

「ボーデヴィッヒ! 聞け!」

 

 斬り合いの最中、俺はこのもどきの中にいるであろうボーデヴィッヒに呼びかけた。

 この剣の先には、一人孤独に震える銀髪の少女がいる。暗く寒い闇の中、膝を抱えて俯いている、その姿が俺の脳裏に映る。

 

「お前が望んだのは、こんな力なのか!? ただ破壊しか生まない、誰かを傷つけるだけの力なのか!?」

 

 届け、届け、届け……! 暗闇の中にいるあいつに、一筋の光を――……!

 

「答えろ! ボーデヴィッヒ!!」

 


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